ネモのライバルになれなかった少女のお話。
 ただ一つでは隣に立てないのだと理解してしまった少女の、後悔の物語。

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星陰り、別れを告げて

「――わたしのライバルになってください!」

 

 アカデミー、エントランスホール。

 少女……ネモは、真っ直ぐと瞳を見つめてそう告げた。

 ネモは近頃行われていた課外授業にて、チャンピオンになったポケモントレーナーである。ジムリーダーを打ち負かし、認めさせ、ジムバッジを獲得。そしてポケモンリーグに挑み、トップチャンピオンをも撃破。そうしてチャンピオンの一人として認められた、次世代を担う才能溢れるトレーナーだ。

 彼女の凄まじいところは、トップチャンピオン――通称“トップ”こと、オモダカにも余力を残して勝利したことだろう。手加減ができない悪癖があると自認しているオモダカ相手に、明確に完勝したわけである。それだけで、ポケモントレーナーとしての資質が極めて高いことがわかる。

 さて、そんなネモがライバルになって欲しいと告げた少女がいる。彼女の眼前に立っている、紫色の髪が似合う小柄な少女。長袖の学生服の上にカーディガンを身につけており、他にそうした生徒はあまり見ないため、珍しいと言えるだろう。

 少女は、両手を身体の前で重ね、丁寧なお辞儀をする。

 

「丁重にお断りさせていただきます」

「何でっ!?」

 

 答えは否。無慈悲に断られ、ネモは衝撃を受けたかの表情で詰め寄る。

 

「ミヤコ……先輩って、チャンピオンなんでしょ!? わたし達ってそういう意味じゃ対等だし、断るメリットとかってあるかな……!?」

「……ん、と。わたし、バトル、そんなに得意じゃないし……」

「嘘! ミヤコ先輩、わたしよりも早くトップに勝ったって聞いた! そんな人が得意じゃないわけない!」

 

 少女――ミヤコは、ネモの勢いに押されてか、困ったように後退る。

 

「その……それは、色々あるというか……」

「じゃあ、バトル! バトルだけでもさせてください! 一回だけで良いから!」

「えっ、と……その……今日は、あんまり……」

「お願いします! 一回! 一回で良いから!」

 

 手を掴み、顔を近付けて頼むネモに、ミヤコは逃げるように顔を逸らす。しかし、ネモは逸らした顔にもう一度自らの顔を近付け、何度も頼み込む。圧が強い。計算しているわけではなさそうだが、それ故に猶更たちが悪いな、とミヤコの心の中、妙に冷静な部分がそう思った。

 しかしまあ、手をがっちり掴まれているし、逃げることはできそうにない。だが、あまり気が強いわけでもなく、自己主張も控えめなミヤコとしてはこれを断るのも難しい。ネモはバトルしたいという欲に駆られ、若干衝動的と言うか、あまり理性的でない……というのを感じ取っているのもある。正直なところ、親切な第三者が止めてくれることを祈るくらいしかできないのだが、いつ解放されるかもわかったものではない。となれば、とれる選択肢は一つ。

 

「ちょ、ちょっとだけ……なら」

「やったぁ!」

 

 仕方なさげに、少しだけなら……という発言なのだが、それでもネモは大きくガッツポーズをして喜ぶ。

 本当にバトルが好きなのだな、と。

 そう理解し……ミヤコは、少しだけ俯く。

 その間にもネモは手持ちをどうするかだとか、そんなことを小さくブツブツ呟いている。ちょっと怖い。しかし受け入れてしまったからには、その責任は果たさなければならない。

 大丈夫かな、と――不安になりながらも、バトルコートへ向かった。

 

 

 

 ☆

 

 

 

「ルールは6vs6のフルバトル。レベルは……制限ありの方が平等かな? ポケモンと持ち物は被り無し。フルバトルってことに目を瞑れば、割と一般的な感じでどうでしょう!」

「ん……え、と。その……」

 

 言葉を発しづらそうに俯く。しかし、結局ミヤコは何も言えずに、そのまま変更なしにバトルを行うことになった。

 自分の意見をはっきりと出せないミヤコにとって、ネモのようなタイプはあまり得意ではなかった。普段はしっかりしていると評判なのだが、バトルのこととなるとテンションが高くなり、周りが見えなくなる傾向がある。とはいえ、やっぱり自己主張できないせいで、もう少し落ち着いてほしいとはあまり言えなかった。

 

「じゃあ、よろしくお願いします!」

「……対戦、よろしくお願いします」

 

 互いに位置につき、構える。

 ――ボールを投げるのは、同時だった。

 

「行くよ、ルガルガン!」

「……ボス、出番だよ」

 

 ボールから出て、コートに降り立ったのは――ネモがルガルガン、ミヤコはボスゴドラ。ボスゴドラはパルデアに生息していないこともあり、若干ネモが目を見開いたのが見えた。

 着地すると同時に、両者ともがステルスロックの展開を行う。交代すればする程、ポケモンが増えれば増える程、この技の恩恵は大きくなる。フルバトルである以上、これをしないのはあり得ないと言っても良いだろう。コートに出ると同時に行えるように仕込んであるのも当然だった。

 故に、ボスゴドラが()()()()()()()()。ミヤコ側に設置されたステルスロックはネモの方へと流されていく。初手はドリルライナーでの突撃を選んだ彼女達は、尖った岩を吹き飛ばしながら捲れ上がった大地を削り、ボスゴドラの鋼鉄の肉体と激突する。

 押し流されるように後退。しかしそれは負けたというわけではなく、ボスゴドラは自然な流れでミヤコのボールへと戻っていく。ステルスロックの展開と解除を行ってすぐに控えと交代できるよう、調整済みだったのだ。それを理解し、ネモが獰猛に笑う。

 

「流石……!」

「来て、エル」

 

 ミヤコが次に出したのはエルレイド。腕に刃を備え、優れた攻撃能力を持つポケモンだ。

 

「――行くよ」

 

 ミヤコの目つきが変わる。表情が抜け落ち、雰囲気が鋭くなる。

 一拍遅れて、ただならぬ気配を感じ取ってネモはルガルガンを後退させる。

 

 次の瞬間、エルレイドの刃がルガルガンの胴に食い込んでいた。

 

「……っ!」

 

 一撃。たった一撃で、戦闘不能――瀕死へと陥った。

 ルガルガンを沈めたわけだが、エルレイドの動きは止まらない。ゆったりとした動作で舞い続けている。つるぎのまい――いや、少し違う。確かに技の要素を取り入れており、その刃の鋭さ、攻撃力が増しているのは感じ取れるが……()()()()()()

 正面、ミヤコもまた、舞っていた。その動きはエルレイドと全く同じ。シンクロしている。刃を持っているかのように、美しい剣舞を踊っているかのように。

 少しずつ、存在感が膨れ上がっていく。それを肌で、そして心で理解し、ネモは嬉しそうに次のポケモンを繰り出す。

 

「お願い、ボーマンダ!」

 

 竜の咆哮がフィールドに響く。その個体は平均的なサイズよりも一回り大きい。

 ボーマンダ――ドラゴンポケモン。空を飛ぶことを願い、そしてその通り自在に飛翔することができるようになったと語られる、極めて強力なポケモンの一匹。タイプに能力、扱える技や特性……その全てが優秀。ドラゴン使いの憧れでもある。

 しかし、そんなポケモンを前にして、ミヤコの反応は“無”だった。彼女は眉一つ動かさず、表情が能面のように固定されている。関心がないわけではない。確かに視界に収め、情報として理解しているはず。

 不思議な感覚だった。“無”の情動が流れてくるような、そんな感覚。ミヤコから、何かがネモの心に伝わってきているような……そんな感覚がするのに、それが何であるかはまるで感じ取れない。

 無心、というやつだろうか。ネモはエルレイドを見据えながらも、そんなことを考える。所謂無我の境地とか、そんな言葉で語られるあれだ。バトルへの集中やエルレイドとのシンクロがミヤコをそんな状態に持っているのかもしれない。

 エルレイドが、ボーマンダが、舞い続ける。集中するように、その能力を高めるように……そして、機を見計らう。

 

 風が、通り抜ける。

 

「今!」

 

 ネモが指示を出し、ボーマンダが動く。りゅうのまいによってその能力を底上げした、翼での攻撃。ダブルウイング――連続攻撃の一つ。翼がエルレイドの肉体に触れるかというところで、ミヤコ達もまた反応する。

 腕の刃が伸び、その先端で翼を受ける。だが、止めはしない。柔らかい動きで、()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。

 彼女達の動きに淀みはない。寸分の狂いもなく、正確無比な動きで完璧に対処した。少しでも失敗すれば間違いなくそのままフィールドに沈んでいたというのに、まるで動揺も見せない。しかしそれは、できないわけがない、という確信とも違った。やはり、ミヤコ達の瞳に映るのは“無”だ。

 ダブルウイングを受け流され、ボーマンダに隙が生じる。そこにつじぎり、せいなるつるぎと連続で斬撃が迫る。向上した素早さによってギリギリのところで回避することに成功するも、即座にエルレイドの手がボーマンダの顎を打ち抜く。回避されること前提のフェイントを兼ねていたのか、と認識し、反撃に転じようにも、動こうとしたところを機敏な一撃によって初動を潰される。

 距離を取ろうとすればサイコカッターを移動に合わせて放たれた。辛うじて直撃は避けたが、その間に距離を詰められ、交差しながらの斬撃で裂傷を刻まれる。ドラゴン特有の耐久力により、一撃で落ちることは避けられたが、それでもまともに行動できないことに変わりはない。

 速度を追求した尻尾での薙ぎ払い。それも難なく対処される。先程のように腕の刃の上を滑らせ、尻尾をかち上げて姿勢が崩れる。そこにカウンターの一撃がボーマンダにクリーンヒットし、遂に戦闘不能となる。

 

「……強いね」

 

 ネモが笑う。ボーマンダでも無理だったのなら、正攻法で崩すことはまずできないだろう。だが、その攻撃能力を低下させようにも、彼女達の動作一つ一つがつるぎのまいの動きを取り入れているせいで削ぐことは難しい。

 思考の方向性を切り替える。ミヤコとエルレイドはシンクロしている。ならば、何らかの形で動きを阻害できれば隙を見せるのではないか。

 

「次は……ハラバリー!」

 

 そう考え、フィールドに出したのはハラバリー。攻撃を受けて電気に変えるという一風変わった特性を持つポケモンだ。耐久力も決して低くはない。一発耐えて、妨害を入れることを目的としているのは誰の目にも明らかだった。

 しかし、意に介していないかのようにミヤコ達は動く。いや、実際に感じてもいないだろう。今の彼女達にあるのは眼前の敵を倒す、ただそれだけだ。恐らくは、ネモのポケモン全てが瀕死になるまで、躊躇なく刈り続ける――無心であるが故に、そういった冷徹さが自然と存在しているように思えた。

 エルレイドが動く。せいなるつるぎ……迷いなく最高火力で攻めてきた。()()()()、とネモが笑みを深める。

 無心であるということは、思考の介在がないと考えられる。事実、これまでに細かく思考しているようなそぶりはなかった。機械的なのだ。故に一手先の行動を読むことができた。

 ミヤコの視界から隠れるように、黒い球状の物体がネモの右手に握られていた。テラスタルオーブ――ポケモンのタイプを一時的に書き換える、テラスタルと呼ばれる現象を引き起こすのに使われる道具。

 エルレイドの刃が触れる直前にハラバリーの身体が強く輝き、テラスタルが完了する。でんきタイプからひこうタイプへと変わり、タイプに備わる相性・耐性によって、鋭い一撃に耐えることに成功した。

 衝撃が肉体を伸縮させ、それによってハラバリーの身体に電気が満ちていく。充電状態になり……ほうでん。次の一撃を受ける前に溜まった電気を解放し、周囲に無数の雷が線となって放出されていく。

 至近距離からの全方位攻撃。流石にこれは躱せない――そう、思っていた。

 舞いながらも、すり抜けるような動きで……まるで秘密の抜け道を知っているかのように、その悉くが避けられる。本来回避できるような技ではないのに、それを平然となされては堪ったものではない。

 だが、だからと言って思考や行動を停止させたりはしない。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。ネモは即座に次の指示を出し、でんじはによって行動を鈍らせようとする。

 

「嘘、これも避けるの……!?」

 

 結果として、追撃のでんじはもまた回避されて終わった。

 ミヤコとエルレイドの動きは決して素早いというわけではない。人間とポケモンの動きがシンクロしているということは、当然速度を人間に合わせないといけないからだ。

 ポケモンの基準で言えば速くはない。しかし、最高速と最低速――緩急の差が激しいのだ。美しい舞の動きも相まって、ネモ達を惑わせるように機能している。ゆったりとしているかと思えば次の瞬間には既に移動を終えていたり、或いは速かったのに気がついたらいつの間にかその動きが緩やかになっている。故に予測ができず、思うように狙えないのが実情だった。

 そしてそれ以上に、()()()()()()()()()()()()()()()ことが攻撃が命中しない要因となっている。先読みなのか、それとも勘なのか。定かではないが、攻撃の通る位置やタイミングを完全に把握している。それでは当たるものも当たらない。

 攻撃については単調な方だ。無心であるが故に常に最善手をとり続ける。だから先程のように、次に何をするかを読むことはできる。しかし、()()()()()()()()()()()()()()()()()。こちらから触れることができない。

 そうして分析している間にも、ハラバリーが戦闘不能になる。決して素早いわけではないハラバリーでは、攻撃を避けることは難しかった。故に一撃を耐えて相手の動きを妨害しようとしたのだが、それも上手くいかなかった。

 これで三匹瀕死になった。エルレイド一匹に、連続で三匹落とされたのだ。時間はそれなりに経っているが、それでも片方のポケモンが半分落とされるまでの平均的な時間よりかは短い。

 

 強いな、と思った。

 ミヤコもネモもチャンピオンであり、その実力は確かなものだ。だが、この二人の間にこれだけの一方的な展開を許すだけの差があるのだろうか?

 それは違う、とネモは断言する。この展開を許したのはそれぞれのスタンスと相性の問題だ。

 ネモは総合力が高く、安定した試合運びを行える。多くのポケモンを育て、様々な戦術に手を出している彼女は、そういう風に育成しているし、その自覚がある。役割に応じて多少性能を尖らせることはあれど、基本は一極化ではなくバランス重視だ。

 逆にミヤコは、エースであるエルレイドを通すようにパーティを構築しているのだろう。育成に関してもそうだ。ボスゴドラでステルスロックを展開し、攻撃を受けて下がることで交代時の隙を潰している。エルレイドを守り、支援する動きだった。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。それがミヤコだ。そのことにあらゆるリソースを注ぎ込んでいる。故に安定感こそ高い――が、裏を返せばそれは爆発力のないことでもある――ネモでは、根本的に相性が悪いのだ。圧倒的な攻撃性と回避能力に対して、全体的にバランスが良いというだけでは対処することができない。

 つまり、ここからネモがやらなければいけないことは、残る三匹でエルレイドを止め、その上でミヤコの残り五匹全てを撃破する……ということになる。はっきり言って難問も良いところだ。安定感の高いバランスの良いパーティとは、つまるところ総合力の勝負。単純に見積もっても半分、実際はとれる選択肢の幅が狭まることからそれ以下になってしまったその総合力で、自分より多く残っているポケモン達のその全てを倒す――そんなこと、まず無理だろう。

 

 ()()()()()

 ()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「アハハ! 楽しい! わたし、今凄く楽しいよ!」

 

 雪を降らせながら登場したのはユキメノコ。耐久力はあまり高くないし、そこまで攻撃力があるわけでもない。ただ、素早く、こおりタイプやゴーストタイプの技を扱え、全体的に器用なのが特徴だ。

 エルレイドに距離を詰められる前に、れいとうビームで地面を凍らせる。滑りやすくすれば身動きに制限がかけられるのではないかという期待を込めての行動。しかしエルレイドは――ミヤコは、踏み込みを強めて氷を砕き、また、フィギュアスケートのように滑ることを舞の動作に組み込むことで問題を解決する。

 とはいえ、一歩一歩の踏み込みが強くなれば、その分必要な動作は増える。力む為のワンアクション。その隙にかげぶんしんを展開し、攪乱しようと動く。それに対しミヤコ達は、最初から本体がわかっているかのように、虚像には目もくれずに執拗に本体のみを狙って接近する。

 成る程、とネモが頷く。これまでの流れから、攻撃に思考が介在している様子はない。良くも悪くも機械的且つ効率的。しかし、それは状況を判断・分析するフィルターが存在しないということでもないようだ。

 その証拠に、変化する戦況には的確に対応できている。地面に氷が張れば踏み砕き、或いは滑る。かげぶんしんに関しては無視することで対処している。認識できていない、というわけではないはずだ。ミヤコ達はその瞳に何かを映すことはなくても、確かに目は開いている。

 

 ユキメノコは一般的にエルレイドより素早いが、だからと言って攻撃の全てを回避し続けられるわけではない。緩急の激しい動きで攻撃のタイミングが読みづらく、また、エルレイドは腕の刃を伸縮できるため、リーチを補うこともできる。ゆきがくれ込みでも、回避に専念しても、どこかで必ず限界が来る。

 だからネモは、みちづれを選択する。自身が倒された時に相手を文字通り道連れに瀕死にする、強力な技だ。撃破されようとも、執念で相手も落とす。それが狙いだ。

 そしてミヤコ達に、それを判別するだけの余地があったが故に、その目論見は失敗した。みちづれは強力な分制約も多く、相手の次の一回の攻撃にしか機能させられない。みちづれを使ったと察知し、高威力の一撃ではなく、意図的に手加減した低威力の攻撃で透かし、その上で本命の一撃で仕留めたのだ。

 圧倒的苦境。これが彼女か、とネモは笑う。これまでにないピンチ。ここまで追い詰められるのは初めてかもしれない。だが、それ以上に楽しかった。対等なライバルを求めていた――それだけの実力のあるトレーナーを欲していたからこそ、それを満たすだけの実力者の存在に、ネモの心は歓喜で溢れていた。

 

 ――だから。

 

 だから、彼女の目に映った光景は、信じがたいものだった。

 

「……え?」

 

 いつの間にか。ミヤコが、倒れている。エルレイドが彼女のそばに駆け寄り、介抱している。

 何で? どうして? そんなまとまりのない考えだけが頭の中を巡っている。バトルに熱狂していた心に、突然冷や水をかけられたような感覚。

 周囲の生徒の反応は様々だ。先生を呼ぶ者もいれば、遠巻きに、心配そうに見る者もいる。一部の生徒はミヤコの状況に心当たりがあるのか、彼女の方へ走り、落ち着かせているようなそぶりを見せている。

 その中で、誰だったか……ともあれ、生徒の視線が向けられたのを感じた。

 

 その目の色には、ネモを非難するようなものが混じっていた。

 

 どうしてそんな目で見るの? わたしはただ、バトルを楽しんでいただけなのに。バトルに誘って、互いに高め合って――

 

「――ミヤコ!」

 

 泣き叫ぶような声がコートに響く。学校保健師のミモザ先生の声だった。

 静かにミヤコの身体を起こし、周囲の生徒に何か指示を出している。ゆっくりと彼女を運び、保健室へと連れていく。

 ネモはそれを、ぼんやりと見ることしかできなかった。

 

 

 

 ☆

 

 

 

 保健室は静かで、消毒用アルコールの臭いがほんのりと漂っている。

 パーテーションによって区切られた部屋の一角で、苦しそうに少女が呻く。

 

「落ち着いて。ゆっくり呼吸して。無理せず、ちょっとずつで良いから……」

 

 ミモザが少女の身体を抱え、呼吸を落ち着かせる。少女の――ミヤコの乱れていた呼吸は少しずつ安定していく。それに伴い、少しずつ互いの身体を離し、ミモザは彼女をベッドに寝かせる。

 彼女の瞳が潤んでいるのが見えた。

 

「せ、んせい」

「喋らないで。自分のことを考えて」

「わた、し……」

「…………」

 

 ミヤコの手を握る。

 彼女とは結構長い付き合いだ。だから、自分の身体を慮って黙ることはないと、何となくわかっていた。

 本来なら止めるべきだが、彼女としては言わなければいけないのだと。感情の整理には必要なことなのだと。そういったことは、これまでの付き合いで薄々わかっていた。

 

「あの子、の……ライバルに、なって、あげられ……なかった……!」

「……ミヤコ」

「戦ってる時、ずっと……流れて、きてた。あの子、は……対等に戦える、ライバルを……求めてた」

 

 彼女もまた、手を握り返す。

 身体に力が入らないはずだ。実際、手を握る力なんてまるでない。それでも、必死に力を入れて、自分の心のやり場を求めているようだった。それがとても、痛ましく思える。

 

「なってあげられるの、わたし、だけだった、のに。それなのに……」

 

 その表情は、とても苦しそうに歪んでいた。涙が目の端からこぼれ、肌を伝ってベッドへと落ちる。

 それが見ていられなくて、ミモザはポケモンを出す。

 

「スリーパー、お願い」

 

 黄色い毛並みの人型のポケモン、スリーパー。ミモザの手持ちとして医療に従事しているポケモンの一匹だ。

 手に持った振り子をミヤコの正面で揺らし、催眠をかける。

 

「ぁ……」

 

 強制的に彼女の意識がシャットダウンさせられ、眠りに落ちる。

 これが医療に従事するスリーパーの役割だ。三秒あれば眠らせられると謳われるその技術は極めて強力で、不眠症の者さえも容易く眠らせることができる。今行ったのはまさにそれで、ミヤコは夢さえ見ない深い睡眠へと一瞬で落ちていった。

 

「……良いよ」

 

 ミモザがそう呟くと、パーテーションが少しだけ……控えめに開かれる。

 そこにいたのはネモだった。ばつの悪そうな顔で、眠るミヤコを見ている。

 

「優しいでしょ、この子。自分がこんな状態でも、あんたを気遣ってさ」

 

 少しだけ、声に怒気が混じっていた。

 

「ミヤコはね。生まれつき身体が弱いの。持病もあるし……()()()()()()()()()()。体調が良くても、長くは続けられないんだ。今日だって、そんなに体調が良かったわけじゃない」

「……わたしが、無理矢理バトルさせたから……ですよね」

「そだね。それに……出身地方で色々あったらしくてさ。寝ると凄い悪夢を見るんだって。だから、こうやってしてあげないと、まともに眠れないって」

 

 落ち着かせるように、眠るミヤコの頭を撫でる。

 

「結構な頻度で保健室に通っててね。それでついたあだ名が、保健室の番犬。笑っちゃうよね」

 

 もう片方の手は、ベッドの手すりを強く握りしめていた。

 

「話は聞いてるからさ。仕方がないことだったとは思うよ。でも……もう少し、どうにかならなかったのかな、とも思う。あんたはもう少し、相手を見ることを覚えた方が良い」

「……はい」

「でも、さ。多分、それ以上に……もう、この子(ミヤコ)には、関わらない方が良い。この子もあんたも、気にしちゃうでしょ。特にこの子は、所謂サイキッカー……ってのに近いから」

 

 怒りがないわけではない。ミヤコがはっきりと主張できないのにつけこんで――無論、ネモ本人にその意図や自覚があったかは別として――無理矢理バトルをさせたのだから。

 だが、他でもないミヤコが、怒るのではなくネモを案じていた。ならば自分が怒るのは筋違いなのではないか。ミモザはそう考えている。

 

「バトルした、ってことはさ。見たでしょ、あれ」

「エルレイドとの……ですか」

「うん。ミヤコは、人やポケモンと心を通わせることができるんだって。あれはその応用。自分のポケモンと心を通わせて、心身をシンクロさせる。それで、トランス状態ってのに入って……ひたすら、相手を倒す。負担は結構かかるみたいだけど、結果的にこれが一番楽だって言ってた」

「……わたしも、感じました。何もない、“無”が流れてくるような……そんな感覚。わたしとも繋がってた、ってことですよね」

「さっきこの子も言ってたでしょ、流れてきてたって。だから……そうだね。周囲に対等な相手がいなくて、苦しんでたってのはわかるけどさ。そういう時は、見つけようとすることに必死になるんじゃなくて、もう少し……心にゆとりを持てれば良かったんじゃないかって思うよ。共感はしてあげられないけど、少しくらいのカウンセリングはできるから」

「ありがとう……ございます」

 

 後悔しているし、反省している。その色が見える。しかし、それと同じくらい、ミヤコとのバトルが楽しかったというのが、何となくわかる。

 だから酷なことを言ったな、とミモザは考える。関わらない方が良い。関われば、ミヤコはネモの為に無理にでもバトルをしてしまうかもしれないし、ネモは気が引けてバトルに集中できないだろう。

 

 どうしようもなく、やるせない。

 嗅ぎ慣れたアルコールの臭いが、今だけは、煩わしかった。

 

 

 

 ☆

 

 

 

 それから暫くして。

 新たにアカデミーを訪れた一人の生徒が、瞬く間に実力を上げてネモのライバルとなる。

 

 だから、これで良かったのだと。

 そう思わずには、いられなかった。


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