元モルモット君ダイワスカーレットと、モルモット君が大好きすぎるアグネスタキオントレーナー 作:雅媛
「おはようございます。芝コース使いたいんですが大丈夫ですか?」
「おはよう、芝コースは貴方たちが最初よ。今日もほとんど使う人いないだろうし、どれだけ使っても大丈夫よ」
「わかりました、ありがとうございます」
トレーニングコースに入る前に、管理室へ声をかける。
あまり混んでいたりすると、管理室が入場制限や時間制限をするので、確認は必須である。
幸い、春休み中という時期が時期だからかそこまで混んでいないようで、コースを使うのは特に制限はないようだ。
まあ芝コースはレース直前や入学したてなどの頃に、芝の感覚になれるために使うコースなので、通常あまり使うものではないというのもあるだろうが。
渡されたクリップボードに置かれた紙に、ダイワスカーレットの名前を書き、トレーナー欄にアグネスタキオンと名前を入れる。
「それにしても赤井さん、ずいぶん可愛らしくなったわね」
「言わないでくださいよ、結構恥ずかしいんです」
「そうね、恋人さんが嫉妬しちゃうといけないから、この辺りにしておくわ」
管理室の管理人さんは、私が新人トレーナーの頃からここにいるウマ娘だ。
年齢不詳であり、毎日トレーニングコースを見ているからか、非常に情報通である。
だが、私がウマ娘になったことは学園からの通達などがあったのだと思うが、どうしてタキオンと恋人だとばれたのだろうか。
「……向こうからここに来るまで、ずっと尻尾ハグしながら来てるのにばれないと思ってる方が驚きよ」
「!? タキオン!?」
「スカーレット君は私のものだからね」
慌てて振り返ると、私の尻尾にタキオンの尻尾が巻き付いていた。
下手するとちょうちょ結びでもしかねないぐらいの勢いだ。
尻尾に関してはどうも感覚が鈍いのでこういういたずらをされてもまったく気づけないのだ。
「まあ、二人とも現役時代からラブラブだったし、今更付き合ってましたなんて言われても何も不思議はないけどね」
「いや普通ですよ」
「ずっと二人っきりでイチャイチャベタベタしてて自覚がないのね……」
イチャイチャもベタベタもしてないと思うのだが…… 多分管理人さんには私たちと違うものが見えているのだろう。
これ以上揶揄われるのも何なので、コースへ行こう。
「それじゃあ行ってきます」
「行ってらっしゃい、頑張って」
管理人さんに一言告げ、私たちはコースに出るのであった。
トレーニングコースは、楕円のトラックが幾つも並ぶような形状をしている。
今回使うのは外側から2番目の芝のDコースである。
1周2000mあるコースで、競馬場と同じ芝が使われている。
休みなので、これくらいの時間から出てくる人も多いらしく、ちらほらと人が居るが、事前に聞いた通り芝コースは誰も使っていなかった。
コース横に見えた着ぐるみは見なかったことにした。
「まずは一周軽く走って、そのあとにタイム計測をしよう」
「了解です」
「スカーレット君は芝を走るのは初めてだから、最初のウォームアップは私が併走するよ」
「ありがとうございます、お願いしますね」
コースの芝自体は何度か上を歩いたことがあるが、今コースに入ってもやはりかなり丈が長く、なかなか走りにくい。
日本の芝は欧州の芝に比べて深くないといわれるが、これ以上に深い欧州の芝はどんなものなのだろうかと思ってしまう。こんな芝でサッカーしたらボールが全く転がらないだろうし、野球をしたらボールが見つからなくなりそうだ。
だが一方で、これくらいふかふかの芝でないと、ウマ娘の脚力の衝撃を吸収しきれないのだ。先ほどは軽く走っていたので問題ないが、舗装された道など、ウマ娘が全力で走ったら脚の方が持たない。
何にしろ一度走ってみよう。
「では早速いきます」
「いつでもいいよ」
特に合図もなく、私は走り始めた。
一歩ごとに足が芝に埋まる。
だが、ツルツルの芝は引き抜くのも容易だ。
足首で掻くように地面を蹴り、次の一歩を踏み出す。
脚だけではなく腕の振りの反動も使い、大きく一歩を踏み出し、そしてまた着地。
速度はどんどん上がっていく。
やはり走るのが楽しい。そんなことを考えていたらすぐにコーナーに差し掛かった。
コーナーリングは実際やってみると予想以上に緊張した。
ただ曲がるだけだが、速度は出ているのでうまく曲がれるか不安になる。
まあ、私もトレーナーであり、技術についての知識は一通り頭に入っている。
コーナーの内側の脚を内ラチ方向に一歩踏み出す。
そして外側の脚をその方向に寄せる。
少し蟹股を意識するようにして走るとコーナーは上手くいくのだ。
脚の運びを逆にすると、後ろの脚が前の脚に当たりかねない。
いつも指導しているようなことを意識すれば、コーナーリングも素直に曲がることができた。
そのまままた直線を走っていく。
腕の振りはしっかりと。
脚は膝も足首も使って地面を蹴りだす。
体幹はできるだけブレることのないように。
外から見ていないのでどれだけうまくできているかわからないが、しっかりと意識しながら走り続ける。
第三コーナー、第四コーナーを回って、スタート地点に戻る。
うん、やはり走るのは気持ちいい。
「調子がよさそうだね、スカーレット君」
「そうですね。ばっちりです」
「でもチェックはするからね」
外ラチ側によって、私は芝の上に腰を下ろす。
タキオンが、私の脚を付け根から丹念に触っていく。
故障がないかの確認である。自己感覚だけだと、走った高揚感で全く気付かない、なんていうことがあるので、タキオンの現役時代は私がタキオンにやっていた。
触って痛みがないか、変に熱を持ったところがないか、という確認である。
股関節から太腿、膝、ふくらはぎと、タキオンの手が私の脚をなでていく。
走って熱くなった脚に、タキオンの少し冷たい手がとても気持ち良い。
靴と靴下を脱いで、指の先まで触られて、チェックは終わった。
「特に問題はなさそうだね」
「では、タイム測定やりましょう」
靴下と靴を履きなおして立ち上がる。
最初は1200mからである。
コースは第二コーナーが終わったところから、ゴールまでの短距離だ。
軽く走りながらスタート地点に移動する。
タキオンはゴール地点でストップウォッチを持って待っていた。
「じゃあいくよ~!」
「いつでも大丈夫です~!」
ちょっと距離があるので声が大きくなる。
「よーい!」
「……」
「スタート!!」
タキオンの声に合わせて、私は走り始めた。
1200mぐらいの短距離走になると、常に全力で走ることも可能だといわれている。
あくまで理想論の話であり、そこまで生き物は単純ではないが……
とはいえまだレースプランも固まっていない状況であるので、複雑なことは難しい。
ひとまず全力で走り抜けよう。
スタートから最大加速で走り始め、そのままコーナーに入る。
コーナーリングは一度やったせいか苦労することなく内ラチ側を回ることができた。
そのまま、ゴールまで一直線である。
必死に走り続け、ゴールに飛び込んだ。
「ぜー、はー、ぜー、はー」
「お疲れ様。はい、ドリンク」
「ありがとう、ございます……」
走り切ってからすぐに立ち止まるのも体に負担がかかるので、ゆっくり歩きながら外ラチ側に寄る。
タキオンからドリンクを受け取って、一気に飲み干していく。
さすがに1200mをずっと全力で走るのは無謀だったか、最後の方はペースが落ちていたと思う。
ドリンクを飲み干して、やっと一息がつけた。
「で、タキオンさん、タイムはどうでした?」
「うん、1分9秒フラット。初めてにしてはすごくいいタイムだと思うよ」
「そこまで出ましたか。かなりいいですね」
大体ジュニアメイクデビューでの勝利タイムである。
この段階でそんなタイムが出るならかなり希望が持てるだろう。
タキオンはまた、私の脚をチェックし始める。
心配性の私はタキオンに対し執拗にチェックをしていたが、タキオンも似てしまったようだ。
毎回靴を脱ぐのだけが少し億劫だが、大事なことである。走っていて爪が割れている、なんてこともよくあるし。
「特に問題なし。まだ走れそうかい?」
「まだまだいけますよ」
少し休めば呼吸も落ち着くし、まだ走れる。
疲れが抜けるほどではないからタイムは悪くなっていくだろうが、今回はあくまでどの程度走れそうかの確認でしかないから、一通りデータを取るのが大事なのだ。
「じゃあ次は1600mだ」
「頑張ります」
こうして私は次のタイム測定に挑む。
最終的に予定通り3000mまで走り、きちんとタイムを測定するのであった。