鎮守府の片隅で   作:ariel

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先週は急な仕事が入ってしまったため、投稿はお休みさせてもらいました。といいますか…この時期、忙しすぎますw。今回は外伝のため少し長めの話に…。悪VS悪の鍋料理の会、登場艦娘はいずれも曲者揃いの回になりそうです。


外伝13 悪VS悪 蟹鍋の戦い

駆逐艦寮某所 夕雲

 

 

うっふふ、ついにこの夕雲にも運が向いて来たようね。昨日金剛さんから、『この間、北方から物資を運んでくれたお礼に、私の蟹鍋パーティーに招待してあげマ~ス』と言われた時は驚いたけれど、蟹が食べられるなんて何時ぶりかしら。夕雲には妹達が多いから、普段蟹なんてとても食べられないけど、こうやって呼んでもらえるなんて本当に嬉しいわ。これは初霜さんと仲好くなって、大型艦のお姉さん達と繋がりが出来たおかげね。あら?初霜さんも夕雲と一緒に蟹鍋パーティーに呼ばれていると思うのだけれど、あまり嬉しそうではないのね。初霜さんにとっては、蟹なんて珍しくないかしら…。

 

「初霜さん?今日の蟹鍋パーティーは楽しみね。夕雲は蟹なんて普段食べられないから、今日のお昼は抜いて夜に備えるつもりよ?初霜さんは、あまり嬉しそうではないみたいだけれど、蟹は好きではなかったかしら?」

 

「…夕雲さん。やっぱり分かっていなかったのね。今日は金剛さんが主催する蟹鍋パーティーよ。賭けてもいいけれど、私達の口に蟹は入らないと思った方がいいわ。ううん、一切れくらいは貰えると思うけれど、過度な期待は禁物よ。」

 

え?…そんな。折角夕雲にも運が向いて来たと思っていたのに…。初霜さんは『金剛さん主催』の意味を知っていたから、あまり喜んでいなかったのね。でも変ね…。たしかに初霜さんは喜んではいないみたいだけれど、別段悲しそうな表情もしていないわ。夕雲からしたら、目の前で蟹を食べている姿を見せられて自分が食べられないと知っていたら、悲しいと思うのだけれど…。何か考えがあるのかしら。

 

「…そう。でも初霜さんは、あまり悲しそうでもなさそうね。夕雲だったら、そんな鍋パーティー、どんな手を使ってでも逃げたいと思うのに…。」

 

「夕雲さん…甘いわ。食べられない事が最初から分かっていて、初霜が何も手を打っていないと思ったの?もうちゃんと手は打ってあるから、心配しなくても大丈夫よ。今日は美味しい蟹が食べられそうだわ…ウフフ。」

 

…なるほど。もう手は打ってあったのね。流石は初霜さんだわ。最近、金剛さんの雑務の孫請けをさせられている夕雲も良く分かってきたけれど、初霜さんの力を甘く見たら駄目ね。駆逐艦寮では猫を被って大人しくしているようだけれど、実態を知った夕雲からしたら、とても同じ駆逐艦の子とは思えないわ。大型艦のお姉さん達とも互角以上にやりあっているようだし…。いずれにせよ、初霜さんがちゃんと手を打っているという事は、今日は夕雲もどんな形になるのかは分からないけれど、蟹は食べられるという事ね。

 

「初霜さん?その蟹…夕雲も食べさせてもらえるのかしら…。」

 

「えぇ、勿論夕雲さんも食べられるわ。榛名さんや霧島さんも一緒だけれど、今日は四人で美味しい蟹が食べられそうよ…ウフフフ。」

 

「そう…それは夕雲も楽しみね…うっふふ。」

 

 

 

夕方頃

戦艦寮『金剛私室』  榛名

 

 

ついにこの日が来てしまいました。榛名…とても不安です。先日の捷四号作戦の帰り道、金剛お姉様の厳命を受けた初霜さんと夕雲さんが、大量の北方の海の幸を購入し帰還してきました。既にその海の幸のほとんどは、金剛お姉様の胃袋に消えてしまいましたが、一番の大物である蟹が、未だ冷凍状態で残っています。先日金剛お姉様は、その蟹を使って美味しい蟹鍋を行うと宣言し、今回の功労者である初霜さんと夕雲さんも招待される事になった…までは良かったのです…。しかし榛名は知っています。金剛お姉様が鍋を取り仕切るという事は、榛名達は勿論の事、折角呼んだ初霜さんと夕雲さんの口にも、蟹が入る可能性が非常に低いという事を…。

 

この事は、前日初霜さんに相談されて榛名も気づいたのですが、間違いないと思います。初霜さんは、対抗策を準備するから資金を融通して欲しいと相談してきましたので、榛名と霧島は資金を拠出していますが、どのような対抗策を取るのかまでは聞いていません。榛名…少し不安です。たとえ今日、榛名達の口に蟹が入らなくても、榛名は大丈夫です…ただ…この鍋パーティーが無事に終わってくれれば。

 

そんな榛名や隣の霧島の心配を余所に、金剛お姉様と比叡お姉様が、とても上機嫌で鍋の中に野菜や豆腐、そして…大きな殻付きの蟹を投入しています。グツグツ煮立つ鍋の中に蟹が入ると、蟹の殻の鮮やかな赤色がより映えて見えてきます。このような大きな蟹が鍋で茹でられている姿…見ているだけでも嬉しくなってくるのですが…この蟹、榛名達は食べさせてもらえるのでしょうか。

 

「こんばんは、金剛さん。今日は呼んでくれてありがとうございます。初霜来ました。」

 

「こんばんは。夕雲も来ましたよ。金剛さん、今日はありがとうございます。」

 

金剛お姉様に招待された初霜さんと夕雲さんも登場ですね。丁度鍋も出来上がりそうですし、良いタイミングだと思います。とりあえず榛名と霧島の間を開けて、初霜さん達に座ってもらいましょう。

 

「Oh、初霜達も来たネ。丁度鍋が出来上がりそうデ~ス。今日は二人ともguestだから、ここに座るネ。」

 

…珍しい事もあるものですね。あの金剛お姉様が、自分の隣を二人に勧めました。なるほど…金剛お姉様が招待した訳ですから、今日のこの二人は金剛お姉様のお客さんでもあります。ですから、金剛お姉様自ら場所を作ってあげたという事ですね。流石は金剛お姉様…駆逐艦の子達とはいえ、お客さんに気を使う姿、榛名感激です!これでしたら、榛名は少し心配していましたが、初霜さんや夕雲さん達も蟹が食べられそうですね。榛名達は大丈夫ですから、せめてこの二人だけでも蟹がしっかり食べる事が出来れば嬉しいです。

 

「今日の初霜達はmy guestネ。だから私が初霜達の分も取り分けてあげるネ。楽しんでいくといいで~す。」

 

「まぁ、金剛さん。ありがとう。初霜、今日は蟹をとても楽しみにしていたのよ。」

 

「夕雲も、久しぶりの蟹ですから嬉しいわ。」

 

「私に任せておくネ。早速取り分けてあげマ~ス。今日は二人に美味しい物をたくさん食べさせてあげるネ」

 

あの…金剛お姉様、初霜さんに取り分けてあげるのは良いのですが、榛名の目には白菜や豆腐ばかりお椀に入っているような気が…。せめて一つくらいは蟹を…。

 

「…金剛さん。取り分けてもらえるのは嬉しいけど…初霜は、そっちの赤い物も食べたいわ。」

 

「Oh…初霜。こっちの赤いのが食べたいですか?大丈夫ネ。私に任せておくデ~ス。初霜にはいつもお世話になっているから、今日はたくさん食べていくネ。」

 

…お姉様…それは人参のような。たしかに初霜さんが言ったような色の具材ですが、初霜さんは蟹を望んでいたのだと榛名は思うのです。

 

「金剛さん…夕雲は、その…白菜は嬉しいのだけれど、もうちょっと…その…柔らかく食べられる…そっちの具材も食べたいわ。」

 

「Oh…夕雲。分かっていま~す。私に任せておくネ。夕雲にも、今回は色々荷物運びでお世話になったからサ~、今日は楽しんでいくといいデ~ス。」

 

…お姉様…それは豆腐です。夕雲さんのリクエスト通り、たしかに柔らかい食材ですが、夕雲さんが指を指していたのは、蟹だと榛名は思います。

 

「その…金剛さん?夕雲が食べたいのは、その…食べると縦に裂けるような食感が味わえて、甘さも感じる事が出来る具材なのだけれど…」

 

「Oh…夕雲、これは私のmistakeでしたネ。sorryネ。夕雲が食べたい具材はこれだったネ。」

 

…お姉様…ある意味流石です。今度はエノキ茸を夕雲さんのお椀に入れました。たしかに縦に裂けるような食感と、キノコの甘さも感じる事が出来ますから、間違ってはいないと榛名も思います。ですが…。…ここは、榛名が頑張って二人のために蟹を手に入れるしかありませんね…。榛名、行きます!

 

「榛名!何をやっているのです?うちの鍋は、金剛お姉様が取り分けるというルールです。お姉様の邪魔をして勝手に具材を取る事は禁止されています。今回の鍋の具材は、この比叡、気合い、入れて、守ります!」

 

比叡お姉様…。榛名が箸を伸ばした所を、間髪入れずに迎撃されてしまいました。霧島も比叡お姉様から厳しい視線を向けられて、箸を伸ばす事を躊躇していますし…このままでは、折角来てもらった初霜さんや夕雲さんに蟹を食べさせてあげる事が出来ません。…かくなるうえは、お姉様達には申し訳ありませんが、奥の手を使うしかないようですね。霧島…出番ですよ。

 

「霧島…よろしくお願いします。しばらくの間で良いですから、比叡お姉様だけでも止めてください。金剛お姉様は、私がなんとかしますから。」

 

「わ…分かりました。霧島の計算でも、この作戦なら二人に蟹を食べさせられると思います。」

 

この時のために、日本酒を隠し持って来て助かりました。この日本酒を一気に霧島が飲めば、しばらくの間比叡お姉様は、霧島を止めるのに専念する事になります。後は榛名が金剛お姉様をしばらくの間だけでも抑えれば、その間の鍋はフリー。少なくともお客さんのこの二人が、蟹を食べる事は出来る筈です。

 

 

「くぉら~!マイクチェックされてぇかぁ~!霧島っ!参上よっ!蟹食べさせろぉ~!」

 

「What!? 誰が霧島に酒を飲ませたネ!比叡、霧島を抑えるデ~ス。そんなに飲んでいない筈デ~スから、しばらくすれば素面に戻るネ。…Hey! 榛名。何するデ~スか!勝手に鍋に手を出したらNoなんだからネ!仕方ない榛名デ~ス。ここは私自らdefenseするしかないネ。」

 

「初霜さん、夕雲さん。今の内ですよ。蟹を取ってください。」

 

「Hey! 初霜、夕雲、何やってるネ。その蟹は私の物デ~ス。初霜達には、蟹のエキスがたっぷり染み込んだ、美味しい白菜をたくさん食べさせてあげたネ。何勝手に、蟹をとっているデ~スか!? 榛名、早く離すデ~ス。後でお仕置きネ!」

 

なんとか…これで初霜さん達も蟹が…。二人とも凄く戸惑っていますが、榛名達で金剛お姉様達を抑えられる時間は限られています。早く鍋から蟹を取ってください。

 

 

その後、霧島を抑えた比叡お姉様の加勢もあって、榛名達は全員正座をさせられ、目の前で金剛お姉様達が蟹を食べている姿を、ただ見守る事になりました。ですが榛名達の活躍で、初霜さんと夕雲さんはなんとか蟹を二つ程食べる事が出来ましたので…榛名はそれで満足です。素面に戻った霧島も、少し悔しそうな顔をしていますが、今回の結果には満足しているのではないでしょうか。

 

結局、ほぼ全ての蟹は金剛お姉様と比叡お姉様の胃袋に入ってしまい、榛名の目の前の鍋は汁だけの状態になりました。今回榛名と霧島は蟹を食べられませんでしたが、少なくともお客さんの二人には蟹を食べさせることが出来ましたから、榛名は大丈夫です。

 

「フ~…美味しい蟹だったネ。今回は榛名と霧島の裏切りで途中大変だったけどサ~、なんとかなったネ。まぁ、結果的に満足出来たから、今回は二人とも許してあげるネ。ただ…榛名、霧島、後片付けはしっかりやるネ。それが今日の罰デ~ス。さぁ比叡、私達は比叡の部屋でTea timeネ。初霜、夕雲、今日は蟹も食べられて良かったネ。それじゃ、See you tomorrowデ~ス。Good night。」

 

 

初霜

 

 

…ふぅ。金剛さん主催の鍋パーティーだから、どうせこんな事だろうな…とは予想していたけれど、今回は榛名さん達のおかげで、初霜達まで蟹を食べられたから、予想よりも良かったわ。榛名さん達は、初霜達にあまり蟹を食べさせられなかった事を残念そうに思っているみたいだけれど、初霜としては想像していたよりは悪くなかったから、満足しているわ。…それよりも、ここからが本番よ…ウフフ。

 

「榛名さん、霧島さん。今日は本当にありがとう。初霜は、まさかここで蟹が食べられるとは思っていなかったから、本当に感謝しているわ。さぁ、それじゃ、この鍋を持って場所を移動しましょう。」

 

「いえ、榛名達の力が足りなかったばかりに…。結局、蟹の足が二つ食べられただけでしたよね?ごめんなさい。さぁ、それじゃこの鍋を急いで洗いに行きましょうか。」

 

えっ?榛名さん何を言っているの?鍋を洗ったら駄目だわ。これからこの鍋のお汁ごと、鳳翔さんのお店に持って行って、第二弾の鍋パーティーをするのだから。第二弾の具材は、榛名さん達から出してもらった軍資金で、もう手配済みよ。

 

「榛名さん?鍋を洗ったら駄目だわ。これからこの鍋を持って、鳳翔さんのお店に行くのだから。榛名さん達も一緒に行きましょうよ。さぁ、夕雲さん、手伝ってちょうだい。初霜一人では、この鍋は重いわ。」

 

「えっ、今から鳳翔さんのお店?鍋を持ってですか?霧島はそんな計算していなかったけれど…まぁいいでしょう。霧島も付き合います。鍋は霧島が持っていきますから、急いで行きますよ。」

 

 

小料理屋『鳳翔』  初霜

 

 

「鳳翔さん、こんばんは。約束どおり鍋ごと持ってきたわ。あとはお願い出来るかしら?」

 

「いらっしゃい、皆さん。大丈夫ですよ、初霜ちゃん。後は私に任せてください。あら…このお汁は凄いですね。このお汁には蟹の旨味がぎっしり詰まっていますから…追加の具材を食べ終えたら、ここにご飯と卵を落として蟹雑炊にしましょうね。」

 

そう…金剛さんの鍋パーティーだから、最後に鍋の中に残っているのは汁だけだと分かっていたわ。だから予め鳳翔さんにお願いして、第二弾の鍋の準備をしてもらっていて正解だったわ。それに…

 

「あっ、これが初霜さんの作戦だったのですね。昨日、軍資金が欲しいと言われて驚きましたが、これなら榛名も納得です。まさか…また蟹が出てくるなんて思ってもいませんでした。」

 

「これは…霧島の想像以上です。流石、初霜。よく出来ました。」

 

「作戦があるとは分かっていたけれど…これは夕雲も驚いたわ。流石は初霜さんね…うっふふ」

 

そう…。私達が北海道で購入してきた蟹には劣るけれど、ちゃんと新しい蟹も準備してあるわ…。元々蟹の美味しさがたっぷり入った鍋で更に追加の蟹を食べて、そこから蟹雑炊…完璧な作戦ね。

 

 

今度こそ、初霜もゆっくり蟹が食べられるわ。お鍋の中には再び、蟹と野菜がたっぷり。早速いただこうかしら。まずは蟹ね。さっきは、榛名さん達が金剛さん達を抑えている間に急いで食べたから、あまり味も分からなかったけれど、今回は味わえそうね。鳳翔さんがちゃんと身を取りだしやすい様に、蟹の殻の部分に包丁を入れてくれているから、簡単に外せそうだわ。とりあえずこの足の部分からいただこうかしら。足の節の少し上の部分を持って、蟹の身がちぎれないようにソーッと抜き取って…。ウフフ、丁度良いわ。良い感じで蟹の身が取り出せたわ。

 

この大きさだと、初霜では一口で食べられそうにないけれど、それでもかぶりつかないと…。ウ~ン、美味しいわ。既に蟹の美味しさがしっかり入った汁で煮ているから、蟹の身にその汁がしっかり染み込んでいて、少し噛んだだけでも物凄く美味し蟹の味が染み出してくるなんて…凄いわ。口の中で蟹の身が縦に裂けるような感じでほぐれて…噛んでいると蟹の甘さが口の中に広がる。…初霜はいつも大和さんに美味しい料理を食べさせてもらっているけれど、それでも今日のこの鍋の美味しさには脱帽よ。

 

榛名さんや霧島さんも、凄く嬉しそうに蟹を食べているし、夕雲さんも少ししか食べられなかった分を取り返すかのように食べているわ。それにしても…蟹を食べていると静かになる…と聞いた事があるけれど、それは本当のようね。鍋を囲んでひたすら蟹と格闘して、その美味しい身を楽しむ。…普段ならこんな美味しい料理を初霜達が食べているのを放っておく筈がない空母のお姉さん達や利根さん達も邪魔出来ないようだから、きっと蟹と一心不乱に格闘している初霜達の姿を不気味に思っているんだわ。

 

 

…ふぅ…満足したわ。今回は蟹もしっかり食べられたし、蟹の美味しさがしっかり染みこんだ白菜等も再び楽しめたし…。蟹の身を食べた上で考えれば、蟹の美味しさを凝縮したような汁が染みこんだ白菜も絶品ね。ようやく初霜達四人も落ち着いて、お互いに笑顔で会話も戻ってきたけれど…そろそろ最後の〆を鳳翔さんにお願いしないと。

 

「鳳翔さん、とても美味しい蟹鍋をありがとうございます。初霜は感動したわ。それで…そろそろ最後の蟹雑炊をお願いしたいのだけれど…。」

 

「初霜ちゃんもそうでしたが、榛名さん達も凄い食べっぷりでしたね…。やはり金剛さんの所で食べる鍋は大変だったようですね。…分かりました、それではこちらで雑炊を作りますので、鍋を回収しますね。」

 

 

 

鳳翔

 

 

昨日、初霜ちゃんが私のお店にやってきて、明日の夜に榛名さん達と一緒に来るから、蟹鍋を準備して欲しいと言われた時は少し驚きました。たしかその日は、初霜ちゃんと夕雲ちゃんは、金剛さんの蟹鍋パーティーに招待されていた筈です。ですから同じ日に…しかもほとんど時間をおかずに再び蟹鍋を食べる…というのは、少し不思議でした。

 

ですが考えてみれば、あの金剛さんが主催する鍋パーティーです。いくら招待されたとはいえ、初霜ちゃん達の口に蟹が回ってくることは私も想像が出来ません。おそらく普段からあの人の執務室で金剛さんと仕事をしている初霜ちゃんもそのリスクを考えて、榛名さん達に相談した結果…。駆逐艦の初霜ちゃんでは、このような作戦を考える事は難しいでしょうから、これはたぶん榛名さんの入れ知恵でしょうね。

 

そして今夜、私の想像通り、金剛さんが主催する鍋パーティーでほとんど蟹を食べる事が出来なかった四人が私のお店にやってきました。ただ私の想像と少し異なったのは、蟹鍋をやった残り汁を持参してきた事です。金剛さんの事ですから、蟹雑炊まで独り占めするだろう…と予想していたのですが、どうやら汁をそのまま残して鍋パーティーが終了したようですね。金剛さんにしては珍しい行動のような気もしますが、結果的に美味しい蟹の出汁が手に入ったので、これを利用してはじめに蟹鍋を行いました。

 

四人とも凄い勢いで蟹と格闘していましたから、余程蟹が食べたかったのだろうと思います。あまりの食べっぷりに、普段であればこのような美味しい料理が目の前にあれば、すぐにチョッカイをかけたがる赤城さん達も遠巻きに見ていましたし、利根さん達も介入の機会を諦めていたのが、見ていて面白かったですね。…さて、初霜ちゃんから、〆の蟹雑炊をお願いされましたので、急いで作ってしまいましょうか。

 

お鍋の中には、蟹の香りが漂ってくるほど濃厚な蟹の出汁汁が入っています。それではここに味を調整するために、薄口醤油とみりん、そして少量の塩を加えたら、まずネギを投入して少しだけ火を通しておきます。…そろそろよろしいですね。それでは一度水洗いした御飯をここに入れて、更に少しだけ取り分けていたほぐした蟹の身を散らしたら、しっかり煮立たせます。…御飯が少し膨らんできましたから、そろそろ良さそうですね。最後に溶き卵を全体に回し入れて…掻き混ぜながら半熟の状態になるようにして…これで完成です。

 

…流石にあれだけの蟹を楽しんだ後の鍋で作った蟹雑炊です。作っている私まで食べたくなるような美味しそうな蟹の香りが漂ってきますね。…今回は私も少し我慢出来ませんので、赤城さん達に見つからないように、そっと一口だけ味見を…。えぇ、素晴らしい味の蟹雑炊ですね。蟹の旨味が凝縮していて…なおかつ卵の柔らかい味、そして少しだけモチッとした食感の御飯が汁と絡んで…。!そうです、折角ですから少しだけ爽やかさを感じる事が出来る三つ葉を上から散らしておきましょう。

 

「皆さん、蟹雑炊が出来ましたので、どうぞお上がりください。榛名さんも霧島さんも今日は本当にお疲れ様でした。よく初霜ちゃん達を守ってくれましたね。〆の蟹雑炊、しっかり楽しんでいってくださいね。」

 

「は…はい!榛名感激です!」

 

「あ…ありがとうございます、鳳翔さん。霧島も凄く嬉しいです。」

 

 

 

榛名

 

 

榛名がこんなに幸せになって良いのでしょうか。本来ならば食べられなかった蟹を鳳翔さんのお店で堪能して、さらに今、目の前にとても美味しそうな雑炊まで出してもらえました。今回の段取りは、全て初霜さんのおかげです。初霜さんはきっと、普段から金剛お姉様と一緒に仕事をして苦労していますから、榛名達以上に考えが回るのでしょうね。今回の資金こそ榛名達が出していますが、ここまで楽しませてもらえれば、榛名もそうですが、きっと霧島も初霜さんに感謝していると思います。

 

それにしても…この雑炊は美味しそうですね。早速榛名も食べさせてもらいましょうか。…いえ、まずは今回の功労者の初霜さんによそってあげてからですね。ちゃんと蟹の身も乗せてあげて…初霜さんも嬉しそうで、榛名も嬉しいです。さて、それでは自分の分も取り分けたら、食べてみましょう。

 

うん…これは素晴らしいお味ですね。榛名感激です。蟹の味や香りが汁の部分にこれでもか…という程濃厚に存在して、その汁を吸い込んで膨れた御飯の粒…。これを口の中に少し入れるだけで、榛名の口の中に蟹の香りが広がります。そして一緒に入った半熟の卵…ふんわりとして少しだけ甘くなった卵も最高です。そしてこれは…上に散らされた爽やかな香りの三つ葉。勿論、蟹の香りも素敵ですが、この爽やかな香りも蟹を邪魔しない最高の組み合わせです。これは…隣の霧島もそのようですが、榛名も箸が止まりません。

 

この美味しい雑炊を口の中に運ぶ度に次々と押し寄せてくる、蟹の旨味と和風の柔らかい味…。そして御飯のもっちり感…。あれだけ蟹鍋を楽しんだ筈ですが、簡単に食べる事が出来てしまいます。このような美味しい料理を準備してくれた鳳翔さんにも感謝ですね。本当にありがとうございます。

 

「の…のぉ、榛名に初霜。その…ちょっとだけ我輩にも食べさせてくれぬか?その…さっきからあまりにも美味しそうで、少しだけでよいから…。」

 

「あ…赤城もお願いします。もう、さっきから素晴らしい匂いを嗅がされ続けて、赤城も我慢の限界です。」

 

「私も今回は少し食べたいわ。」

 

あら、利根さんや赤城さん、それに加賀さんまでお椀を差し出してきましたね。えぇ、勿論、榛名は問題ありません。このような美味しい料理ですから、みんなで楽しみましょう。あら?

 

「利根さん、赤城さん、それに加賀さん。いつも色々お世話になっているから、初霜としても勿論良いのだけれど…。今回、初霜達は結構大変な目にあって、ようやく手に入れる事が出来た蟹雑炊なのよ?その…出来れば帰りに何かお土産を駆逐艦寮に持って帰りたいわ。…そうね、串カツを準備してくれないかしら?夕雲さんも妹達が駆逐艦寮で待っていると思うから。そうしてくれたら、蟹雑炊は喜んで渡すわ。」

 

「…仕方ありませんね。たしかに今回、初霜達は相当苦労してこの蟹の汁を手に入れたようですから、代わりの品を要求する事は筋が通っているわ。赤城さん、串カツのお土産を初霜達に奢ってあげましょう。」

 

「そ…そうですね、加賀さん。たしかに苦労して手に入れてきた物を只でもらう…というのは、一航戦の誇りが許せませんからね。」

 

「仕方ないのぉ…。鳳翔、初霜と夕雲に土産の串カツを何本か包んでやってくれぬか?我輩達の奢りじゃ。」

 

初霜さん…流石ですね。たしかに苦労して手に入れた幸福ですし、実際初霜さんも夕雲さんも駆逐艦寮で多くの姉妹艦が待っている筈です。ですから、お土産を持って帰りたいという気持ちも良く分かります。どうやら榛名の想像以上に、初霜さん達はいつも苦労しているようですね。榛名と霧島も少し出すべきなのかもしれません。榛名達も今回、初霜さん達に苦労させてしまいましたから。

 

「鳳翔さん、榛名達も少し出しますので、お願いします。」

 

今日は色々ありましたが、本当に良い一日になりました。榛名、本当に満足です。

 

 

 

駆逐艦寮への帰り道  夕雲

 

 

うっふふ。流石は初霜さんね。最終的に蟹をしっかり食べられて、蟹雑炊という至高の料理まで楽しむことが出来たわ。さらに妹達へのお土産付きで、しかも全て只。本当に初霜さんには感謝しかないわ。初霜さんを信じてついて来て本当に良かったわ。夕雲はこれ以上ない程感謝しているのよ?

 

「初霜さん?今日は本当に楽しかったわ。今日の出来事、夕雲は本当に感謝しているのよ。それに…こんなに夕雲がお土産を貰っていいの?初霜さんも待っている姉妹艦が居るのでしょう?」

 

「ううん、夕雲さん。初霜はこれだけでいいわ。夕雲さんの方がお土産を渡す妹が多くて大変でしょう?ただ…出来れば、初霜からのプレゼントと言ってもらえると嬉しいわ。」

 

なるほど、流石は初霜さん、夕雲なんて足元にも及ばない程知恵が回るのね。今回のお土産の鳳翔さんのお店の串カツ、きっと夕雲の妹達は大喜びするわ。そしてそんな美味しい串カツが手に入ったのは、初霜さんのおかげ…という事を妹達が知れば、間違いなく夕雲の妹達の間で、初霜さんの株は急上昇。実際にこのお土産が手に入ったのは、初霜さんの機転のおかげだから、夕雲も何も文句を言えないけれど、夕雲以上に賄賂の渡し方が上手だわ。

 

まぁいいわ。夕雲にとって初霜さんはとても頼りになる子で、これからも上手にやっていきたいから。それにしても…今日は最終的にあの金剛さん達も出し抜けたようだし、本当に良い一日だったわ…うっふふ。

 

 

 

戦艦寮 『比叡私室』  比叡

 

 

「お姉様!大変です。榛名と霧島が、鍋と一緒に消えました!」

 

「比叡、落ち着くネ。今頃、初霜達も一緒に鳳翔のお店で、私達の悪口を言いながら、鍋の続きをやっている筈デ~ス!」

 

えっ!? 金剛お姉様、笑いながら言っていますけど…それはあまり笑い事ではないのではありませんか? 榛名達が金剛お姉様にも内緒で美味しい物を…しかも鳳翔さんのお店で食べているというのは、あまり良い事ではないと思うのですが…。

 

「あの…お姉様?それはあまり良い事ではないのではありませんか?お姉様にも内緒で美味しい物を食べるなんて…許せない!」

 

「No, No, 比叡。少し落ち着くネ。これは私の遠大な作戦の一環ですから、問題ありまセ~ン。榛名達の行動のシナリオを書いているのは、間違いなく初霜ネ。But, その初霜も、私の掌の上で踊っているだけデ~スから、全く問題ないデ~ス。」

 

!流石は金剛お姉様!比叡感服しました。ですが…何故今回の出来事が問題ないのか…比叡には良く分かりません。

 

「その…金剛お姉様…。後学のために、この比叡に何故問題ないのか、教えてもらえないですか?」

 

「oh…比叡も仕方ないネ。それでは教えてあげマ~ス。まず、今回の蟹鍋料理、一番得をしたのは誰ネ?」

 

一番得をした人ですか?…それはやはり、蟹をたらふく食べた、私や金剛お姉様だと思いますが…。

 

「それは…今回蟹を堪能した、私達二人ですよね?」

 

「Exactly! その通りネ、比叡。という事は、結果的にあまり蟹を食べられなかった榛名や初霜達は負けですネ。But, 大方今頃、初霜達は私を出し抜いたと思って大喜びして、勝ったと思っていマ~ス。本当は負けているのに、勝ったと思ってくれるという事は、次も同じように行動してくれるという事ネ。つまり、次回も私達の勝ちは確定していマ~スし、その次も同じネ。」

 

!なる程。流石は頭脳明晰な金剛お姉様。たしかに勝ったと思っていれば、次も同じように勝とうと思って、よく似た勝利目標を立てて行動してくる筈です。ところが、その勝利目標を狙っている時点で、既に金剛お姉様は勝っている…素晴らしいお考えです。

 

「比叡、よく覚えておくネ。こちらの都合の良いように相手に動いてもらうためには、相手に自分が得をしたと信じさせる事が一番importanceネ。そのために今回、私は身を削る思いで、美味しい蟹の煮汁で作る蟹雑炊を諦めたデ~ス。これは次の勝利のための投資ネ。」

 

やはりこの鎮守府でお姉様に勝てる艦娘など居ません。この比叡、これからも金剛お姉様をしっかり支えていかなくてはいけませんね。気合、入れて、頑張ります!




え~…以上、悪VS悪の鍋対決となりましたw。いえ実際の所、小悪党の初霜が上手に立ち回っていた筈なのですが、結局親分の金剛さんの掌の上で転がされていた…といった所です。そしてその結果…現実の世の中にも非常によくある話になりました。この話では、榛名が良い子過ぎて気の毒になってくるのですが、今回は榛名も最後楽しんでいますので、なんとか幸せに過ごしているのだろな…とw。さらに夕雲姉さん、完全に初霜の『お友達』になってしまっており、今回はなんだかんだ言って、美味しい所をかなり持っていったような。久しぶりの勝敗の判定結果ですが…


金剛さん 完全勝利S 今回蟹をたらふく食べて、しかも初霜が今回の出来事で自身の勝利条件を下げているため、今後の勝利も約束されました。

比叡   完全勝利S 金剛さんにくっつくことで、これからも勝利が約束されています。

榛名   戦術的勝利B 金剛さん主催の鍋料理では蟹は食べられなかったものの、最終的に鳳翔さんの蟹雑炊まで含めて美味しくいただきました。ただし…今回かなりの出費も

霧島   戦術的勝利B 同上

初霜   勝利A    なんだかんだ言って、上手に立ち回ったため、只で蟹雑炊までゲット。ついでに駆逐艦寮で念願の自分の派閥の拡張(夕雲姉妹)にも成功?

夕雲   勝利A    初霜にくっつくことで、今回無料で様々な美味しい物を食べる事に。初霜の僕(金剛さんの孫請け)になりつつあるものの、それに倍する利益も。


という事で、今回は誰も負けがいないという珍しい展開になりました。いえ…結局は金剛さんの大戦略に乗せられた為、見かけ上全員が勝利しているのですが、長い目で見れば、榛名以下四人は、いいように金剛さんの掌の上で転がされる事になりますから、実は戦略的大敗北という話も…。

さて蟹雑炊です。蟹鍋の〆となる料理ですが、これが本当に美味しいんですよね。なんと言いますか、蟹をたらふく食べた後に、更にこんな美味しい物を食べても良いのか!という感動を与えてくれる料理で、私の大好物の一つでもあります。蟹雑炊には色々な種類があると思いますが、私が好きなタイプは、薄口醤油と出汁で味付けをして、溶き卵を使うタイプです。人によっては少しポン酢を混ぜて酸味を出す人も居るようですし、この辺りは好みが人によって色々ありそうですね。

艦これのブラウザ版、ついに6-4が出たようですが、皆さん突撃しましたか?私は6-3までは開いているので、そのうち突入しようと思っていますが、まだやっていない状態です。最近リアルの仕事がかなり洒落にならない忙しさになってしまい、なかなかゆっくりゲームする時間も…。とはいえ、あと一週間耐え切れば、一週間の休暇が取れそうなので、毎年の恒例なのですが、台湾でゆっくりしようかな…と思っています。

ですから少し残念ですが、次週は間違いなくお休みになりますし、場合によってはその次もスキップする事になるかもしれません。申し訳ありませんが、気長に次を待っていただけたらな…と思います。今回も読んでいただきありがとうございました。

今回の蟹雑炊のレシピですが、単独の料理ではなく鍋の〆料理という形にしているため、分量は鍋の残りの量に依存してしまうため省略します。一応材料だけ…。





蟹雑炊レシピ

蟹鍋の残り汁
薄口醤油
みりん


御飯
蟹の身(なしでもOK)
ネギ
三つ葉

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