元モルモット君ダイワスカーレットと、モルモット君が大好きすぎるアグネスタキオントレーナー 作:雅媛
自宅からトレセン学園までは歩いて15分程度の距離である。
ゆっくり歩いて行っても9時前にはつくだろう。
「あ、財布持ってない」
手ぶらで行こうとタキオンに言われたから荷物をすべておいてきてしまったのだが、そのせいで財布すら忘れてしまった。
慌てて取りに戻ろうとしたところでタキオンに止められる。
「私がカードを持ってるし、トレーナー君は何も持っていないほうがいいよ。ポケットなんかに荷物があると最悪服が破ける」
「あ、あ~。そうだね」
ポケットなどにモノを入れてウマ娘が全力で走ると、飛び出てぶちまけたり、最悪服が破けることがある。
ウマ娘用の服は通常の使用には耐えられるが、全力の時に何しても壊れないほどは丈夫ではないのだ。
だから、学園の廊下などは静かに走るようにと言われるのだ。
私も力をセーブ出来れば問題ないだろうがそれは自信がない。何かの拍子に全力になってしまうかもしれない。
確かに何も持たないほうがいいだろう。
タキオンに買い物関係全て負担してもらうのも気が引けるが…… しょうがない。
「じゃあトレーナー君、学園までは軽く走って行こうか」
「走って……」
タキオンがウマ娘レーンを指さす。
無車輪走行レーン、通称ウマ娘レーンは、歩道の一種(走るレーンなのに歩道というのは不思議だが、法律には得てしてこういうことがある)である。
普通の歩道とは制限速度が異なり、通常は時速60kmの速度まで出すことが許されている。
普通の歩道では時速15kmが制限なので、ウマ娘が走ると基本速度違反で怒られるし、ひどいと罰金などになってしまうのだ。
ちなみにウマ娘レーンとは言われるが、ウマ娘以外、ヒトが走っても問題はない。ただ、速度が違いすぎるのであまりヒトが走ることはない。
ここから学園まではまっすぐだし、そう距離があるわけでもない。軽く走ってウォームアップするにはちょうどいいだろう。
「私も併走するから大丈夫だよ」
「了解、走って行こうか」
尻尾がぶんぶんと振られているのが自分でもわかる。
今まで自転車で併走したり、原付で併走したりしたことはあるが、生身でタキオンと併走するのは初めてである。
タキオンと同じように走れたら、なんていうことを考えたことは一度や二度ではなかった。
それが今叶おうとしているのだから、内心でのテンションの上がりっぷりは半端ではなかった。
早速道に出て、走り始める。
一歩踏み出すと、ヒトの体の時と加速が全く違う。
ぎゅんッ、と速度が上がり、慌てて二歩目を大きく踏み出す。
二歩目を踏みしめれば、さらに加速する。
これはなかなか大変な加速だ。
軽く走る、なんてタキオンが言っていたが、それがまず大変なぐらいの脚力だった。
だが、すごく楽しい。
アドレナリンがガンガン出ているのがわかる。
「楽しいだろう?」
「すごく楽しい。この先に何があるんだろうと思っちゃう」
タキオンが、スピードの限界、そしてその先を求めていた理由が分かった気がする。
もちろん今までも自分なりに考え、理解し、寄り添ってきた自信がある。
でも、それでも、これは、本能的にこの先を知りたいという気持ちは……
麻薬のような中毒性があった。
高架の線路をくぐり、走っていく。
景色がどんどん変わっていく。
そんな景色の移り変わりを楽しんでいると、もうトレセン学園についてしまった。
「……もうついちゃった」
「ふふ、夢中に走っていたね」
追走になってしまったタキオンが笑う。
何もなく夢中になってしまった自分に少し恥ずかしくなってくるのであった。
そのまま二人でチームルームに移動し、トレーニングの準備を始める。
まずは今日のトレーニングメニューを決めないといけない。
タキオンが白板の前に立ち、どや顔しながらトレーニングプランを考え始める。
「さて、ひとまずはトレーナー君の実力を測ろうと思う」
「そうだね、今の状況だと、どれだけ走れるかもわからないし、適性も全然わからないからね」
学園に入学してくるウマ娘も、入学以前にクラブなどに所属していることが多いので、ある程度自分の適性がわかっている場合が多い。
だが、私は一切未知数である。短距離が強いのか長距離が強いのか、逃げがいいのか追い込みがいいのか、何もさっぱりわからなかった。
そういったものを確認する作業がまずは大事だろう。
「ちなみにタキオンは、私の適性どんなだと思う?」
「外見だけで判断すれば、パワー型のマイルから中距離ぐらいが得意そうに見えるね。先行から差し気味のポジション取りで、第三コーナーあたりから抜け出すのがいいかな。長距離を走るにはちょっと体格が良すぎるかもしれないが、胸が大きいし案外行けるかもしれない」
「なるほど、私は意外と逃げとかも行けると思うよ。パワーがあるだろうから前を取れそうだし」
「ふむ、確かに、それも含めて考えた方がいいね」
基本的に体格がいい方が短い距離向き、体格が小さい方が長距離向きとは言われている。もっとも例外も色々いるので、結局その人による、としか言えないのだが……
そういった適性を調べるためにもいろいろ試す必要があった。
「トレーナー君がどれだけ走れるかわからないけど、ひとまず短い方から走ろう。芝の1200mを走って、次が1600m、2400m、最後まで持つならば3000mで終わりだ」
「了解。それでいいと思う」
「無理はくれぐれもしないでおくれよ。違和感が少しでもあったらそこで終わりだからね」
「ふふ、タキオンは過保護だね」
「キミもそうだったよ。これくらい普通さ」
確かにまあ、無理する必要は全くない。
私とタキオンが見たいのは、この体のスペックであり、何か大きな実績を目指しているわけではないのだから、無理する必要性はまるでないだろう。
自分でも意識して気を付ける必要があった。
「インターバルは5分もあれば十分かな。インターバル中のチェックはタキオンお願いね」
「了解。インターバルの時の補給はいつものハチミツレモンでいいかな」
「ひとまずはそれでいいでしょ。また少しずつ改良すればいいし」
トレーニング内容が決まったので早速準備を始める。
タイム計測用のストップウォッチに、緊急時のための救急箱を取り出す。
タキオンは給湯スペースでインターバル中に飲むドリンクを作っている。
1リットルの水にハチミツ50グラム、塩2グラム、レモン汁大匙1杯でできるハチミツレモン味のスポーツドリンクだ。
インターバル毎と、走り終わった後に飲むので合計4本作るタキオン。
普段からこういう感じで、タキオンの時は下手すると10本ぐらい作ることすらあったが、よくよく考えるとすごい量である。それだけエネルギーと水分を消費するのだから、ちゃんと飲まないといけないが。
「そういえばトレーナー君」
「ん? どうかした?」
「いや、さすがにみんなの前でトレーナー君というのもおかしいかと思ってね。意識して他の風に呼んだ方がいいかと思って」
「あー、確かに」
タキオンがトレーナー君と呼ぶのは、元担当の赤井トレーナーである。
もちろん同一人物なのだが、はた目から見ると全く違う人物なのだから、周りも変な風に思うだろう。
そうすると呼び方を変えた方がいいかもしれない。
「これからできるだけスカーレット君と呼ぶようにするから、よろしく」
「了解。私もタキオンのことトレーナー君とか言った方がいいかな」
「それは嫌だ。タキオンと呼んでくれなきゃ拗ねる」
私は別段スカーレット君と呼ばれようと、トレーナー君と呼ばれようと、どちらでも違和感はない。
一方タキオンは自分の名前を聞かないといやなようだ。まあ、トレーナーを名前で呼ぶのは少数派ではあるがいないわけではないし、気にしないでおこう。
「わかったよ。あとは口調とか? 私が教えてもらってるんだから、敬語にするとか?」
「ふむ、試しに話してくれないか?」
担当がトレーナーに敬語を使わないなんて普通だから気にする必要はないかもしれない。タキオンだって敬語じゃないし。
とはいえ試しに敬語で話してみよう。
「あー、あー、おはようございますタキオンさん。今日も一日、がんばりましょうね♪」
「……」
「あの、タキオンさん、私の話し方、なにかおかしいでしょうか?」
「いや、おかしくないよ。というか、すごく良い……」
タキオンが満面の笑みでサムズアップする。
何かがタキオンのツボに刺さったらしい。
どこまで続けられるかわからないが、ひとまず気に入ってくれたならこれで過ごすことにするのであった。