東京喰種[滅]   作:スマート

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第二章「喰種」
#008「人間」


 僕は何のために、何をするためにこの歪んだ間違いだらけの世界に生まれてきたのだろうか。

 喰種をこの世界から撲滅するため、そう今までは信じて疑わなかった。

 あの…喰種に出会うまでは。

 

 闇夜の路上に仲間を助けるために颯爽と現れた喰種の事を、僕は昔から噂として知っていた。

 「隻眼の梟」、喰種の天敵であるCCGに対して喧嘩を売り、多数の特等捜査官相手に戦ったとされる、喰種の中でも最強クラスの化け物。

 

 彼と戦ったとき、意識が跳びかけていたが、あの男が梟と呼ばれるに相応しい姿になっていたことは、辛うじて覚えていた。

 あれは天災だった…とてもではないが、僕が生きているということ自体、奇跡に近いのだ。

 

 梟は手加減していたつもりだろうが、僕があの後、腹に開いた穴を塞ぐために三日は費やした。途中でCCGの捜査官が来た所為で、物陰に隠れてやり過ごしたが、アレはアレで生死の境をさまよったのだ。

 

 そして、そんなSSSレートの化け物が何でも今から七年前に20区で喫茶店を開いている、人間好きの喰種なのだという。

 あの梟が人間好き?

 CCGの捜査官をあの時かなりの数惨殺した、あの恐ろしすぎる化け物が?

 

 あり得なさすぎて、三日前に出会った梟は、似ているだけで別人ではないのかと思ってしまう。

 

 人間好き…ともするとその言葉は喰種にとって肉が好きという事に聞こえるかもしれないが、その喰種の人間好きは違うのだという。

 本当の意味で、共存する隣人としての意味で、彼は人間を愛していたのだ…

 

 今まで僕が出会ってきた喰種は、いずれも人を私欲だけで喰らう、野蛮な獣のようなもの達だった。

 それだけに僕は、喰種の存在を野蛮だと、イコールで結び付けていたのかもしれなかった。

 だが、実際にあって対面し、言葉をぶつけてみると、今まで考えていた喰種像が崩れてしまう、温厚な人格を持っていたので驚いた。

 

 好戦的で血気盛んなものが喰種という生物に共通している特徴かと思っていたからだ。

 あの日も、13区に入り込んだ見知らぬ喰種の匂いを追い掛けて、黒髪の少女にでくわしたのだった。

 

 そう考えてみれば、性格がおかしく狂っているように見えた喰種の中で、あんな悲しそうな顔をして、死を受け入れていた喰種は、初めてだったかもしれない。

 あの少女は元々13区の喰種ではなかった、だとすれば僕の住んでいる13区の喰種が、血気盛んな奴らが多いだけという事になってしまう。

 

 僕は、喰種に対して酷い思い違いをしてしまっていたらしい。

 偏見も良いところだった。

 血気盛んな野蛮な喰種というのは、どうやら13区だけの特殊なものだったようだ…

 

 今でも喰種は、愛しい友人を襲った喰種は憎くて仕方がないが、また違ったものの見方を持つ喰種がいると言うことが分かったのは、あの戦いでの収穫だった。

 負けてしまったことは、当然とは言え悔しかったが、敗北というものが直結して死に繋がる世界に生きてきただけに、あの経験は新鮮で驚いてしまった…

 

 まさか、喰種が僕に生きて欲しいなどと口にするなんて、夢にも思わなかったのだ。

 近しいものであろうと、親兄弟であっても、自分の邪魔になったら躊躇なく始末をつける、それが13区における常識だった。

 

 まるで戦国時代のような世界、そこに生まれた僕は、今まで餌場争いや単純な殺意で僕を殺そうとする喰種達を潰し、喰らってきた。

 それで…良いと思っていた。

 アレは害悪なのだと。

 爬虫類顔や、オカマ野郎は殺すことが出来なかったが、どこからどう見ても悪という顔をしていた。

 

「あの娘には、悪いことをしたな…」

 あの可愛らしい黒髪の少女に悪意は感じられなかった、喰種としてまだ見完全なら、痛めつける前に人思いに殺しておくべきだった。

 別に残酷に腹を捌いて、痛い痛いと泣き叫ぶ様を、二度と蟋蟀の羽音に立ち向かえないトラウマを与えずとも…

「まあ、あの娘の血に少なからず興奮してしまった僕も…また喰種に違いないんだな」

 

 13区にある病院の屋上、誰もいないそこのフェンスの上に腰掛け、僕は東京に広がる都市を見下ろしていた。 立ち並んだビルディングに、所々重なり合う四角形の建物達。

 それらを動かし、担っているのは全て人間の力だ。

 

 人間は弱くない、か弱いのは肉体だけ。人間は天敵が現れたときも、ただじっと堪えて、それに対抗できる兵器を開発した。

 CCGや喰種対策法もまた同じだ、いち早く喰種を攻略するために、人間は余念がなく、皆一丸となって事に当たっている。

 

 喰種が生き残りのために作る、恐怖や強さで支配した徒党とは異なり、人間が作る集団は…「信頼」と言うもので繋がっているのだと…

 好意で繋がった集団は、悪意で繋がった集団よりも遙かに強く、強固な結束を作り出す。

 

 何度か僕もCCGと相対したことがあったが、あの白髪の男や、筋肉ハゲは恐ろしく強かった。

 クインケをまるで喰種の赫子のように振るい、僕の赫子を軽く切断してしまった威力には、殺されると感じた。別に人間と戦う気は全くなかったので、逃げても良かったのだが、あの時はそれがアダになってしまった。

 

 不意を突かれ、丁度僕が梟に負けたときのように、伸び縮みする節があるクインケで背中を貫かれたのだ。

 

 ……喰種に殺されるのなら嫌だが、大好きな人間に殺されるのなら、それでも良いとその時の僕は覚悟を決めたのだった。

 そして今こうして、僕が生きている事が、その答えであり、「生きろ」と言ってくれた彼女には感謝しても仕切れない。

 

「13区を出ようか…」

 

 この場所に留まっていれば、ぼくはまた喰種とは何かを、自分の意味について分かりそうな何かを、忘れてしまう。

 この区から外にでて、また位置からやり直していこう。

 あの人間好きを自称した梟は、人間と、喰種の共存をまるで叶えられる、実現可能な夢のように語っていた。

 

 そしてそれが本当に叶うように思えてしまうのが、梟の強さから迸る強みでもあった…

 20区にある、人間好きな喰種が営む喫茶店、とても面白そうだ。

 

 そこで僕はあの人から色々と学ぶことが出来るような気がする。

 今度は僕から喫茶店へ行くのも良いかもしれない、そしてあの娘に謝っておくのも悪くないだろう。

 

 考えて考えて考えて考えて、そして僕の答えをだそうと思う。

 喰種は悪なのか、それとも善なのか…

 

「よっ、久し振り音把」

 

「ああ、久し振り永近くん」

 

 物思いに耽っていた僕の背後に現れたのは、以前ちょっとした事で知り合った[永近 英良]。薄い茶髪の髪を書きながら、ニコニコと笑みを浮かべたその人間の事を、僕は憎からず思っていた。

 

 僕が年上だからと言って物怖じしないで話しかけてくる雰囲気に、皆やられてしまう。この子といると、つかの間だが僕は自分が喰種であると言うことを忘れることが出来た。

 

「ん、音把はこんなとこで何してんの?」

 

「それは君にもそっくりそのまま返してあげるよ永近くん。こんな病院の屋上で、何をしていたんだい?」

 

 永近くんは僕の隣に立って、一緒に都市を眺めながら、僕に振り向いて綺麗な白い歯を見せて笑った。この他人までも巻き込んでいく明るさは本当に気持ちが良い。

 

「いや、さ…道を歩いてたらたまたま此処に音把が居るのが見えてさ!」

 

「それで、ここまで来たの?どんなに暇なんだよ…声をかけてくれればこっちから行くのに、それに今は受験シーズンでしょ学校の勉強とか良いの?」

 

 僕が年上として一応苦言を言うと、永近くんは、あははっと何でもないようにまた笑い、僕の肩に手を置いた。 暖かい、血に汚れた僕には勿体無い手だった…

 そんな笑顔を僕は向けて貰う資格は無いのに。永近くんは、この僕の残酷な本性を見たら何と思うのだろう。

 

 恐怖で逃げ出すのかもしれない、CCGへ報告するのかもしれない、もしかすると自分からナイフか何かで僕を殺しにくるのかもしれない。幸せになれる笑顔を向けてくれる友人の顔を見ながら、僕は不安な気持ちになった。

 

 喰種である僕は…僕を本当の意味で知ってくれる、逃げないでいてくれる人間に出会うことは出来るのだろうか。

 

まあ、もしそんな人に出会うことが出来たとしても、僕はきっとその人から距離を置いてしまうのだろう。あの時の義妹のような行為を、僕の事を知ってくれた大切な理解者にさせないために……

 

僕に関わった人間は不幸になる、否定したい気持ちでいっぱいだがその理論はおおむね間違ってはいないだろう。人間と喰種という区分が僕と人を分けている限り、僕は人の側に立つことが出来ないのかもしれない。

 

それは、あの「梟」だって同じだろう喫茶店を開いているという話だが、それだって本性を偽って人間として暮らしているだけの事だ。分かり合えた気になっているだけで、心の底から分かり合えてはいない関係だろう。

 

そう考えると、今目の前にいる永近くんがとても遠い所にいる様に感じられた。手を伸ばせばと届く距離にいるにも関わらず、大きな壁が僕と彼を寸断しているかのようなどうしようもない疎外感を感じる。

 

「俺の友達に金木ってのがいてさ…そいつが優しくて勉強教えて貰ってるから」

 

 二人で他愛のない話をしながら、何気ない一時を過ごす。

 だが、この一時は僕の正体がばれた瞬間にきっと破綻してしまう。

 絶対にバレてはけない、そう心に誓いながら、僕は彼に相槌をうつのだった……

 

「金木…って子、永近くんに勉強を教えるなんてチャレンジャーだね」

 

「おいおい、そりゃどういういみだよぉ!」

 

 喰種と人間、出来ることなら、それらが共存していくという、梟の思想も案外こういう出来事から生まれていったものなのかもしれなかった。




2015/4/1  合併修正

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