東京喰種[滅]   作:スマート

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お陰様で閲覧数、お気に入り登録数共にかなり高位なものになって参りました。
ランキングにも何度か入ることが出来、それを見たとき思わず泣いてしまいました。
私の書いた小説がランキングに乗った…と、それはもう感極まってしまいました。
それでは、今回もお楽しみください…

ご意見、ご感想、些細な事でも良いのでお待ちしてます!!


#017「途惑」

 「いでぇ…がぁ…っ」

 そのまま蹴りの威力で上へと再び跳ね上げられた金髪の喰種は、肺から絞り出すような苦痛の悲鳴をあげてコンクリートで舗装された固い地面に頭から叩き付けられた。生卵が割れるような生々しい音が狭い路地の壁に反響し、真っ赤な鮮血が辺り一面に飛び散って薔薇の花のような綺麗な模様を作る。頭蓋骨は見事に2つに割れ、脳漿が飛び散り残されたほぼ無傷に近い身体だけが、何度も何度も痙攣を続けていた。

だが、金髪の喰種の生命力は凄まじかった、身体が無事だったことも影響しているのだろうが見る見るうちに開いた頭蓋骨が元通りにふさがり、頭にできた傷が即興とはいえ完全にふさがってしまったのだ。本来喰種の再生速度は確かに早いが、此処までの傷を短時間で修復してしまうものではない。このスピードで回復していくという事は、戦闘が始まる数分前に人間の肉を食べたという事に他ならないだろう。

奴の体の中には推測するに、摂取したばかりのRc細胞が大量に貯えられているのだろう、その所為で僕の蹴りを2回喰らっても、こうして生きていられる……視線をそらし、さっきまで篠原さんが立っていた背後を見れば、そこに食い散らかされた人間だと思われる肉塊が散らばっていた。

来ている服の共通性から、恐らく篠原さんの同僚…準特等以下の捜査官だったのだろう、首から下を何度も執拗に噛み千切られた跡があり、もう原型が残っていることが奇跡に近いありさまだった。

生きている内に、その人間の反応を…苦しむさまを見ながら殺したのだろう。死んでしまった捜査官の手のあったであろう辺りには、爪で引っ掻いたような跡が何本も残っていた。

奪った人間の命でまた人を殺そうとする喰種を……その儚い命に何の敬意を示そうとしない喰種を矢張り僕は許容することが出来ない。

優しい喰種にもあった、賢く知的な喰種にも会った、考え方を変えた喰種にも出会った。だが、それでも僕の怒りは、喰種に対する底知れない恨みが癒える事は無い。この喰種の集団は絶対に生かして返さない。

二度とこんな残酷な真似が出来ないよう、全て僕の腹に収めてやる。

 

「あああああああああああああっ!!」

 肉体の再生を終えて動き出そうとしていた金髪に向けて僕は、地面に突き刺した赫子で軸を作り強化された回し蹴りを放った。狙ったのは足、相手の動きを封じて再生をする度に同じ個所を攻撃してやる。足という重要な移動手段を捥いで、Rc細胞のストックが切れるまで延々と地獄を繰り返させてやるのだ。

泣き叫べ、そして自分という存在が産まれてきた事を後悔しながら死んでいくがいい。

 

 

 戦いは結果から言えばあっという間に「蹴り」がついた。金髪の喰種はただ甲赫のくせに再生能力が少しだけ高いというだけで、あとは其処らのS級にも及びもつかないほどの弱さだった。

ナマズ髭の筋肉ダルマのような肉体も、老獪な梟のように卓越したフットワークも無い。加えて、美食家や大食いのような赫子の強靭さ、頭一つとびぬけたものを金髪の喰種は持っていなかった。

こうして集団の相手をしているがために、僕の動きも幾分か制限されてしまっているが、1対1で戦うならばもう勝負にもならない相手だっただろう。それだけの実力差が広がっていた。

そして、さらに僕を苛立たせるのが、止めを刺そうとする僕の周りに食らいついてくる雑魚の喰種たちだ、篠原さんの援護をしなければならない手前、金髪にのみ時間を割いていられないのを知ってか知らずが雑魚共は金髪の喰種の前に立ちふさがって、命を張って僕の蹴りを受け止めるのだ。

「ちっ、面倒くさい」

倒しても倒しても次から次へと集まってくる髑髏のマスクを被った喰種の集団、幾人かは戦闘不能か死亡にまで追い込んだはずだが、いかんせん狭く暗い路地の中だ。3人束で向かって来られただけで、かなり視界が遮られる。敵の数は約17人…リーダーの金髪はまだ戦闘復帰は無理なので、16人…本当に息が詰まる。

耳がなまじ良すぎるせいで、周囲の喰種共の呼吸音が邪魔して、正確な敵の位置情報の把握にノイズが生じやすくなってしまっている。リゼの腕から摂取したRc細胞も残りストックが少ない。

そろそろこの辺りで喰種の肉を食べなければ、何度も続く戦闘に身体が持たないだろうが、この人数を相手にしつつ、燃料補給を行うのは僕はともかく篠原さんを危険にさらすことに繋がりかねない。

彼はもう、長時間戦えるだけの体力は残っていないだろうし、僕が到着する前に受けてしまったダメージの所為で、本来の動きが取れなくなってしまっている。

そんな中で僕が食事のために戦線を離脱してしまえば、篠原さんは1分と持たない……

正面からだけの攻撃に集中できるのならば、彼は特等という戦力をフルに生かして敵を倒すことは出来るのだろう、そしてその威力は僕でさえ圧倒されるのかもしれない。

しかしながら、何度も言って来たように此処は集団戦の戦場だ、どれだけ彼が強くても耐久力が喰種以上でなければ囲まれ背後等の死角から無数に撃ち込まれる攻撃に対処は出来ない。

喰種のように赫子があるのならば、ソレを何度か振り回すだけで死角からの攻撃は回避できるのだが、彼は何処まで言っても人間だった。

強力なクインケを持ってしても、それを使うのは両腕……手数が少なすぎるのだ。

 

 人間は弱い、それは喰種からすれば揺るぐ事のない基本とも言える法則。ある喰種は言った「人間は俺たち喰種に食べられる為だけに生まれてきた食料タンクだ」と。

人間を愛し何度となく守って来た僕にとってその発言はまったく許せるものでは無かったが、喰種の言う理論が彼らからすれば間違ってはいないのだろうと、また納得してしまったのは事実だった。

それほどまでに、喰種にそう言わしめるほどに人間はか弱く、少し突けばガラスの様に砕け散ってしまうのだ……僕の両親も、あの娘も…

だからと言って、僕が戦いながら素顔をさらして捕食を行えば、当然喰種からも篠原さんからも僕の顔を覚えられてしまうだろう。

喰種に顔を覚えられた場合は、その情報がほかに漏れないように脳を割り開いて、脳髄ごと記憶を啜ってやればいいだけなのだが、人間に関してはそうもいかない。

出来る事なら変に脅しをかけることも避けたい位で、しかも篠原さんはCCGの特等捜査官だ。

今こうして共闘していたとしても、事が終われば捜査官と喰種の関係に戻るだろう、いやむしろそうなって貰わなければ困るのだ。彼らは喰種を狩るエキスパート、それが例え共に戦ったとはいえただの喰種に心を許してもらっては、僕としては嬉しいがそうなってしまえば喰種は今以上に増えることに繋がりかねない。

素顔が割れた僕の似顔絵はすぐに出回り、CCGにあるだろうデータベースからあっという間に僕の本名や戸籍情報まで割り出されてしまうだろう。それだけは……どうしても避けたかった。

13区の蟋蟀が…幸途音把だと知られる事だけは、絶対にあってはならない……

あの娘が、幸途鈴音が僕の義妹であり…家族であると、僕との関係性を見つけ出されることは、僕が墓の中にまで持っていかなければならない事だ。

あの娘の人生を、僕がもう一度破綻させることは許されない。

戦線離脱はNG、戦闘捕食もNG。

 

「ままならないな…本当に」

誰かを護りながらの戦いほど、精神と肉体をすり潰していくものは無いだろう…だかこれは僕の誇りを守るための戦いでもあるのだ……

弱肉強食だと言いきってしまえればどんなに楽だろう、強い者が弱者を喰らっていく世界、それは人間だけの世界でも繰り返されてきた事だろう。戦争も、政治も、友人間で起こる諍いでさえ最終的には強い者が勝利を収めてしまう。

だが僕は人間の中で暮らし、人間の営みの中で心を作って来た。今更人間を食べることなど、僕には出来るはずもない。僕にとって人間を食べる事こそが、共食いなのだ。

正義とは勝ったものが決める自分の理念の押し付けに過ぎない。……ならば、今この瞬間における勝者とは正義とはいったい何なのか?

決まっている…

 

「僕だ」

 

 正義が勝者によって形作られるのなら、僕がその勝者になれば良い、人間を食べる悪魔を世界から根絶する事こそが正義だと、改めて教えてやろう。出来ない事も、出来る限界までやればいい。

捕食が制限されたのなら、別の補給方法を考えればいい。さあ…もう時間はあまり残されていない、僕が死んだら人間が死ぬ…答えはもうすでに出ていた!!

 

 

 

 

 

 

 

絶望の鐘の音が響き、真紅の翼が花開く……

 

 

 

 

 結論から言えば、単純な答えだった。喰えない捕食が制限されている原因はといえば素顔の露出からの顔割れの危険性のみ。ならそれを解決する手段はと言えば、素早く相手を片付けるか、以前のように赫子を身体に巻き付けてマスクの代わりに伸縮自在の鎧を纏うという方法しかない。

つまり、両方の手段どちらかを選ぶにしても赫子を身にまとう行為は必須となる。

共喰いを繰り返した喰種は自身の中のRc細胞の変質によって、新たなる高みへとその身を昇華させる。赫者と呼ばれるこの技法を獲得した喰種は、総じてSSレートの実力者となり攻撃力、耐久力共に磨きがかったような著しい変容を遂げるのだ。僕もこの形態を知ったのは、ほん1年前の事だがそれから何とかこの形態を維持できないかと試行錯誤は続けていた。

だが、赫者という強大な力と引き換えに喰種はあるデメリットも一緒に背負ってしまう。それは大量のRc細胞を外皮に纏わせる事によって起こる、細胞の枯渇から発生する飢餓感と、共喰い行為が生み出す精神の異常。簡単に言うならば赫者となったものは、人間性というのもおかしな話だが、通常の喰種からは及びも付かない歪んだ思考回路を確立してしまうのだ。

 

 そのため僕は、赫子を一部分に巻き付けることは以前から出来てはいたが、それだけでも強烈な眩暈や自分が自分でなくなってしまう感覚が残ってしまい、身体全身に赫子を巻き付けたのは先日「梟」と戦った時だけだった。自分の意思、思考を捨てて湧き上がってくる喰種に対する憎しみにすべてを任せ戦った、だからこそ周囲を気にせずに力の限り戦うことが出来た…

梟と対峙した僕は自分が死んでも良いという覚悟で、自分の力をまるで制御しようとしていなかった、現状としてその方が本能に任せてしまった方が、より効率的に相手を屠ることが出来たからだ。しかしその戦法を今は使うことは出来ない、これは相手を駆逐するための戦いではなく、人間を…護ための戦い…

 

 

「オッ…オッおおおおおおおおおおおおォォ!!」

意識を保ったまま、最短時間で赫者状態を維持して全ての喰種を駆逐する、そうなってしまえば後は死体の1つや2つ持って身を隠せればこっちのものだ。全身の筋肉に力を籠め身体を巡る残り少ないRc細胞を背中に集中させる。

ドプリと2本の赤黒い触手の形状の赫子がもう1対現れ、合計4本となったそれを枯渇していくRc細胞から来る飢餓感に耐えて制御し、繊細かつ迅速に身体に巻き付けていった。ねっとりとして多少の水けを帯びた赫子の独特な質感が体に巻き付いてくる感触は、敵対した喰種の攻撃を連想させて不快感があった。だがそれも流動する赫子が身体に定着するまでの辛抱……

体中に巻き付いた赫子はその形状を徐々に堅く鎧のような姿へと変貌させていく、「身に纏う鎧」ではなく「身から出た鎧」こそが赫者としての特質すべき点なのだ。

壊れても細胞がある限り再生し続ける強靭な鎧は、防御に使えば大抵の攻撃を跳ね返し、クインケで起こされた衝撃でさえも防いでしまう。そして、その防御は反対に逆の方向性を持たせることで、あありとあらゆる赫子を弾き飛ばす武器ともなるのだ。

光沢のある黒い蟋蟀のマスクに上乗せするように現れた、複眼のような朱色の模様。地面に広がった血だまりに写る顔は以前とそこまで変わらなかったが、身体はまったく以前とは異なっていた。昆虫のような節々もあまり変わらないが、地に手を付いた獣のようなスタイルではなく、二本の脚でしっかりと地面を踏みしめていた。

意識もまだ、頭痛がひどいがまだ鮮明だった……いける!!

 

「だぁああああっ!!」

赫子が巻き付いた脚がバネの様に筋肉を補助し、先ほどとは別物の速度で迫りくる喰種へと蹴りを放つ。蹴りの威力は凄まじく打ち込んだ脚が、相手に到着する前に、もう相手の身体に穴が空き始めているのだ。大柄の捜査官の背後から赫子を使って奇襲を掛けようとしていた2人の喰種を、その背後から回し蹴りで吹き飛ばした蟋蟀は、再び跳躍して今度は遠くから羽赫を展開させていた喰種へ向かって、胴体をダルマ落としの要領で切断した。

身体が自分の思い通りに動く……思い描いた攻撃の軌跡を描いて綺麗に地面に着地すれば、口をぱっくりと開けて僕の方を見ていた篠原さんと目があった。

「……赫者だったのか、それも相当の手練れだね…まあ今はそれが頼もしいよ」

恐怖心かそれとも敵対心を向けられるかと思い少し身構えたが、返って来たのは少し以外な言葉だった、それがどうしようもなく嬉しくて、自然と喰種を貫く脚に力が入る。

全ての喰種を滅してやると決めている手前、こんなことを口走るのもどうかと思うがそれでも、篠原さんの言葉はもうここで死んでも良いと思わされるくらい甘美なものだったのだ。

「僕も、貴方と共に戦えて……嬉しいです」

互い互いに言葉を交わし、篠原さんの方へと突進してすれ違いざまに、彼の背後からまた奇襲を掛けようとしていた喰種の頭を下から上へと突き上げる蹴りを顎に当て弾き飛ばした。

後ろを振り向けば篠原さんは、僕の背後にいた喰種を自慢の大剣型のクインケで袈裟切りに胴体を切断している。痛みにあげる喰種の断末魔をBGMに僕と篠原さんは、今日この時間において通じ合っていた……

楽しい、楽しすぎる。喰種を狩っているというのにここまで晴れやかな気分になったのは久しぶりだった。何が悲しくて喰種なんかと映画館へ行かなければならないのかと沈んでいた気持ちが、一気に上書きされていく。今の僕はどんな悪口を言われても「笑顔」でその相手を殺してしまうだろう。

人間と共に戦うという行為が、これほど僕自身に力を与えてくれるものだとは夢にも思っていなった。

しかしながら、僕の感じる幸福もそう長くは続かないであろうことは予想できた。この戦いが終わってからの話ではなく、もっと身近な部分。少しずつ本当に少しずつだが、敵の頭蓋骨を破壊するたびに僕の身体からも何かが軋むような嫌な音が響き始めていた。恐らく僕の脳内ではアドレナリンが大量に分泌され続けているのだろう。

極度の興奮状態になり、多分次々と切れていっている筋肉の痛みを感じる事が出来ないのは、それのおかげなのだろう。

 

「ぐはっ……ごほっ…」

吐血、それは唐突だったが前兆は感じていたものだった、Rc細胞がもうほとんど無い状態で赫者になった挙句、常速を上回る速度で喰種を破壊していったのだから、弱って切れてしまった筋肉も、蹴りの威力の反動でひび割れた足の骨も…まだ、治る気配さえない。

多分だが急速体制を変えた時かかった衝撃であっけなく折れたあばら骨辺りが、内臓を傷つけたのだろう、もう僕の身体は限界…を越えていた。喰種として形作られていた強靭な体も、その源であるRc細胞を失えば燃料を失った車と同じ。

ボロボロに崩れ始めた身体…だが…でも、まだ動くことは出来る!!まだ、死ぬわけには…篠原さんを殺してしまう訳にはいかない。

「もっと…踏ん張れ、もっと…持ちこたえろ僕の身体!!」

この至福の時間を少しでも味わうために……全身の筋肉が赫者状態の無理な動きに負荷がかかり悲鳴をあげているのに構わず、僕は赫子の鎧を赫胞を使って動かし、糸の切れた人形のような身体を動かし近寄ってくる喰種に蹴りを放っていく。

 

 

 

スズ…君に殺されるまで、世界中の喰種を殺し尽くすまで、僕は死ねない。

 

視界が真っ暗に染まっても…足が動かなくなっても、動かせる場所があるのならそれを使って喰種を殺してやる。

 

 

 

『…人間好きな僕にも困ったものだ、でもまあそれも「僕」だから仕方ない……今回だけ、貸してあげるよ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  『力をさ……』




この私小説も30話を越えました、これも皆さまの応援とご声援のおかげです。
正直なところ、私は小心者なので皆さんからの反応を楽しみにしているところがあります。
これからも変わらないお付合いをよろしくお願いします。

ご意見ご感想、些細な事でもいいので、お待ちしています。

2015/4/1  合併修正

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