突如現れたドラゴン。何できずにただ死を待つだけの私の前を、光が横切った。
「大丈夫?」
白銀の天使に、私は一目惚れをした。
私が幼い頃に行われた、小さなパーティ。
そこで可愛い女の子と出会った。綺麗な白銀の長髪に、お人形さんのような可愛らしい顔立ち。
「あ、えっと、ご、ごきげんよう」
「ごきげんよう」
噛み噛みの私と違って、彼女はドレスを端を摘まみ綺麗なお辞儀をして見せる。
最初こそぎこちなかったものの、この場で唯一の同年代ということもあり、パーティが終わるころには親友と言えるほどに仲良くなっていた。
楽しかった時間はあっという間で、帰ってしまう彼女を私は泣きながら引き留めようとして、彼女は小指を差し出してきた。
「また来る! 約束!」
涙は止まらなかったけれど、私は精一杯の笑顔を浮かべて指を絡め合う。
「じゃあね! エレナ!」
「バイバイ! ―――!」
□□□
私は辺境の貴族の家で、末っ子として生を受けた。貴族だと言っても、ほぼ平民と変わらない生活状況。
強力な魔法使いであれば、もう少し裕福な生活が送れたのだろうけど……。私は何も持たずに生まれた。人類最弱の人間なんてレッテルを貼られ、周りから蔑まれても家族は愛してくれた。
「大丈夫。エレナには他の誰も持ってない、勇気の魔法使いだから」
優しく頭を撫でてくれる。子供でも分かる小さな嘘。でもそれを大事に、私は騎士団に入団した。
国の騎士団は完全なる実力主義。そこに貴族の階級は関係ない。1部隊から13部隊まで存在し、数が小さくなっていく毎に強さが上がっていく。自分が所属しているのはもちろん13部隊。入団した時から漂う、自分達は負けた側の人間であるといった空気。騎士団の制服の肩に印字された13という数字が、より自信を失わせていく。
1部隊は前線で華々しい成果を上げるのに対して、13部隊は力の足しにもならないせいで、いつも魔物の死体処理ばかり。何のために騎士団に入ったのか。これでは唯の雑用係。そんな気持ちは常に抱いていたけれど、愛情をくれた親のためにも、私は頑張らないといけなかった。
ある日の昼間。いつものように魔物の死体を処理していたら、手元が暗くなった。太陽を雲が覆ったのかと思って空を見上げた時、ソレがこちらを見ていた。
人間を丸呑みできてしまうほどの口と、そこから覗く鋭利な牙。視界には収まりきらないほど大きく広げられた翼が動くたびに、その場で立っていられないほどの風が吹き荒れる。
会えば死は免れない、最恐最悪の災害。
「ドラゴン……」
仲間はその場で尻もちをつき、圧倒的強者の前に抗うなんて言葉は浮かばず、私はひたすらに見上げている事しかできなかった。
ドラゴンが咆哮をし、こちらに一直線に飛んでくる。自分以上に大きなかぎ爪が、己の肉体を切り裂こうと――。
「……え?」
――希望の光が目の前を横切る。
私じゃなくて、ドラゴンが血しぶきを上げ、その場に倒れ伏す。巨体が地面に落下した衝撃で、今度こそ立っていられずに足を滑らせた。
「大丈夫?」
鈴を転がすような声で、こちらに質問してくる。
綺麗な白銀の長髪に、お人形さんのような可愛らしい顔立ち。彼女の身を包む赤いドレスが、風に吹かれてふわりと揺れる。容姿だけで言えば深窓の令嬢のよう。
けれど実際には、私が恐怖で震えた存在をたった一本の剣で断ち切って見せた戦士だ。
「……」
何も言えずにただ見惚れ、自分の頬に熱が帯びる。
「ちょっと――!!?」
夢見心地のまま、意識を手放した。
□□□
目が覚めると、頭に柔らかい布の感触と木の天井が出迎えてくれた。多分、医務室のベットの上に居るのだと思う。
「ごきげんよう」
覗き込まれ、再び顔が真っ赤に染まる。感情の整理がつかないまま勢い良く起き上がり、姿勢を正してから頭を下げる。
「あ、ありがとうございました!!」
「どういたしまして」
にこりと微笑まれ、可愛さに心臓をぶち抜かれた。
もう死んでも後悔ない……。
「どこか気分のすぐれない所はあるかしら?」
「ぜんっぜん、大丈夫です!!」
首を全力で振って答える。
「あ、あの、無礼な事を承知で聞くのですが、騎士団員でしょうか?」
「騎士団第1部隊所属、ソフィアよ」
第1部隊……!! 確かにそれなら、あの力強さにも納得がいく。
「ソ、ソフィア様。このご恩は一生忘れませんので、その……」
「ソフィアでいいわよ」
「いえ、そんな畏れ多い!!」
「だって、同い年でしょ?」
「え? 何故ご存じなのですか?」
嫌な記憶が頭をよぎる。魔法の使えない奴だと、後ろ指をさされたこと。噂好きな人が一人でもいれば、彼女の耳に入っているかもしれない。
不安になりながらソフィア様を見れば、一瞬目を伏せてからいたずらっ子の笑みで言った。
「適当よ」
「な、成る程」
「それよりも、ソフィアって呼んで?」
「あっと、えっと……」
ムスっとした顔に罪悪感と嬉しさが襲い掛かってくる。私はここでどうすればいい? 騎士団最弱部隊の私が、最強部隊のソフィア様を呼び捨てにするなんて。
あーだこーだ悩んでいるうちに、ソフィア様が頬を膨らませた。
「もぉ、エレナが――」
「ソフィア!!」
突然、医務室に一人の男性が乗り込んできた。騎士の格好で身を包み、肩には1の文字が刻まれている。
「こんな場所に居たら、君に病気が移る」
王子様のような整った顔立ちを歪ませて、疲れるほど見慣れた軽蔑の目で私を見下す。
「早く行こう」
渋るソフィア様の手を取って、2人は部屋を出て行く。その途中、ソフィア様が首だけ振り返って、口パクで“またね”と動いたように見えた。
□□□
国一で劣っている13部隊は、実力の無い集団の集まりで頑張ろうという意欲もない。ただ、明日のごはんが食べれればそれで十分な連中だらけ。
故に13部隊にあてがわれた練習場は、今日も閑散としていた。それでも、ひたすらに剣の素振りを続ける。
そんな私をじっと見つめる視線が一つ。同じ部隊所属、平民のルーク。ぼさぼさの髪に、制服を着崩して干し肉をかじっていた。
「エレナ様、最近どうしたんだよ?」
質問には答えず、素振りを続ける。ルークは胡坐を掻いて半目で見つめていた。
「ははーん。オレ様分かっちまったぜ。好きな奴でもできたんだろ?」
一瞬止まったが、すぐさま再開した。
「んでそうだなぁ。この時期から察するに……白銀の天使サマか?」
今度は完全に動きを止めた。
「おいおい、図星かよ」
「うっさい」
「あきらめろよ。天使サマはオレらと実力差がありすぎる」
口調は荒いが、心の底からの善意からそう告げてくる。
私もそんなこと百も承知してる。でも、高ぶった感情を抑える方法を知らないから、剣を振るうしかない。
「それに婚約相手は決まってるらしいぜ?」
「誰!!?」
「うおっ!?」
素振りをやめて、ルークの目前に迫る。
「う、噂な! 本当かどうかはオレでも知らん! だけどよ、ほぼ確実だろうよ」
脳裏をよぎるのは、医務室に迎えに来ていた男性。
薄々分かってはいたけど、改めて突き付けられた事実に俯きそうになる。
「おい、お前ら!!」
そこへ上官がやってきた。
「サボってたわけじゃないっすよ。休憩時間で」
「そんなことはどうでもいい。緊急招集が掛かった」
上官が汗を垂らす。
「恐らくだが、魔王が復活した」
私たちは息をのんだ。
□□□
招集され、戦闘が始まってからは、拍子抜けするほど人間側が圧勝していた。魔族は魔物を率いて帝国を攻めてきていたが、そのどれもこれもが弱かった。未だ、魔王本人は出現していないが、これだけ側近の魔族が弱いのならば、魔王の実力もたかが知れてるだろう。
13部隊は、救護人を安全な場所に運び、物資を前線に送るという簡単な役割。
「魔王が復活何て言ったけどよ、弱くね?」
「さっさと物資運ぶ」
「はいはい、エレナ様は生真面目すぎんだよ」
ぶつくさ言っているルークが、別の物資を手に取ろうとして、空を切った。
「あ゛?」
一拍遅れて、彼は理解した。取れなかったのではない。ただ、右腕の肘から先が無くなっていた、それだけだ。
「あああああああああああ!!!!!?」
「ルーク!!」
あちこちから一斉に悲鳴が上がる。
『μδχЦФжЮ……』
人間が理解し得る言語ではない、異音。聞くだけで全身から鳥肌が立ち、頭をぐちゃぐちゃにかき乱されるような不快感を覚える。
そこに居たのは、正しくバケモノ。10mを優に超える体。手に持っているのは、5本の刃が付いた武器と言えるか怪しいもの。それを振るっただけで地面に斬撃を加え、止まることなく視界の先まで続いている。
本能が叫んでいる、逃げろと。誰も勝てはしないと。
蹲りまり叫びたくなる気持ちを無理やり抑えつけ、ルークの手当を行うが血が止まらない。
「飲んで!!」
唯一持っていた回復薬を無理やり飲ませると、噴き出していた血が徐々に収まり出す。
『ЮжФЙ……』
武器を持ち上げ、もう一度攻撃態勢に入る。次にくらったら私達は絶対に助からない。
あまりの恐怖で身が竦んだ時、見覚えのある光が目の前を通り過ぎ、魔王の前に空中で停止した。
彼女に追従するように、数人が並ぶ。
「ソフィア様……」
白銀の髪を靡かせて、彼女は剣を振るった。
□□□
経った数日で死者は数千人を超え、戦える者の大半は帰らぬ人となってしまった。
ソフィア様率いる第1部隊がなんとか魔王を引き留めているが、その不死身と言える無限の体力に、薄暗いものを覚える。
「ルーク……」
右手を失い、馬車に乗せられた友人を見る。彼はもう戦えない。
生きる気力の無い瞳の者らが、その馬車に詰められていた。向かう地ははるか遠く。魔王が居ない場所を探して。
「なぁ、エレナ様よぉ」
水が喉を通らないせいで、痩せ細りかすれ切った声で言う。
「オレと逃げねぇか?」
心の底からの渇望に答えることはできずに、静かに首を振った。
ルークは残念そうに息を吐きながら、どこか納得した表情を浮かべる。
「ははっ、だよな。エレナ様は生真面目でいらっしゃる」
ルークは私にとって大事な友達だ。大抵の人間は魔法が使えないと知った瞬間、誰もが蔑んでくるのに対して、彼はニカっと笑って言った。「女ならどんな奴でも大歓迎だ」って。下心丸出しでこっちが蔑みそうになったけれど、彼は先輩として私のことを手助けしてくれた。大事な先輩であり、大切な仲間だ。
私は彼が平和に暮らせるようにも頑張らないといけない。たとえ、意味がなかったとしても。
「……死ぬなよ」
今ここで返事をしたら、一緒に行ってしまいそうになるから、何も言わずに馬車を下りる。
馬が嘶き、馬車がゆっくりと加速し始める。つい名残惜しくて振り返れば、既に馬車は見えなくなっていた。
□□□
5から13部隊は全壊し、前線に残っている部隊は、1から4部隊まで。それも半壊状態だ。私は今日まで奇跡的に生き延びているが、1秒後に死んでいても何らおかしくなかった。前線に居てもやる事はなく、何か後方支援はできないかと疾走する日々。
魔王を倒すには不死身の弱点を暴かないといけない。正確に言えば、魔王を倒せなかったわけではない。ただ、何度魔石を破壊しても、時間が経てば再生してくるのだ。
繁栄のあった王都は今では盗人によって荒らされてしまっていたが、幸いなことに図書館は手付かずだった。さまざまな文書を漁り、ひたすらに情報を集めまくる。
「あった……これだ!!」
それは誰もが一度は読んだことあるおとぎ話の裏側のストーリーが描かれたもの。表向きは何の変哲もない、勇者が魔王を倒して世界が平和になるというお話。けれどその本には、今起きている事と近いことが描かれていた。
眉唾物かも知れない。それでも少しでも可能性があるならば、試さないと。
「よしっ!」
頰を叩く。
無理矢理鼓舞をして、準備を始めた。
□□□
魔王城に着いた。魔物や魔族は戦場に出ているおかげか、生き物の気配を感じない。
それでも最大限の注意を払って足を進めていく。強い魔法を持っていない私はただの下級魔族に見つかったら、一瞬で命を刈り取られてしまう。
最深部にたどり着くと子供が居た。魔王を小さくしたよう。
まだ成長途中なのか、剥き出し心臓に光り輝く物が見えた。あれが魔石。
「あぅ……?」
舌も成長しきっていない。呂律が回っていない。殺すことに罪悪感すら覚えてしまいそうなほどに、可愛らしい。
子供に合わせる様に首を傾げた瞬間、耳が弾け飛んだ。
「があっ、あああ゛!!」
痛みで思考が飛ぶ。
「きゃっきゃっ」
どんなに小さかろうが魔王は魔王。
「勇気……勇気……」
顔面ぐしゃぐしゃになりながら、立ち上がる。
「私は勇気の魔法使いだから……!!」
剣を持って走る。よちよちと歩いてくる魔王に、ただひたすらに心臓に突き刺すことだけを――。
「かはっ……あぐあ、あっ」
お腹に魔王の腕が突き刺さっていた。
「あう!!」
「可愛くな……」
■■■
数えるのも億劫な程に魔王の心臓を貫く。体が回復するまでの間、
永遠に続くこの時間。
一瞬でも気を抜けば死んでしまう。
みんなの希望となって、立ち続けないと。
本当のことを言えば、エレナが生きていればそれで良い。
いつから寝てないのかな。
ご飯は何時間前に食べたっけ。
お家に帰りたい。
「あれ?」
魔王が動かない。
蘇らない。
「勝った……?」
大歓声が身を包む。みんな血塗れで抱き合った。
早く、魔王を討ち滅ぼした事を伝えないと。
「エレナ」
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なんだか寒くなって来た。
ルークは今頃どうしてるだろう。
安全な所に行けてたらいいな。
ソフィアの役に立てたかな。
あぁ、やっと思い出した。
小さい頃に会ったことあるじゃん。
あんなに楽しく遊んだのに忘れてたなんて。
次にあったら忘れてた事を謝ろう。
そして昔の事を語り合ってもいいな。
早く会いたい。
「……ソフィ――
――約束を果たさないと