東京喰種[滅]   作:スマート

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#023「思惑」

 外から入って来る僅かな光だけが部屋を照らしている薄暗い、今はもう誰も使われていないのだろう廃工場に、二つの影があった。小柄で子供のようにも見える人物と、大柄で足元にまで届く大きなコートを身に纏った人物。傍目から見ればどこかの親子づれに見えなくもない二人だったが、いかんせん二人ともその身体に身に着けているモノが辺りを歩いている人々を比べて異色過ぎた。

 

「エト…」

 

 大柄な口元を嘴のようにも見えるマスクで覆った人物は、ふと割れたガラス窓を一瞥して訝しげに目の前の小柄な人物に向き直った。彼の人物から何をせずとも溢れ出す物々しい威圧感に飲まれることなく、飄々とした態度で目の前に居座る小柄な人物も相当な修羅場を潜り抜けてきたのだろう。

 

「うん、なんだい?」

 

 特に周囲を気にすることなくとってつけた様な簡素な椅子に座り、ネジの外れかかったパイプ机に乗せられた肉塊をつまむエトと呼ばれた小柄な人物は、そんな疑われることは心外だといわんばかりに肩をすくめて見せる。上下関係を感じさせるものは無い、お互いにタメ口で会話し、エトの方は大柄な人物をさん付けで呼んでいるくらいで特に敬語を使うことは無い。

それ程の気の知れた間柄なのか、そんな軽いエトの返しに大柄な人物も特に眉根を顰めたりせずに口を開いた。

 

「良かったのか、捕まえた蟋蟀を監視もつけずに早々に放置して、奴は時間制限があったとはいえ、俺たち数人でも手こずる相手だ……また逃げられでもした…」

 

 アオギリの樹は大規模な数の喰種でまとめ上げられた、喰種が作り出した団体の中では珍しい規模の組織だった。幹部数名と構成員数百名で構成されているアオギリの樹は結成から水面下で動きながら着実に人員の数を増やし続け、今にいたる。

その目的はある近未来に起こる……起こす計画に備える為の手駒集めという意味合いが大きい。東京23区の喰種を目ぼしいものを全て勧誘していくスタイルは目を見張るものがあるが、それだけでは人一倍プライドを持つ縄張り意識の高い喰種は従わなかっただろう。

それを幹部数名の実力で力によって支配することは当初の予定ではあったのだが、それではいざという時の統制や裏切りへのリスクが増えてしまうといった問題も浮上してしまう。そこで考え出されたのが幹部となる部下の喰種の「管理者」を増やすことだった

だが先ほど述べたように実力を持つ喰種は独自のコミュニティを形成し、そこへの介入の一切を拒む。だからと言って、実力者を強引に引き入れようとすれば必然的に実力者の部下もついてくるため、それだけ裏切りのリスクは跳ね上がってしまう。

そのため仕方なく蟋蟀という実力者でありながら喰種のみを狙って殺すという異端な喰種を、情報提供という対価を払って招き入れようとしたのだが……

いかんせん、蟋蟀は喰種に対する辺りがきついという事で有名だった。

 

 そこでアオギリの樹は、交渉を持ちかける為に彼を一度拘束し改めて商談を進めようとしたのだが、その会話が済むやいなや直ぐに任務に駆り出させてしまったエトに対して大柄な人物は疑念を抱いていたのだった。

情報提供に対して、蟋蟀は確かに乗り気な姿勢を見せてはいた。だがそれはあくまで自身の利害の為であり心からアオギリの樹の思想に賛同したわけではない。極論を言えばお金をもらって戦ってもらう傭兵とあまり変わらないのだ。

裏切るという可能性は強制で強いた喰種と比べれば幾分かはましになるだろうが、蟋蟀は根本的には喰種を嫌っている節がある。

此処で何の監視もつけずに放置してしまえば、蟋蟀は再びどこか手の届かないところへと逃げてしまうのではないかというのが大柄な人物の考えだった。

 

 幹部を自分を含めて2人も招集したうえで捕獲した蟋蟀を逃したとあっては、アオギリの樹全体の士気のダウンにつながりかねない。「蟋蟀」が逃げたのならと、自分たちも逃げ出そうとするものも増えるかもしれない……

しかし、その懸念は目の前のエトに否定された。まるでそういわれることをあらかじめ分かっていたかのようにバッサリと否定する。

 

「逃げないよ」

 

「何?」

 

「蟋蟀は逃げない……うん、もちろんそれは私の勘でしかないけれど、彼はきっとタタラさんから言われた任務を最後まで全うする。目的の為に……私たちを裏切るという事が蟋蟀にとってかなりの情報面においての損失になるはずだ。勿論、裏切る可能性はゼロとは言えないけれどね」

 

「なら…何故?」

 

「監視を付けなかったのは、もうこれ以上部下の数を減らしたくないからさ。まだアオギリの樹の面子は少ない、そこに利害一致の関係とはいえ重要な戦力になりえる子が来てくれたんだ。ここは信用という意味でノーマークでも良いと判断した……

それに、耳の良い蟋蟀の事だし、下手な喰種なんて監視に付けたらすぐに撒かれるか殺されちゃうだろうしね」

 

「それもそうか……確かにあの聴覚は厄介だな、だがエト…お前は何故奴を仲間にしようと思った、戦力面では期待できるが奴はああいう性格だ。手を上げて我々の計画に賛同してくれるとは思えない、奴はいずれ我々の障害になる」

「だね、それは僕も同じ意見……でもねアレはきっと本質じゃないんだ」

「……」

「喰種を恨み憎んでる、その気持ちは喰種の持つ赫子に少なからず影響する、赫者もまず始めは感情の暴走がきっかけになって発現することが多いしね。でも、違う……」

「羽…か」

「そう……タタラさんとノロさんが一緒に蟋蟀と戦った時、状況によるものなのか、それとも自身の枷なのかは知らないけど彼は『羽』を出さなかった。蟋蟀の代名詞とも言える『羽』をだよ?」

 

 13区の蟋蟀、共喰いを繰り返す狂った蟲として有名になった喰種である蟋蟀は、その戦いにおいて過去何度か羽のような形状をした赫子を出すことが知られていた。『羽赫』と勘違いされがちだがこの蟋蟀の赫子はあくまで、羽に似通っていると言うモノでそれは実際に連射したり空中を滑空するためのものではなく、音を出すための器官だったとされる。

奇妙な音階を作り出し、自分の場を作り出して獲物を狩るというスタイルは成程好戦的であり共喰いも日常茶飯事な蟋蟀の特徴を如実に表しているといえよう。

当然ながら、蟋蟀との戦闘に備えて幹部2人はその音に対する警戒を十全に行っていた。

だが結局ふたを開けてみれば蟋蟀はその赫者となり強化された防御力と攻撃力で力任せに戦うだけで、噂に聞いた技巧の研ぎ澄まされた戦いは見ることが出来なかったのだ。

自分たちが実力を出せない相手だと舐められていたという可能性は、あの蟋蟀に限って存在しない。

蟋蟀は、喰種に対して一切の妥協も慈悲も与えないからだ。だからこそ蟋蟀は異質であり喰種でありながら、喰種の敵だという認識が広まっていた。

 

「アレの意味がどういうモノだったのかは分からないけれど、分かったことがある……蟋蟀はとんでもないものを内側に抱えてるよ」

 

 気楽に、気負うことなくとんでもないことをエトは少し眼を大きく見開いたタタラに言ってのけた。どこか彼のそういう反応を面白がっている風にも感じられる。

 

「……やっぱり、蟋蟀は私と似てる」

 

「蟋蟀は、嘉納とのかかわりもないようだった」

 

「そうなんだ、じゃあ……そこも私とおんなじだ……同じ経緯で生まれた、隻眼だ」

 

だから、とエトは小さくつぶやき椅子から立ち上がり、手を上へと伸ばし身体を大きく反らす。

 

「だから……蟋蟀も恨んでるんだろう?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……世界をさ……

 

 

 

 

 

 




 此処まで読んでくださりありがとうございます。次話もまた暇を見つけ次第投稿していく所存ですのでどうか応援よろしくお願いします。
さて今回はアオギリ幹部の会話でした、なんというか不穏な気配が見え隠れしてきましたが次は予想通り彼の主人公の蹂躙ですので安心?してお読みください。

ご意見、ご感想、どんな事でも良いのでお待ちしております。

15/03/05 誤字修正
2015/4/1 合併修正

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