東京喰種[滅]   作:スマート

20 / 36
#012「捜索」

 懐かしい友人との再会、それはもう二度と有りえることは無いと思っていた。もしあり得たとしても、それはCCGの捜査官として、「悪」である喰種を駆逐するためにやってくるのだろうと、漠然と思っていたのだ。僕は、彼女にそれだけの行いをしてしまった。二度とそんなことを繰り返してはいけないと誓ったとき、僕は彼女の名前を…本名では呼ぶことができなくなった。

本名が呼びづらい字という意味ではなく、これは僕の意識の問題。彼女の名前を呼んでしまうことで生まれる、人間への羨ましさへの戒めだった。だからこそ、僕は彼女を「スズ」と呼称している。

だが、ふと気がつけば、できる事ならば昔へ戻りたいと、やり直したいと思っている自分がいるのだ。

喰種でありながら、人間を喰らうことなく世界に生きている理由も、元をただせばまた彼女と一緒に笑いあいたいというだけなのかもしれない。

花火を見たり、プールへ行ったり、遊園地へいったりと、もうそんな子供染みた事はできないだろうが、せめて車でドライブにでも行けたらと思ってしまうのは、未練がましいだろうか。

 

 喰種を怖がるのではなく、明確な殺意を持って、憎しみを込めて喰種を狩る人間。「家族を喰種に殺された」「彼女を喰種に食べられた」などと言う理由で捜査官になるものも多いが、彼女のソレはより酷く歪んでいる。彼女の意思は僕から見ても、また普通の喰種からも人間からも常識を外れてしまっているのだ。

ただ冷血に目の前にある喰種を駆逐し続ける、CCGでも屈指の捜査官、だがその本質は挑んでも敵わない「隻眼の梟」と戦うことにのみ、重きを置いてる。…何故か彼女は僕を殺すことを後回しにしようという節があるが、それは僕の気のせいなのだろうか。

ともかく、命の危険が伴う捜査官にしてしまったのは、全て僕に責任がある。雨の降る夜の日、今でも人間の間でも語られることのある大事件の日、人間を絶対に襲わないと決めたあの時、僕はもう彼女には会えないと……そう、思っていた。

 

 狂ってしまった彼女と、喰種として間違い、人間として正しくなってしまった僕たちが、出来ればもう出会う事が無いようにと、あの時は神に祈ったものだった。

それが、今日何の運命かは知らないが、運よくお互いに敵対することなく出会うことが出来たのは吉報と言っても良い出来事だった。懐かしい、忘れるはずもないあの娘の匂い。

「大食い」リゼとの戦いで負けそうになっていた時も、その匂いに僕は一瞬で気が付いた。ああ、あの娘が来てくれたのだと。会いたくないとは言ったものの、数年ぶりの再会というものは、矢張り嬉しかった。

 

 赤い刃の形をしたクインケを使い、一瞬でリゼの腕を切り取った実力は、最後に別れた時とはまるで比べ物にならないほど上達していた。身内びいきではないが、あれはもう一つの達人の域に入っていると言っても良いほど、卓越している。余程のことをしなければ出せない動きを見て、この娘はそれだけ沢山頑張ったんだなと感慨深く涙が出そうになってしまった。

自分の腕とリゼの腕をぶっきらぼうに差し出されたときは、無言で立つあの娘の顔が少し笑っていたのを思い出す。彼女の笑顔は、僕にとっても、かなり嬉しい出来事だった。

自分の腕から溢れた血に塗れた姿、雨の中、どす黒い返り血を浴びて佇む姿。過去の記憶が浮かんでは消えていき、それらを修正するような今の彼女の明るさが暖かく、闇に生きるしかなくなった僕にはとてもまぶしく見えたのだった。

何度か暴言や暴力を振るわれたりもしたが、頬を膨らませたりする癖は昔と何も変わっていない。それがどうしようもなく、僕の口をにやけさせて訝しげな表情で見られてしまった。

 

 あの後、僕たちはすぐに分かれることにした。CCGの捜査官が僕のような喰種と一緒に話している光景を、もし誰かに見られでもしたら、それは彼女のこれまで作り上げてきた人生を終わらせてしまうことに等しい。僕はもうあの時のように彼女から何も奪いたくはない。

両親を奪われてしまった彼女のそばで、ただ俯くことしか出来なかった情けない自分に、逆戻りしたくはない。

そのためになら僕は喜んで自分の心臓を赫胞をも彼女にささげられるだろう。必要とあらば、僕の身体でクインケを作ってもらっても構わないとさえ、思っている。

愛すべき存在に必要とされ、武器としてともに憎い喰種を殺し尽くすことが出来るのなら、僕は何も反論はしないのだろう。喜んで身を差し出す覚悟はもうとっくに整っていた。

だが、彼女は……その言葉を言った時、怒ったのだ「勝手に死ぬな」と「私が決着をつけるまで待て」と、僕をそう良い留めたのだ。つまりは「お前は私が殺すから、その時まで絶対に死ぬな」と言いたいのだろう、まったくわがままが過ぎる所もまた、まったく変わっていない。

優しくて気高い僕の家族であり、親しい友人は、今も僕の心の中に大きな意思となって住み続けているのだった。

 

「でも、梟は…本当に僕たちの両親を殺したのか?」

 

 あの気前のよさそうな、喰種ではないようなオーラを纏う存在が、とても僕や彼女が追う最凶の喰種だとはとても思えないのだ。始めてあってこの目で見て確信した、アレとこの老人では噂による特徴こそは似てはいるが全くの別人だと。まだ僕個人の推測の域は出てはいないが、おおむねそれで間違いはないと思う。嬉しいよう悲しいような気持ちで僕は再び東京20区の街並みを眺めながら、偶に立ち止まって看板を眺めたりしつつ、再開した友人にも手伝ってもらって「あんていく」という喫茶店を探していた。

もちろん彼女にはその喫茶店が珍しい場所にあって珈琲がおいしいらしいから、探しているという事しか言っていない。一緒になって探してくれるとは思わなかったが、彼女も存外珈琲好きなのかもしれない、それだけに関して言えば味覚は合うだろう。

 

「あんていく」そこに……事の真相を聞くために、彼が本当に「隻眼の梟」であるのかを確かめるために。気合を入れなおして、歩き出した。

しかし、その僕の決心はものの数分で揺らいでしまった。リゼの肉の一部を食べたとはいえ、あの時の僕は戦いの疲れで消耗しすぎていた、身体に残るRc細胞も、もうそこまで残ってはいないだろう。きゅうと腹が締め付けられる感覚を感じつつ、そろそろ食事(喰種)を摂らなければ、また喰種特有の飢餓感に追い詰められてしまうだろう。

今度という今度はもう、彼女は助けてはくれないだろう。もし助けられるとしてもこれ以上彼女のCCGで働く彼女の手を煩わせる事はしたくなかった。

「ん、この美味そうな匂いは…」

ふと漂ってきた喰種の血のにおいを辿っていくと、大きなマンションが数多く立ち並んだすぐ近くの場所で、一人の中学生くらいの少女が地面に座り込んでいる光景を発見したのだ。少女は足が動かないのか悔しそうに自分の握り締めた拳を凝視しており…どこかで見たことがあるような気がしたのだった。どこか、最近あったことのあるような……

 

 まあ流石に人間のように悔しそうにしている少女を喰種とはいえ、襲うことは出来ないと、僕は少女を警戒させないように正面から近づいてからしゃがみ込み、そっと頭を撫でて見た。昔からあの娘に対して行ってきた動作だったが、つい彼女と印象が被ってしまい手に出てしまったらしい。

余計な事をしてしまったかとも思ったが、意外な事に少女は僕に抱きついて大きな声で鳴き始めてしまったので、僕は仕方なく少女を抱きしめて背中を撫でてやったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

少しだけ、少しだけなら腕を食べても怒られないだろうか…?

 

 

 

 

 

 

 

 

 少し時間が欲しかった。いや、正確には誰かにこの状況の説明をお願いしたい。確かに食べ物の若干美味しそうな匂いに脳が鈍ってしまっていたとはいえ、こうして獲物…肉…いや少女に抱きしめられているという状況は如何ともし難いものがある。

東京20区に存在するマンション地帯、天から照り付ける日差しが眩しい昼間は、比較的人の往来が少ないので、そうそうこの状況を誰かに見られることはないが、それでも僕は内心焦っていた。

餌…いやまだ中学生くらいの少女に、一八歳の僕が抱きしめられるという状況は、ある意味では警察官が急いで飛んでくる事態に発展しかねないからだ。

駆け付けた警察官を巻くのは容易いが、それでも僕の素顔を彼らに覚えられてしまうのは、その情報がCCGに伝わってしまう危険性があるのだ。あの娘が何かしらの決着をつけるまで、僕は死ねない事になっているので、そんな醜態をさらした挙句CCGのお縄につくという馬鹿な死にざまだけは演じたくなかった。あの娘はきっとそんなことがあったとしたら、地獄にまで僕を殺しにきかねない。

喰種を殺してそいつを地獄行きの切符を与えてやるのは良いが、あの娘には地獄には来てほしくない、人間であり人の敵を倒す彼女にはきっと天国のような、ふさわしい場所というものがある。

そういう僕も、科学崇拝の国である日本に生まれているわけで、そこまで神秘的な話を信じているわけではないのだが、あれば良いなと、そう思っている。

行ってしまえば、地獄も天国も生前に何をしたかが報われる場だ、因果応報、自業自得、自分がしてきたことが全て自分に跳ね返ってくる場所だと僕は考えてくる。

その地獄、天国に関する考えは人それぞれで「罪」や「悪」一つとってみても、個人によって多種多様の考え方があるわけで、一概に僕の理論が正しいとは言えないが、僕はきっと地獄へ行くのだろう。

 

 「罪」と言えるものは、生きていく中で何度も何度も繰り返し行って来た。生きるために何かの命を奪う行為は等しく「悪」だと。その点においてはこの世に生きる動植物全てが「悪」となってしまうが、実際そういう事なのかもしれない。

最後はその個人の考え方次第なのだ。罪悪感にさいなまれるのも、人を殺す快感に身体を震わせるのも…そして、喰種を自分の理念のために殺すのも、それが「善」である当人が思えば、それは当人の中では「善」になるのだ。

考えを持った生物の数だけ善悪が存在するとはよく言ったものだ、だからこそ世界は「悪」に致されていて、反対に「善」にも満たされているのかもしれない。

だから、僕は己の善をただ純粋に遂行すればいい、そうすることが「悪」にならない唯一の道なのなら……

この場合、喰種を殺して人生を終わらせてしまうよりも、話をしっかりと聞いてあげて心のケアをしてあげる方が「善」だと、僕は思ったのだった。幼いときに、まだ生きていた父に言われたことがあった「困っている人がいたら助けてあげなさい」と、当時はそれがどういう意味なのかはあまり分かっていない内に反射的に返事をしてしまっていたが今ならわかる。

父はこういう時、道端で泣いている可笑しな少女=困っている人?を助けることが「善」だと言っていたのだ……

しかし、善を遂行しようにも、僕としても分からないことはある。喰種を襲い喰らう事が「善」だとそれだけを考えていたので、僕は中学生くらいの少女の喰種の慰め方を知らなかった。

そもそも、何がどうしてこの黒髪の少女が泣いているのかも、そのヒントすらない状況なのだ。

 

 

 

 未だに嗚咽を漏らして僕の胸の中で泣き続ける少女に対して何も思わなくはなかったが、首を締め上げて鳴き声を止めるにしてもそれは息の根も止めてしまう。なら、僕はどうすればいいのだろうか。アメでも買ってやれば泣き止むのかもしれないが、生憎僕の財布には食事も生活も主にサバイバルなので一銭も入っておらず、それを買ってやることも出来ない。

……っと、相手は喰種なので、アメの味も分からないから吐き出してしまうのか、これは渡してしまう前に気が付いてよかった。もしもたまたま僕がアメを持っていたら、少女に気を遣わせてしまって不快な気持ちにさせてしまっただろう。

だとすれば、喰種が喜ぶことといえば、僕は一つしか知らない。「人を、食べる事だ」。

これはどんなに小さく可愛らしい外見をした幼い喰種であっても、まず喰種というカテゴリーに属するのなら、例外なく当てはまる事だ。勿論僕にも、当てはまる……

まあだからと言って、わざわざ自殺者から先の笛口家族の様に肉を切り取って、人肉を与えてやるほど僕は喰種に対して心を開いているわけでもないので、そこは諦めろと言うしかない。

生きている人間を殺すなどもっと論外だ、そんな事をするくらいなら、ここでこの少女の息の根を止めて美味しく僕の腹に収めてやった方が、まだ世のため人のためになろう。

CCGから感謝状が届くかもしれない。

 

 「うああああっ、うぐっ…ひっぐ…ううう」

 だらしなく眼から涙を滝の様に流し続ける少女は、喰種というだけで僕の感性に全く響くことなく、ただただ煩い雑音でしかなかった。確かにこの苦しげな声は、喰種を惨殺している時にも似ていて興奮しなくもないが、所詮それまでのものだ。

いい加減、イライラもMAXなので、此処は本当に息の根を止めてやろうかと思ったが、善行をしなければという信念から、辛うじて踏みとどまる。

……そう、少女は優しく…喰う、慰めてあげなければいけない。

 

「よしよし辛かったね、何があったのか僕には分からないけど、きっと余程な目にあったんだろうね……、でももう大丈夫だよ、今日は僕が居るから存分に泣くと良いさ。

泣いて泣いて、そして全部忘れてしまえ。辛かった事も、悲しかったことも全部思い出にしてしまうと良い。背負い込まなくてもいいんだ、吐き出してしまえ」

 

 ポンポンと背中を軽く叩いて、少女の中のリズムを整えてやると、次第に少女の鳴き声も収まり始め、乱れていた呼吸も徐々にだったが安定していったのだった。

頬へと線を描くように流れる無数の涙を、ポケットから取り出した黒い生地のハンカチで拭ってやると、少女はくすぐったそうに眼を細めてから、そっと僕から離れてくれたのだった。

言うまでもない事だが、今日来ていた黒いシャツとズボンは彼女の体液の所為でとてもべたべたに濡れ、喰種のとても美味しそうな匂いを放っていた。

口に溢れ出る唾液をゴクリと飲み干し、まだ若干涙目で嗚咽を漏らす少女を見れば、頬を赤くして顔を伏せられてしまう。

 

「落ち着いたかな?」

 

 精いっぱいの笑顔で少女のリラックスを促すが、どうやら逆効果だったようで、今度は耳まで飛び散った鮮血の様に真っ赤に染めてしまったのだった。

「あ…えっと、すいません…ちょっと最近いろんな事があって…」

「ああ、言わなくてもわかるよ、ちょっと君は一人でいろんなことを溜め込んじゃうタイプみたいだね、もっと周りの人に相談でもしてみたらどうだい?

よかったら、これからは僕が相談に乗ってあげようか?」

 

 

「そ、そんな…悪いです…えっと…わ、わたし霧島董香って言います!」

 少女は僕の言葉に首を横に振っていたが、はっと何かを思い出したように顔をあげた。ようするに自分の名前をまだ言っていないことに気が付いたのだろう。

喰種の名前を聞いたところで、ああこれはトン子という豚の肉なのか、くらいの意識しかないが、こうも積極的に教えてくるので、一応は覚えておくとする。

それにしても霧島…か、他人の空似か偶然だとは思うが、その男勝りそうな釣り目がちの目元を除けば、その顔はあの男に似ていた……

 

 

「ああ、自己紹介がまだだった…僕は幸途音把、よろしくね」

 

 出来れば君の肉を相談に乗ってあげる代償として払ってくれないかな?などと僕は口が裂けても言えなった。

 

 




 昨日ヤングジャンプを読んだのですが、最近の東京喰種は展開がインフレし過ぎですね、面白いから良いのですが。
もう初期の馬糞先輩が完全なモブに成り下がっていますね…
そう言えば、馬糞先輩は馬糞食べたらしいですけど(笑)、喰種の味覚って人間とは違うらしいじゃないですか?
……鯛焼きと馬糞が同じ味なのか、馬糞を例えに出したのか、ことばのあやなのか…
考えれば考えるほど疑問がつきない問題です。

アニメの方は大分巻いて月山が急に登場…段階をすっ飛ばしているから、そっち系にしか月山が見えない。
…アニメは成功なのか、失敗なのかで意見が割れると思いますね…

2015/4/1  合併修正

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。