『CCG本部より報告、今日未明、13区のマンション地帯、路地裏にて喰種のものと思われる戦闘跡を発見。
繰り返す、CCG本部より報告、今日未明、13区のマンション地帯、路地裏にて喰種のものと思われる戦闘跡を発見』
人間に出来る喰種への唯一の抵抗と言えば、ターゲットにされないように夜を出歩かないこと、出会ったら直ぐに逃げることしかない。
喰種は人間に比べ身体能力に優れており、通常の武器では傷一つでさえ付けることが出来ないのだ。
ただ食べられることを恐れて人間達は泣き寝入りするしかないのか。
そんなときに出来上がったのが、喰種の脅威から住民を守ることを主にした、対策組織だった。
政府により制定された、喰種を駆逐するために作られた法案「喰種対策法」に基づき作られたそれは、Commission of Counter Ghoul」の頭文字を取り「CCG」と呼ばれるようになる。
喰種が人間を狩るこの世界に、喰種を狩る人間を作り出し、喰種撲滅を歌う組織。
それは、人間からは頼りにされ、期待され。反対に喰種からは疎まれ、親の敵のように嫌悪される組織でもある。
CCG「喰種対策局」、一区に作られた本部ではその放送に一同が騒然となっていた。
13区は確かに血の気の多い喰種が多数存在し、捜査官も困難を極める魔所として有名だった。
だが、今回の放送に聞こえた喰種の名前には、喰種対策局の捜査官達を騒がずにはいられない。
「うそ…」
ある喰種についての資料を纏めていた黒い髪の女は、何気なく耳に聞こえてきた情報に耳を疑った。
「特等」と呼ばれるその「CCG」でも指折りの捜査官に列をなす女は、驚愕で落としそうになった書類を慌てて持ち直し、自分のディスクへと運んでいく。
彼女が驚いたのは、その交戦が行われたという放送ではない、珍しいが一部の区ではそういう事件は度々報告されていた。だからこそ、珍しいが本部の捜査官が躍起になって現場へと急行していくほど、大げさな話ではないのだ。
問題は、その放送の次にあった。
ー戦闘跡から採取された血痕には、3名の喰種ものと思われる、Rc細胞を検出された。
CCGの誇る喰種の過去数百種類のデータが登録された総合データベースから、Rc細胞の種別特定を行った結果、一名の喰種の正体が特定された。
13区のS級喰種、捜査官の間でも一切人間を襲わないと有名な、共喰いを主とする「蟋蟀」が何者かの喰種と交戦を行ったものだと判断されたのだ。
そしてその場所に付いた傷跡や血痕の付き方から戦いは相当苛烈なモノと予想され、13区にS級もしくは、それ以上の喰種の襲来が予想された。
「あいつ、まだ共食いなんかやってるのね…」
手元に無数のペンと、東京都の細かな地図を広げながら、ふと女は物憂げな表情で、窓の外を見つめた。彼女の脳裏に思い浮かぶのは、一人のとても優しげな笑顔を浮かべる、線の細い男の顔。
今はどこでどうしているのだろうか、たまにこうして話題に上がることはあるので、元気なのは分かるが…懐かしそうに薄く微笑んだ彼女は、そして背後に誰かが立っていることに気が付き、振り返った。
「あいつ? だれかね、それは?喰種の話なら是非、参考の為に聞かせて貰いたいのだが…」
色の抜けたような、真っ白な白髪を首あたりまで伸ばした、不健康に痩せた格好の男。ギョロギョロと左右で不釣り合いな目を動かしながら、彼女を観察するように見つめてくる男は、名前を「真戸 呉緒」と言った。
彼女と同じ捜査官であり、何かに執着するように喰種を追い掛け回す一風変わった性格を持っている。直情的な性格では無い為、あまり知れ渡ってはないが、この人ほど喰種に恨みを抱いて心の底から憎んでいる人も少ないだろう。
喰種の赫子から造られるある武装を収集する事に楽しみを覚えているのは、憎い敵をより酷いやり方で殺す事に生きがいを感じてしまっているからなのだろう。こうして暇を見つけては喰種(武器)の情報を聞いて回っているのだった。
「いえ、少し昔の友人の事を思い出していただけですから」
「ふむ…そうかね」
素っ気なく答えた彼女の対応に、若干不満さを見せながらも、真戸は何かを思い出したように手を打った。如何にも聞いて欲しそうなキラキラとした目で見つめられては、彼女としても、聞かないではいられなかった。
階級が下だとは言え、真戸は彼女の師であり、また共に喰種と闘ってきたパートナーだった。喰種を狩ってきた功績を認められ、特等へと階級が変わるまで、彼女と組んでいたのはこの真戸なのだ。
一見ホラー映画に出てきそうな怖そうな外見なので、何度かCCGで保護した子供に泣かれた事があったが、内面は其処まで恐ろしくないという事を彼女は、今までの友として知っていた。
特に大好きなクインケを語るときの顔など、子供が新らしい玩具を親にねだるような顔をしているのだ。
そして彼の娘同様、どこか天然なボケを時折かます、その外見とのギャップが激しすぎて少し顔がにやけてしまうが、彼女は外面だけ平常心を保って、冷静に対応した。
「はい、なんですか?」
「そうだ、一度君のクインケを見せてくれないかね?あの[朱美protectー1]は興味深い!」
狂気が入り混じる顔で迫られれば、彼の事を知らない新米の捜査官なら、あっというまに自分のクインケを差し出してしまうだろう。だが、彼女…特等捜査官[幸途 鈴音]は全く動じず、逆に呆れたような顔でため息を付くだけだった。
「またですか、真戸さん…私は無闇に人にクインケを見せびらかしたくないのは知っているでしょう?」
喰種とは言え、彼らも生きている。そんな彼らを殺す道具は十分「凶器」だ。禍々しい死の匂いが染み付いたそれを、私は理由も無く他人に見せようとは思わない。生物を殺したナイフを誰が好き好んで見せびらかしたがるだろうか。
血の染み込んだ武器で喜べるのは、漫画の中のキャラクターか戦闘に狂った狂戦士だけだ。
「知っている…だが、どうしても気になってしまうんだ!どうかね、今度飯でも奢ろうじゃないか?」
この男の執着心は人並みはずれている。だが、こういう捜査官がいるから、喰種は無闇に人を襲えなくなっているのには違いない。
しかし、こうやって何度も私に絡んでくるのはウザいと鈴音は心の中で思うのだった。
「…そうそう今度新型のクインケが造られるらしいそうじゃないか?
心が躍るね、確か…名前は…アラ」
「真戸さん、それ以上は機密です。とても、こんな一介職員のいる場所で話して良い話題じゃない…」
おいおいと鈴音は冷や汗を書きながら、どこで掴んできたのか、特等にのみ伝えられた機密情報をしっていた真戸に辟易する。
大方、彼の知り合いであるところの、不屈のなんたらが教えたのだろうが…
今度、合ったら絶対に抗議してやると、鈴音は心に決めるのだった。
やがて真戸は、諦めたのか、それとも別の捜査官へとターゲットを変えたのかいそいそと何処かへ言ってしまった。
「あの人も、あれで子持ちなのが凄いよ…ふふっ。
さて、仕事、仕事っと」
外は真っ赤な夕焼けに包まれ、とても幻想的な色彩の街並みが映っている。
そして、こんなに綺麗な都市の暗闇で今日もまた、誰かが喰種に殺されているのだろう。理不尽に、まったく抵抗も出来ず、一方的に惨殺されているのだろう。
女は溜め息を付き、着ていた白衣のポケットから取り出した飴玉を一つ口に放り込む。甘い飴玉の味が口一杯に広がり、女は幸せそうに頬を緩めてから、気を引き締めて、資料をめくり始めたのだった。
だが、その引き締めた気も、次の放送が耳に入った瞬間、真面目な彼女に珍しく、指の動きが止まってしまう。
『コンクリートに付けられた傷と赫子の形状を、喰種総合データベースに登録したところ、残った二名の内、一名の喰種の個人特定が成功』
交戦対象はSSS級駆逐対象、「隻眼の梟」ー
「生きてる…よね?」
誰に言ったのか分からない言葉、慌ただしく捜査官達が駆け巡る部屋の中で、彼女はそっと首から下げた十字架に祈る。
どうかあの人が生きていてくれますように…と。
歯車が動き出す、人間と喰種の生き残りをかけた戦いの幕はもう、上がっている…
2015/4/1 合併修正