東京喰種[滅]   作:スマート

30 / 36
#022「調査」

まただ、私の前から人が居なくなるのはこれで4度目だ、お母さん、お父さん、アヤト……音把さん。どうして、どうして皆私の前から居なくなってしまうの?私があの人に迷惑を掛けてしまったから?私の思いが皆には重かったから?私が足手まといだから?

心を許せると、心のそこから腹の内を嘘偽りなく明かせられると思った人は、いつも決まって私の前から居なくなってしまうのだ、それも私の冷え切った心を溶かしてしまってから。どうせ居なくなるのなら初めから私に関わらないでほしい、私に暖かいあの両親と過ごした日々を思い出させないでほしい。

「どう…して?」

あの日、段々と心引かれ始めていた人と映画館へ行ったきり、あの人は笑って私の前から居なくなってしまった。そして3日が経とうとしているにも関わらず、あの人は私の前にも吉村さんの元にも現れては居ない。『人が行方不明になる』その言葉に私は最悪の想像をしてしまう。

あの日薄っすらと漂っていた血の匂い、張り付くようなピリピリとした雰囲気…思い返せば思い返すほど私の中で作られる結末は、どんどんあの人の不幸へと繋がってしまうのだ。

嫌だ、もう私は一人になんか成りたくない……私を、おいていかないで……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アオギリの樹、それは集まり統率のとれた動きで捕食を行う喰種組織の中でも一際大きく、喰種からも脅威として認知されている組織である。その何十人もの構成員を統括し支配している者こそが「隻眼の梟」なのだと風の噂で聞き及んではいたが、ならばそのボスにあった時に同士討ち覚悟で赫子を出してやろうかと意気込んでいたが如何にもそれは無駄な努力だったらしい。

あれから僕が組織への参加を渋々とだが認めると、拘束はあっさりと解かれ軽い近況説明の後僕はこの懐かしの13区へと送りこまれていたのだった。組織に入ったむねをリーダーに面会して伝えるのが基本的な組織構造におけるマナーだと思い込んでいた僕は、彼らのその意外な僕に対する信用と無防備さに肩すかしを喰らっていた。

なんでも「ある目的」を達成するために結成されたアオギリの樹は、その本懐達成のために必要な構成員の勧誘を行っているらしい。勿論任意ではなく僕の様に半ば強制的に、だ。だがまあ強制的に仲間に引き入れた面々は裏切る確率が高くなるのは誰でも分かる事なので、極力任意での勧誘にしているらしいが……

兎に角、今日この日僕に任された任務というのはその13区で頭角を現しつつある喰種の勧誘とのことだった。正直捕食対象を仲間にするという言いようのない違和感は拭えないが、それを断りアオギリの樹に制裁を加えられるのは何としても避けたかった。何度も言うように僕はまだ死ぬわけにはいかないのだ。

 

「……確かイナゴとかバッタとか言ったっけ」

 

13区の『飛蝗』…ゴロは良いが僕が13区にいた時には全く聞きもしなった通り名だ、多分だがそれ程実力のない喰種が自分の力を誇張する為にわざわざ言いふらしているのだろう。弱肉教職の世界だ生き残るために実力以上の噂話をばら撒き余計な争いを避けるのは良い手段だとは思うが、ある程度大きくなりすぎた噂は逆に大きな災厄を招きかねない。そう、今回のようにアオギリの樹に眼を付けられるようなどうしようもない事態に……

13区に存在する古寂れた住宅地、その裏路地に足を踏み入れた僕は、20区では感じる事のなかった複数の殺気に晒されてふと足を止めた。……数はざっと4人、息を潜めているが僕くらいの経験を持っているとすぐに分かるような幼稚な隠れ方だった。

所詮は食べる事しか考えられない下種の集団が多く集まる血塗られた区、隠れる事よりも戦う事を選ぶ血気盛んな喰種が大勢いる。

 

「…仕方ない、ちょうどお腹も空いてきたしここ等へんで昼食と行きましょうかぁ」

 

 懐にしまっていた黒い蟋蟀のマスクを取り出して顔にはめると、その瞬間隠れていることがばれたと思ったのか、7人の喰種が一斉に路地の隙間から僕を囲むように飛び出しそれぞれ赫子を展開する。

力の強い者に挑むとき、集団戦は極めて有利に事を運ばせることが出来る手段だ。いかなる強者であっても捌ききれる限界の人数と言うものが存在する。一個の大きな力よりも小さくとも統率のとれた力の方が厄介というのは経験則だ。

だが、しかし…彼らにとっては残念な事に僕は至極余裕で向かってくる喰種に対して赫子を出さずに佇んでいた。舐めているわけではない、そんな事をする必要もないという確固とした事実だ。

集団戦で優位に立てるのは、あくまでターゲットよりも低いがそれに近いという実力のものがいてこそだ。目の前にいる喰種集団は、最高でもAレートの奴だろう衣服や体に染みついた人間の匂いと戦闘へと足運びからそう判断できる。

有り体に言ってしまえば実力不足、悪い言い方をすれば美味しい昼ご飯だ。

 

「しねええええ!!」

「まったく喰種というのは其れしか言えないんですかぁ、語彙が不足してますねぇ」

集団を乱し、一人先に突っ込んで来た黄色いニット帽を被った汚らしい喰種の赫子を躱し、その勢いを利用してカウンター気味に蹴りを頭にぶち込んでやれば簡単に首が宙を舞った。肉体の強度も以前戦った梟と比較にも及ばない程柔らかかった、例えるなら骨と肝臓くらい違う。

恐らくこいつ等は共喰いを行っていない並の喰種だ、大方ここに歩いてきた僕を人間だと思い襲い掛かって来たのだろうが……

「はい、二人目」

仲間の首が一瞬で飛ばされたことに動揺したのか、集団の動きが鈍くなる。禄に統率も出来ていない寄せ集めの集団かもしれない、だが僕がその絶好の隙を逃してあげるほどお腹が空いていないわけでもないのだ。動揺を誘うように少しでも残忍な殺し方に集中し、動きを精神的に拘束して次を順番に仕留めていく。

アオギリの樹とのぶつかり合いで消耗した体力を回復させるために、少なくとも此処にいる喰種全てを腹に収めなければならない。でなければ後に控える「飛蝗」との戦闘に身体が耐えられないだろう……

リゼの時のような失敗は犯したくない、此処は非常に不本意だが「大食い」の様に徹しよう。

「三、四、五、ろーく、しち!!」

「ぐあ…」

「げ…」

幸いにも襲い掛かって来た喰種集団は甲赫と尾赫の混成だったようで、接近してこない羽赫が居ない分、十分回し蹴りだけで対処することが出来たのだった。必要以上に赫子を使ってRc細胞を無駄使いしたくない。13区は何が起こるか分からない地獄の入り口だ、一寸先が見えない闇の中では自分の切り札は無暗にさらさないほうが良いだろう。赫子の種類が相手にわれてしまうだけで戦い方の難易度が跳ね上がる事を思えば、この程度の我慢は気にならない。

「さてっと……いただきます」

手をパンと喰種の死体に合わせてしゃがみ込んだ僕は、マスクを懐にしまい込んでから大きく口を開けて久々のご馳走に貪りついたのだった。

 

「ねぇ…それ美味しいの?」

固い骨を砕き血肉を全てのみ込んでいると、不意に後ろから声を掛けられて息が詰まりそうになる。背後を取られたと赫子を放出しそうになるが、声の主が幼い少女のものだったと寸でのところで抑え込んだ。振り返りざまに殺したのが人間だったなら目も当てられない、低い可能性だがこんな路地に迷い込んで来た人間の少女と言う可能性はあるのだ。

だが一つ気がかりだったのは、匂いが分からなかった事だ。喰種でも人間でもないような奇妙なにおい、それはまるで僕の匂いのようだった。

 

 変な匂いのする異質な少女、幼さながらも苦労してきたのか若白髪が目立つ長い髪を、禄に手入れもせず放置した姿を見て一番に思いつくのは、矢張り虐待だろう。

育児放棄(ネグレクト)、発達した文明は時として社会を優先し家庭を顧みないワーカホリックを作り出してしまう。その結果、仕事に人生の全てを掛け子供の育児を放棄してしまう親が増えているのだ。もちろん子供のような我がままな親が、自分勝手に育児を放棄する事もあるが、おおまかな原因は世知辛い世の中にあるのかもしれない。

 

他の国ならいざ知らず、喰種という脅威を除けば比較的安全なこの国において、放浪児という線は極めて低いだろう。そんな子供がもしいたとしても直ぐに保護施設に連れて行かれるはずだ。

兎に角、僕の仮にも人型をした喰種を食べる光景を見て、動揺しないというのは例え喰種だとしても奇妙だった。幼い喰種を僕はあまり見たことは無いが、「命を奪う行為」それも自分に近い生命体の生命を奪う行為はどんな生物も躊躇するものだ。

それは種の保存本能から繋がっている生きとし生きるものの基本。

悪である喰種も生まれた瞬間から悪だったわけではないと僕は、考えが変わった。何故ならあのヒナミちゃんのように生き物に対して純粋な気持ちを保っている者もいると知ったからだ。

人間しか食べる事の出来ない本能が、喰種の喰種としての有り様へと「生命の尊さ」を歪めてしまうのかもしれない。

13区で出会った喰種は皆、心が荒んでいた。人間をただスーパーで買える豚肉程度にしか思っていない彼らの脳裏に浮かんでいたのは、自分が上位に立っているという愉悦。

地上に生まれた生き物としての価値、強さに対する陶酔だった。

世界中に点在する生態系を支配しつつある人間を喰らうからこそ、自分たちは人間より強いと子供じみた愚かな考えをしてしまう奴らが多かった。

人間は単体では弱く脆い、だが彼らの強さは団結の…絆の強さなのだ。

恐怖から集まり引かれあった喰種の集団ではなく、人間の他者を愛し守りあう結束は何よりも固く、そして強いのだ。憎悪や復讐と言うものも喰種がするものと比べ、人間が行うモノの方が残酷で、醜悪なのは一重に愛があるから。

生命の生き死にに何かを感じられる心こそが、人間らしいとされるゆえんなのかもしれない。

 

だからこそなのだろうか、この人間とも喰種ともつかない少女の対応に僕は、昔の自分を重ねてしまった。喰種の蔓延った血みどろの世界で生きなければならなかったあの時を……自分の中の価値感がガラリと塗り替えられてしまったあの事件を、この目の前の少女に感じていたのだ。

それほどまでに、少女は僕に似ていた。纏う雰囲気も…荒んだ…歩んで来た道は違うだろうが、たどり着いたところは同じだったという共感。この少女も…きっと僕と同じようなそうすることを強いられるような環境で生きてきたのだろう。

 

「…美味しい、と思うよ。まあ僕はこれしか食べられないから、比べようもないんだけどね」

「…あなたは、喰種です?」

「…ん、そうだよ、僕自身それを認めたくは無いけどね」

これはまた直接的な質問をする。それもこんな惨殺現場を見た上で、捕食シーンを網膜に焼き付けた上で問うという行動は、つまるところ自殺行為だろう。いや、そもそもこの現場に今なお留まっているという事が死に急いでいるとしか思えない愚行だった。

この少女が喰種にしろ人間にしろ、僕と言う……喰種を見て恐怖を感じないわけはない。喰種は悪だ、怖いものだ…人間を脅かし、生命を冒涜する存在してはならない存在だ。僕も含め、喰種には同族に対する「親愛」というものも極めて薄い。

日常的に人間を喰らっているからか、姿かたちが殆ど同じの喰種を喰らっても何も感じないという思考、慣れが存在しているのかもしれない。

「そうなんですか、ママとは違うんですね」

「君の言うママが何を指すのか知らないけど、そうだね……違うよ、僕は僕だ」

そんな恐ろしいはずの喰種の捕食現場を目撃して、震えずに…また逃げようともしない……未だにこうして会話と呼べる会話が続いているあたりが、異常だった。

この少女の立ち振る舞いや雰囲気により興味を持ってしまった僕は、それとなく少女の家庭を探ろうとして、先ほど会話に出た「ママ」と言う単語に不快感を覚えたのだ。なんというか、違和感とでも言えばいいのだろうか。

子供が親を呼ぶときに発する声色と、この少女が「ママ」と話す声色が何処かとは言えないが違って聞こえたのだ。まるで少女は「ママ」を畏怖すべき対象の様に呼び、そして「ママ」と違うと述べた僕に何処か安堵するような視線を送っていたのだ。

 

「まさか…」

 

 嫌な予感がした、いやそれは予感と言うよりは直感と言うべきものなのかもしれない。喰種なのか人間なのか分からない匂い、それは……もしも喰種の側で何年も暮らしているからだとすれば、この少女の抱える闇の深さにも納得がいってしまう。

『飼い人』……以前一三区に居た時風の噂(死にゆく喰種の命乞い)で聞いたことがある、喰種が人間を自分の個人的な理由で保有し、捕食ではなく私利私欲で痛めつられる喰種にとって都合の良い人間「奴隷」。

それは尊い人間の命を、生きる権利を当然のごとく切り捨てたまるで人形のごとく扱う許されざる狂気の沙汰だ。これがまだ人間の「奴隷」ならまだよかった、人間は例え刃部よりも下だと見下した人間に対しても一定の人権を保障し、それを最低限の範囲で守らせることが出来る。

それが、同族を殺す事を忌避する本能的意味が強いものだとしても、人は人にそこまで暴力的、猟奇的に染まれないのだ。

 

しかし、喰種は違う…奴らは人間を食べるという忌むべき行為を繰り返し行って来た結果、人、喰種を殺すという行為自体がただの食事という作業へと昇華されてしまう。奴らにとってその食料を奴隷にするという事に対する忌避感は「たべものを粗末にしてはいけません」という好き嫌いをする子供に対する親の苦言程度のものしか持ち合わせていないのだろう。

だからこそ、奴らはこうまで「奴隷」である人間に残虐的になれる。手に持ったリンゴを食べるでは無く自分の力を誇示するがために握りつぶす様に、奴らは簡単に人間を殺すのだ。価値が無いと……存在そのものを否定するように。

それが事の真相だとするのなら、こんな小さな少女を喰種は捉え自分の元で無理やりママ等と呼ばせていたぶっていたという事になるではないか。

 

「…どうしたんです?」

 

 僕が暫く黙っているとそれを不思議に思ったのか、少女が訝しげに僕の顔を見上げて来た。不安そうな、ともすれば一瞬で壊れてしまいそうな儚い表情をしていた。

脳裏にかつて護る事の出来なかった妹の姿が浮かんできた、少女の言葉から察するに「ママ」と呼ばれる喰種は恐らくまだこの辺りを徘徊、もしくはこの辺りに住んでいるのだろう。彼女が逃げ出してきたのか、それとも偶然何かの間違いでこの場に立っているのかはわからない。

だが、たった今、僕の中で決心が固まった。

助けたい。それは偽善だと思う。ただ自分の欲望に、助けられなかった義妹へ対しての償いでしかない。いうなればただの自己満足、結局僕は自分の事しか考えていないのかもしれない。

自分の気持ちが楽になるという事にしか、動けない自分自身に嫌気がさす。だが、それでも目の前の少女を……今現在虐げられている少女を助けたいという気持ちが揺らぐことはなかった。きっとそれは僕の偽りのない本心で……

感情の赴くままに僕は再びその黒く禍々しい蟋蟀の仮面を怒りに滲んだ顔に張り付けたのだった。

 

「もう、大丈夫」

「え?」

「お嬢さんは、私が助けてあげますよ」

 

 口調を変えて、喰種を殺すだけ為の鬼と化す……それが僕の選んだ選択だった。正義なんて輝かしいものではない、ただの人殺し……それでいい。それで、守れる命があるのなら。身を徹して悪に尽くそう。

 

「僕…男ですよ」

 

だから、背後から聞こえてくる少女の声に僕は結局気が付かなかったのだ。

 

 




2015/4/1  合併修正

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。