古城に少女がいた。
「あのね!!その食べ物を食べると感じたことのない味がするの」
少女は城壁に腰掛け宙に浮く足をぶらぶらと揺らし、年相応な仕草で嬉しそうに語る。
そうして少女が手を最大限に使って空の空にその感動を表現しようとするがしかしイマイチ伝わらない。ただ少女の興奮は冷める事がなくその熱意は見ている者には痛いくらいに伝わった。
「ねぇ神様って知ってる?あの子達の力って凄いのよ」
それは少女がこれまで出会ってきた数々の記憶。
時に子に語る様に優しくそれでも大半は友に知らせる様に楽しくはしゃぐ姿は年相応である。その相手がモンスターでなければの話だが。
「あの大穴は洞窟になってるの。そこにも私たちみたいにモンスターって
呼ばれる存在がいるんだけど....あれらは全くの別物ね」
コロコロと話題を変えながら少女の口は休まることを知らず。
龍は相槌を打つ様に喉を鳴らす。
「次はね...ってやめなさい。ちょっとくすぐったいわ。あはは__もう、やめなさい」
少女の顔を舐めれば少女も話どころではない。
くすぐったさにおもわず笑い声が上がる。
「もう!!まったくレディの顔を舐めるなんて失礼しちゃうわ。何よその顔は?」
龍の顔を押しのけてベタベタになった顔を乱雑に服で拭う。それに対しての嫌悪感はあるはずもなく、互いに顔を舐め合う表現は別段珍しくもない。戯れでもよくあること。
それよりもだ。龍は心底不思議がる。
器に収まる程度に抑え込まれた状態なのは気になるが、人間の形をした姿形と合わせて別に理由を問うまでもない、それで本質が変わる事がないからだ。それよりも人の振る舞いをしてまるで人みたく彼らの生活を満喫する彼女になにしてんだコイツと感想を抱いたのは仕方がない。
「そうだ。なら君の話を聞かせてよ」
懐かしき狩人の話
英雄と呼ばれた男の話
神の時代の眷属達の話
どれも非常に興味をそそられる話。
龍と少女は不思議と趣味が合った。
龍は年月を重ねる度に劣化する今を生きる者達を嘆く。かつては人種で唯一の古龍の理解者であったはずの竜人族、いつのまにかその主に座る事になった同族に尋ねる。本当に自分達の終わりはやって来るのかと。
「分からないわ。もう気が長くなる時を過ごした」
それでも少女は人類を信じている。
古龍さえも恐れず容易く狩猟する狩人はもう居ないけれど
___ あなたハンターなんでしょ?
瞼を閉じれば思い返せる。
ある日の朝、いつもの様に気まぐれでとある人里に降りるとすぐに噂は届いた。
突如にして現れ古龍を狩り続ける人がいる事
あの黒龍ミラボレアスさえ倒したこの世の覇者。
会えば瞬時に理解した。この人だと直感という確信、己が身に余るであろう自身よりも大きな剣を背負ったあの人。人は常日頃、恋だなんだと騒ぐけれど、自身にとってそれがそうだったのかもしれない。今なら形容できるあれは人がときめきと呼ぶものだ。
胸が熱くなる思いだった。
あの時のあれはすごい料理に出会ったときと似た感覚。
___ある場所まで一緒に来て欲しいの
だから特別に招く事にした。
当時の自分の判断は間違っていなかったとも。よくやったと褒めてあげよう。
___退屈なんてさせないんだから
退屈なんてなかった。
生存本能を刺激させる激闘は狩るか狩られるかの弱肉強食。雷を恐れず立ち向かう無謀、堅牢な鱗に阻まれても尚挑み続ける根性。己達を狩る者として名を与えられたに足る強者。それらを支える心技体、なによりも胸に宿した無限の勇気。しかとその姿、全て見届けさせてもらった。
「でも私達は生きているのね」
惜しむ事があるとするならばこうして少女はまだこの世界で生きている。
破壊と再生は表裏一体。
破壊があるから再生があり、再生があるから破壊がある。
星も決して例外ではないそうして今も回る。永遠と思えたこの心臓もまた終わる。飽きる事なくこの身は裂かれ地に伏せて、狩られ続けてそこには確実に死線があったというのに、、、人の寿命はあまりにも短すぎた。
城に戻ってからは2匹は行動を共にした。
まずすべき事は森へと赴き調達すること。
少女は迷いなく森にて採取を行う。
木のそばに生えるキノコを取り身体に害があるものは避け薬草を手に取り剪定していく。
「アナタも食べる?」
その問いに龍は首を横に振る。
「そう。残念ね。食事って凄く面白い事だよ」
やはり食事に欠かせないのはメインディッシュ。
身体の源となる肉の類だろう。
豊かなここではそこらを見渡すだけで生物達が生活を営んでいるが、あいにく今日食べたいのはそちらではない。川にやってくると魚が泳いでいるのが分かるや木の棒に糸をくくりつけただけの簡素な釣竿を水面へと垂らした。
釣りの心得があるわけではないが、あったとしも釣れない時は釣れないのが釣りというもの。少女の釣竿はいまだ振れる事がない。
「・・・」
暇を持て余して集中力も落ちる。
エルフの身に似合わない右腕を見つそこから端に至るまで鱗を纏うその手先を丸め広げてを繰り返しまた竿に意識を戻す。
そんな水面を見つめる少女に龍は最初こそ興味深そうに眺めていたが今は興味をなくして身を丸めて目を瞑る。吐息もなく、それは元々あった巨石の様に自然と一体化する。
「来た!!」
大きな声をあげて少女が叫んだ。
普通なら苦戦する程の力ではないが、遠慮なく竿を引けば木の棒は折れてしまう。罠にかかった事を知った魚は水の中で好き勝手に暴れまくり少女はそれでも釣り上げようと集中する。
少女が魚と格闘する最中、別の動きはあった。
迫る巨大な影、巨大トカゲの様なそのフォルムは古代人に賊竜と名付けられた大型モンスター。ダンジョンしか知らない大半の冒険者では知りようがない深層のモンスターに匹敵する程の凶悪なモンスターが隙だらけな獲物に狙いを定めた。
気配を消してゆっくりと近づいてゆく。
「この!!諦めなさい!!アナタは私の今日のご飯になるの!!」
少女は魚に夢中で気づかない。その巨大な図体に見合った大きな口を開けて丸呑みにしようとしていることに。静かにしていた龍が動きをみせた。
「グキャ!?ギャァァァァァ!!」
捕食者の首を龍の牙が食い込み突き刺さる。
己の肉に食い込む牙によって絶命までにさほど時間はかからない。初めは暴れていた賊竜も次第におとなしくなりやがて動かなくなった。余韻として足先をピクピクと痙攣させ、それが先程まで生があったものだと我々に知られせる。
「やったわ。ねぇ見て凄く大きな魚。ん?ソイツを捕まえてきてくれたの?」
首を加えた死骸を離し差し出す。食料としては十分すぎる量、何より新鮮。でも少女1人では到底食べ切れる量ではないだろう。必要な部分だけを切り取り残りはその場に捨て置く。こうすることで亡骸はこれを必要とする者達によって余す事なく消費される。
「お前達は新しい群れを探しなさい」
一歩離れた場所で纏める長を失って警戒し吠えるだけの小物に言い放つ。少し経てばそんな事も忘れて自分に牙を向けるのだろう。自分が襲われないのは近くに立つ存在のおかげ、姿形だけを捉えて己との間にある正確な差を測れもしない生態系の下層へと哀れみと可愛さを覚える。
血の匂いに惹きつけられ集まりつつあるモノ。先んじて鳥達が飛んできて肉をついばむ。やがてここはこれを争ってすぐに戦場になる。
それに手を加えてむやみやたらに荒らすつもりはない。縄張り争いや闘争で敗れた後にも争いはある。言わばこれは勝者に与えられる褒賞。
「これだけあれば十分ね。家に戻りましょう」
少女は引き連れてその場を去って行く。
強大すぎるが故、訪れの後には何も残らない揶揄される存在達が去った場所には反して生命達の糧があった。
またある日は古城を漁る。
見たこともない変化した龍についてわかる事があるかもしれないと思ったからだ。これでも最高の繁栄を謳っていた国だ。その辺の資料も探せばあるのかもしれないと少女はまだ見ぬ謎を求めウキウキで探索をする。
棚を埋め尽くす書物の部屋に入ればあっという間に1日が過ぎる。有益な情報は得られていない。が、結果が出なくともこれはこれで実に面白く時間潰しには丁度よい。
かと言って望みが全くないわけでもない。
外の国では禁書と指定されているであろう類の当時を記した本がここでは普通に置かれている。
___燃やしたくても燃やせなかったと言うのが本音か。
ここを好きにしようとするならば当然、根城にする龍をどうにかしなければならないわけで、そんな力は今の人類には残ってはいない。
そして多くの人から存在自体を忘れ去られた。
冬が訪れ越して春を迎えて暑さの後に雪が降る。
謎解きと格闘しながらミラは篭り本をまだ読んでいた。
ずっと本の虫をしているわけでは無い。
時たまに外へと顔を出して何をするわけでもなく一日中城から空を見つめ、ある日は森へ赴き草原へと倒れ込み自然と同化する。思いつきで海に駆り出し母なる世界に身を委ねる事もあった。少女は少女でその日の気分で人の居ない生活を満喫していた。
著者の遊び心かそれとも簡単に読ませない為か、ときたま暗号で伏せられた内容。明かしてみれば大したことのない本であったりするのだが、今回はそう言うわけではない。とある古龍について書かれた正真正銘の少女が求めていた本。
それは理解不能として古龍に入れられた一体のモンスター。しかしどの古龍よりも異質であり、なによりもその力は他を軽く凌駕していた。古龍種でさえ逃げだす圧倒的な個、現存するであろう最強の生物に名付けられた名はミラボレアス。これは物語などではなくある研究の記録のようだ。
___我々は遂に最強の存在を見つけた。
こいつの前では例えどの様な存在だろうと敵わない。
今はこの生物が我々の前に現れぬ事をただ願う。
___これをミラボレアスと名付ける。
新しい研究の、我々の目指す究極の生命体の名だ。
もし他の全てを凌駕するこの力を手に入れる事ができれば___
___人は永遠を手にする事ができるだろう。
なんとも欲望に塗れた手記。
恥知らずにも生命の冒涜に飽き足らず理を求めるその様は清々しいとまで覚える。いや理を求める為に禁忌に手を出したともみえる。彼等に聞く術はもう無いのだから知りようがないが、この選択が滅びの始まり。
身勝手に生み出され彼らに名付けられた数々、
思い出すことさえ忌々しい。
業が産んでしまった生物。
2を3を焚べて生み出された1
循環をせき止めるその悪辣さ。
ああ、その何もかもがあってはならない禁忌。せめて次の為に還してやるのがせめてもの償いだろう。
少女の中を様々な思いが行き交う。
その中である一つのモンスターの名前に目が止まった。
___名をゾ・シア
それと護竜と本に書かれた未知の存在。
それらについての記述はあまり出てこない。それ以降この本からは名前以上のものは分からなかった。
なんとなくガッカリした気分になり本棚にもたれ掛かる。理解するどころか謎が増えただけ、それになんとも惹かれ気になる響きをしているのも引っかかる。
うーんと頭を悩ませても解決はないのにうーんと頭を捻ってみる。ふと目をやれば目についた本を手に取った。他に比べてまだ新しく思える本、使われている素材も違うそれはここに置かれた本達と違和感を覚える。開けば理解したこれは少女の求めていた本だ。
本を胸に抱えて龍の元に駆け足で戻る。
「分かったわ!!これって凄いことよ!!」
興奮して頬を上気する少女は早口で話す。
普段から感情をあまり面に出さないのは知っている。その本には少女にそうさせる程の発見があったのだろう。
「うん。本当に凄い。私達にこんな可能性があったなんて。ねえ、君は進化についてどうも思う」
龍は少女と目を合わせば少女は頷く。
「ええ、そうよね。進化とは種の成長の結果。
移る世界に順応する為の術、なら我らには関係ない話」
だと思っていた。
龍の変容は少女の脳にある仮説を浮かばせた。
そしてこの手にある本はその存在を語る。
赤き鱗を宿した黒龍ではない黒龍。
___名を紅龍。
古龍の心臓は再び動き出す。
浴びた傷は塞がり破れた翼は飛ぶ為の羽をまた生やす。満ちて溢れ溢れる生命力は奇跡を何度も引き起こすだろう。
連想させるは不死の二文字。
しかし勘違いしてはいけない彼らもまた無敵ではない。相応しい攻撃を受ければ身は痛みやがて力尽きる。我らと違うのは
その身は朽ちることはなく
土に還ることもなく
再生が始まること
彼らには死がないのだ。
いや___あの時点で彼らもまた一つの生命として死んでいるのかもしれない。それともあの状態は仮死であるのか?
現状言える事は生半可に与えられたダメージは傷跡を刻み永遠と痛みを覚えさせてしまう。その時、かの者の怒りを買うだろう。
挑む事あらば屠れ。
弱き人は去れ。
我々は抗う側である。
ここまで詳しい者がいたとは驚きだ。
少女は頁をペラペラとめくる。
この点については間違いなく自分達よりも知識を有している。これを記した者がただの人間ではないのなら会う事ができるのだろうか?聞きたいことが話したい事が山積みである。
ミラボレアスと名付けられたモンスターを人は逸話を言の葉に乗せて歌いたがる節がある。無論、紅龍と名付けられた龍にもあるみたいだ。
少女もミラボレアスの詩をいくつか知ってはいる。その中でも有名なのは黒龍伝説。誰もが知るお伽話。しかしこの世界に記されたのはそれだけではない。
記されたモノを一瞥し数多に広がる天に向けそらんずる。
___数多の飛龍を駆逐せし時
伝説は蘇らん
紅き炎を身に纏い
大地を全て焼き尽くす
後には塵すら残らない
光を求む者に
避けられぬ死を
___避けられぬ死を
美しい音色から語られるにはあまりに恐ろしき詩。
空に始まり目に見える全てが観客だ。
風が頬を撫で感想を挙げ、天上の星々の瞬きが個々の思想を表す。
少女は読み上げた言葉を指でなぞり本を閉じると胸に抱き締める。人は文字で表す事に優れている。これはその形。
あの時の龍はまさしく全てを焼き尽くす存在であり、まさに破壊の権化であっただろう。
目に入る全てを喰らい尽くしそれは少女も例外ではない。
終始圧倒する紅の龍を前に一歩間違えれば少女は死んでいたはずだ。でもあの姿もまた生命としての一つの形、一つの生命として美しいと思えるくらいに。間違いなく古龍と呼ばれるに足る存在感を放っていた。
「黒龍と祖龍それに紅龍」
古き人々が新たにミラボレアスと名付けた意味もなんとなく理解した。
でも怒りに振り回され制御を忘れた機構は不要だ。
世界の為に生まれ育ち世界を滅ぼすなどはあってはならない事だ。どんな形であれ生まれた存在を祝福してあげたい。生憎そんな存在を許容できる程に世界は広くない
___だけれど
チラリと隣の龍を見やり喉を撫でる。
前みたいに間違いを犯したなら正してやればいい。この手に抱え込めるならば己の中に生まれたこの抱いた感情も世界は許してくれるだろうか?
もはや数少ない己を知っている存在なのだ。
パタン。と本を閉じる。
自然に侵食されゆく都市には妙に音が響く。
本来の目的の再会は果たした。
本に記された存在を探しに行くのもいいだろう。
新たな目標に心躍らせ次に赴く先を頭で描き妄想する。
まだ見ぬ場所、まだ知らぬ未知。
ああ、それは実にいいものだ。
想い馳せるその途中、少女の中に妙に残る声が響いた。記憶の中の過去の声。聴き慣れたと同時に懐かしさ感じさせる声。
「うん。そうだね会いに行こう」
少女は立ち上がり空を見上げる。
まだ風に寒さを感じる季節。
少女の旅はまだまだ続く。
それではまた来年