鎮守府の片隅で   作:ariel

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今年の土曜丑の日は、だいぶ先でしたねw。ということで、前回のあとがきで書きました土曜丑の日用の話ではなく、別エピソードを投稿したいと思います。


第五話 熊野とカツレツ

よく誤解されるのですが、私のお店はあくまでも小料理屋のため、料理が主でお酒は従です。時々某飲んだくれ軽空母のような娘がお店に居座っているため、お酒がメインだと考えている駆逐艦の子達も居ますが、実際にはお酒なしで食事だけをしていく艦娘も多く、あくまでも『お酒も提供している』というのが私のお店だと思っています。

 

また、これもよく誤解されるのですが、私は和食しか作れないわけではありません。先の大戦が終わるまで、私が所属していました帝国海軍では、士官の皆様は好んで洋食もいただいておりましたので、私も一通りの洋食を作る事が出来ます。そのため、時々気が向いた時などは特別メニューとして、今でも私のお店で当時の洋食をお出ししたりする事もあります。

 

今の時代からすると非常にレトロなスタイルの洋食のため、なかなか好みが分かれる所もあるのですが、私の洋食が好きな艦娘も居るようで、私が特別メニューとして洋食を作っている日になると、必ずと言っていい程の確率でやってくる艦娘も居ます。また、少なくとも1週間前に予約をしてもらわなくてはなりませんし、それなりのお金も出してもらいますが、一応フルコースも作れますので、金銭的に余裕のある大型艦の艦娘達から特別な会合の時に、お願いされる事もあります。

 

今日は嬉しい事に、それなりにまとまった量の仔牛の肉が手に入りました。いつもでしたら、これを使って肉じゃがなどの和食の小料理でも作るのですが、せっかく良いお肉が手に入りましたし、ここしばらく作っていなかったので、久しぶりにこれを使ってカツレツを作ろうと思います。そうと決まれば、早速下準備にとりかからなければいけません。美味しいカツレツは、肉が厚過ぎてはいけませんので、まずはしっかり叩いてお肉を薄く延ばすわけですが、薄すぎても当然駄目なため、この作業は慎重に行わなくてはなりません。

 

私が帝国海軍で学んだレシピは、カツレツの上に目玉焼きを乗せた物ですが、今回はこれにトマトソースをかける予定です。そのため、仕込みの段階でトマトソースも作らなくてはなりません。最近は出来合いのトマトソースも売っているそうですが、折角作る以上は手を抜きたくありませんので、これも作ってしまいましょう。

 

トマトソースを作るためには、トマトの皮と種は邪魔になりますので、まずはこれを取り除いて…、軽く微塵切りに切っておきましょう。これに、トマトジュースと磨り潰したニンニク、そして少しだけコンソメを入れて…トマトが煮崩れるまでお鍋でじっくり煮込みます。鎮守府周辺にある今時の洋食屋さんなどでは、これにハーブ類などを混ぜて味を整えているようですが、私のレシピはあくまでも昔ながらのシンプルなレシピ。あとは、コンスターチと水を入れて少しだけとろみを付けたら、最後にアクセントとなるように胡椒をふって出来上がりです。カツレツの方で塩を使うため、ソースの方にはあまり塩味がありませんが、カツレツと合わせれば丁度良い感じになるはずです。う~ん…我ながら美味しく出来ました。これなら問題ありません。残りは、実際に注文が来てから作ることになるので下準備はここまでです。

 

「鳳翔、吾輩今日も来たのじゃ。今日は何を食べようかのぉ。筑摩も鈴谷も早く注文するのじゃ。」

 

「はいはい、利根姉さん。あら?今日はカツレツがあるのですね。利根姉さんも鈴谷さんも今日はカツレツにしませんか?」

 

「ほぉ~、いいじゃん。こんな事なら、熊野も連れてくれば…あっ、連絡してあげるか。洋食があると聞いたら、熊野も飛んでくるよね~。」

 

あら…第七戦隊の重巡洋艦の艦娘達が来ましたね。利根さんと筑摩さんはうちの常連さんですし、鈴谷さんも時々顔を見せるのですが、熊野さんは洋食が好きなので、普段は私のお店には来てくれません。しかしこの調子ですと、今日は四人揃いそうですね。

 

「それが良いのぉ。筑摩、早速電信を打つのじゃ。『7S命令作第ニ五号 発 第七戦隊利根 宛 旗艦熊野 本日鳳翔ノ店ニテ、洋食メニューヲ発見セリ。至急来店スベシ』」

 

「はい、利根姉さん。」

 

まだ正式な注文は入っていませんが、あの感じですと熊野さんは間違いなくやってきそうです。ですから、最初から四人分で作ってしまいましょう。下準備をしていた薄く延ばした仔牛肉を四枚取り出して…全てに塩と胡椒をふります。カツレツは欧州の様々な場所で作られますし、有名どころではViennaスタイル(ウィーン風カツレツ)のようにしっかり衣をつけたタイプのカツレツもあります。しかし、私が帝国海軍で作っていたカツレツは、フランスのコートレットです。今回はトマトソースをかけますから、正確にはミラノ風のカツレツでコートレットとは違うのですが・・・。いずれにせよ、塩と胡椒を振ったお肉に、小麦粉と溶き卵、そしてパン粉をまぶす際に、衣の部分がそれ程厚くならないように気をつけます。また私のレシピでは、少しだけハーブの香りをつけるために、バジルの葉も挟んでから衣をつけていきます。

 

お肉の方の準備が終わりましたので、先に目玉焼きを焼いてしまいましょう。後から目玉焼きを焼いても良いのですが、あくまでも今回の主役はカツレツです。ですからカツレツが冷めないように、焼き上げたら直ぐにお客さんに出してあげたいのです。

 

さて目玉焼きも出来ましたし、一気にカツレツを焼いていきましょうか。まずはフライパンに油とバターを入れて…あまり強火で焼いてしまいますと美味しくないですから、中火くらいでキツネ色になるまでしっかり焼いて…あぁ・・・バターの焼けるいい香りがしてきました。カツレツの衣の部分もキツネ色になってきましのたで、こちら側はもう大丈夫でしょう。後はひっくり返して裏面も焼いてしまえば出来上がりです。まずはトマトソースを皿に敷き詰めて、その上に出来上がったカツレツを置きます。そしてその上に目玉焼きを乗せて・・・。それと付け合せのために準備していた、人参とブロッコリーを塩茹でした物を空いている部分に配置して・・・完成です。

 

あら、熊野さんも到着したみたいですね。丁度よいタイミングです。残念ながら今回はパンやスープは用意していませんので、ご飯を一緒に出すしかありませんが、まぁ問題はないでしょう。

 

「熊野さんいらっしゃい。第七戦隊の三人はそちらのテーブルに居ますよ。それと、注文はカツレツでいいですね?」

 

「えぇ、鳳翔さん。それで結構ですわ。早速ですけど、カツレツとライスでお願い出来ますこと?それと、ライスはお皿で出して欲しいですし、フォークとナイフも出していただけるかしら。」

 

利根さん達には、ご飯はお茶碗で出せば良さそうですし、フォークやナイフよりは箸の方が良さそうですが、熊野さんにだけは、ご飯はお皿に乗せてナイフとフォークを出して欲しいと頼まれてしまいました。まぁ、味は変わらないのでしょうけど、雰囲気も一緒に味わいたいという気持ちは、私もよく分かります。たしかに帝国海軍でも、洋食の時はご飯などは全てお皿に乗せて出ていましたし、本格的に盛り付けなども行っていましたからね・・・懐かしい思い出です。

 

「利根さん達は、普通にお茶碗で出して良かったですよね?今日は残念ながらコンソメスープは作っていないので、スープは我慢して・・・」

 

「吾輩、味噌汁でいいぞ。」

 

「ちょっと・・・利根さん。折角カツレツなのですから、もう少しオシャレにして欲しいですわね。鳳翔さん、私はスープはなしでいいので、カツレツとライスだけで結構ですわ。それと、もしありましたらワインとグラスもお願いできるかしら。」

 

一応、ワインは先日買い揃えた残りがありましたし、グラスもありますから大丈夫ですけど・・・いつのまにか、熊野さんの周りだけ異空間になっていますね。どうやら自分用にテーブルクロスまで持参してきたようですし、あの一角だけ私のお店ではないような気がしてきます。・・・ここまで拘わられると、私も脱帽ですね。それにしても、筑摩さんや鈴谷さんはともかく、利根さんもぶれませんね。美味しければ、どんな組み合わせでも、どんなスタイルでも構わない・・・私もそういう考え方は好きです。

 

「はぁ~・・・流石に鳳翔さんの洋食は素晴らしいですわ。鎮守府の食堂では、絶対にこんな素晴らしい物は出て来ませんし、街中の洋食屋さんでも、ここまでのカツレツは、なかなかお目にかかれませんことよ。バターを使ってしっかり焼いているからなのでしょうけど、非常に香ばしくて手が止まりませんわ。それに・・・お肉もしっかり伸ばしてありますし・・・あら、これはバジルですね?素晴らしい香りですわ。トマトソースとも凄く合っています。・・・これ一枚で足りるかしら。それと鈴谷、ワインをもう一杯ついでくださるかしら?」

 

「むぅ・・・吾輩も手が止まらんのじゃ。熊野はお上品に食べておるようじゃが、吾輩こういう料理はご飯と一緒にガッツリ食べたいからのぉ・・・やはりお茶碗とお箸でご飯は食べたいものじゃ。それに・・・熊野には笑われそうじゃが、味噌汁とも意外と合うのぉ。まぁ、カツレツとは言っておるが、牛カツだと思えば味噌汁が合うのは当然なのじゃが。あっ鳳翔、ご飯をおかわりなのじゃ、ついでにカツレツももう一枚追加するぞ。」

 

「利根姉さん・・・あまりがっつかないでください。いえ、美味しいのは分かりますし、これだけ柔らかいカツレツは最高だと思いますけど・・・見ているこちらが恥ずかしくなってしまいます。・・・とはいえ、これは私も手が止まりません。鳳翔さん、私にもカツレツを一枚追加してください。」

 

「まぁ、いいじゃん、筑摩。熊野のように食べていたら肩が凝るだけだよ~。私も気楽に食べていいと思うんだけどな~。それに、久しぶりにワインも飲めたし、フッフ~ン。今日は第七戦隊も全員揃っているし、私もトコトン付き合うよ~。」

 

四人とも美味しそうに食べてくれていますね。久しぶりに洋食メニューを出した甲斐がありました。一応、パン粉をまぶしてバターを使って焼いていますから、純粋に揚げているトンカツや牛カツとは少し違いますが、たしかに利根さんが言うようにトンカツのような物と考えてしまえば、お味噌汁と合うのかもしれませんね。私も今度試してみましょう。しかし・・・トマトソースのお料理を躊躇なくお味噌汁と一緒に食べるのは勇気が要りますが。

 

「山城・・・私達もカツレツをいただきましょう。『カツ』レツと言うくらいですから、縁起が良い食べ物のはずです。鳳翔さん、私達にもカツレツをお願いしますね。」

 

「扶桑姉さま・・・私も一緒にカツレツを食べます。これを食べて運を上げれば・・・不幸姉妹だなんて言わせないし・・・。」

 

何やら不穏な声も聞こえてきましたが、熊野さん達が美味しそうに食べている姿を見て、他のお客さん達もカツレツを注文し始めましたね。さて、それではどんどん作っていきましょうか。

 




実際のところ、鳳翔さんは洋食も得意だと思います。海軍さんでは士官は洋食を結構食べていたと思いますので(自腹ですがw)、それに対応していた・・・となれば、和食だけではなく洋食もかなりの腕だと考えました。という事で、今回は珍しく洋食で書いてみました。これに合わせる艦娘ですが、やはりお嬢様の熊野かな・・・と思い、熊野+第七戦隊にしてみたのですが、考えてみれば『カツ』レツですから、最後に少しだけ登場した不幸姉妹でも良かったかもしれませんw。それにしても、利根を出すと、アクが強すぎて全部持ってかれそうですw(重巡の中では、一番好きですしw)。

さて、今回のカツレツですが、これはだいぶ昔、私が生前の祖父から聞いた話をベースに書いています。祖父は帝国海軍の士官でして(私の年齢までバレそうですねw)、やはり海軍時代に様々な洋食を食べたそうです。そして、その中でも今回登場した目玉焼きが乗ったカツレツは非常に思い出に残っていると言っていました。ソースの部分は私も話を忘れてしまったため、今回はトマトソースにしてミラノ風カツレツで書いているので、祖父が食べたというコートレットとは少し異なると思いますが、カツレツ+目玉焼きの部分は実際に合ったメニューのようです。考えてみれば、戦時中でもかなりの時期までこんな物を食べていたわけですから、陸軍とはだいぶ違っていたんですね。

ちなみに、海軍ではよくフランス料理のフルコース・・・うんぬんな話を聞きますが、これも現在のフレンチレストランのフルコースをイメージしてしまうと誤解かな・・・と思います。坂の上の雲などの記述(正式な歴史書ではないですが)を見ますと、ステーキやカツレツのような肉系料理+パン+コンソメスープ+サラダ、そしてコーヒー・・・のような、どちらかというと現在の洋食のようなイメージをした方が正解に近いかもしれません。いや・・・それでも、あの時代にしては贅沢なのですけどね^^;

残念ながら私の祖父母はもう亡くなってしまいましたが、夜の蛾のように派手好きで明るい所が大好きだった私の祖母は、よく思い出話として『帝国海軍の制服を着ていたお爺さんは、本当に格好よかった。陸軍だったらたぶん結婚していない』なんて事を言っていましたので、やはり海軍さんは当時からオシャレで人気があったのでしょうねw。

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