東京喰種[滅]   作:スマート

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 はいスマートです、久方ぶりに新たな原作キャラクターを登場させてみました、まだこのメンバーの実力もノロくらいしか分からないので、戦闘描写はノロを主軸に置くところが多くなっています。

アニメの方での赫子の配色はあれはアニメ監督側の配慮なんですかね、それとも本来ああいう色をしているのでしょうか、真戸や月山の使うモノの色の配色はとてもカラフルでした……

ご意見ご感想、些細な事でもいいのでどんどんください、お待ちしています!!



#020「標的」

『あむ』

「へ……っがあああいあ」

呆気ない音と共に、倒れた仲間の喰種の死体を戦々恐々とした面持ちで見ていた喰種の右腕が何の衝撃もなく消失した。何か腕の感覚が無くなったと不思議に思った喰種が、自分の腕を見るとそこには鋭利な刃物で刈り取られたかのように、右方から先が骨ごと切り取られていたのだ。

まるでおやつを齧る気軽さで、切断した腕を貪る化け物の速度は、喰種の肉を食べる毎に格段に上昇しつつあった。飛び上がる時に若干聞こえた足音も、喰らいつく時に聞こえた耳に張り付くような鈍い音も今では全く聞こえなくなっていたのだ。痛みで咽び泣く嬌声も、それを発する頭を齧られれば、聞こえなくなり空しく血液を外に押し出す心臓の鼓動もやがて停止する。

空気の抵抗を極限まで減らし、最大の力でそれでいて音を全く発生させないなめらかな動きが出来るほどに化け物は洗練れた動きを見せていた。喰種達には止まって肉を貪っている化け物の姿は視認できても、予備動作なく動いた時にはもう肉を切り取られるという、高速で動きまわる蟋蟀を見ることは出来ない。

「ふう…さて、これはどういう状況なのかな」

あっという間に自分を苦しめていた喰種達が化け物の腹の中に納まっていく光景を見て、大柄な坊主頭の捜査官、篠原はこの先の状況がまったくつかめないことに内心焦りを感じていた。

先ほどまで状況が状況とはいえ共闘する事になった恐らくSレート以上の喰種、それが倒れたと思った瞬間再び息を吹き返したと思ったら、彼の目の前には赤い紅蓮地獄が広がっていたのだ。

喰種が勝手に共喰いをして数を減らしてくれるのは、彼にとってもCCG捜査官としても願ったり叶ったりの事だ、だがこのペースで進めば喰種はあっという間に駆逐され、最後に残るのは捜査官である自分と満腹になった化け物のような姿の喰種という事になる。

 

 喰種のRc細胞を大量に取り込み今も強さを増している化け物が、数分前に共闘していたからとはいえ人間に対して何もしないとはとても考えられなったのだ。喰種は何処まで言っても人間を食べる悪しき生物、それがCCG全体の見解であることに間違いはない。

共喰いという行為を好んで行う喰種はそれほど珍しくない、しかしその行為を行う喰種のほとんどが自身の強化であり食料調達のために同族の捕食行う喰種は皆無に等しいのだ。手ごわい同族よりも弱く手間をかけずに手に入れられる食料を食べた方が効率的ではあるだろう。

もっともCCGという組織があるため、それほど簡単にはいかないかもしれないが、実力差があり過ぎる喰種を捕食しようとして返り討ちにあって死亡、という馬鹿な最後だけは回避できる。

喰種と1対1でまともに戦える捜査官の数が少ないのだから、必然的にそういう統計にはなる。

だが、篠原はそこで自分がその化け物に命を救われたという事を思い出した。化け物は助けに来たと、捜査官である篠原を喰種の集団から救いに来たと言っていた。

だがまあ、その言葉が百歩譲って真実だったとしても、今のこの理性を無くした昆虫に人を助けるという意思が残っているのかと言えば、怪しい所だろう。

「……まったく今日は厄日だね、悪運が強いだけに回避するたびに次から次へと厄がふってくる」

もう体力の限界を迎えていた篠原には、クインケを振るい喰種を牽制するだけの力だけで精いっぱいだったが、幸いにも今の状況に集まっていた喰種は全て誕生した化け物に釘付けになってしまっている。

篠原ははそっとスイッチを押し、クインケの起動を停止させもとの銀色のセラミックケースに戻すと、力を温存するためにその場の壁に倒れ込んだのだった。自分を取り囲んでいた喰種の集団が限りなく0に近づいた時、人垣が無くなった開けた道から脱出するために、彼は最後の力を溜め込んでいた。

「死ぬわけにはいかない」強き意思が彼を現に引き寄せる。

 

 

カチカチ カチカチ

 

カチカチ カチカチ

 

悲鳴しか聞こえなくなった路地の嫌な静寂に、ふと何か固いものを叩き合わせるような火打石にも似た音が響き渡った。それは獲物の狙いを定めた化け物が、大きく尖った牙を何重にも生やした顎を噛み合わせる音。静まり返った狭い空間に終焉を告げる音色が反響し、何重もの層になってさまざまな音階を作り上げていく。

「あ……ああっ」

脳を揺さぶるような調は、反撃か逃走かを決めかねていた喰種の脚を絡めとり、意識を朦朧とさせ筋肉を弛緩させてしまう。化け物の近くにいた者ほどその影響は顕著でまるで見えない糸に全身を絡め取られたかのように身体全身を動かせなくなってしまっていた。

「ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああ!!」

至る所で血飛沫が高らかに上がる、過剰な痛みの信号に覚醒した脳が出す、絶望の色をにじませた苦痛の悲鳴が上がるたびに、他の髑髏のマスクを被った喰種達は、その悲鳴を最後には自分も出すことになるのかと周りで動けなくなっていた。

圧倒的だった、一騎当千という言葉が相応しいほどに敵である者たちに一切の反撃を許さない、いや……反撃をしようとする気力でさえも削ぎ取ってしまう。逃げる事さえ、自分の命を守る事さえも忘れてただ茫然とその場にたたずんでしまう。次々と喰い散らかされていく喰種だった者達は、路地の中に君臨する蟋蟀を象った暴君の前に悲鳴をあげることなく無抵抗にその身を差し出していたのだった。

だが、彼らは髑髏のマスクを被った彼らは、この毒々しい朱色をした「化け物」の姿に度胆を抜かれているからでも、逃げ出しても無駄だと自暴自棄に陥ってしまっているのでもない。原因はこの昆虫のような外観をもった「化け物」にあった。時折口からならされるカチカチという発達した大顎を噛み合わせる大きな音、何気ない個人個人の喰種が各々の持つ捕食の癖だと彼らは油断していたのだ。

もし、この場にこの姿と似た形態時と赫子を交わらせた老獪な梟が居合わせたのならば、狭い空間に嫌に響き渡る音を警戒し、耳を塞ぐなどという対策をとっただろう。

それほどまでにこの音は、以前の戦いで梟を苦しめた音に音程は違えど波長が似ていたのだ。あの羽音ほど耳にはっきりと聞こえるものではないが、逆にそれが喰種達の警戒から外れてしまう。

そして、繰り広げられた捕食の残酷極まりない虐殺劇の光景が彼らの精神の抵抗を著しく下げていたのが最大の不幸だった。

この音はあくまでも動きを鈍らせるだけのもの、Sレートを越えうるでなくとも赫子を制御できる戦闘に成れた喰種ならば、十二分に対抗できる縛りだったはずだ……

無意識にゆっくりと路地の壁に反響していく音は、時間をかけて喰種達の心を、身体を逃げられないご飯へと変えていったのだった……

 

 

 

 

 

 

「…へぇ、寄せ集めといっても結構強かった奴らをほとんど一撃で静めちゃってるよ、暴走してるのに強いねあの喰種、もしかするとヤモリさんや最近入って来た新人君にも勝てるかも…実力は申し分なしだね。蟋蟀くんか…いい友達になれるかも」

「……集めた奴らを殺されたら計画に差し障る、もう十分だそろそろ止めるぞ」

「はーい」

立ち並ぶコンクリートの建物の屋上、その申し訳程度に付けられた金属製のフェンスの上に体育座りで器用に座っている全身に包帯を巻き、その上からフードをかぶっている人物と光沢のある顔の下半分のみを隠すマスクをした、長めのコートを羽織った大柄の男がいたことをこの時誰も知らなかった。

 

 

 あれだけ集まっていた髑髏を模したマスクを被った喰種の集団も、空腹によって理性を失い全身の力を最大限まで解放した蟋蟀によって、過半数が地に伏せ無様な肉塊と成り果てているのだった。

それも散らばった死体は喰い散らかされたという多くの肉が残るものではなく、食べ残しお椀に残った数粒の米のように欠片しか残ってはいなかった。皮を肉を骨を内臓を余すところなく全て自分の空腹を癒すために取り込んでいく蟋蟀の胃は最早機能しておらず、吸収した喰種の細胞を体内に取り入れた瞬間にRc細胞へと分解しエネルギーに変換しているのだ。

食欲にのみ突き動かされた蟋蟀を被う真っ赤な赫子は、Rc細胞を吸収するたびに赤黒く発光を繰り返し、暗い色の外装に鮮血のような波を走らせた。喰種という存在が他人から摂取したRc細胞(栄養)を、人間よりも効率よく自らの身体に反映出来る種だとしても、蟋蟀の身体に訪れた変容は明らかに喰種としての限界を超えていた。何故なら敏い者ならもう気が付くとは思うが、蟋蟀が現在食べている喰種の数があの「大食い」の捕食量を軽く超えているからだ。

 

 喰種とは言え胃袋の大きさや肉体構造は微妙な差異こそあるが大まかな点では人間とそれ程変わらない、よって一度に肉を食べることが出来る量も人間の胃袋と変わらないのだが、蟋蟀は今回通常あり得ない程の喰種の肉を体内に取り込んでいた。捕食数8人、平均体重を総合すると480㎏の肉の塊を食べたことになるのだ。

蟋蟀の体重を53㎏とするのなら、それは約9倍の重さの食料を食べたという計算になってしまう。しかも喰種は人間一人で2、3か月は持つほどのRc細胞しか必要としていないのだ。いささか過剰に取り込み過ぎたエネルギーが全て蟋蟀の身体能力及び肉体の防御力に使われているとするならば、まさにそれは普段の9倍の力を発揮しているという事になってしまう。

老獪で戦術経験に長けた梟を特定条件下においてだが一時的に追い詰めた蟋蟀の機動性が9倍に上がっているのだとすれば、Sレートの領域を越えようという蟋蟀はもうSSSの領域にまで足を踏み入れているのかもしれなかった。

もっともそれはこの有り余る力を制御できてこそ言えることではあるのだが……

 

カチカチ カチカチ

カチカチ カチカチ

 

 幾度も大顎を噛み合わせ反響する音階を狭い路地空間に響かせ狩りを行う蟋蟀は、赤子の手をひねるよりも簡単に、心を絡め取る音に動かなくなってしまったご飯を食べ続けていくのだ。

『もっともっと、たりないよぉ』

抑え込まれていた本能は、蟋蟀の理性よりも多くの食料を欲し減りつつあるご馳走に若干の憂いを感じさせ始めていた。このまま行けば全て食べ終わってしまうが、まだ満足のいく量を食べきっていないと、蟋蟀はここに来て初めて食事のペースを落としたのだった。

食事を長続きさせることで、少しでも多くの満腹感を感じようと思ったのだろう、そして同時に待っていれば増援なりなんなりと喰種の仲間が駆けつけて来ることを期待していた。彼の理性が積んだ経験は本能であってもしっかりと蓄積されている、経験上この規模の喰種集団には予備勢力と呼ばれる数人の戦闘に参加しないメンバーがいることを知っていたのだ。

そして若干の違いはあれど、蟋蟀のこの空腹の本能が直観と経験で導き出した推測に間違いはなく、増援と呼べる者は到着する。

 

『……あ?』

唐突に次の捕食対象に狙いを定めた蟋蟀の視界が回転した、いや……飛び出そうとした瞬間に足に赫子を絡み付けられ転倒させられたのだ。足をばねの様に使って高速の移動を繰り返していた蟋蟀は、自分の走るために振り絞った威力のまま地面に激突してしまう。

コンクリートで舗装された地面が大きくへこみ、蜘蛛の巣状にひび割れが広がるが、堅く強靭な鎧で覆われた蟋蟀はその衝撃を全く意に介さず、痛がる素振りを見せず起き上がった。顔の上半分を辛うじて覆っていた蟋蟀のマスクがついにその役目を終えて、バラバラ砕け散ってしまったが露わになった彼の顔には傷一つついていなかった。

「やっぱり、きかないか……かったいね。これじゃあ作戦変えるしかないね」

いつのまにかその場に立っていた全身を包帯で巻いた小柄な人物が、自分の手を擦りながら隣に立つ長身の男に意見を聞くように顔を向けた。長く大きなコートを羽織り、顔の下半分に鳥の嘴にも似た硬質なマスクを付けた男は無言頷き、日差しが沈みかけ夕焼けが写るオレンジ色の空を仰ぐ。それは自分と相手にある絶対的な格差に諦めを感じたからではなく、ある一つの合図。

『ごはんごはんっ……!?』

予想外に増えた食料に喜んでいた蟋蟀は決して油断していたわけではない、油断とは常に気を張っている状態が緩んでしまった時を言うのであって、何も警戒などしていない蟋蟀に言うべきことでも、そもそも食べ物を食べる時に油断するもなにもないだろう。だが、蟋蟀は突如飛来した謎の塊によって背中を攻撃され、地面にめり込んでしまったのだった。

「……」

『あ…れ?』

しかし、普段の9倍の力を発揮できている彼は、痛みも肉体の損傷もなく再び起き上がり自分を攻撃してきたご飯を食べようとしたところで、自分の身体が動けない事に気が付いた。

どれだけ強く力を籠めようともビクともしないそれは、今蟋蟀の背に乗っている大きな歯茎の見えた口の形が印刷されたマスクを被った人物が、髪の毛のような赫子で蟋蟀の身体全身を縛り上げているから。それでももがこうと暴れる蟋蟀に耐えきれず何本か赫子が千切れるが、その瞬間にはもう長いコートをした人物が頭に向かって強烈な蹴りを放っていた。

『ぎっ……』

一瞬昏倒する頭だが、彼のタフさは群を抜いている、かっと眼を見開いた蟋蟀は右眼に赤い光を宿し、身体に入れる力をより強くした。

『ごはん……たべる、じゃま……しないでっ!!』

ご飯を食べる邪魔をするのは、例え「ご飯」本人であろうと許さないというように蟋蟀は朱色に血管のような線が入り脈動し始めた鎧の棘を使い、身体に巻き付いた全ての赫子を背中にいる仮面の人物ごと強引に引きちぎったのだった。反動で後方に飛ばされた仮面の男を見据え体内の温度が高温になっているのか蒸気のように真っ白い息を吐き出し、蟋蟀は食事を遂行する為に襲い掛かった。

朱い牙の生えた大顎げ飛ばされた仮面の男の胴体を削り取るように食べるが、ふわりとまた布が揺れるように軽く避けられ、壁にぶつかってしまう。

「ノロの赫子も引きちぎるか……」

「捕まえるのは結構骨が折れそうだね……」

壁にぶつかった衝撃で流石に折れてしまった首をゴキッと元の位置に戻した蟋蟀は、振り返りざま自慢の脚力で空中に跳躍し、壁を垂直に移動して攻撃を避けたノロと呼ばれた人物の頭上から襲い掛かった。

『……うううっ、おなかへったよぉ』

滑舌の悪い幼児じみた声に似あわず、禍々しく開いた口は真っ直ぐにノロの頭部に狙いを定め胴体と切り離したのだった。だが顎に挟まれたノロの顔をいざ噛み砕こうとすれば、顔は次第に形を無くし不定形になると、頭部を無くした胴体の歩へ吸い寄せられていき、またマスクもそのままに頭の形に戻ってしまったのだ。

直線的な攻撃は回避され、変則的な攻撃で与えたダメージでさえもこうも簡単に回復されてしまうのでは、圧倒的な攻撃力を誇っている蟋蟀も埒が明かない。しかも相手は3人で隙を見ては死角から攻撃を放ってきたりと攻撃の補助に回ることが多い為、綺麗な攻撃を多く当てることが出来ず攻めあぐねていた。

だからと言って、小柄な方や長身の方を狙えば今度は警戒が疎かになった背後からノロが赫子で動きを止めてくるのだ。何本もの変動する赫子で身体の動きを封じられてしまえば、脱出にもそれなりの時間と隙を作ってしまう。その間に2人は適度な間合いに逃げられてしまうのだ。

相手も決め手に欠け、蟋蟀も完全に敵の動きを止める方法が分からず、戦いは泥沼化していく一方だった。

 

 元来、こういった死合においての簡単な勝敗のルールは、どちらかが先に力尽きるか、負けを認め自ら死を選ぶかである。だが圧倒的な攻撃力に加え鱗赫特有の柔軟性に特化した蟋蟀の肉体再生力は、まさに無限に弾が補充されていくバズーカ砲の様でもある。反対に三位一体の攻防で巧みに蟋蟀の攻撃を躱していく、喰種集団の増援は弾道を弾くのではなくわざと当てて起動を反らす盾。

蟋蟀の攻撃を牽制していくのは腕をならした喰種である為、感情に任せた野性的な攻撃は全て見抜かれ反応されてしまう、加えてRc細胞を十全に補給し終えた蟋蟀が自らの力を全て吐き出すのは浅く見積もっても明日の午後になるだろう。

赫胞か頭部に再生不可能なレベルでの致命傷を負わない限り、蟋蟀はその再生力で何度も身体を修正し、一瞬で死の淵から舞い戻ってくる。それに力のほどは明らかに集まった三人を超えているのだ。

一つ一つの攻撃がそれぞれ一撃必殺の威力を持っている蟋蟀の技を警戒してか、三人は動きを止めたり攻撃の反動を反らしたりと期を見るような動きしかとっていなった。

さらに蟋蟀の十八番である音による攻撃も、羽による音ならともかく即興で作り出した顎を噛み合わせた雑音ではとても冷静沈着に行動する敵の足さえも絡めとる事が出来なかった。

止めを刺すことは互いに不可能、ならばこの戦いは自然に持久戦にもつれ込む。

 

「……これって少し不味くない?捕獲するって作戦だったけどさ、この強さ流石に何度も躱すことは出来ないよ。ノロさんもタイミングよく縛ってくれてるけど、もしその調律がずれたら……」

目の前の獲物を食べたい一心で直進する蟋蟀の突進を軽く体を捻って避けながら、包帯を全身に巻いて汚らしいフードをかぶった人物は、隣で息を整えていた長身の男に話しかけた。

「ああ……この戦いは奇跡のようなタイミングの連続で成り立っている、だが勝機がなかったら戦わない俺たちにはコレがある。奴が隻眼だという興味深い事実も判明したことだ…何としてでも捕まえる……あの医者の居所を知っているかもしれないしな」

肩で大きく息をしていた長身の男はそれだけ包帯の人物に伝えると、再び蟋蟀の死角になる背中から赫子を伸ばして攻撃を仕掛けていったのだった。男の攻撃に合わせてノロが素早く赫子をロープの様に展開し、蟋蟀の四肢全体に巻き付け動きを止める。

長時間動きを止められずとも、一瞬だけ隙を作れば赫胞を潰していくことが出来るという算段だったのだが、そのフェイントは以前蟋蟀が戦った相手にいた……

 

『うっがあああああああああああああああああああああああああああああああ!!』

判断したのは本能、だがその知識を溜め込んでいたのは蟋蟀の理性の部分だった。強い相手程視界から外れた瞬間死角に回りたがるというのは、彼が読み漁って来た小説の中では一般常識でもあった。

正々堂々戦わないキャラクターが使う卑怯な戦闘方法ベスト1に入る使い古された作戦は、何百回と喰種と戦いその上でほんの知識を加えた蟋蟀には通用しない。

何もない場所で唐突にノロによって動きを封じられた蟋蟀は、ノロ以外の誰かから第二の攻撃が来ると予想し地面に押さえつけられた腕に力を入れ、脚の片方だけをほんの少し浮かせたのだ。

喰種の中でも特性上からか、人一倍音を聞くことが出来る蟋蟀は背後へと迫りくる気配を確認し、射程圏内に入った瞬間、脚を思い切り腰ごと回転させ巻き付いた赫子を引きちぎりながら攻撃したのだった。

「う…ぐほっ」

「タタラさんっ!?」

半ばカウンターじみた攻撃は見事、仲間が動きを止めてくれているからと若干の余裕が生まれていた長身の男に命中し、長いコートに覆われた胴体に大きな風穴が開いた。身体が内側から爆発する様に外側へと血が噴出し、男は眼を見開いて地面に転がった。

まだ息はあるようで手がかすかに動いてはいたが、蟋蟀の一撃それも彼が自分で得意だと言う足技を喰らったのだ少なくとも30分は動くことすらままならないだろう。そしてその30分が事態を急速に三人にとって悪い方向へと進めていく。

人数が一人減ったことによって繰り出される戦い方法のバリエーションは明らかに減り始め、ノロの赫子の縛りも何度も繰り返すうちに耐久性が見るからに落ち始めてきたのだ。3分は止められた縛りも今では良くて30秒、悪くて6秒が限界だった。

徐々に追い詰められていく包帯とノロ、互い互いに顔を見合わせて逃げる算段を考えていた時、蟋蟀が突然苦しみだしたのだ。

 

『あ…がぎいいいいいいっ』

「で…いけ」

『ごは…んたべ…』

「ぼく…から…でて、いけ!!」

金切声を上げて絶叫した蟋蟀は、全身を覆う赫子の鎧に亀裂を生じさせ何かうわ言のような事を呟きながら自分を護っていた堅く強靭な鎧を自分の手で剥がし始めたのだ。肌に張り付いた装甲を無理やり剥がすさまは血飛沫が飛び、痛々しく壮絶な拷問を見ているようだったが、蟋蟀はまるでそれをすることが正しいというように一切の躊躇なく剥ぎ取りを続けたのだった。

『な…ぜ…ボク…が消えれ…おまえ…』

「煩い……お前は僕じゃない、二度と僕の前に現れるな!!」

肌から離れることに抵抗する様に形を何度も粘土状に変形させる赫子を蟋蟀は毟り取りながら、段々と稚拙な滑舌から大人のようなはっきりとした滑舌に口調が戻って行った。

やがて糸の切れた人形のように地面に倒れ込んだのだった。ガシャンという金属をぶつけた様な音が反響し、鎧を作る赫胞が機能を停止させたのか次々に外装が剥がれ消滅していった。

 

「……スタミナ切れ、でも何か違う?」

呆気ない幕引きに呆然とした包帯の人物は、現状の変化の見分はひとまず先延ばしにして、動かなくなった蟋蟀の身体をノロに完全に身動きできなくなるほど縛り上げて貰い、そこで先ほど飛ばされた長身の男の元に駆け寄って肩を貸して立ち上がらせた。

勝敗は不完全な形でだが決してしまった、共喰い蟋蟀の身体に起きた変化は更なる不幸を彼自身に呼び込んでいくことになるのだろう。

不幸はやってくるときに新たな不幸の残滓を残しておく、その残滓がまた新たな災禍の始まりとなり絶望が繰り返されていくのだ、それは人間と喰種の中で起こる憎しみの闘争とも変わらない。

三人のメンバーによって何処かに連れ去られてしまった蟋蟀の未来を、彼に待ち受けている運命をもし誰かが見ることが出来るのなら、それは谷を落ちていく行為に等しいと悟るだろう。

絶対に「逃れられない」不幸のレールの上を走り続ける蟋蟀は、恐らく生まれたその瞬間から常人ではとても耐えられない重く辛いものを背負っていたのだろう……

 

 

 

 

隻眼の王が率いる「アオギリの樹」……それさえも彼にはまだ天国だったのかもしれない。

 

 




流石に毎日投稿は疲れますね、ストックをあまり残せないので間が空いてしまうと如何にも更新しずらくなってしまいます。
とうとう閲覧数が60000を超えました、10万まで本当に夢じゃない気がしてきます。これからも誠心誠意頑張っていきたいので、みなさん応援よろしくお願いします。
ご意見ご感想、些細な者でもいいのでどんどんください!! お待ちしています。


正々堂々戦わないキャラクターが使う卑怯な戦闘方法ベスト1

1位 後ろですよ…
2位 上だァ!!
3位 お、俺の負けだ許してくれぇ

はいここまでご愛読ありがとうございます。ここまで書くことが出来たのも皆さんのおかげです。
次は第4章が始まります、この章を経て次の5章から原作本編へとつないでいきます。
4章はかなり黒い部分があると思いますがその辺は、ご理解ください。

ご意見、ご感想をお待ちしています。些細な事でも構いませんのでどんどんください!!

2015/4/1  合併修正

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