元モルモット君ダイワスカーレットと、モルモット君が大好きすぎるアグネスタキオントレーナー 作:雅媛
「お疲れさま、スカーレット君」
「お疲れ様、タキオンさん」
無事3000mも走り切って、コースから外へ出る。
さすがに合計1万m近く走るとクタクタである。
このままチームルームに帰って、ゆっくりクールダウンしながらデータの分析でもしようかと思っていたのだが……
「そこの仲良しカップルさん、ちょっとお話ししましょうよ」
軽薄な声が私たちを呼び止めた。
「ウマ娘になって大変と聞いたけど、調子良さそうだね」
「で、何の用だよ」
「いやいや、少しデート邪魔されたぐらいでそこまで怒らないでよ」
へらへらと笑うこいつは、同期のトレーナーの谷野だ。
軽薄な雰囲気をまとっているが腕は確かで、今も担当を持っている。
仲はまあ、悪いほうではないだろう。最近は教官業ばかりに励んでいた私とここの所あまり交流が多くないが……
「ただのトレーニングだよ」
「いやいや、そんな尻尾グルグルからめてただのトレーニングはないでしょ」
「……タキオン!!」
「トレーナー君は私のものだからね」
気付かないうちに、またタキオンの尻尾が私の尻尾に巻き付いていた。こんなタイミングで独占力発揮しなくてもいいのに……
文句を言っても尻尾は放してくれなさそうである。
諦めて、谷野の方に話を戻す。
「で、何の用だよ。この前顔面に蹴りをかましたのは謝らないからな」
「いや、話は別のことだが…… それはそうとさすがにあれはひどくないか」
「女性のスカートの中を覗く奴が悪い」
「さすがにお前のスカートの中には興味ないよ……」
ウマ娘になって初日、階段ですれ違ったのがこいつだった。とどめを刺せばよかったが、残念ながら生き残ったらしい。
それにしても乙女に何という言い草か。まあ私自身自分が乙女な自覚はまるでないのだが……
「それでさ、今取ったタイムのデータ、見せてくれねえかなって」
「代わりに何をくれるんだい?」
谷野が担当しているウマ娘、ウオッカはおそらくデビューが同時期になる同期だ。
完全なライバルになる可能性も考えると理由もなくデータを共有することもできない。
「ウオッカのマイルのタイムをやるよ。1ハロンごとのラップ付きだ」
「それでこっちは短距離から長距離までのすべてのタイムは、つり合いが取れてないんじゃないのかい?」
「マーチャンですよー」
タキオンが言うことももっともである。
普通に考えたらこっちの持ち出しが多く見える。
だが……
「わかった、それで手を打とう」
「スカーレット君!?」
「こいつは変態で「おまっ!?」軽薄な人間だが「信用できる部分がないんだが」それでもこういう取引でブラフを使ってくるような信用できない奴じゃないんだよ」
「つまり?」
「こいつの提案にはそれだけの価値と自信が込められてるってことだ」
マイルの情報を出すということはそれが一番価値が高いということだ。それは、ウオッカがマイルでは負けないという自負と自信があるのだろう。
そこまで言わせる情報は、おそらくこっちが出す情報よりも価値があると私は判断した。
「はぁ、トレーナー君がそういうなら」
「じゃあ交渉成立な。これがこっちのデータだ」
「こっちのはこれだよ。コピーしたら返してくれ」
「渡していいのかよ」
「覚えているからね。でも、万が一に備えて手控えは残しておきたいんだ」
「あ、私もコピーさせてね。これ、マーチャンの短距離のデータ」
「うわ!? いきなり現れないでくださいよ先輩!?」
「アストンマーチャンです♪」
唐突に現れたウマ娘の着ぐるみとウマ娘。
アストンマーチャンと、アストンマーチャンの担当トレーナーの神尾トレーナーである。
私と谷野の姉弟子でもある彼女は、いきなりデータを押し付けてくると、こちらのデータを谷野からひったくった。
そして、そのあとも視界に常に入ろうと妙にカサカサした動きをしていて非常にうっとおしい。
「いやぁ、アナタがウマ娘になったと聞いて見に来たのよ。超ウケる」
「貴女の着ぐるみの方がウケますけどね」
去年の秋ぐらいに、新入生のアストンマーチャンの担当になってからずっと着ぐるみを着ているトレーナーである。
それまではカッコいい系の女性として、特にウマ娘にモテていたのだが、今では完全な変人枠である。
理由はうっすらと察しているのでそれ以上ツッコむつもりはないが……
「で、タキオンちゃんとの式はいつ? わたし、あのベールを持つ係やりたいし 、ウエディングブーケ欲しい」
「先輩がベールガールは年齢的に無理があるでし、たわばっ!!」
マーチャン着ぐるみの裏拳で、谷野は顔面を殴られた。
雉も鳴かずば撃たれまいに……
「そう言えばウオッカちゃんは?」
「ウオッカちゃんならそこで蹲ってるのです」
ここまで騒いでもウオッカちゃんが何も声を発していないことに気が付いて聞いてみたのだが、マーチャンが指さした先には、蹲るウオッカちゃんがいた。
「ウオッカちゃん、どうしたの?」
「鼻血が止まらなくて…… 公衆の面前で尻尾ハグなんてエッチすぎますよぉ」
「……ウオッカちゃんにはタキオンさんとスカーレットさんのラブラブは刺激が強すぎたようです」
ウオッカちゃん純情過ぎないか? トレーナーの軽薄さと差がありすぎて少し心配になった。
さて、二人が資料をコピーしに行ったのから戻ってくる間に、二人からデータをもらったので内容を確認する。
ウオッカのデータだが……
「上がり三ハロン34秒フラットとかすごいねぇ……」
「これに勝つのはかなり大変だぞ……」
まだデビュー前にもかかわらず信じられない末脚である。
これからの成長分を考えると、マイルぐらいの距離だと下手すると32秒台ぐらいの末脚すら見せてくるかもしれない。
最良のタイミングでこんな末脚喰らったら、どんな展開でも勝てないだろう。
自信満々にデータを出してくるだけのことはある。私は額を押さえた。
「データ的にすごいのはわかるが、これ、どういう意味があるんだい?」
「マイルを出してきたってことは、おそらく今年の末の阪神ジュベナイルフィリーズか、朝日杯フューチュリティを目指してるんだろう。だから、出る方は回避しろっていう圧力さ」
「そういう盤外戦もやるんだねぇ」
圧力だからと言ってこちらに得がないわけではない。
選択肢がある場合、強敵に当たらないレースを選べるわけだし、相手の方も下手に強い相手との戦いを回避することができる。伸るか反るかはこちらの判断だが、牽制としては十分である。
「じゃあこっちもそうかい?」
「いや、多分違うだろうな。短距離のタイムじゃ回避するレースは暫くないし、単なるうちの子自慢だと思うぞ」
マーチャンの方のデータも見る。短距離のレースはGⅠだとクラシック秋のスプリンターズステークスまでない。
多分データが見たかったが、提供できるいいデータがなかったから一番自信のあるタイムを出しただけだと思う。
だが、そのタイム自体は確かにやばいものだった。
「うん、これ、スカーレット君よりも遅く見えるが」
「いや、タキオン、これ、不良バ場のタイムだ」
「……本当だね」
1200m1分11秒フラットは決して早くないように見える。といってもデビュー前ならこれくらいでも普通なタイムだ。
だが、それはあくまで良バ場でのタイムの場合だ。不良バ場の場合、1200mだとタイムは3秒以上遅くなるのが普通だ。とすると、単純に考えても良バ場なら1分8秒フラットのタイムである。下手するとすでにGⅠクラスだ。
さらに、不良バ場でもモノともしないパワーがあることのアピールでもあり、さらにラップもやばい。1ハロンだけだが、10秒4で走っている。不良バ場だと大体5%ぐらい遅くなるので、下手すると9秒台で走れる計算になる。
これは確かに自慢したくなる速さとパワーだった。
「ライバルが強くて楽しいね」
「タキオンの時ほどじゃないよ」
タキオンの現役時代の同期は、タキオンの親友マンハッタンカフェをはじめ、ジャングルポケットやクロフネといった強者が揃っていた。
一つ上にもオールラウンダーアグネスデジタルも居たし、さらに上になると世紀末覇王までいたぐらいだ。
それに比べれば、うん、まだ私はマシなはずである。
「あのー、スカーレットさん、タキオンさん?」
「どうしたの、マーチャン」
アストンマーチャンをどう呼ぶかはちょっと悩みどころであり、マーチャンちゃんと呼ぶのは変だが、マーチャンというと呼び捨てになる。悩んだのだが、本人が何もつけないでいいというのでマーチャンと呼んでいた。
「そろそろイチャイチャするのは止めていただけないでしょうか。私も恥ずかしくなってきましたし、ウオッカちゃんがそろそろ危険レベルです。マーチャンアラート発令しちゃってますです」
「イチャイチャ……?」
そんなつもりはないんだが……
どうすればいいだろうか。
確かにウオッカちゃん蹲っちゃってるが……
「あー、無理無理、その二人、現役時代からずっとそんな感じだったから」
「なんと、生徒とトレーナーの恋愛ですか。大丈夫だったんですか? 何とか条例とかにおこられなかったんですか?」
「最低限の一線は守ってたから…… 多分…… 自信ないけど……」
「いや、清く正しいトレーナーとウマ娘の関係だけですよ。適当なこと言わないでください」
「……マーチャンは、自分のトレーナーのことを信じますです」
帰ってきた着ぐるみがさんざんなことを言うが、キスをしたのだって最近だし、同棲前に恋愛的なことは一切したことがない。
だが残念ながらマーチャンは自分のトレーナーを信じたようだ。悲しいがこれが現実である。
「尻尾ハグしながら、ぴったりくっついて顔寄せ合って紙を見てるのは、恋人仕草なのです。マーチャンわかるのです」
「普通じゃないの?」
「普通じゃないです! トレーナーさん、この二人何なのですか!? 恋愛の星から来たんですか!?」
ぴえええ、と逃げていき着ぐるみに抱き着くマーチャン。
ウオッカちゃんはトレーナーにお米様抱っこされてすでに撤退していた。
「よしよし。じゃ、そういうことで、今度スカーレットちゃんちにお酒持って遊びに行くから」
「え、なんですかそれ」
「拒否権はないからね、ばいびー」
それだけ言ってマーチャンの着ぐるみは頭にマーチャンを乗せて走り去っていった。
騒がしいライバルたちとの初顔合わせは終わったのであった。