鎮守府の片隅で   作:ariel

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今回は、駆逐艦夕立&五月雨、そして白和え(しらあえ)のお話になります。


第四話 夕立と白和え

「今日は、もう食べられない・・・っぽぃ?」

それはそうでしょうね…あれだけ食べたのですから。夕立さんの小さな体の何処にあれだけの料理が入っていったのか、私も不思議です。

 

「まだまだ、これからです!」

 

五月雨さん…夕立さんをこれ以上煽らないでください。あなたもそうですが、もう十分飲んで食べたではないですか。いえ…五月雨さんの場合、だいぶ酔っ払っているのかもしれませんが。今日は豚肉の塊が手に入りましたので、久しぶりに豚肉の角煮を、圧力鍋を使って大量に作っていたのですが、まさか赤城さんでもない駆逐艦娘二人に、作った角煮を半減させられるとは考えてもいなかったです。おかげで私は、途中で追加の角煮を作るために、赤城さんを急遽お肉屋さんに遠征させなくてはなりませんでした。

 

夕立さんと五月雨さんは、前大戦の第三次ソロモン海戦の時の戦友のため、この鎮守府に赴任してからも非常に仲が良いようでして、時々こうやって一緒に私のお店にやってきます。おっちょこちょいな所が多い五月雨さんに、気分にムラがある夕立さん。あまり相性が良いようには思えないのですが、不思議と仲が良いわけでして、人間関係?の面白いところだなと私は思っています。

 

しかし、この二人が揃って私のお店に来ますと、お店を預かる私としては、毎回大変な事になります。おっちょこちょいな五月雨さんは、自分のお酒だけに終わらず、夕立さんのお酒や近くで飲んでいた艦娘のお酒も間違えて飲みまくるため、あっという間に酔っ払いますし、酔っ払うと夕立さんを煽りに煽ります。そして五月雨さんに煽られた夕立さんは、調子に乗って飲んで食べて騒ぐ訳でして…時には夕立さんを止めるために、比叡さんのような戦艦娘の力が必要な事もあります。

 

「まだ…大丈夫…っぽぃ?鳳翔さん、夕立まだ行けるから、次の料理を出して~。五月雨も、まだまだ食べられるっぽい?」

 

「夕立さん、お任せください!まだまだ、私達の出番ですね!」

 

まだ食べる気ですか…。しかし、どう見ても二人とも食べ過ぎですし、二人ともスカートのベルトを緩めている所を私は見ています。それに、このままのペースで行きますと、駆逐艦寮の自分達の部屋に到着する前に轟沈してしまうでしょう。とはいえ、この状態で注文を断って何も出さなければ、私のお店で更に騒ぎ出す事は確実です。今日は残念ながら比叡さんも来ていませんから、二人を確実に止められる艦娘といったら…隣で静かに話しながら飲んでいる長門さんと陸奥さんくらいですか…。しかし、流石に第一戦隊の長門さん達に、駆逐艦の子を止めるのを手伝ってもらうのは少し気が引けます。

 

とりあえず何か少しだけ出して、気分良く帰ってもらいましょう。飲み物の方は、お酒の代わりに水を出して酔いを覚まさせるとして…食べ物の方はどうしましょう。間違ってもお肉類はもう食べさせられないですし…そうですね、お豆腐がありましたから…冷たくてさっぱりした料理を一品出して、これで今日はお引き取り願いましょう。

 

お豆腐を使った料理で、軽く食べられるもの…そのまま冷奴として出してしまうのも良いかもしれませんが、一応うちは飲み屋ではなく小料理屋を名乗っていますから、何か手を加えて出したいところですね…。それに、こんにゃくと野菜も少々ありましたから…ちょっと手間はかかりますが、白和えでも作って出してあげましょう。

 

本当は、明日のメニューに白和えを出す予定だったため、水気を取り除いた木綿豆腐を準備していたのですが…。肝心の水分は今でも完全に取り除けていますから、お豆腐一つ分くらいでしたら、今日作ってしまっても問題ありません。白和えを作るときは、お豆腐から完全に水気を取り除かなければいけませんので、下ごしらえをしていなければ、どうにもならなかった所ですが、たまたまとはいえ準備をしていて本当に助かりました。

 

それでは、野菜に下味をつける為にお出汁で少しだけ煮込みましょう。えっと…ほうれん草に人参、こんにゃくに枝豆…これだけ具材があれば十分ですね。こんにゃくは一口サイズ…駆逐艦の子用ですから、少し小さめに切って…人参は細切りです。これを出汁とみりん、そして薄口醤油で少し煮たら、冷やしましょう。具材の方はこれで十分ですから、次は白和えの和え衣の部分を作らなくてはいけません。

 

「鳳翔さん~、まだっぽい?」

 

「はいはい、今美味しい料理を作っていますから、もう少しだけ待ってくださいね。」

 

白和えの和え衣には色々な作り方がありますが、なるべく滑らかな食感の和え衣にした方が、個人的には美味しいと思います。ですから、木綿豆腐をまず裏ごししてなめらかな食感を出しましょう。これに胡麻を入れていくわけですが、胡麻が入った後もなめらか感を維持させるのが私の白和えのポイントです。ですから、白炒り胡麻をすり鉢で良くすって…ここに先ほどの裏ごしした豆腐を少しずつ合わせていき…最後に少しだけ薄口醤油を入れて味を整えたら完成です。えぇ、胡麻の香りはきちんと出ていますし、滑らかな食感もきちんと維持出来ています。これなら自信を持ってお客さんに出せますね。後は、この和え衣を先程煮込んだ野菜やこんにゃくと合わせれば御終いですが…、あの二人、どれくらい食べられますかね…。

 

おそらくそれ程食べられないと思いますから、小鉢に少しだけ入れて出せば大丈夫でしょう。とはいえ、白和えを作る時は、どうしてもそれなりの量が出来てしまうわけでして、残った白和えはどうしましょうか…。

 

「鳳翔さん、それ美味しそうだね。こっちにも出してくれないか?陸奥はどうする?」

 

「あらあら…こんなに美味しそうなお料理なら、喜んで私もいただくわ。」

 

丁度私が料理していた姿を見ていたのでしょうか。カウンターに座り、それまで静かに飲んでいた長門さんと陸奥さんから、白和えの追加の注文が入りました。これなら、今回作った物は全て無くなりそうです。

 

「はぃ、夕立さん、五月雨さん。ほうれん草と枝豆の白和えです。これならさっぱりしていて冷たいですから、今のお腹の状態でも美味しく食べられると思いますよ。それと、今日はこれで御終いですからね。明日も任務があるでしょうから、今日はこれを食べたら駆逐艦寮に戻るのですよ。いいですね?」

 

「は~い、鳳翔さん。」

 

素直でいい子達ですね。二人揃って、仲良く白和えを食べていますが、もうお腹ははちきれそうです。本当に大丈夫でしょうか…。一応、小鉢にほんの少しだけよそっただけですから、大丈夫だと思いますが…。

 

「あ~、これ冷たくて柔らかくて、とても美味しい~。夕立、これ好きっぽい。」

 

「私も、これはとても気に入りました。さぁ、夕立。それじゃコップの残りを全部飲んだら、駆逐艦寮に帰還しましょう。」

 

あっ!五月雨さん、そのコップはあなたの物ではありません。それに夕立さんに渡したコップも…それは、長門さんと陸奥さんの…中身は…たしか日本酒…!

 

「あ…あれ?夕立…もしかして…沈んじゃうっぽい??」

 

「ごめんなさい…五月雨も…ここまでのようです。」

 

あなた達、何を言っているのですか…。ほら、そんな所でひっくり返らないでください…。どうしましょう…非力な私では、二人を駆逐艦寮まで曳航する事は出来ないですよ…。

 

「鳳翔さんも大変だな…。この二人は、後から私達が駆逐艦寮まで連れて行く。それと、明日にでも提督に頼んでお説教をしてもらうから、鳳翔さんは気にせずに、他のお客さんの相手をしてやってくれ。あと、白和え食べさせてもらっているけど、流石に鳳翔さんだな。鎮守府の周りの飲み屋でも時々出してもらえるけど、これほど滑らかで具の味もしっかり出ている白和えはなかなかお目にかかれないよ。」

 

「あらあら…本当に困った駆逐艦さん達ね。でも…夕立さんも五月雨さんも、幸せそうにひっくり返っているわね…。それと…この白和えは絶品ね。胡麻の香りがこんなにしているのに、食感は凄く滑らか…これは、駆逐艦の子達にはもったいないくらいの味よ。」

 

あぁ…結局、長門さんと陸奥さんがこの二人を部屋まで曳航していく事になってしまいました。申し訳ありません。私が見ていたというのに…。しかし、これからはこの二人がお店に来たら、もう少し気をつけて見ていないといけないですね。これからもこのような事が続いてしまいますと、私もあの人から怒られてしまいそうです。とはいえ、頑張って作った白和えは、第一戦隊のお二人にも気に入ってもらえたようで、本当に良かったです。

 

 

 

その日は結局、夕立さんと五月雨さんは、駆逐艦寮まで長門さんと陸奥さんに連れていかれました。後から他の駆逐艦の子達に話を聞いた所では、いきなり駆逐艦寮に現れた長門さんと陸奥さんに寮に居た駆逐艦の子達は凄く驚いたようで、特に長門さんに懐いている小さな駆逐艦の子達は、眠る前に本を読んでくれとせがみ、長門さん達を困らせたようです。

 

そして翌日、長門さん達が私に言っていたように、夕立さんと五月雨さんはあの人に呼び出され、執務室でお説教をされたそうで、一週間は私のお店に行く事を禁止されてしまったようです。しかし…禁止命令の一週間が過ぎれば、また懲りずに私のお店に来て大騒ぎを起こすのでしょうね…。

 




ほうれん草や枝豆の白和え。これとても美味しいので、私大好きです。ですが、自分で作った事がある人は知っていると思いますが、この料理滅茶苦茶手間がかかります。まずは、豆腐から完全に水分を取り除いておかないと、べちょべちょの和え衣になってしまい、不味くなってしまいます。また、和え衣には好みが色々あるわけですが、私のように胡麻の香りは欲しいけど、胡麻のつぶつぶ感は嫌だ…という贅沢な要求がある場合、完全に胡麻をすらなければいけませんから、手間は一気に増えるわけでして・・・。ちなみに私の家内は、手間を『惜しむ』人間のため、胡麻をふりかけてお終いです。ですから、滑らかな食感は…w。

そういう意味では、あっという間に白和えを作り上げた鳳翔さんは文字通り『スーパーお艦』ですw。まぁ、私の中の鳳翔さんのイメージって、まさにこんな感じで、料理についてはスーパーお艦ですが、夕立や五月雨のような子達には結構甘いところがあって、それによって時々失敗もする…感じですね。

次回は、土曜丑の日にあわせて、鰻ネタで書こうと思っています。今回も読んでいただきありがとうございました。

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