東京喰種[滅]   作:スマート

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第四章「絶望」
#021「深淵」


 僕はどこからどう見ても喰種だ、人間の様に多種多様の色のついたカラフルな食べ物を食べることが出来ない、悪戯に人間の……自分とそう変わらない生物の命を糧に生きて行かなければならない存在だ。でも「僕」は違った、優しい僕は人間を深く、それはそれは深く愛してしまった。人間を食べられなくなるほどに……愛おしく感じてしまった。

矢張り人間に育てられたって事が一番の理由なのかな、人間の親に育てられたからこそ、人間の愛情を育てられたからこそ、僕は他人に対して優しく愛情を振りまくように育ってしまった。それが自分自身をどれだけ苦しめるか気づかずに。

 

「僕」は人間の生活で愛情を知った、喰種の世界に生れ落ちていたならば、生涯味わう事が出来なかったであろう安らぎを手に入れた、だが逆にそれは本当に正しかったのかな?

厳しい父親、優しい母親、自分を頼ってくる健気な妹、人間でさえうらやむほどの理想の家族だ。でも…それを失った時、「僕」は今まで受けてきていた幸せの分、地獄に叩き落とされた……違う?

人間を…妹を可愛いと思ってしまった瞬間から、僕は人間を食べる喰種として失敗してしまったんだ、どこの世界に豚を恋人にする人間がいる?いないだろう、何処まで言っても食べ物は食べ物だ、そう割り切っておかなければ、そういう一線を置いておかなければ簡単に餓死してしまう。

一つ例外を作ってしまえば、その種族を食べることが出来なくなる。人間ならまだ食べられる生物の数はより取り見取り、一つ食べないからと言ってさして困ることは何もない。

だが!!僕は違う、もう一度言う、僕は「喰種」だ!!

喰種なんだ!!

 

 

―僕は喰種なんかに生まれたくなかった―

 

 

 

 

 ・

 

 

 「う…ぐぁ」

 全身の筋肉が引き裂かれたかのように体中が痛い、暗い暗い意識の底から意識が戻って来るにつれて、夢の中のような黒一色の世界で話していた会話がばらばらと砕けるように記憶から消えて行った。何か凄く重要な話をしていたという認識はあるが、それが何なのかどういう内容だったのかが丸きり思い出せないのだ。

 

夢の中の話など所詮そんなのものだと割り切ってしまえばいいのだが、どういう訳か今回に限ってそれをこのまま忘れてしまう事はいけない事なのだと強く感じたのだった。

じっくりと記憶を手繰り夢を思い出そうと再び意識を深く鎮めようとした所で、喰種集団と戦っていた前後の記憶が泉の様に湧き出してきたのだ。寝ている場合ではないとカッと目を見開き周囲を確認すると、そこは荒んだ廃工場のような埃が至る所に積もった来たならしい場所が目に入る。

 

「ここ…は?」

 

僕はついさっきまで喰種の集団と血沸き肉躍る戦いをしているはずではなかったか、16人以上いる喰種と向かい合い、人間と共に戦うという夢のような戦闘を行っていたはずだ。それがどうして、どういう理由でこんな所にいるのだろう……

そういえば、あの時無理に赫子を出した所為で身体が動かなくなった……矢張りあの局面で赫者になるのは早計過ぎたのだろうか、ともかくだとすれば僕は喰種の集団に負けて連れ去られたと考えるのが妥当だろう。

 

はっきりとし始めた視界で自分の身体を見ると、真っ赤な鎖で体中を締め上げられている事から、何者かによって僕は捕まってしまったのだという事が推測できた。監禁されているにもかかわらず予想以上に落ち着いている自分自身に若干驚きを感じつつ、まずは脱出を試みようと痛みを今も訴え続ける腕に力を入れて鎖を引きちぎろうとしてみたが、金属音がなるだけで鎖はひびも入らなかった。

喰種用の鎖なのだろうか、赤い色もそういいうデザインからではなく、特別な金属を含んでいるのかもしれない。

 

鎖を切ることは不可能、だがそれだけで諦めるわけにはいかない、見たところ今この廃工場にいるのは僕だけだ、幸か不幸か目覚めた時に脱出のチャンスが巡って生きたのだ。喰種なんかに捕まって何らかの拷問を受けて死んでいく末路は御免だった。義妹との切っても切れぬ約束がある以上、僕は絶対に愚かで下等な喰種に殺されるわけにはいかない。僕は奴らを狩る側であり、奴らは僕に狩られる側…その不変の真理は決して覆されてはならない。

 

「…くっ」

 

肩の関節を曲げ外し、鎖の緩みを期待したがどうも鎖は僕の四肢を通して複雑に絡んでいるようで、それだけでは全く余裕が生まれなかった。むしろ肩が外れた所為で筋肉痛に加えて痛みが増してしまった。仕方なくもう一度関節をはめ直して別の脱出手段を考えるが鎖は足にも巻き付いているので、それを巻き付かせたまま立ち上がって逃げる事も出来なかった……

 

背中の赫胞に力を込めて赫子の発生を促してみたが、どういう訳か霧のような赤いモノが辛うじて空気中に広がるだけで、鉄を切り裂くことが出来る僕の赫子は出てくることは無かったのだ。

闘いで消耗しすぎたのか?だとしても身体は嫌に良く動き、体中から感じる痛みを除けばむしろ健康そのものと言っても良い。

まるで喰種の肉を何人と食べた時のような、妙に満たされた気分だった。にも関わらず赫子が出ないという事は一体どういうことなのだろうか。その答えはあっさりと解消された。

目の前に現れた顔の下半分を金属質なマスクによって覆った、長身の男によって……

 

「起きたか、Rc抑制剤を打ってあるが辛うじて赫子が発生する辺り、矢張り隻眼の喰種と言ったところなんだろうな。お前は…13区の蟋蟀で間違いないな?」

 

Rc抑制剤……聞いたことのない単語だったがその言葉を額面通り受け取るのなら、僕の中のRc細胞がその薬によって止められているから赫子が出来なかったのだろう。そして僕に気配を目の前に現れるまで感じさせなかったこの男は、かなり強いと直感でわかった。

全開の僕でも戦えなくはないが、勝利できるかと言えば難しい所だろう良くて相討ちが限界かもしれない、もっとも梟と戦う事に比べれば何十倍もマシには違いないのだが、まあ薬によって赫子が制限されてしまっている僕では勝てない相手だという事は間違いない。ここは余り反抗的にならない方が得策だろう。

そうして油断させて隙をついて脱出する……

 

「ああ…僕に、何の用ですか?」

「お前はその隻眼をどこで手に入れた?」

「……は?」

 

……突拍子もない質問に思わず間抜けな声が漏れてしまった、慌てて口を噤むが男は訝しげに眉をひそめている。いや、だがそういう反応をしてしまうだろう、この長身の男はそれだけ可笑しなことを口走ったのだから。隻眼を手に入れた?

隻眼…意味はそのままの眼が片方だけ、例えば柳生重兵衛のようなものという意味ではなく、喰種に稀に発生すると言われる片目だけが赫い喰種の事を言っているのだとわかる。しかし、手に入れたという質問は何かの比喩なのか全く理解できなかった。移植でもされたのかと聞いているのだろうか、あり得ない喰種と人間は子は作れるが所詮は其処までの話だろう、喰う側と喰われる側の臓器を一緒くたにするなどどんな拒絶反応が起こるか目に見えている。

 

「手に入れるも何も、産まれた時から隻眼の喰種は隻眼なんじゃないんですか?」

 

元々両目に赫眼が発現している喰種が、途中から隻眼になるという話を僕は聞いたことが無い。恐らく人間でいう皮膚が白い症状の「アルビノ」のように先天性のものだと思っていた。

オッドアイはそれほど珍しくない、異邦人とのハーフがその2人の親の眼の色を片方ずつ受け継いでしまうときがあるというのは、小説で読んで知っていた。

 

……ん?ハーフ? そういえば店長は隻眼の喰種がある特別な時に生まれると言っていたが……まあそのことは良いか、今はこの男の質問に答える事だけに集中しよう。下手に回答を伸ばし時間稼ぎをしていると取られれば何をされるか分かったものではない。

痛みには最大限耐えられるが、殺されるのは堪えられない……

 

「……そうか、お前も……天然の隻眼か、ならもう聞くことはない」

「なら、もうこの鎖を解いてくれませんか?さっきからギチギチって締め付けが強くなってきてるんですけど……」

「その問いに答えられるかは、蟋蟀…お前の返答次第だ。最早隠す必要はない、王の元に付け。

お前に対する見返りもある、お前は其処で喰種の秘密を知ることが出来るだろう」

 

王の元…それはこの喰種の集団に属せと言う言外からの意味だろう。冗談じゃない、何をどう間違えれば僕が憎くしみしかない奴らの元へとつかなければならないのだ。同じ喰種だから?笑わせてくれる…僕はこの人生の中で奴らを仲間だと思ったことは無い。

倒すべき敵だ、それ以下でもそれ以上でもない。喰種の秘密と言う話も同じだ、興味が無いわけでもないが知るために必要な対価が多すぎる、ぼったくりも良い所だ。

 

「お断りだ」

 

簡潔に、それ以外の一切の感情を排除して告げた。唾でも履いてやりたい気分にかられたが、身体が動かせない状態で相手を挑発するのは馬鹿の所業だ。だが相手が怖いからと自分の意思を言えずに隅で震えるような弱い奴になった覚えもなかった。

判断は冷静に、だが最低限の自尊心は守る。そうすることで僕と言う存在は13区という血で血を洗う紅蓮地獄な世界を生き残って来たのだ。憎い喰種の下に付けだと?冗談も大概にしろ、生きる為なら排水溝の泥水も、パンもケーキも美味しそうに食べてやるがこれだけは、これだけは許容できない……はずだった。

 

「……でも僕は此処で死んでしまう訳にもいかない、条件を飲もう」

 

しかし、長く続くプライドと存在意義、そしてあの娘との約束の中の葛藤で僕が辛うじて導き出した答えは、場合によってはその王というモノの下につこうというものだった。苦虫を噛みつぶす思いだが、僕のこの寂れた下らないプライドよりも優先しなければならないものがある。全ては可愛いくか弱い人間の為に、僕を慕ってくれた妹のために。

 

地獄の底へ喜んで飛び降りよう。

 

 

 そうだろうね、「僕」はきっと人間に生まれた方が人生上手くやって行けただろうさ、普通に学校に通って、普通に友人たちと美味しいものを飲み食いして、普通の彼女と普通に結婚して、普通な人生に普通に幕を下ろすんだ。

普通普通普通普通普通普通普通普通普通普通普通普通普通普通普通普通普通普通普通普通普通普通普通普通普通普通普通普通普通普通普通普通普通普通普通普通普通普通普通普通普通普通普通普通普通普通普通普通普通普通普通普通普通普通普通普通普通普通普通普通普通普通普通普通普通普通普通普通その人間からしたらごく一般的な事でさえ、常識的な事でさえ僕は無理をしなければ行う事が出来ない、それが喰種「悪」だ。生まれてきたときから僕は悪という烙印を押されて、人間の眼から隠れて生きなければならない。だからと言って人間が居ないジャングルでの生活なんか出来るわけがない、人間を食べなければ死んでしまうのだから……

まさに悲劇の主人公だ、大勢の人の涙が誘えるような悲しい宿命を背負って生まれてきたんだぜ?

 

―人を傷つけたくはない―

 

それは自分を死ぬ間際まで痛めつけようとも貫き通す事なのか?人間も喰種も本質は違うがその性格はどちらも多種多様だ。悪い奴もいれば、良い奴もいる。「僕」だって気が付いているはずだ、笛口親子……彼女らが持っていたものは人間とそう変わりのないものだった。反対に芥子のような「僕」の知る限り二度と会いたくない非道な奴もいた。

人間も同じだよ、妹のように可愛らしく彼女が居てくれるだけで世界が彩ってくれる人がいれば、そんな子供を寄ってたかって苛める奴もいるのさ。別に喰種に生まれたからと言って、人間を殺さない生き方もできるし…人間に生まれても言って人を殺す生き方も出来る。今の「僕」の様に……

人間であろうとしている反面、「僕」は喰種を殺している…それは悪じゃぁないのかな。

笛口のような罪のない喰種を見てどうおもった、何も感じていないわけではないだろう。「僕」そんな無感動な喰種じゃぁなかったはずだ。殺してきた喰種達にもまた家族がいることを想像し、悲しむ姿を思い浮かべた時…自分と親を殺した喰種が重なった…

 

―違う―

 

いいや違わないね、「僕」がいくら否定しようと「僕」は僕だ、自分自身につく嘘ほど空しいものはないよ。でもさ、それで良いじゃないか、悪に生まれついたのなら悪のままに生きて残虐非道な人生を送ってやろうと何故考えない?いや…考えていないわけじゃないのか、「僕」が喰種に行って来た仕打ちは全て自分の中に眠る衝動を抑える為だろう?

楽しかった?逃げまどう喰種を追い回して、泣き顔を、絶望した顔を切り刻んでいくのは?

嬉しかった?勝利を確信した喰種を背後から突き刺して驚きの顔を、そのまま激痛と悲鳴にゆがませるのは?

 

―やめろ―

 

僕が喰種に行ってきたことを、数々の素晴らしい拷問劇を人間にもやってやろうじゃないか。そうだよ選別すればいい……良い人格を持った人間は残してそれ以外は全て殺す、世界中に良い人しか残らない。妹を苛めた奴らも皆拷問するんだ。

きっとすごく楽しいぞ、血が噴き出る様に興奮し、悲鳴が上がるたびに悶えるんだ、そのおかげで世界は平和に保たれる、「僕」の欲求も解消される万事解決じゃないか?

 

―その、考えは間違ってる―

 

 間違ってるのは「僕」の方だ、人間を食べることを禁じた喰種の末路は決まっている、抑え込んだ食欲に精神が屈服するか、同種を喰らい続け膨れ上がった本能を制御しきれなくなってしまうか、待ち受けるのはどちらも「死」だ。好き好んで自殺する生物がいるか、自らの命を目先の事しか考えられず、あっけなく捨てるのは人間だけだ。「僕」はそこまで人間臭くなってしまったのか!?

それを一つとってみて「僕」は全てを「か弱」いという言葉で片付けようとするが僕は知っているぞ。人間の脆さ、危なさ…その全てを他ならぬ「僕」自身が身をもって理解していることを!!

欲に塗れた人間の本当の恐ろしさを、「僕」は知っているはずだ。眼をそらすな、現実を見ろ…広がっているのは喰種によってゆがめられた世界じゃない。

人間、喰種そのどちらもが歪んでいるからこそ出来たのが今の世界なんだ。

根本から間違っている世界に何をしようが「僕」を咎める者は誰もいやしない。

 

―いもうとは、どうなる―

 

何を馬鹿な事をいっている、「僕」の妹がそんなに大事なら、あんな戦地へ送らずにずっと自分のものにしてしまえばよかったじゃないか。監禁でも拷問でも好きな方法で自分好みに、自分を愛してくれるように変えてやればいい、「僕」にはそれが出来る力がある。

「僕」は喰種で相手は人間だ、「僕」の言うか弱い人間なんか少し痛みを与えてやれば直ぐにでも「僕」に尻尾を振ってくれるだろう。僕に自分の身体を差し出す健気でかわいい妹だぁ、少しいたぶったら喜んで命を捧げてくれるさ。

 

―駄目だ、あの娘にそんな事したくない―

 

この思考ももともとは「僕」から派生したものだ、だから言ったろう?したくないって思ってても心の奥底ではそう思ってるんだよ。大切な宝物を滅茶苦茶にしたいってさぁ!!

それに…覚えておくといい、別に僕は「僕」に生きていて貰おうなんてこれっぽっちも思っていない。優しさに負けた失敗作の喰種は潔く僕に身体を譲ればいいんだ。今はまだそんなことは出来ないが、血の濁りはこれからも大きくなってくぞ。

僕が産まれたのがその良い証拠だ、外に現れた鎧もその助長だ、順調に「僕」は精神がおかしく成りはじめている。大きな力を手に入れればその分のリスクは付き物だ。人間を食べず喰種を食べ続ければ、いつか「僕」は自分を見失う。

 

そうなった時、「僕」は僕になる……

 

 

 

 




はいスマートです、今回の話は前々から予定していたもので、本来ならもう少し前の方に来る予定だったのですが、予想以上に話数が多くなりこの状態となった次第であります。
裏と表の駆け引きは、少年漫画において王道といっても良いものではないでしょうか、楽しく読んでいただけたのなら幸いです。
それではまた次回お会いしましょう、ご愛読ありがとうございました。

ご意見ご感想、些細な事でもいいのでどんどんください、お待ちしています!!
2015/4/1  合併修正

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