東京喰種[滅]   作:スマート

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#025 「本性」

目を合わせた喰種に対して僕は一切の容赦をしない、命乞いをしようとお金を差し出そうと、狩場を提供されようと僕は何の同情も抱かずに殺意のみを拳に込めて奴らを地獄へ送ることが出来た。

 

生き物を殺すからと、奴らの「悲鳴」「泣き顔」にいちいち心が揺らいでいたら、僕はもうこの世にはいないだろう。喰種の世界は「嘘」と「偽善」で出来ている、感情を表に出していれば読まれるし、それが自分の隙に繋がってしまう。

 

相手も生き残るのに必死だ、嘘もつくし平気で人間を人質に取る。だから僕は相手取った喰種をまず身動きできない身体にしてからじわじわと嬲り殺すのだ。

 

肉を削ぎ、内臓を引きちぎり、骨を砕く、自分が人間に対して行って来た行為を自分の身で体験させてやる。大抵の喰種はそこで音をあげて泣き喚き、かつて自分が喰らった人間の様に必死で許しを請うのだ。

 

自分のしてきた罪を清算させる、偽善に満ちた自己満足でしかない行為だが、僕は喰種が自分のしてきた行為に何の罰も無く一瞬であの世へ行くのが許せなかった。

 

臓物をまき散らし恐怖を顔に張り付かせて死んでいった人間が、それでは浮かばれない。何の罪もない人間が痛みを感じ、何故罪を犯し過ぎている喰種が安らかに死んでいくのか……

 

だから僕は奴らに苦痛を与えることで、自信を人間だと……か弱い人間を体験させることで、自分の罪を向い合せて来た。

 

「月山……習」

 

だが、目の前に立つ嫌らしい笑みを顔に張り付かせた男は違った。赤いスーツを身に纏った坊ちゃん風の男は、悪い意味で考え方が普通の喰種と違っていた。

 

喰種は普通、自分が生きる為に人間を食べる。その行為は等しく悪だがそこには必要に迫られて仕方なくという原罪じみた要素が関わっている。だからこそ、喰種は生き物を殺すという行為を「仕方なく」行い、その罪に気づいていながら触れない様にしている者が多いのだ。

 

奴らにも数少ない良心は残っている、僕は其処を念入りに抉り喰種の本性を、隠し続けて来た罪と向かい合わさせるのだ。しかし、月山は違っていた。あの喰種には本来あるはずの良心と言うモノが欠片もなかったのだ。

 

揺さぶっても、訴えかけても何も反応しない。奴の中にあるのは如何すれば人間という食材を美味しく食べることが出来るのかというおぞましい美食への渇望のみ。奴にとって人間とは罪の意識を抱けるほど対等な存在ではないのかもしれない。

 

月山にとって人間は料理……自分にとって最高の娯楽。

 

こんな奴をこの世界に生かしておく事は全ての人類の為にならない。丁度空腹も抑えられ身体の調子も万全だ、S級喰種との一騎打ちくらいなら今度は逃がす事無く仕留められるだろう。

 

僕はもう……お前と初めて出会った時の僕とは違うんだ。

 

sono contento!(嬉しいな)、僕のことを覚えていてくれたんだね!」

 

「忘れたくても忘れられないね、君にされた仕打ちは……お陰で喰種っていうのがより嫌いになった。そうだね、感謝するべきなのはその一点かな、彼らの醜さを僕に教えてくれてありがとう」

 

「やれやれ、相変わらず刺々しい!だが、その誰をも寄せ付けない孤高さ、一人だけで生き抜いていく理解者のいない様はまた悲劇的で、芸術的だ magnifico!(素晴らしい!)

 

昔からこの男のオーバーなリアクションは変わっていない。

両手を広げて誰が見ているわけでもなく演劇のように自分の感情を表現する月山。

何も知らない人からすれば、その姿はなかなかどうして面白くも見えるのだろう。

 

だが僕は知っている。この優しそうな笑みの裏に醜悪な思惑と、絶望的なまでの狂気が渦巻いていることを。

 

「それで、今日は何のようだ?潔く人を恐怖させる元凶として僕に始末される気にでもなったのかな」

 

「ふふ、つれないなぁ……いやなに、特にこれといった用事はないさ。

たまたま通りかかった路地裏から、何とも濃い血の香りがするじゃないか。これが普段なら気にもとめないが……そうしたら君のとても興味深い声が聞こえてきた。

不味い…だったかい?」

 

ぞわりと、言い知れない何かが僕の背中を走り抜けた。

 

心音が予期せずに早くなるのを感じた、わけが分からないまま立ちつくす僕に冷や汗だけが額から滴り落ちた。

 

何だ、この感覚は……まるでこの月山の言葉をこれ以上聞いてはいけないというように、身体が早く殺せを僕を急かしているようだった。

 

「何が言いたい…」

 

聞いてはいけない。頭の中で発せられる警告は次第に強くなっていく。そうだ、月山はこういった心を弄ぶ事に長けていた。他人との距離を上手く取りながら溶け込むようにいつの間にか隣に立っているような、狡猾な男だったはずだ。

 

それはきっと禄でもない話なのだろう、僕の冷静さを奪って行動を制限してしまうような、トラウマを抉る卑怯な手。でも……僕は耳を塞ぐことが出来なかった。一心不乱に赫子を出して月山に向かっていく事が出来なかった。

 

月山の言葉……何かが、僕の心の中で引っかかっていたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何かが……おかしい。何か……

 

 

 

 

 

「珍しい…と思ってね。そう、4年前に会った君はもっと喰種を憎んでいた、味なんて噛み締めるなんて考えつかなかっただろう」

 

 

 

「味…」

 

 

ドクン……

 

心臓が、身体が大きく揺さぶられた。後頭部に何かに殴られたような鈍い頭痛が広がっていく。

 

喰種…不味い…味…

 

その意味を理解した時、僕はきっと真っ青な顔をしていたんだと思う。月山の言葉から初めて察することが出来た自分の変化、それは確実に僕自身を喰種たらしめていた。

 

「……僕が喰種に似てきてる……そう言いたいのか?」

 

空しい、最早意味のない反論……自覚してしまった今、それはもう自分の本性を隠す理由にはなってくれない。むしろそれを月山に問うという行為が、自分の変化を異常を認めてしまった事にほかならない。

 

だが、理解は出来ても僕は納得したくなかった、恨み憎んできた喰種、唾棄すべき存在に似ていると言われ怒らない人はいない。

何処にゴキブリとそっくりだと言われて喜ぶ人がいるだろうか、それと同じだ。

ギリッと握り締めた拳から血が流れ……

 

「……もっと自分の欲に素直になりたまえ。君は喰種だ、それも一級品のね。……喰種が肉を味わうのは当然だろう?」

 

「黙れ、僕はお前たちとは違う」

 

もう……いい加減にしてくれ、お前は僕に何をさせたいんだ。お前はいつもそうだ、幾度となく僕の前に現れては僕の心を引っ掻き回すだけ引っ掻き回して僕を苦しめる。

 

「それはさすがに無理があると思うよ音把クン!おなかが空いたのならデパートやスーパー、コンビニへ行けばいい。

お金が無いのなら、その辺の残飯を漁ればいい。君がもし!もし本当に人間なら!……お腹を満たす方法が限られていない状況のはずだ。

丸く太った獲物を捕食して感想を呟く、それを喰種じゃなくなんと言うんだい?」

 

「……黙っれ!!」

 

我慢できなかった、喰種と同じだと言われたことが…ではない。

月山という一介の喰種に言われた言葉に一切反論できない自分に、無性に腹が立った。

そうだ……その通りだなと、一瞬怒りよりも先に納得してしまった自分が許せなかった。

生き物を殺してその命を喰らう、喰種にその魂を味わう事が出来るのなら、僕は喰種と変わらない。

 

「……月山、お前は何がしたい?僕を殺したいのか、だから僕を怒らせて冷静さを欠かせて……」

sbagliato(違う!)いいや、ただ僕は……同じく食を求めるもの同士、語らおうと思ってね!

どうだい、不味い喰種の肉なんて食べてないで、高級な……柔らかく透き通るような食を求めてみないかい?丁度会員制の喰種レス…」

 

「質問してるのは僕だ、ちゃんと答えろよ、お前がそんな理由で僕に近づくわけがない……下種が」

 

芳村さんにも言われたことだった、正義を盾に暴力をまき散らすのは理不尽な捕食を行う喰種と何ら違わないと……

だが……自分自身、その味覚という感性まで喰種と同じようになっていたのは…正直な所月山に言われるまで気がつかなかった。

 

だが、気がついてしまえば反論の余地なく正論だとわかってしまう。

全てを消すと豪語している憎い喰種を「味わう」

それでじゃまるで、人間を襲って味わう喰種と変わらない。

 

「ふっ……君を見ているとまるで、…哀愁を感じるよ!」

 

滑稽だと、演劇でも見ているようだと月山はおどけて見せた。そうかもしれない……

僕はおかしい、自分でもわかる程に…自分が分からなくなっている。切っ掛けは、そう……芳村さんと戦った時、感情を抑えきれず出せる限りの力を身体から絞り出したその時から僕の中で何かが狂いだした。

 

赫者……喰種としての頂とも言っていいそれの危険性は十分に理解している。油断すれば強大な力と引き換えに「喰種」の本能に飲み込まれる事も、分かっていたつもりだった。

 

それを分かったうえで覚悟して、それでもなお力を求める為に受け入れた力。それがじわじわと今になって僕の心を犯し始めているのかもしれない。気づいていない部分で少しずつ、他人にしか分からない微妙な所が変わっていっている。

 

思い返せば、あの時、菫香を見る度に抱いていた感情はまさに僕が嫌う喰種の姿そのものだった。「甘く美味しい肉が食べたい」至極当然だと感じていたそれはおぞましい喰種の感性と一致してしまう。

 

「ぼくは…ぼくは…」

 

芳村さんが言っていた赫者の制御方法、恐らく戦闘方法か何かだろうと辺りを付けていたが、これは……きっと心を乱さない、本能に飲み込まれない為の方法だったのかもしれない。

 

incomprensibile!(理解できない)君は何をそんなに焦っているんだい?

君は喰種として普通の感性を持っている、美味しいモノを美味しいと言え、不味いモノを不味いと言える……実に素晴らしい事じゃないか!」

 

「美味しいモノは美味しい……」

 

consenso!(そうだ!)最上級の肉の味は鼻を焦がし身を蕩けさせる!ただ肉を貪るだけの食は愚かだ、そこに味わいを求めることに代え難い美しさが生まれるのさ、さあ音把君……君を喰種レストランへ招待しようじゃないか…」

 

恭しく執事のような礼をする月山……彼の言っている事は多分間違っていない。人間も、喰種もきっと味覚はあるし、美味しさも不味さも感じるのだろう。肝心なのはそこにどういう過程があったのかという事……

 

正直、僕は僕自身の考えが正しいのか自身が持てない。もともと不安はあったが今回月山に指摘されたことでそれが顕著になった。

 

だが…これだけは言える…

 

「喰種であることに不満を感じている、それはきっと良い食に巡り合えなかったからだと僕は思うけどね!」

 

僕はまだ…喰種を恨んでいるのだと!

先ほどから繰り返される人間への非道徳的な対応を表した言葉、それが呟かれるたびに僕の中で燻っていた憤りは少しずつ怒りへと置き換わっていった。

 

 

あの時の僕はどうかしていた、月山の言うとおりに勧められるままに人間の肉を食べて仕舞いそうになった、喰種である事を認めてしまいそうになった僕は……未熟だった。

逃がす暇なんて与えない、今度という今度は僕はお前に騙されない。

 

僕は…あの時とは違う!!

 

 

これは…逃げなのかもしれない。直面した問題から目を背け、湧き上がる怒りのまま暴力をふるう。彼が意図せず作ってくれた怒りと言う逃げ道に僕は逃げ込もう、もちろん同情はしないあるのは相手を殺そうとする殺意のみ。

 

「つきやまああああああああああああああああああああああああああああああ!!」

 

 

殺す……二度と僕にそんな口がきけない様に体全部をバラバラに刻んでから一つずつ喰ってやる!!

 

食べる…あれ、どうして「殺す」じゃなくて食べるの?

『美味しいから』

『刻んで、バラバラにして……』

 

 

「細かく刻んで一口サイズで…パクッ?…あれ?」

 

……きっと美味しいんだろうな…あれ、なんで憎いはずの喰種が美味しいの、なんで僕はこんなに嬉しいの、なんで? 美味しいものを食べるのは普通だよね、喰種は美味しいモノ、食べていいモノ、じゃあ美味しいそうな人間はどうするの、美味しいよ、食べたいな、たべちゃだめ、なんで、食べたいよ喰種も人間も、全部僕が食べちゃいたい、全部全部僕のものだ、美味しいの食べてないが悪いの?

 

『あれ?あれれれれれれれれれ、れ、れ、れ?』

 

『アハッ、今日はご馳走だね』

 

「カルマート!(落ち着きたまえ)」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




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