東京喰種[滅]   作:スマート

34 / 36
申し訳ありません、このたび更新させていただいたのは3話の追加です。お手数おかけします。


#026「半心」

 「triste!(悲しいな)なんという事だろうか、僕の美食を理解できないなんて」

 

 月山習、赤いスーツを着込み整えられた髪をした男は残念そうに頷き、眼前で巨大な化け物へと身体を変化させつつある蟋蟀に憐れみの視線を送った。

彼にとって美食は「生」だった、他の喰種とは違う上品で高級な食事、量ではなく味わいの深さを探求する事に彼は今生きているという事を実感させられたのだ。

 

貪り喰らう事が喰種の生きがいじゃない、喰種とはもっとかくあるべきものだと。だが彼の持つ一見して人間にも近い思想は一般の喰種からは認められることは無かった。確かに喰種も食べ物をえり好みする、美味しいも不味いも同じ人間の肉から生まれる感想である事には間違いない。

 

だが、それだけだったのだ。

 

彼がどれだけ喰種の味を説いても、その他の喰種はその思想には興味を示すものの、やがて彼から離れていってしまうのだ。それは……喰種が捕食に味よりも外見をより重視しているからだった。

 

舌が蕩ける様な触感も、ほっぺたが落ちるほどの旨味も、透き通るような美しさの外見に負けてしまうのだ。解体マニア、刺殺マニア、絞殺マニア、撲殺マニア、惨殺マニア、喰種の趣味嗜好は独特で十人十色だが共通しているのはそのどれもが目に見える特徴を有しているという事だった。

 

喰種は見た目を重視する、美味さはその次……彼はそれが許せなかった。

 

人間を少しでも美味しく食べようとする自分の考えが否定されたように感じたのだ、彼はその自分の考えを証明するがために人間を調理しては捕食し続けてきた。いつか、自分の理解者が現れてくれるその時まで。

 

だが、数年前彼が出会った自分と同年代のような若さの喰種は、一度は月山の思想に理解を示しそうになったがやがて彼から去ってしまったのだ、逃げる様に……彼とは相容れないとでもいうように。

 

そしてまた、さらなる美食を求めて足を運んだ13区で偶然の再会、月山の心は躍った。また……この喰種に美食の素晴らしさを説いてあげる機会が出来たのだと。今度こそはきっとよき理解者を得られると……

 

だが結果は案の定、話しかけた側から喰種は彼を拒絶し振り払おうと赫子まで発生させて来るのだ。僕は…僕はただ、美食と言う素晴らしさをもっと喰種に知ってほしいだけなのに!!

 

 

「カルマート!!」

 

月山は叫ぶ、「落ち着け」と絶望の果てに、またしても運命に裏切られ理解者を得られなかった自分に冷静になれと吠える。

13区の蟋蟀は喰種としての本質を見失っているだけに過ぎない、喰種を食べるという偏食思想は未だ美味しい食材に巡り合っていないが故に引き起こされたモノなのだと月山は考えたのだ。

 

ここでまた蟋蟀を自分の感情のままに傷つけてしまえば、殺してしまえば今後一切この喰種は美味しいモノを食べることが出来ずに天に召されてしまうかもしれない、それは月山にとって非常に不本意な事だった。

 

蟋蟀は強くそして刺々しい外面で敵を威嚇しあまつさえその命を刈り取るが、心の中に脆く崩れてしまいそうな内面を抱えている。その長所と短所の絶妙なバランスが月山の思う「美しさ」であり、これからの食を共にする友として相応しかった。

 

人間でありながら食欲が湧かなかった奇妙な関係の同級生のように、言葉では説明できない親友になりたいという欲求が彼を突き動かしていたのだ。

 

「君に!美食を語ってあげよう!」

 

だからこそ月山習は今はもう比べ物にならない程実力が離れた化け物に相対して逃げ出す事は無かった。昆虫入り混じる不気味な姿かたちへ変貌する蟋蟀に呼応するように、月山も赫眼を見開き、背中からドロリと蠢く赫子を発生させる。

 

暴走を始める赫者の危険性は百も承知、喰種を喰い続けて狂った喰種の強靭無比な強さは嫌という程知っていた。だが、月山は苦しそうにうめき声をあげる怪物を前に一歩踏み出し、腕に巻きつけた固く鈍重な赫子を天に高々と掲げたのだ。

 

それはまるで勝利を宣言する騎士のようで、雄々しく宣言するその顔は自分の心の底から溢れる欲望で醜くく歪んでいた。

 

全ては無知な蟋蟀の未来の為に、若き喰種の食を救うために!

 

 

 

 

「正気に戻りたまえ!!」

 

 

 

 

 

                  ・

 

 

 

 

 

 

 

 

 沈んでいく意識の中、母親の羊水に浸っているかのような穏やかな感覚が僕を包んでくれる。月山がまた何か変な事を言っているがもう聞こえない、視界もぼやけてやがって真っ暗になった……

 

きっとこれは、ぼくが意識を失ったんだろう。

月山にやられたのか、それとも僕自身の身体に限界が来たのか、あるいは僕の知りえない何かが起きたのか…

 

いずれにしても、僕は…もう死ぬのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ふふふ、私の可愛い可愛い赤ちゃん…早く生まれておいで』

 

だれ…だれのこえ?

優しそうなこのままずっと聞いていたくなるような、ずっと昔に聞いたことがある様などこか懐かしい声。会ったことは無いと思うけれど、それでもどこか安心してしまう音色のような声を僕は何処で聞いたのだろう。

 

赤ちゃんとは僕の事なんだろうか、それとも別の誰かの事なんだろうか。

 

 

『掛け替えのない、あの人との私の子供…絶対にあいつらなんかには渡さない』

 

場面が変わったのが分かる声はさっき同じ女性、でもその声色は打って変わって悲しそうな、悲壮にかられたようなものだった。この声の主に一体何があったのだろう、どうか泣かないでほしい。

 

どうしてか分からないけど、悲しそうなこの声を聴いていると僕まで悲しくなってしまう。だから、どうか……なかないで。

 

 

 

 

『お前の両親は……実は私たちじゃないんだよ』

 

お父さん、お父さんの声だ。久しぶりだなぁ、懐かしいなぁそういえば最近聞いてないけれど何かあったんだっけ。何処かに出張に行くことになったのかな。

ああ、また会いたいな怒ると怖いけど僕がテストでいい点を取るといつも一番に抱きしめて頭を撫でてくれたよね。

だから……起きてよ、冷たくならないで……

まっかっか……血がいっぱい、どろどろ、やめて、いやだ……

 

 

 

 

『お兄ちゃんの苦しむ顔、私は見たくないよ』

 

ああ、可愛い可愛い僕の妹…お願いだからそんな顔で僕を見ないで…僕はお前の兄じゃない、穢れた喰種の兄なんかじゃないんだ。だから僕はお前を義妹と呼ぶからさ……

だから腕なんかいらないよ、食べたくないよ、家族をもうこれ以上失いたくないよ。

だからどうか、僕の前からいなくならないで……

 

 

『この子はまだ先があるんだ、未来ある若者の命を積むのは、少し待ってはくれないかな?』

 

何を言うんだこの老人は、人間() の敵を駆逐する事の何がいけない。人間() が危険にさらされる可能性があるのなら、それを未然に摘み取るのが僕の役目だ。愛しい人間() が居なくなってしまったら、僕は一人になっちゃうんだから。

だから僕は人間() を襲わないし護るんだ 

 

 

 

『君は…どうして喰種を襲うんだい?』

 

またお前か爺、うるさいな何度も言ってるじゃないかそれは喰種が人間()の敵だっからだよ、人間() を貪り喰らおうとする喰種を蹴散らそうとする僕をお前に非難されたくないね。だれだって家族を失う事は辛いことのはずだ。

何度だって言ってやる、もう僕は一人になりたくない。

 

 

『…なら、どうして君はこの子を殺さなかったのかな?』

 

殺さなかったんじゃない、もっと痛めつけてから殺すつもりだったんだ、僕の両親の様に喰種にされた痛みを味わってもらうためにね。罰を…あたえ…て…

違うよね、それは誰よりも僕自身が分かってることだ、分かっていて分からない振りをして眼を背けてる。

 

「何を……僕は本当に、喰種に…罰を…」

 

ならその人間にそっくりな喰種をみて僕は何も感じなかった?

あの時の少女の喰種をみて僕に自分自身を食べてもらおうとした、可愛い妹を思い出したんじゃない?僕は優しいからね、喰種に対しても無情にふるまって惨殺しつくそうなんて始めから無理な事だった。

 

生き物の命を奪って食べているのなら人間と同じだ。人間が牛や豚、魚や鳥を食べているのなら喰種だって人間を食べても誰にも何の文句も言えないはずだ。生物は個人の趣味で主食を変えたりしない。

それが遺伝子に刻み付けられた最も効率のいい生き方だと知っているからだ。喰種だってそれは変わらない、人間を食べるのは何も人間が憎いからでも殺したいからでもない、それしか食べることが出来ないからだ。

 

Rc細胞を多く取り込まなければ生きられない喰種は人間からそれを取り込まなければならない、僕はただ純粋に生きたいと願う事まで否定するのか?僕が喰種を裁くなら、罰を与えるって言うのなら、それはどういう罰になるのかな。

 

……それも、わかってるか。分かってるから言葉一つでこんなに揺さぶられてるんだもんね。

 

「分かってる…そんなことは、わかってた……喰種を殺すたびに思うんだ、あの悲鳴が恐怖を含んだ表情で僕を見るその姿が……人間と重なるんだ!!」

 

そうだよね、いつだってそうだった。僕の考えはどんな時も矛盾してた、喰種を狩っている時も喰種の痛みのたうち回る姿、その行為自体を楽しんでいた。彼らの味を噛み締めて喜びに打ち震えたり、不味さに顔を顰めたりした。

 

罪を償わせるなんて大層な目標掲げちゃって、やってることはただの喰種の趣味嗜好と大して変わらない強引な赫子の暴力。痛めつけるだけ痛めつけて命乞いすら認めずに直ぐにパックンだもん、笑っちゃうよ。

 

なのに喰種を殺した後は自分のしたことに自己嫌悪してさ、口調まで変えて自分にまで嘘をついて、散々身体を痛めつけて人間に殺されかけたのに、なのにまだ人間を助けるの?

 

そろそろ建前と本能の境界があやふやになって来たんじゃない?

 

どれだけ助けた所で、何人もの人間の命を救ったところでこれだけは言える、こんな生活を続けていた所で僕は一生報われたりはしない。

 

誰が喰種に感謝する?全ての現況を生み出している喰種が、ほんの少しの気まぐれで襲う事をしなかった程度にしか人間は思ってくれない、自分の運に感謝しこそしても僕にその礼は回ってこない。

 

「違う、僕は人間()に感謝なんか求めてない、僕は家族を…失いたくないだけ…なんだ」

 

ならなんで妹以外を助けるのさ、僕は鈴の家族なんだろうそれは僕も異論はないよ、あの従順な妹は可愛らしいからね。でもさ、だからと言ってそれ以外の人間を助ける義理なんて僕にはないはずだ。

 

世界中の人間全員が家族全員なんてそんな大それたことを言うんじゃないよね、聖人でもあるまいし僕は世界の人間なんて愛せないし、嫌いな人だっているさ。良くて隣人どまり悪くて他人だ、家族だなんてとても思えない。

 

可愛い妹に気を使っているのかな、人間の妹の友人を何時か食べてしまうかもしれない

。自分のかつての友達を知らず知らず食べてしまうかもしれない。ほんと、僕は弱虫だね、結局……ただ逃げてるだけじゃないか。

 

「でも……」

 

ああ、そうだよこれは屁理屈だ、詭弁と言っても良い。でもCCGも人間もあっち側の思考で凝り固まった屁理屈だ。人間を殺すのは悪で、人間が動物を殺すのは悪じゃない?ふざけるのもいい加減にしろと思うね。

誰にも望まれずに生まれた子供は残念ながらいる、生んだ母親に疎まれ誰からも愛されず死んでいく子はきっと不幸なのだろう。だが、僕は違う少なくとも僕をこの世界に産んでくれた母は、僕の事を愛してくれていた。

 

弱っていく身体で懸命に僕を抱きしめて、自分が死ぬその瞬間まで僕を愛してくれた。でも、そんな母を人間は殺したんだ。

 

悪だからと、そっちの都合で決めつけて喰種だった母を、立ち上がる事もままならない無抵抗の母を殺した。幼いときに脳裏に焼き付けられたその光景は、こうして心の奥へと押しやられた僕でも思い出すことが出来るほど印象深く、そして憎いものだった。

 

僕を最初に愛してくれた人、一番初めに僕の誕生を望んでくれた人……その人を僕から奪った人間が憎い。

 

何故、僕の母は殺されなければならなかった?

 

喰種が人間を殺すからか?確かにそうだろう……だが、お前らも生き物は殺すだろう、それも喰種とは比べ物にならない程の命を、僕たちを悪だと罵るその口に入れてきたはずだ。

 

意思を持っている動物を食べたから?それなら生物は全部少なからず意思を持っているだろう、それを食べている人間も同罪だ、喰種を非難する資格なんてない。それに奪った命の数に関していえば、喰種よりも人間の方が極めて多い。

 

ただ自分たちが食べる為に育てている家畜など傍から見ればあれほど非人道の極みなものは無いだろう。家畜は殺されるために生まれてきたようなものなのだから。

 

だから、人間に喰種を裁く権利は無いはずだ、人間は自分たちがしていることを棚に上げて自分たちの利益の為に喰種を根絶やしにしようとしている。お前らが生き物を殺すのなら、喰種も生き物を殺しても良いだろうに。

 

母は人間の理不尽で殺された、まったく意味が理解できない理由で無残に殺された。だから僕も仕返ししてやるんだ、人間に……死んだ母と同じ苦しみを味あわせてやる。お前らの大切な人を奪ってやる、家族の泣き叫ぶ姿を友人の苦痛にゆがんだ顔を目の前で見せてやる。

 

惨殺はぬるい、生きたままだ……生きたまま全身の皮を剥いてやろう。悲鳴を上げる口を掴んで1本ずつ歯を圧し折っていこう。痙攣する指を掴みあげて一枚一枚指の爪を引きちぎってしまおう。

 

下位の生物が上位の生物に殺されて何が悪い、弱肉強食なんて言葉を作ったお前らが、どうしてそれを体現した喰種を殺す?

 

数が多い事がそんなに偉いのか、大勢で少数を押さえつけるのがそんなに楽しいか。か弱い人間を殺した?お前たち人間だってか弱い喰種を殺しただろう!!

 

 

 

「やめてくれ……僕は、まだ…自分を……!!」

 

頭の中で大きく反響する声、苦しげに訴えかける様に叫ぶそれは、正反対の事を言って本人を誘惑する二重人格などではなく、蟋蟀……音把が長年隠し続けて来た本心だった。

心の中で感じていたことが、今まで押さえつけて来た感情と矛盾が、赫者という本能の解放というトリガーをもって今押し寄せてきている。

 

数年にも及ぶ見て見ぬ振りをしてきた自分の行いの矛盾が、月山の言葉によって一気に溢れ出してしまったのだ。喰種を食べるという行為自体が元々不安定だった音把の精神を壊れさせ、そして矛盾を抱えながら行って来た行為がまた……いままで作り上げて来た理性という名の建前の崩壊を加速させた。

 

だが、その瞬間だった本心が黒く塗りつぶされた心から飛び出てくるという段になって、誰かの声が響いて来たのだ。

 

大それは浮き沈みする過去に聞いたような何処となく覚えがある声ではなく、まるで今その場で喋っているかのような臨場感のある叫び声だった。

 

自分の為に叫んでいるのかその声は酷く荒く、そして疲れていたが…何度も何度も蟋蟀に訴えかける様に繰り返されていたのだ。

 

 

 

「だれ…か、よんでる」

 

心理の淵から覚醒することが出来た蟋蟀はまだ本心を心の底に抑え込む、それは彼が言うようにただの逃げにしかならない。はたしてこの声蟋蟀を本当の意味で助けることが出来たのか、それを蟋蟀は数日後に身を持って思い知らされるのだった。




ご意見、ご感想、些細な事でもいいのでお待ちしています。

アニメ√aも完結したことですし「re:」はこれからどうなっていくんでしょうかね、非常に気になります。無印の方よりもしょっぱなから謎が謎を呼ぶ展開で読者を慌てさせてくれますね。

というか番組スタッフは「re:」をアニメで作る気があるのかという疑問が浮上してきましたが……個人的にはオロチ先輩がかっこいいと思ってしまいました。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。