鎮守府の片隅で   作:ariel

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昨日投稿したばかりですが、やはり食べ物系の物語ですから、年越し蕎麦を外すわけにはいきません。外伝にはしませんが、年越し蕎麦を巡るお話を投稿します。今回もクリスマスパーティーなどと同様に空母娘達が主役という形で書いてみました。また大晦日で年越し蕎麦ネタのため、いつもより少し早い時間に投稿します。


第四一話 正規空母と年越し蕎麦

何故か知りませんが、なし崩し的に私のお店で蕎麦打ちをする事になりました。きっかけは、赤城さんが『年越し蕎麦が食べたいですね…』と言った事をきっかけに、飛龍さん達により『どうせなら、蕎麦打ちからやろうよ』と更に計画が膨らんでしまい、結果的に加賀さんの『それでは大晦日の日に鳳翔さんのお店で、皆で年越し蕎麦を作りましょう』の一言で決まったようです。私への相談も何もなく…困ったものです。

 

そして大晦日のこの日、昼を過ぎた頃から三々五々空母娘達が私のお店に集まってきました。何処で手に入れてきたのかは知りませんが、手には蕎麦打ちで使うための道具まで持参しています。そして蕎麦粉や、おそらく年越し蕎麦の具に使おうと考えているのでしょうが、海老なども持ち込んでいます。流石に私への相談もなく決めていますから、準備は自分達でしてきたようですね。そういう事であれば、私としても場所を使わせるくらいは問題ありません。

 

「それで…蕎麦打ちは誰かやるのですか?私は、あの人のための旨煮などを今日作らなくてはいけませんから、手伝えませんよ?」

 

「大丈夫です鳳翔さん。そこの五航戦がやりますから。」

 

「エッ!私がやるの!?加賀先輩が…(パシッ)…や…やりますよ。やればいいんでしょ、やれば!」

 

瑞鶴さんが蕎麦打ちですか…。持ち込んだ材料を見た限り、蕎麦粉とつなぎ用の小麦粉を8:2で混ぜる二八蕎麦を作るようですね。つなぎの小麦粉が入る分、十割蕎麦よりは簡単に蕎麦打ちが出来るでしょうから、瑞鶴さんであればたぶん問題はないでしょう。それでは、様子を少し伺いながら、私は私の仕事をしましょう。正月用の料理を今日中に準備しなくてはいけませんから。

 

 

蕎麦打ちの方は大丈夫でしょうか…。こね鉢を使って蕎麦粉と小麦粉を混ぜて…今は水を入れて瑞鶴さんが手早くかき混ぜているようですね。この状態できれいにかき混ぜて、小さな塊を作り、それをさらにかき混ぜて塊同士をくっつけて一つの塊にしなくてはいけません。この作業は手早く行わなくてはいけませんが…大丈夫そうですね。加賀さんが瑞鶴さんの後ろに立ち、絶えず瑞鶴さんがさぼらない様にプレッシャーをかけているようですから、瑞鶴さんも気が休まらないようですね。加賀さんも、瑞鶴さんをあまり苛めては駄目ですよ…。

 

どうやら一塊になったようですね。瑞鶴さんが一生懸命に、こね鉢の中で生地をゆっくり体重をかけて練りだしましたね。ここからは、生地の中の空気を外に出すために菊ねりを行い、そして円錐状になるようにして、更に中の空気を外に出していきます。どうやら大丈夫そうですね。

 

ここからは、いよいよこね鉢の中から、台に移して薄く生地を伸ばしていく作業が始まります。あら?赤城さんがまだ蕎麦切りをする前の生地を半分程貰っていきましたが、どうするつもりなのでしょうか。流石に生で食べるとは思いませんが、少し不安を覚えてしまいます。それに…半分も取られてしまっては、蕎麦にする分がかなり減ってしまうと思うのですが…。

 

 

翔鶴さんが、台の上に打ち粉を塗して、生地を伸ばす準備をしているようですね。まずは丸出しで生地の塊を丸く薄くしていき、更に生地の形を四角にするために、角出しの作業が続きます。角出しの作業は、麺棒を使ってリズミカルに伸ばす必要がありますが、大丈夫でしょうか…。あら、いい感じのリズムで麺棒を動かしていますね。あの様子なら大丈夫そうですね。

 

雲龍さんに手伝ってもらいながら、瑞鶴さんが四角く伸ばした蕎麦の生地を折りたたんでいます。こうやって折りたたんでから蕎麦切りをする事で細長い麺になるわけですが、この折りたたむ際に打ち粉を十分に塗しておかないと、後から綺麗にバラけさせる事が出来ません。…大丈夫そうですね。上手に折りたたんだようですし、いよいよ蕎麦切りが始まるようですが、ここまで来れば後は上手に均等に切り分けるだけですから、もう心配はないでしょう。トントントンというリズミカルな蕎麦切り包丁の音が聞こえてきましたし、私もそろそろ自分の仕事に専念しなくてはいけませんね。

 

 

結局あの後、加賀さんの指示の元、瑞鶴さんが三回程蕎麦打ちをしましたが、あの子達は一体どれだけ年越し蕎麦を食べるつもりなのでしょうか。年越し蕎麦は、年の瀬に延命長寿を願って食べる蕎麦です。夕食の後で食べる蕎麦ですから、そんなに量を食べるための物ではないのですが…。

 

それに瑞鶴さん達が蕎麦打ちをしている間に、赤城さんと飛龍さんが、勝手に私のお店の厨房を使って海老の天婦羅を作る準備をしていますが、これも蕎麦の具材とはとても思えない量の海老天婦羅ですし、あまつさえ野菜の天婦羅の準備などもしています。年越し蕎麦は天婦羅蕎麦という訳ではないですし、この量では天婦羅の方が蕎麦よりも多いのではないでしょうか。

 

もうここまで来たら、あの子達の好きにさせておきましょう。一々気にしていたら、私の作業がちっとも進みません。

 

 

夕食後、再び空母娘達が集まってきましたね。いよいよ今年も残すところあと僅かです。そろそろ年越し蕎麦の準備を始めるようですね。加賀さんからは、『今日は私達が全て行いますから、鳳翔さんはそこで座って待っていてください』と言われましたが、自分のお店でただ座って料理が出てくるのを待つのは、少し落ち着かないものですね。

 

結局蕎麦の調理は瑞鶴さん、つゆの調理は翔鶴さんが行い、天婦羅の調理は加賀さん、その他のネギや蒲鉾の調理は飛龍さんが行うようです。昼間のうちにほとんど準備が終わっているため、直に出来ると思いますが…こんなにたくさん作ってしまって本当に大丈夫なのでしょうか。超大型丼に蕎麦が大量に入っていますし、つゆも寸胴鍋で作っています。それに天婦羅…丼に入らないため、大皿に乗せていますが…こちらも山になっていますね。

 

あら?赤城さんだけ別で小鍋で何か煮ているようですが、何を煮ているのでしょうか。あぁ、蕎麦切りをしなかった蕎麦の生地を適当に丸めて茹でているのですね。なるほど、蕎麦がきとして食べる予定ですか。年越し蕎麦の趣旨を全く理解せず、とにかく蕎麦を楽しみたいという気持ちが溢れ出ていますね…困ったものです。

 

「鳳翔さん、準備出来ました。天婦羅は…好きなだけ皿から取って食べるスタイルでお願いします。皆準備はいいですね?それではいただきましょう。」

 

今回の蕎麦、瑞鶴さんが蕎麦打ちをしていますが、どうでしょうか。お手並み拝見といったところですね。今回は蕎麦粉が八割の二八蕎麦ですから、蕎麦が切れにくく、喉越しも非常に良い蕎麦のはずです。さて…あぁ…均一の太さに切れているいい感じの蕎麦ですね。十割蕎麦ではありませんが、蕎麦の風味もしっかり出ていますし、とても歯応えが良く喉越しも素晴らしいですし、つゆが美味しく絡んでおりとても落ち着く味です。やはり蕎麦はこうでなくてはいけません。それにしても瑞鶴さん、本当に腕を上げましたね。私も驚きました。翔鶴さんの作ったつゆも美味しいですし、飛龍さん達が準備した具材も蕎麦やつゆと本当に合っています。

 

折角ですから、天婦羅も少しいただきましょうか。流石に、中央の皿に山のように積みあがった天婦羅を巡って、他の正規空母娘達に混じって取り合いに参加しようとは思いませんが、一つくらいは私も海老天を食べたいところです。あら?加賀さんが気を利かせて私に海老天を一つ取ってくれました。やはりこの辺りは、本当に気が利きますね。赤城さんは、自分の取り分の確保に集中しているようですが、あなたも多少は私に気を利かせても良いと思いますよ。

 

海老天も美味しいですね、天婦羅は揚げたてが一番と言うとおり、まだ揚げあがったばかりの天婦羅、衣もパリッとしていて本当に美味しいです。しかしやはり蕎麦が一緒にありますから、一口食べたらこの天婦羅を一度蕎麦のつゆに浸します。こうやって衣に少し蕎麦のつゆを染み込ませてしっとりさせてから食べるのも、また悪くないですね。中の海老は…おそらく潜水艦の子達に採りに行かせたのだと思いますが、新鮮な海老のようですし…本当に贅沢な年越し蕎麦になりました。本当は、早くあの人が待っている官舎に戻らなくてはいけないのですが、これ程おいしい蕎麦が食べられるとなると…致し方ないですよね。それに、こうやってこの子達と一緒に年越し蕎麦を食べるのも悪くありません。

 

 

やはり正規空母娘が七人も居ると、凄まじいものですね。あれ程あった蕎麦、そして天婦羅の山があっという間に消え去りました。一体この子達の何処にあれ程の量の料理が消えていくのでしょうか。毎度の事ながら、私もとても不思議に思えます。さぁ、それでは後片付けをして、お店を閉めましょうか。

 

「貴方達、後片付けを手伝ってくださいよ。私も、三が日の間は店を閉めますから、ちょっとした休暇になりそうです。」

 

「エ~~ッ、鳳翔さん、三日までお店お休みなの?そんな…瑞鶴達、どうしよう…。三日間分の食べ物なんて準備していないよ!」

 

えっ?この子は今更何を言っているのでしょうか。あれ程、前々から三が日は休みだと言っていたと思いますし、張り紙までしてあったではないですか。今更食べ物が無いと言われても困りますし、加賀さん辺りにお願いしてなんとかしてもらうしかありません。流石の私もそこまで面倒は見られませんし、私自身も三が日くらいはあの人とゆっくり過ごしたいですから。

 

「加賀さん…瑞鶴さん達のことはお願いしますね。まったく…本当に困った子達ね…。」

 

「分かりました鳳翔さん。後の事は私に任せてください。ほら五航戦、馬鹿な事を言っていないで、さっさと片付けをしなさい。」

 

最後の最後でトラブルが起こってしまいましたが、これでなんとか今年も無事に年が越せそうです。来年も今年と同じように良い年になって欲しいですね。それと…この子達にとっても来年が良い年でありますように…。

 

 

 

帰り道  加賀

 

 

「ちょっと~、加賀先輩?言っていた事と違うじゃん!どうするのよ。お母さんのお店、三日まで休みと言っているし、瑞鶴達先輩の指示で、御節料理の準備なんてしてないよ?すき焼きの準備は言われたとおりしてあるけど…。瑞鶴達今年は御節料理も雑煮も無し?どうするのよ~。」

 

「そ…そうですよ、加賀先輩。」

 

「心配しなくてもいいわ。ちゃんと私に考えがあります。第一、私が何も考えずにそんな指示を出したと思っていたの?これだから五航戦は…。」

 

まったく。私が何も考えなしで、御節料理を作らなくても良いなんて言う訳がないでしょう。それに私は貴方達とは違って、お母さんのお店が三が日の間は休みだという事をちゃんと知っていました。大体、新人の雲竜が心配そうにするのはまだ分かりますが、二航戦の飛龍や蒼龍が落ち着いているというのに、貴方達が浮き足立っているというのはどうかと思うけど…。本当にいつまでたっても成長の跡が見られない五航戦です。

 

「ですが、加賀さん?どうやって私達御節料理にありつくのですか?」

 

「赤城さん、あなたまでそんな事を言っていてどうするの?たしかにお母さんのお店は休みですが、お母さん自身は御節料理や雑煮、そして今日作っていた旨煮の準備をして提督の官舎に居るのよ?」

 

そう。赤城さんも勘違いしているようですが、お母さん自身はお正月の間、鎮守府内の提督の官舎に居るのです。そして、我が国にはお年始の挨拶というとても良い文化があります。お母さんも、一部の艦娘達がお年始の挨拶に来る事は想定していると思いますし、今日作っていた旨煮の量は、お母さんと提督の二人分にしてはあまりにも多すぎました。おそらく私達がお年始の挨拶に訪れて、家に上がる事を予想しているのでしょう。

 

「今年一年、提督やお母さんに大変お世話になった私達が、提督の官舎にお年始のご挨拶に伺うのは当然でしょう?私達が華やかな振袖を着て、準備していたすき焼きの具材を持参すれば、提督はきっと私達を家に上げてくれるわ。そうなったら、お母さんの御節料理も雑煮も旨煮も食べ放題よ。」

 

「成程…流石は加賀さん。赤城もよく理解しました。提督の家に上がりこんで、後はなんだかんだ理由をつけて三が日の間居座ってしまえば、私達が食べ物に困る事はなさそうですね。」

 

そう、その通りよ、赤城さん。一度上がりこんでしまえば、もうこっちのものです。きちんとすき焼きの準備も持ち込んでいますから、お母さんもそう簡単に私達を追い出そうとは思わないでしょう。

 

「でも加賀さん?私達が居座ったら、提督はともかく、お母さんは『提督との時間を邪魔された』と言って、そのうち怒り出さないかな?」

 

「飛龍、その辺りもちゃんと想定済みよ。提督の家に合法的に押し入れるこの機会を、あの高速戦艦の長女が見逃すとは思えません。必ず、あの四姉妹もお年始の挨拶にかこつけて、提督の官舎に押しかけるはずです。そうしたら…」

 

「あ~、そこまで言われたら瑞鶴だって分かるよ。金剛さんは必ず提督にちょっかいをかけつつ、居座ろうとするだろうから、お母さんの目からすれば、相対的に私達空母娘が無害に見えてくるという算段でしょ?」

 

そうよ、五航戦。貴方も多少は知恵が回るようになったみたいね。おそらく比叡、榛名、そして霧島はともかく、あの長女はここぞとばかりに提督に猛アタックを仕掛けてくるはずです。私達はそれに関わらず、ただ静かにコタツに入って食っちゃ寝だけをしていれば、お母さんから見れば相対的に私達がまともな艦娘に見えるはずです。そうなれば、三日間程なら居座っても問題ないでしょう。今年は、寝正月がおくれそうです…やりました。




実は今年の11月頃、ちょっとした機会がありまして蕎麦打ちを久しぶりに行いました。久しぶりでしたが、以前経験があったため、その時はなんとかそれっぽい蕎麦が打てましたが、やはり結構大変ですね。個人的には切る部分はそれなりに問題なかったのですが、蕎麦の生地を伸ばして四角くする角出しの作業で苦戦しました。とはいえ、自分で打った蕎麦は格別でして、時間があればまたやってみたいなと思いました。

年越し蕎麦、我が家は除夜の鐘が鳴り始める時間に毎年食べていますが、皆さんは何時頃食べているでしょうか。また今回この物語では、山のような天婦羅と共に食べていますが、普通はせいぜい海老天が一本ですよねw。赤城に至っては、蕎麦がきですから、きっと年越し蕎麦の趣旨を全く理解していないような気がします。いえ、蕎麦がきは蕎麦がきで美味しいですし、私も好きなのですが^^;

お正月になったら、この怠惰な正規空母達は振袖を着て一斉に提督の官舎に押しかける気満々のようですが、提督の官舎が大変な事になりそうですね。鳳翔さんもある程度想定しているようですから、それなりの量のお節料理を準備していると思いますが、まさか三日間も居座るとは思っていないでしょうし…大丈夫なのでしょうか。それにあの金剛も、おそらく押しかける事になりそうですし…。新年早々、鳳翔さんにとっては大変な一年になりそうです。

これで今年の『鎮守府の片隅で』の投稿は全て終了しました。ここまで読んでいただき作者として本当に感謝しています。皆さん良いお年をお過ごしください。

今回は特にレシピはありません。蕎麦打ちはレシピと言うよりは、道具を揃えるのが大変ですから…。

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