元モルモット君ダイワスカーレットと、モルモット君が大好きすぎるアグネスタキオントレーナー 作:雅媛
丁度授業開始のチャイムが鳴ったので、今頃たづなさんは理事長室周辺にいるだろう。
朝は正門で登校する生徒を見送り、その後仕事を始めるのがたづなさんのいつもの生活だ。
もっとも多忙な人だから、上手く話ができる時間があるだろうか、と心配していたが
「たづなさんには、さっき服を買いに行くときに会ったから、「あとで相談したいことがあるから授業開始後に伺います」と伝えてあるよ」
「それは助かる」
予めタキオンが根回しをしてくれていたようだ。
ひとまず二人して、理事長室へと向かうのであった。
授業中で人が居ない学園の廊下を抜けて、最上階にある理事長室へと到着する。
ノックをすると、「どうぞ」というたづなさんの返事が返ってくる。
扉を開けると、理事長は居らずいつもの緑のスーツ姿のたづなさんだけが居た。
「こんにちはタキオンさん。ご相談があるとおっしゃっていましたが…… そちらの方に関してですか?」
「こんにちはたづなさん。そうです、相談したいことはこの子、ダイワスカーレット君についてです」
「学園の生徒ではないですよね。見かけたことないですし、名前も知りませんし」
たづなさんは毎朝正門で挨拶をしているからか、学園の生徒2000人弱をすべて覚えているらしい。卒業生も覚えているから5桁の数の人間を覚えているのだろうか。
当たり前だがそんなたづなさんでもダイワスカーレットというウマ娘を知らなかった。
「えっとたづなさん。私、赤井です。トレーナーの赤井大和です」
「え、え? ちょっと待ってください。タキオンさん。この人、ダイワスカーレットさんって言いましたよね?」
「そうです、彼女は私のトレーナー君の赤井トレーナーで、今は理由不明でウマ娘になったダイワスカーレット君です」
あまりの混沌とした状況に、たづなさんは額を押さえた。
「ひとつずつ確認しますね」
「お願いします」
「アナタはアグネスタキオンさんを担当したトレセン学園に所属しているトレーナー、赤井大和さんで間違いないですか?」
「はい、そうです」
「で、いつからウマ娘になったんですか?」
「今朝ですね」
「で、ウマ娘としての名前がダイワスカーレットさんだと」
「そういうことです」
状況を的確にとらえた質問をしてくれるたづなさん。
こういう状況にも慣れているのか、修羅場慣れしすぎてどんな状況でも動じないのか。
「タキオンさん、私としては入れ替わりも疑うのですが、ダイワスカーレットさんが赤井トレーナーなのは間違いないと思ってますか?」
「明確な根拠はないけど確信しているよ。私が愛するトレーナー君を間違えるわけがない」
「タキオンさんがそういうならそうなんでしょう。一応確認作業はしますが」
「タキオンの保証だけで信じていいんですか?」
タキオンが断言しただけで、たづなさんも信じてくれるようだ。
説明を長々としなくていいのは助かるが、そう簡単に信じていいのだろうかと心配にもなる。
私自身すら、自分が元トレーナーと思ってる頭がおかしくなったウマ娘説を少し疑っているところもあるのに。
「信頼し合ったトレーナーと担当ウマ娘の絆は疑いようがないものですし、赤井トレーナーとタキオンさんの関係も疑いようがないものです。だから、タキオンさんが本当にそう思っているなら間違いはないと思います」
「そんなものですか……」
「一応DNA鑑定もさせてもらいますけど」
「DNA鑑定で確かめられるんですか?」
そもそも性別も種族も変わってるし、DNAもガラッと変わってそうである。
こんなファンタジーな現象に科学が勝てるのだろうか。
「赤井トレーナーに起きているのは、ウマ娘の魂、ウマソウルが成人のヒトに宿ってしまったことにより起きている現象だろうとおもいます。本来ウマソウルは胎児のときに宿るのですが、何かの都合で大人になってから宿ってしまうことがあるんです」
「へー、そういうこともあるんですね」
「かなり珍しい現象ですけどね。実物は私も初めて見ました。で、DNA鑑定すると、全く同じではないですが親子以上には一致するらしいので、おそらくそれでわかるかと思います」
「なるほどね。じゃあ後でトレーナー君がウマ娘になる前の血液検体も提出するからちゃんと確認してもらおう」
「では後で保健室に寄ってください」
この騒動に関して一通りめどが立った。
それにしてもたづなさんは博識である。こんな現象が過去にもちゃんとあることなんて、私もタキオンも知らなかった。
どうにかなりそうで一安心である。
「手続きなどは鑑定の結果が出たら進めますから、それまでは赤井トレーナーのIDを使ってください。外見のせいでトラブルになったら私を呼んでくれれば対応しますから」
「何から何まですいません」
「いえいえ。でも、トレーナーさん一人暮らしですよね。ウマ娘としての生活には慣れていないと思いますが、大丈夫ですか? 」
「ああ、そこは私と一緒に暮らすから大丈夫だよ」
「……あらあら」
タキオンと同居すると聞いてたづなさんは嬉しそうにする。
「同棲ですか。ふふ、おめでとうございます」
「たづなさん、何か勘違いしてません?」
「いえいえ、お二人の仲の良さは現役時代から評判でしたから」
あ、これ、完全に勘違いされている奴だ、と察する。
さすがに現役時代から学生とトレーナーが交際しているというのは外聞が悪すぎるが、卒業後交際しているというケースはそこまで珍しくない。
トレーナーと担当ウマ娘、特に専属になるとその関係はかなり密な場合が多く、学校の授業中と寮の中以外は一緒に居る、なんていうペアも少なくない。
私とタキオンもそういう距離感のペアであり、卒業まで本当にずっと一緒に居た気がする。
卒業後はさすがにそこまで一緒ではなかったが、月に数回は家に来て、食事をしたりお出かけをしたり、トレーナー試験の勉強を見たりしていた。
うむ、よく考えるとかなり仲が良いな。
だけど、タキオンのことは大事だが、そういう関係になることは考えたことがなかった。
「たづなさん、まだちゃんと告げていないんだ。先取はだめだよ」
「ああ、すいません」
タキオンがそう言ってたづなさんをたしなめる。
何が告げられるのか、鈍い私でもなんとなく察することができてしまう。
ただ、複数のことを同時にやると失敗するものである。ひとまずは今の、ウマ娘になったという問題の方を片付けないといけない。
「生活はタキオンさんが見てくれるということですし、問題はないでしょう。ほかに何かありますか?」
「ああ、ダイワスカーレットの名前でトゥインクルシリーズの登録をしたい。今年の夏ぐらいにはデビューする予定だ」
「ちょ、タキオン!?」
「なるほど、トレーナーはタキオンさんでいいですか?」
「もちろん。それを譲るわけがない」
「私の意見は無視ですか!?」
ひとまずのめどが立ったと思ったが、タキオンの唐突な提案に驚く。
もう今日は驚いてばかりである。
「なんだい? トゥインクルシリーズへの出場条件は、トレーナー資格を持っているから満たしているし、何も問題ないだろう? もしかして学園に通ってみたいとかそういう話かい? 止めはしないけど、ちょっといろいろきついと思うんだが」
「全然違うよ! 三十超えてるのに十代の子らと一緒にレースとかきついって言ってるの!!」
「トゥインクルシリーズのメイクデビューには年齢制限はないから全く問題ないよ」
「年齢制限気にしてるんじゃないって」
トゥインクルシリーズの出場条件はレースにおける知識を有していることであり、中央トレセン学園の生徒なら無条件に認められる。
地方のトレセン学園出身でも、ペーパーテストで認められるものだが、他にもいくつか出場条件を満たす方法があり、その一つが中央のトレーナー資格の所有である。
もちろんトレーナー資格を取る方が圧倒的に難しいのでペーパーテストを受けた方が楽であるのは間違いない。何にしろ私もウマ娘になった以上、トゥインクルシリーズへの出場条件は満たしているのだ。
そして年齢制限もない。飛び級で入ってくればレースに出られるし、卒業後だって資格があればいくらでも出られる。
メイクデビューが遅い子になると高等部になるし、シニアに入るころにはもう卒業になってしまう。それに、シニアを5年も6年も走る子も時々いるから、学園卒業後でも走っている子は一定数いるのだ。
だが、それと私がレースに出るのは全然別の話だろう。
「だってこの素晴らしいバ体だよ? たづなさんもスカーレット君が走る姿、見てみたいよね」
「正直すごく見たいです」
「たづなさん!?」
たづなさんが敵に回った瞬間だった。
なんだかんだでレース大好きな人なのでそういう感想になるのは予想できていたが、もう少しかばってほしかった。
「トレーナー君。トレーナー君だって、こんな素晴らしいバ体のウマ娘が走る姿、見てみたくないかい? 」
「……」
「ふふ、トレーナー君」
「正直、すごく、見たいです……」
本音を言えば、こんな素晴らしいバ体のウマ娘が走る姿は見てみたい。
太ももぶっといし、腰も丈夫だし、絶対すごい走りをするウマ娘である。
だが、それはそれであり、正直ティーンの子らと走るアラサーはいろいろメンタルがきついのだ。
「それに、レースに出る理由は他にもあるんだよ。多分、スカーレット君はいい体してるから、レースに出て発散しないと欲求不満がすごいと思う」
「欲求不満って……」
なんか意味深な単語である。
もうちょっと言葉を選んでほしいところではある。
「ウマ娘は力が有り余っているからね。特にピーク時と呼ばれる時期は力を持て余すんだよ。それを真剣なレースでそれを解消しているわけだけど、トレーナー君も何らかの対応考えないともう暴れたくてしょうがなくなっちゃうと思うよ」
「ああ、たしかに」
ピーク時の頃のウマ娘の扱いづらさはよく言われる話だ。
タキオンもなんかよくわからずに走り回ったりしてたし、対応が大変だった。
ああいう感じになってしまうのも問題だろうし、その解決にはレースが一番いいということか。
理由はわかったが、それでもやはり少し恥ずかしいのだが……
「大丈夫大丈夫、見た目だけなら君もギリギリティーンで通るさ」
「ギリギリなんだね……」
「どうしてもトレーナー君の大人のオーラが漏れるからね。ということでたづなさん。登録の手続きもおいおいするからよろしくね」
「わかりました。楽しみにしています」
そうして私たちは理事長室を後にするのだった。
そうして私たちが次に向かったのは、学園の購買である。
「トレーニング用の体操着やジャージを作らないといけないからね」
「そっか、トレーニングもしないといけないか」
まだ動揺が残っているのか、いまいち考えがまとまらないが、タキオンが算段を立ててくれているのは非常に助かる。
購買では学園指定の体操着も売っているのだ。
トレーニングするだけなら別に学園と同じものでなくてもいいのだが、学園のトレーニング施設を使わせてもらうなら学園指定の物を使ったほうが周りから浮かないだろう。
サイズはすでに測定してわかっているし、注文するのは簡単だ。
デザインもほとんどパターンはないのだが、一つだけ決めなければならない点がある。
ブルマにするか、短パンにするかである。
「デザインはブルマでいいかな」
「短パンの方がいいんだけど。脚出すの恥ずかしいし」
タキオンはブルマをプッシュして来た。
少しずつタキオンの好みがわかってきたが、どうやら私の肌をできるだけ露出させたいらしい。
私としてはできれば断りたいのだが……
「スカーレット君は太腿が太いから短パンだとサイズが少ないだろうし、ブルマの方が絶対いいよ」
「タキオンがそういうなら……」
タキオンがこうやって何らかの理由をつけるときは、譲るつもりがないときである。
私としても自分の羞恥心よりはタキオンの方が大事なので、結局折れることになった。
ブルマ型の体操着とジャージが一式、それに水着も一式購入した。
家で着てみて、サイズが合っていれば追加でいくつか購入する予定である。
「それじゃあ一度家に戻ろうか」
「そうだね」
最低限の用事は済ませたし、一度落ち着いて荷物の整理もしたい。
そんなことを考えながら寮の方へと足を進めていたのだが……
「トレーナー君。寮の部屋じゃなくて私たちの部屋に行こうじゃないか」
「え、あ、ああ、そうだったね」
そういえば、タキオンの家に暫くお世話になるのだった。
タキオンに案内されるまま、私は正門をくぐり町へと向かうのであった。