東京喰種[滅]   作:スマート

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#001「誕生」改訂版

1985年、先進国「日本」。

 近代化が進み、今や先進国へと成ったその国は今、ある一つの危機に直面していた。

 どこの国でも有りがちな、先進国特有の環境汚染問題ではない。地球温暖化でも、原子力発電問題でもなく、もちろん核保有を巡る各国の牽制なんてものでも…ない。

 

 もっと直接的に…そう、人間の命に直接関わる迅速に対応しなければならないモノ。

 

妖怪、悪魔とされていた存在は決して目に見えないわけではなく、何百年もの昔からそれらは人間社会に波風を立てずにひっそりと潜み続けていた。過去の伝記や書類を読み解いてもそれらに関する詳しい情報を知ることが出来ない。それほどまでにそれらは人の前に現れることが無かったのだろう。

もしくは、数が少なかったのだろうと考えられた。

 

彼らはオカルトではない、確固とした生物で世界に生きている。

 

 

 だがその絶妙なバランスの取れた均衡は崩壊してしまう。ある日、専業主婦26歳が、無残に腹を開かれた状態で発見されるという事件が起こった。

首の根元から、へその辺りまで何か鋭利な刃物で魚の開きの如く切り開かれ、骨や内臓を周囲に撒き散らし仰向けに転がっていたのだ。

 

惨殺死体、それを見たものは総じて吐き気を催し、そしてこれを行ったであろう凶悪な思想を持つであろう犯人に対して感じる狂気を恐れた。だが、事件現場に向かった地方警察が感じたのは、その感想とは少し違ったものだったのだ。

 

 その無残にも切り開かれた死体には、その冷たく動かなくなった体には、明らかに足りない部分が多数見受けられたのだ。指が、目が、内臓が…まるで誰かの手によって強引に引き千切られたかのように無くなっていた。

 

快楽殺人者、または余程の恨みをこの被害者に持つ人物の犯行なのかと警察は目星をつけ、捜査を行うも、凶器となったであろう犯人の持つ刃物でさえ見つけることが出来なかったのだ。

 

 そして、また数日中に悲劇は繰り返された、次は通勤途中のまだまだ年若い30代のサラリーマンが会社付近にある狭い路地の中で、死体となって発見された。

まるで被害者が大した抵抗する事もなく、比較的大きなな刃物で首をスッパリと切られた死体から、相手がもしかすると軍隊か相応の職業(非社会的団体)の人間ではないかと考えられた。

 

 しかし、それでも被害は一向に抑えられず、やがて被害者の数は尋常でない程に膨れ上がり、ついには2ケタを越えてしまう。

警察は、「これ以上被害を繰り返させるな」と国民からのバッシングやマスコミなどの批判を受け、とうとう日本で始めて起こった、大規模なテロ事件として、公安部が動き出したのだった。

 

公安は、今までの狡猾で陰惨な手口から、犯人が複数であり、銃刀法違反に抵触する殺傷能力の極めて高い武器を持っていると判断し、銃器の携帯が警察捜査官全体に義務付けられ、捜査本部が立ち上げられる捜査が始まった。

 

 だがしかし、結果として捜査は案の定難航する、殺害された被害者の明確な共通点は無し。恨みによる犯行という線も、あまりの被害者の違いから捜査上から霧散してしまう。

 

老若男女構わず、生きている人間を殺傷している犯人は、行動パターンが読みにくかったのだ。

それでも、警察公安もただの無能の集まり(税金泥棒)ではない、完璧にとは言わないまでも国民を恐怖に陥れる犯罪者は間引いてくれるだろう、少なくとももらった血税分は働いてくれる。

 

 熱を入れて、自衛隊をも捜査協力に参加させ、テロの沈静化はいわば国家プロジェクトとなる規模にまで達していた。それほど自体を政府は重く捉えていたのだ。

捜査を一新し、新しい人員を投入しての再度の捜査を始めた彼らが、まず最初に目を付けたのは、被害者の人物像ではなく犯人の殺傷パターンだった。

 

ほんのその一点において、この日本至上まれに見る大犯罪は、共通点があった。いずれも一人でいたところを、人通りの少ない暗い場所で襲われていたのだ。

路地裏や、溜池の近く、果ては平日の昼の住宅街などが、殺人の主な場所に選ばれていた。

 

そして、最後に被害者達は全員、どこか身体の一部分を奪われていたのだ。それは手であったり、足であったり様々であったが、近くにその切り取った部位が落ちていなかったということから、犯人がそれを持ち去ったという事で、警察犬による被害者の血液からの捜索が行われもした。

 

 ここから公安は徹底的に人が少なくなる場所や、犯人が出没したであろう範囲を綿密に地図で調べ上げ、心理学の専門家や元暴力団にも話を聞き…ついに発見する。

赤黒く変色した不気味な眼を持つ生物を……

 

 それは最早、人と呼んでも良い存在なのかすら、あやふやな生物だった。その手で殺した人間の腕を、罪悪感を微塵も感じさせず、まるでツマミのスルメのように口にくわえて噛んでいた生き物を、もう…ヒトとは人間とは言わないだろう。

躊躇なくヒトを殺害し、躊躇なく同族を食すことの出来る人間、その人として犯してはならない禁忌を2つと犯した生物を、人類は潰すべき害虫と見なした。

 

 だがこの生物は驚くほどに強靭でタフな肉体を持っていたのだ。公安たちの持っていた拳銃がことごとくその硬い皮膚によってはじき返されたのだから、その異常性も一塩だろう。

 

政府から射殺命令が下されるも、未だ生物を殺すことができない状況に公安は業を煮やし、今まで協力を渋っていたある組織の協力を得ることを容認する。

 

「和修」それは当時で言うオカルトに属する者を専門的に狩る集団とまったくは何市にも上らななった組織集団だった。だが、政府の錯乱から彼らの一団を内部に取り込んだことにより事態は幸か不幸か好転する。

 

「和修」の指示によって、戦車などの分厚い装甲を打ち抜くための兵器である84mm無反動砲を装備させた自衛隊が東京各所に借り出され、それによって殺人犯が起こすと思われていた事態は沈静化し始めたのだった。

 

流石に人命に対して過剰な戦力を持ち出すのはどうかという意見も政府内にはあったが、「和修」からもたらされた殺人犯に対する恐るべき情報、及びこれ以上の事態の悪化は政府の沽券に係わると当時の総理大臣が決行を容認したのだ。

 

 数度にわたる公安警察との交戦の末、莫大な火力からなる鉛の雨に晒された害虫は、次第に活力が無くなっていき、やがて地面へと崩れ落ちたのだった。

ただ…強力な銃器を使ったのにも関わらず、傷が直ぐに再生してしまう生物。動かなくなった生物の直接の死因が銃殺ではなく、交戦を長く続けていたための「餓死」という事実に、公安の捜査官達は恐れおののき、二度とこれらの事件が起こることの無いようにと、神に誓ったのだった。

 

 しかしながら、その悪魔のような事件から数ヶ月もしない内に、似たような生物があらわれ人を襲いだすといった類の事件が頻発し、警察は、そして政府は、これを早急に対処するべく、抗争に参加しいち早く彼らの対処法を政府に提示した「和修」を組織の中核にそえ、ある一つの組織を作り上げた。

 

 人に在らざる生物を駆逐し、人類に永劫の平和と生物の脅威から未来を約束する組織。

 CCG[喰種対策局]が置かれることになったのだった…

 

 

 

 群衆に紛れ、人を狩り、その死肉を食す存在。

 人はそれを[喰種(グール)]と呼ぶ。

 

       

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

198X年、7月8日

 蒸し暑い夏の日の夜のことだった。 

もうもうと立ち込める空気は加湿器を焚いた様に白く、歩けば汗ではなく湿気で服が肌に吸い付いてしまう。まるでサウナの中にでもいるかのような鬱陶しく感じる茹だる様な暑さの中、通行人と言えば犬と干からび始めたミミズくらいだった。

 

電化製品の使い過ぎや火力発電の仕様過多が原因で増えるCO2のが原因とされる地球温暖化、東京郊外もその例にもれず最高気温は38°と人間の体温を軽く超え、外に出れば身体の弱い人なら一発で熱中症で倒れてしまいかねない世界が広がっている。

 

だが、東京で働く社会人達はそれすらも自分には関係ないとばかりに、都市に繰り出していたのだった。寿司詰状態の電車に乗り限界まで詰めさせられて、渋滞の高速道路にイラつきながら日々のストレスをお金という対価と引き換えに身体に溜め込んでいく。

 

お金を儲けることが決して悪とは言わない、だが身の安全を切り捨ててまで働こうとする人間が増えている人間が多くいるのも事実なのだ。過労死という言葉を聞いたことがあるだろう、家庭の事情や会社の事情その他もろもろの理由で金儲けに専念せざるを得なくなってしまった結果、肉体の限界を超えてしまい起こる悲劇。

 

目的の為にお金を稼ぐという行動が、いつの間にかお金を稼ぐことが目的にすり替わってしまう。何に使うのでもなくただお金が溜まっていく事が嬉しい、何かあるといけないからもしもの時に備えてお金を貯めていよう、それがもう悪循環になっていることに気が付いている人は少ない。

 

暑さで休むことが、身体の安全を守る事がまるで悪い事かのように、人間たちは黙々と働きに出て来ている。だが、それで人が過労死すればその時だけ騒ぐだけで大した法改正も無く事件は忘れられていってしまうのだ。「我関せず」自分と関わりのない事に人はあまり関心を示さない。

かれらは自分が同じ目にあった時初めてその辛さを知り、世界に訴えるのだ……自分がしてきたことを棚に上げ、周りに無視されることを夢にも思わず訴える。

 

そしてまた同じ悲劇を繰り返す。

 

それは自分達が周りを無視するという選択をとってしまった事で選び取った危険な未来。世界にはまだ自分が選択する事も出来ない理不尽で不条理な未来が待ち受けている。

 

 

 

 

 日本の首都である東京と言えども廃墟とも言える人が立ち寄らなくなった場所は少なからず存在している。

どこか近くで野良犬の遠吠えが聞こえる、東京2区のとある付近は、その中でも暫くの間まったく人の手が入っておらずひび割れた建物が多く立ち並ぶ荒れ果てゴーストタウンと化した住宅地の一宅。

そこでまるでこの世の終わりのような、壮絶な呻き声が響いた。

 

「う、っぐあああああああああぁぁ……あああああああああああぁぁ!!」

 

 叫び声にもにた、必死さを感じさせる声は、だが逆に新たな命への祝福を告げる声でもあった。薄汚れ、埃が散る、汗や垢で黄色に変色してしまった不衛生な布団の上で、長い髪の女性は白いタオルを噛み締めて踏ん張っていたのだ。

 

女性の大きく前に飛び出したお腹には、この世に生まれたいと願う次の時代を担う命が宿っている。女性は荒い呼吸を何度も繰り返し、仰向けに寝転がって出産が始まる予兆の陣痛を沈痛な面持ちでたえ忍んでいた。何度も身を引き裂くような陣痛に襲われる女性、だがその顔は絶望で彩られてはいない。むしろ苦痛に耐えながら彼女は始終笑顔だった。

 

苦しいだろう、痛いだろう、意識を飛ばしてしまえば楽になるだろうと何度も考えたことだろう。だが彼女はそれ以上に嬉しかったのだ。自分の愛する子が今この瞬間にも生まれ出ようとしていることが。

 

 だが、赤ん坊の誕生、その人間の人生において最も重要な局面において、彼女の周りには全くといって人の気配はなかったのだ。席を外しているのでもない、一室の外にも人の話し声や物音が聞こえることはなく、産婆の姿や恐らく父親になるであろう男の姿でさも見えなかった。

 

そもそも大切な記念日と成りうる我が子の誕生を、こんな花のない場所で行っているという事から何かがおかしかった。普通なら病院か実家で家族に見守られながら挑む者だろう、産婆や母が付き添い不安になりがちな妊婦を優しく慰めてやるのがあるべき姿だ。

 

だが女性はそれを気にすることも無く、そして少し寂しそうに割れて日々の入ったガラス窓を見て、息を深く吐いた。

 

 彼女を見守るのは、明らかに寿命がつきかかった電球の明滅する光だけ。 彼女は右腕に銀色の十字架を堅く握りしめ、もう片方の手でゆっくりとお腹を慈しむように撫でた。

真っ赤に朱色に染まった瞳に一筋の涙が零れ落ちる。それはあまりの痛みから漏れたモノではなく、子供を一人この世界に残していくことに対する自身の憤りだった。彼女は窓の外を眺め自分の死期が差し迫っているのを敏感に感じ取っていたのだ。

寿命などではなく、自分を今にも殺しにくる存在の事を、その優れた聴覚で聞き取っていた。

 

「ふふふ、私の可愛い可愛い赤ちゃん…早く生まれておいで。掛け替えのない、あの人との私の子供…絶対にあいつらなんかには渡さない」

 

 薄暗い部屋の中、独りで出産しなければならない彼女の負担は、相当なものだったろう。だが、母は強しと言ったところか。この度重なる陣痛に襲われても笑顔を絶やさない彼女。滝村 朱美[たきむら あけみ]は、この後、決死の力を振り絞って、愛おしい我が子を出産する。そして、我が子の鳴き声を、神の祝福の掲示のように涙しながら、迫りくる敵と戦い息絶えたという……

 

 母親の死の後、その後すぐに血相を変えた黒いスーツ姿の捜査官達が家へと飛び込んで来た時には、赤ん坊の姿は何処にもなかったという。自力で動いたのか、はたまた第三者の力が働いたのかは不明だが、これだけは言える。

 

 闇に消えたその赤ん坊の眼は、片目だけが赤く、そしてこの世界の全てを恨むように輝いていたと…

 


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