東京喰種[滅]   作:スマート

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第一章「蟋蟀」
#003「悲劇」


 

 

何時もの様に家に帰った僕の目の前で、ある日突然何の前触れもなく誰かの犯行によって僕たちの両親は殺害された。無残に腹を切り開かれ、内臓が周囲に飛び散った無残としか言えない姿が見つかるなど、夢にも思わなかった。

 

この惨状が余りにも突飛で唐突過ぎて、それが死んでいて今日の朝まで生きていた僕の家族だと、妄想でも仮想でも夢でも白昼夢でもなんでもなく、実際に起こってしまったいう事実を理解するまで数分をようした。

 

当時の気持ちとしては、驚いたというよりも呆然としたというのが正しいだろう。この光景が本当に真実なのか、先日読んでいた小説の続きを夢に見ているのではないかと一瞬馬鹿な事を考えたが、周囲に漂う死臭に現実から引き戻されてしまう。

 

とっさに僕は義妹にこの光景を見せてはいけないと思い至り、両手で顔を被ったのだが、その行為はもう遅かったようで、義妹の眼にはもう真っ赤な鮮血にまみれた、両親の姿が焼き付いてしまっていた。

 

「い、いやあああああああああああああああああああああああああああああああ」

 

もはや人間の形をとどめていない、辛うじて朝着ていた服の所為で両親だと判別できるだけの肉の塊へと成り下がった存在に向かって、義妹は泣いた、それはそれは大きく声を荒げて「お母さん、お父さん」と肉塊に問うのだ。

 

自分が血塗れになる事すら厭わず、義妹は血の染み込んだリビングへと足を踏み出しぐちゃぐちゃになり、どちらのモノか最早わからなくなった内臓を掻き集めて抱きしめたのだ。

 

「いやだ…いやだ、いやだ…」

 

同じ言葉を繰り返し、義妹は飛び散った肉塊に引っ付けと、元に戻れと意味のない罵声を浴びせ、涙を流し肉の塊を掻き集めていく。ひとしきり周囲に巻かれた肉が集まったか頃、敷かれたカーペットに転がった目玉を愛おしそうに義妹は拾い上げ、そっと掻き集めた肉塊の上に乗せたのだった。

 

小説の中では軽々しく触れられてきた「死」という出来事。殺人、病死、老衰、事故死それは数あれど違わないのは、この世から人が居なくなったという虚無感と悲しさだけ。それを何処か紙を隔てた上で感じていた僕は矢張り「死」を軽んじていたのだろう。

 

「死」とはこれこれこういうモノだと、小説や漫画の情報を鵜呑みにして自己満足の悲しさに浸っていたのだ、軽々しく可哀想と口にする上から目線の同情のごとく、自分に一切害が及ばない高見から見下ろす様に僕は「死」と言うモノを捉えていた。まだ縁遠いものだと。

 

目の前の死に対して何も言えなかった。

狂ったように叫ぶ義妹を前にして何の言葉もかけてやることが出来なかった。

 

もう、父さんの怒った顔も、優しく頭を撫でてくれた武骨な手も僕に向けられることは無い。母さんの心のこもった手料理、何時も学校に持っていっていた弁当の味も、朗らかにほほ笑む慈母のような笑顔ももう僕は見ることも味わう事も出来ない。

 

だが、此処で物思いにふける様に死の悲しさについて考えてしまった僕は、一つ重大な過ちに気が付いていなかったのだ。いや、気づけていたのならそもそもこんな事態には成っていなかったのかもしれない。

 

ここで、僕が……僕自身が惨殺された両親の死体を見ても何ら感情を揺さぶられることなく平然としている事実に気が付けたのなら、これから先に起こる周りの人生まで変えかねない転機を未然に防ぐことだって出来たのかもしれない。

 

そう、僕は両親二人の血の匂い、内臓の香りに空腹を感じてしまっていたのだ。

 

 あの光景は今でも鮮明に、それこそ動画の映像のように色褪せず思い出すことができる。吐き気がした、義妹にあんな顔をさせている状況に、そして両親だった肉に対してお腹が空いていると無意識に思ってしまった事に対して。確かに育ての親が死んでしまったことに対して涙したし、義妹とともに喪服に身を包んで葬儀に出席したときは悲しかった。

 

悲しかったが、それ以上に僕はあの火葬されていく二人の肉に対して空腹を催していたのだった。

 

その事実に気がついたとき、僕は驚愕し、そして自己嫌悪した。どこに自分の両親を「喰いたい」などと感じる息子がいるのか。この時はまだ、僕は自分が一度にいろんなことがあった所為で、ストレスでどこかおかしくなってしまったのだろうと思っていた。

 

 自分に対して恐ろしくなった僕は、葬儀場から尻尾を巻いて家に逃げ帰りあれほど愛おしく思っていた義妹をもほっぽり出して、家に自分の部屋へと閉じこもった。外に出ることが、怖かったからだ。

 

外に出て、人間を見ればまた両親のように美味しそうなどと感じてしまうのではないかという恐怖心が僕を支配していたのだ。

 

だが、そんな引きこもりも長くは続かなかった、家に閉じこもる生活…つまりは引き篭もりは僕には向いていなかった、というより僕の腹が持たなかった。

閉じこもりを始めてゆうに3日目で僕の身体は限界を向かえ、何か口に入るものが欲しいと思うようになってしまっていた。

 

 ……そこで初めて僕は人間ではないのだと、気づかされた。空腹に負けて近所のスーパーで豚の生肉を購入し、家に帰るのも億劫になりさっそく口に入れてみると、豚とは思えない臭みと腐臭に吐き出してしまったのだ。

 

味覚が変わってしまったのだと思っていた、だがそれは違った、僕がいままで豚だと思っていた肉が、まったく別の肉だったのだ。両親は僕の正体に気がついてなお、僕を生かすために…「人間の肉」…を僕に与え続けていたのか。

 

わかりにくいようにしっかりと加工して、ほかのステーキやしゃぶしゃぶ等と見分けがつかないように細工までして。そのことに気がついたとき僕は死にたくなった。最近巷を騒がせている殺人鬼の種族が、僕だと知ってしまったのだから。

 

思えば、義妹を外食に連れて行くことはあっても、僕は家で留守番をしていることが多かった。大方それは両親が身内びいきをしているのかと、あきらめていたのだが、実際は間逆だったのだろう。

 

 両親が死んで居なくなってしまったことで、僕は自分で食事を作ったり、他人からのおすそ分けを食べるしかなくなり、その食事の得も言われぬまずさから、皮肉ながらその事実に気がつくことができたのだ。

 

あれは、食事が不味かったという表現では収まりきらなない、とても口にできないような人の食べるものでは無いだろうという触感と匂いだったのだ。牛乳を拭いた雑巾のような味がする肉、長く掃除されていない公園のトイレのような匂いのするチーズ、全てが最悪のものだった……

 

当初は自分の味覚が両親の死体を見たトラウマか何かで変になったのか、それとも僕に対しての周囲の圧力か何かだと思ったが、時がたっても料理がおいしく感じることは無かった。

 

周囲の人間には、僕が引き篭もっている理由が、両親の死にトラウマを抱えたかわいそうな男の子、という印象だったのだろうが、義妹だけは違っていた。僕が人の肉を食べなければ生きてはいけないとどこで知ったのかは分からないが、大方僕の態度で気が付いたのだろう。

 

あろうことか、引きこもってこのまま餓死してしまおうと死を覚悟していた僕に、義妹は自分の腕をカッターナイフで切り裂いて、僕に……自分を食べろと促したのだ。まだ、15歳にも見たない中学生がだ。

 

そのとき、僕は怒れなかった……自分の命を簡単に捨てようとした義妹に対して、怒ることが出来なかった、ただ義妹の手首から湧き上がる鮮血に、皮膚の切れ目からのぞく柔らかそうな桃色の肉に目を奪われてしまったのだ。「美味しそう」だと思ってしまった自分自身を殴り飛ばしたかった。兄失格だ、両親を、義妹を「食べる」などと、考えただけでもおぞましかった。

 

だが…僕はその匂いに、色に、次第に抗えなくなり…

 

一緒に生活を共にしてきた家族を、僕は喰らったのだ。あの楽しかった生活を、今までの思い出をかなぐり捨てて、目の前の肉に眼を奪われてしまった。最悪だ、最低だ、クズで醜悪で下種の所業だった。

 

 不幸中の幸いというか、義妹の身に不幸を招いたのはほかならぬ僕なのだが、彼女の腕の肉をほんの少し引きちぎったあたりで正気に戻り、僕は痛みからか流れ出る血液に貧血になったのか、崩れ落ち意識を失った義妹を置いて、そのまま外へ逃げ出したのだった。

 

救急車はしっかりと呼んだ、本来ならば一緒に付き添う事が良かったのかもしれないが、これ以上血の匂いを纏った義妹の側にいれば、僕は僕の中の食欲を抑えられる自信がなかったのだ。

 

かならず、僕は空腹で義妹を肉として、身体の全てを貪り喰らってしまうだろう、それだけは、それだけはどうしても避けたかったのだ…

 

 

 義妹との僕が両親の家で過ごしてきた日々が思い出される。学校でいじめにあったと泣く義妹に報復として僕がそのいじめっ子に制裁を加えに行き、全治3か月の怪我を負わせ(と言っても義妹が負わされた怪我に比べれば遥かに軽いものなのだが)親に拳骨でなぐられた事もあった。

 

着物を着て一緒に、僕たちの住んでいた地域で小規模に行われる花火大会を見に行ったこともあった、大きな花火が打ちあがる音に吃驚した義妹が目じりに涙を浮かべていたのは、良い思い出だ。海へ海水浴へと行ったこともあった、山へ登ったこともあった、芋ほり、虫取りと数えだすと切りがない。

 

「う、うああああ……」

 

家からそう離れていない少し入り組んだ、家々に挟まれ奥が影で暗くなっている狭い通路の中で、僕は口に染みついた義妹の肉の味を必死に忘れようと、地面に顔を打ち付けていた。

 

だが、黒いアスファルトで舗装された固い地面にいくら頭を打ち付けようと、どれだけ死ぬ気で首を振ろうとも、そのたびに形容できない激痛と痣が出来るだけで、すぐに痛みは引いて行ってしまい、痣もあっというまに元の傷一つない肌へと戻ってしまうのだ。

 

口の中に、歯の間に挟まった義妹の肉の味が広がっている、どれだけ時間をかけても口から出すことが出来ずに、じっくり舐る様に最後の一滴でも残さなまいと味わってしまう。

 

噛めば噛むほど味が出るとでもいうように、僕の意思に反して本能が勝手に僕の口を動かし、少ない肉をもっと味わおうと卑しく動く。

 

可愛くその黒い髪が自慢だと良く話していた、義妹……その身体を僕は傷つけさせ、挙句の果てにはその肉体を喰べようとしたのだ。

 

「何だっていうんだ、僕は何なんだ……どうして、どうして僕なんだ!!」

 

どうして、僕がこんな目に合わなければならない?どうして、僕が自分の家族を食べなければならないと言う状況に陥らなければならないのか。可愛い義妹をどうして食べなければならないのか。僕は何か神様に恨みを買うような悪いことをしてしまったのだろうか。

 

愛していたものを食べるなど、そんな不幸な事があっていいはずがない。

救急車のサイレンの音がけたたましく周囲に響き渡り、僕の家の前がサイレンランプの光で赤く染まる、それがまるであの時の両親の死体が転がっていた部屋の記憶を呼び起こさせるようで、眼から真っ赤な液体が頬へと流れ落ちた。

 

これで義妹は助かるだろう、慌ただしく救急隊員たちが家に入っていき、真っ赤な血だまりの中に貧血で倒れていた義妹を2人がかりで運びだしている姿が遠目から伺えた。そして恐らく義妹はもう僕の前に二度と姿を現すことは無いだろう。僕はあの小さく健気な少女にそれだけのことをしてしまったのだ。

 

「嫌だ、嫌だ嫌だぁぁぁぁぁぁ」

 

義妹の肉を、血液を美味しいと思ってしまう自分が許せなかった。死にたくても死ねない自分がこれ以上なく憎かった。僕は化け物だ、人間の死体を貪り人の皮を被った化け物だ!!

 

 

 

.

 

 

 

 

 あれから、僕は数日を東京の住宅密集地に出来た狭い空間で過ごしていた。

薄暗い隙間を転々としながら、誰とも鉢合わせない様にひっそりと身を隠す生活は、今までの暮らしから考えて酷いものだったが、僕はたいして苦に感じていなかった。

 

喰種としての生まれ持った耐久性とでも言うのか、どれほど劣悪な環境でも僕の身体は痛むことは無く、どんなところでも簡単に眠る事が出来たのだ。

 

本当に皮肉な事だったが、あの時義妹の肉を口に含んだ所為で、幾ばくか空腹が収まり、餓死せずに済んでいた。

 

だがその結果として、僕という怪物をこの世界にのさばらせていると言うのなら、僕は義妹に間違いを犯させてしまったのだろう。

 

人間の死肉を貪る、家族であろうと食欲の対象になる存在、「喰種」を救ってしまったことは、悪なのだから。

 

喰種を匿った人間は、例えそれが善意であろうとも罰せられる。その罪は人間の犯罪者を匿う事より重く厳しい。国の法律でそう厳格に定められている。

 

僕を助けたという事で義妹が罰せられない事を祈るしかない……

 

 

 

薄ら寒い夜風に身を任せ、時折まとわりついついて来る虫を追い払いながら、僕は物音を立てずに息を潜めていた。

 

「……これから、どうしていけばいいんだ」

 

 人肉を食べなければ生きることが出来ない化け物など、人殺ししか能のない化け物など、世界には望まれていない。悪は成敗されるのが世の常だし、僕はそれでも良いと思っていた。

 

両親を殺され、義妹から離れた僕にはもう、頼れる人も守るものも、何もない。

こうしてじっと静かに路地裏に座して、再び空腹を待って餓死する事が、僕に最も相応しい未来なのだろう。異業の化け物には「死」を、罪深き家族を傷つけた男には「死」を…

 

だが、3日経った今でも僕の身体は健在で、鏡を見てはいないが、恐らく顔も綺麗なものなのだろう。人間は1週間何も食べなければ死んでしまうと言うが、僕の場合、それ以上は確実に生き長らえそうだった。

家で引きこもっていたときは、それ程時間をかけずに空腹を感じたが、それは食べ物の所為だったのかもしれない。

 

 本当におぞましく、鳥肌が立つ予想だが、僕の身体は人間を生のままで喰べることが本来の形なのかもしれない。

 

映画作品の吸血鬼の如く、生の血液を飲むことでそれこそ無限の命を得ることが出来るのかも知れない。もっとも、餓死という「死」が存在している時点で、僕が歳を今まで取ってきている時点で、「永遠の命」というものは無いだろうが。

それでも少なからず「死」が遠ざかっていることは確かだった。

 

僕の身体は、義妹の肉を体内に取り込むことで、何十日も絶食状態で生きる事が出来るようだった。

そう考えれば、僕が両親に焼いた肉を食べさせて貰っていたときと違って、活力が溢れてくるのにも納得がいく。死ねない身体に、餓死しにくい身体、それに加えて我慢できなくなりそうな、人を食べるという本能。

 

「はぁっ…」

 

 八つ当たりの一つもしたくなり、民家の柵として作られたであろうレンガの壁に拳をぶつける。

ガツンと拳の骨がレンガに反響してジーンとした鈍い痛みが走るが、僕はそれよりもまず、拳をぶつけた壁に愕然とした。

 

嘘だと思いたかった、誰かこれが夢なのだと教えて欲しかった。

拳を打ち付けられたら薄い赤色のレンガの壁は、ほんの少しだけひびが入っていたのだから。

 

「死にたい」

 

見る見るうちに、レンガに打ち付けた所為で切れた皮膚に新しい膜が張り、普段となんら変わらない肌色に戻るのを見つめながら、僕はそう呟いてしまった。

 

力までもが上がっているではないか、生命力だけではなく、筋肉の力まで普通ではなくなってしまっている。こんな力持っても意味がない。それは全て人を捕食するがために備わった力なのだろうから。

 

シマウマの首に齧りつくライオンの牙のような、バッタを挟み込むカマキリの鎌のごとく、僕のこの拳も人を僕の口に入れる為だけに作られた器官なのかもしれない。

 

 何処かの漫画のように自分の超常的な力に目覚めても、その力を使うべき「悪」となる存在が他ならない僕なのだ、それに補給するべきエネルギーとも言えるものが、人間の肉体というのだから目も当てられない。倒すべき敵もおらず、肉体を維持するがためにひたすら無駄に人間を食べ続ける生物は、本当にこの世から絶滅するべきなのだ。

 

実際、こんな化け物になったのが僕自身ではなく、どこかにいる他人だったのだとしたら、僕は迷わずその存在に対して「死ぬべき」だと言っていただろう。

「人を食べる」その行為は明らかに、根本から人間としての存在を著しく侵害した行為だった。

 

当然ながら、人間は自分が死ぬのは嫌だと思っている。というか地球上に存在する知性を持つ生物の中でさしたる理由もなく「死」を許容できるものなどいないだろう。

もしいたとしても、その生物はまず間違いなく進化の過程で省かれてしまっている。

 

 人間はそのなかでも一際ずば抜けた「感情」を持っている生物だ、「喜怒哀楽」喜び、怒り、哀しみ、楽しむという多種多様の精神的表現を生み出すことが出来る動物である。

 

その生物である人間が、自分の死というものに寛容になるかと言えば、その答えはNoというしかない、不特定の可能性は省き、一番多い意見を一般論とすれば、人間は死に対して並々ならぬ恐怖心を持っているのだ。

 

死んでしまうという現象が、残されるモノ側の干渉によってからでしか、発見することが出来ないという欠点はあるが、おおむね死というものを人間はネガティブなイメージとしてとらえている。

 

だからこそ人間は、法律で人が故意で他者を死に追いやることを厳格に規制し、その抑止手段として、人間の怖い死を罰として与えるという手段を取るに至ったのである。

そんな歴史を踏んで来た人間が、こんな何の変哲もなく人間を食べるだけの害悪のために進んで命を投げ出すことが出来るか?誰かの命を差し出すことが出来るのか?

 

まず、無理である。第2の質問に関しても、僕は自分の家族を(もういないが)差し出すつもりはなかった。

 

人が人を殺せばそれは「悪」の所業として捕まり、牢屋に放り込まれる、最悪「死」が与えられるかもしれない。それほどまでに人間は自らの死を、まるで自分の敵のように忌避しているのだ。

 

 始めから、「化け物として」人を襲い喰らう異形の化け物として生まれていたのなら、どれだけ気が楽だったのだろうかと……考えなくもない。

 

もし、僕にそういう未来があったのなら、今の自分からは許容できないことだが恐らく、僕は今ほど悩まずに平然とこの世界に生きていくことが出来ていただろう。平然と、路行く人を殺し、その血肉を餌と貪って満面の笑みを浮かべていた事だろう。

 

両親は、一体何を思ってこんな僕を育てようという気になったのだろうか、わざわざ食べ物に細工までして、僕にソレと気が付かせないようにしながら、何故……

 

少し厳しいところがあったが、矢張り大黒柱としてとても頼りになった父、優しいが偶に怒るときは父よりも恐ろしい形相になった、家族思いで心配性の母。あの2人は僕に、何を望んでいたのだろう。

 

誰しも好き好んで、人間を殺す化け物を育てたがらないはずだ。もしくは凶暴なペットを飼っているという感覚で育てられていたのか。だが、そうすれば義妹は……あの両親の実の子である義妹は、そんな猛獣とともに育てられていたという事になる。

 

僕自身を過剰評価するつもりはないが、義妹を襲うという点に関しては、そういう凶暴性を発揮しないと考えていたのかもしれない。

 

というか、さすがにその理論は飛躍しすぎていると、僕は頭を振って理解を諦めた。

それは、いわば熊の子供と同じ屋根の下、義妹を共に生活させるに等しい行為だ。

僕の両親が、どこにでもいるごく一般的な常識人だったならば、そんなことはしないという推測がたつ。

 

「なら…」

 

 なら何故僕はこの家に引き取られ、そのまま育てられてきたのだろう、さして不自由もせず実子と比べた身内びいきもされず、本当の家族同然として育てて貰えたのだろう……?

 

考えれば考えるほど、分からないことが増えていくような感覚だった。

学校ででる、ある程度規則性がある問題と比べてもわかるほどに、この僕の直面した問題はそのヒントでさえ明かされていなのだから……

 

 

 

  それから僕は2日を同じ路地裏で過ごし、未だ僕に降りかかる不幸は、まだまだ終わりを告げてはいなかったのだと、この後思い知ることになるのだった。

 




少年編です。少し矛盾点の修正の為、1話、2話の修正を大幅に行っております。お見苦しい点が御座いますがご容赦ください。

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