彼女達はヒトとは違った耳を持ち、尾があり、超人的な脚がある。
時に数奇で、時に輝かしい運命を辿るとされる神秘的な存在達。
ならば、本来受け継ぐ筈の名も、魂も無いならばどうなるのだろうか。
この世界に生まれた少女達の運命は、きっと誰にも分からない。
門出
四月。世間一般では学生達の卒業と入学、その他諸々を含めて出会いと別れの季節とも言われる時期。私達もその例に漏れず、今まで在学していた小学校を卒業した。
そして今日、私達はトレセン学園へ入学する為に実家を発つ。名残惜しくも思うが、今生の別れでもない上に距離もそんなに遠くない。余裕ができれば寂しがり屋な弟達に会いに行くぐらい、可能だろう。
「忘れ物は無し、制服も不備は無し。うん、準備は万端ね」
「私も準備OKだよ。あの子達どうする、起こす?」
さて、現在時刻は早朝の4時半。良い子はまだ寝ている時間で、私たちの弟達もまた例外なく眠っている。
尤も起きようと思っても、前日に行われた小学校卒業とトレセン学園入学を祝うパーティーでさんざん騒いで夜更かしをしていたので、厳しいだろう。
ちなみに前日開催を提案したのも、夜更かしをするように仕向けたのも私だった。何故かと言えば、私も姉も、弟達が好きなのだ。いざ出発の際にごねられて、平静で居られる自信がないという理由だ。
「自分で起きれないようにして、よく言う。ゆっくり寝かせてあげましょう、昨日たっぷりお別れの言葉は聞いたし十分でしょ?」
「それもそうね。父さんも深酒して起きれないだろうし、戸締まりだけ確りやって向かいますか」
ちなみに父さんも、私がそうなるように仕向けた。悪い人では無いのだが、むしろ良い人過ぎて偶に予想を超えた事をしてくる。早朝から車で送る程度で済めば良い方で、既に学費や制服、体操着に各種消耗品と出費しているのに入学祝いだとか言って道中でリクエストをしつこく聞いてくる可能性があった。気持ちは嬉しいが、姉さんは兎も角として私は期待に副える活躍が出来るか怪しいので勘弁願いたい。
実際の所、無事で居ればそれだけでも十分な気はするが、そこは私自身の気持ちの問題だった。なので前世でも趣味程度に嗜んでいたカクテルの知識を用いて、家にある酒でサプライズと称して先ずスレッジハンマーを振舞った。その後バラライカ、食後にプラチナブロンドと度数高めの物で攻め立てたのだ。元々洋酒を嗜む両親で助かった。結果として普段よりへべれけに酔っぱらった父さんが出来上がったが、チェイサーも挟んでいたので悪酔いはしてないはずだが起きてはこれまい。
「なんというか、ザーガって妙に用意周到よね? あの子達も、お父さんの事も。お別れは騒いで、出発は静かに行きたいって事かしら」
「そんなところ。でも、アヤベもあんまり大袈裟にされても困るでしょ? 七星や夏彦、最後まで『本当に行っちゃうの?』って顔してたし、いざ出発ってなったら……ね?」
「……確かに、それは困るわね。それで遅刻は、私も避けたいわ。説明が恥ずかしすぎるもの」
そう言って困った様に笑い、しかし耳と尻尾は満更でも無いとピコピコと嬉しそうに揺れる姉。そんな彼女を見て、自分の立ち位置は微妙であるがこういう時ばかりは役得だと思う。
とはいえ流石の私でも、出発の見送りが皆無というのは寂しいものだ。だからこそ手を出さなかった最後の人物が、私達の居る玄関に近づいてくる気配がした。
「おはようアヤベ、ザーガ。もう殆ど準備万端みたいね」
「おはよう、お母さん。ごめんね、お父さんやあの子達を任せちゃって」
「おはよう母さん、最後まで苦労かけちゃってごめん。もし弟達が想定以上に騒がしくなったら、数年後にはなるけど色付けたお年玉を送るから我慢させておいてよ。結構現金な所あるし」
苦笑を浮かべて声をかけて来た母さんに、二人してそんな言葉をかける。全くもって迷惑しかかけた覚えが無い、それこそ生まれるその瞬間からずっとだ。少なくとも私にとっては。
だが母さんは首を振って、気にするなと言外に示しつつ私に視線を向けた。何だろうと思って首を傾げれば、呆れたようにため息を吐かれた。どうした急に、解せぬ。
「それでザーガ、貴女本気でそのまま行くつもり? アヤベは諦めちゃったみたいだけど、流石に母親として、なによりトレセンOGとして見過ごせないわよ」
そう言って、母さんはカーディガンのポケットから小さな包みを取り出した。
しかし、そもそも何の話をされているのかも理解できていない私には、それが何かを察する事は出来なかった。
「アヤベはちゃんと年頃らしくお洒落はするのに、ザーガは最後まで無頓着。どうしてここまで差が出たのかしらね?」
「ああ、確かにそうよね。指摘するのに疲れて、見ないふりしてたけど……トレセン学園へ入学する以上は無視できないわよね」
「えっ、何、状況を理解できてないの私だけ? 味方は居ない感じ?」
じっとりとした見事なジト目を母さんから投げつけられ、かと思えば姉からもジト目を向けられた。もはや十数年前の記憶となっているが、アプリで見た覚えのあるアヤベの生ジト目だと喜ぶ暇も無い。
何故そんな視線を向けられているのか分からないのに、流石の精神年齢だけなら両親以上な私も平静では居られない。
「本当に興味が無いって分かる反応をありがとう、包みを開けて見なさい」
ジト目を止めて、ハッキリと諦めの籠った呆れ顔を浮かべた母さんに包みを手渡される。流石に傷付くぞと思いつつ、しかしこの中にこの話題の答えが入っていると考えて努めて冷静に開けていく。
そして、彼女達の表情と今までの会話の内容を確りと理解出来た。否、お洒落だとか無頓着だとか言われていた時点で察せなかった方がどうかしていた。
「これ、姉さんのと色違いの……イヤーカバーと、耳飾り?」
「実際のレースだとメイクなんかは現地のスタイリストさんがやってくれるけど、普段から耳飾りもメンコも付けずに居るのはウマ娘としてどうかと思われるからね。細やかな物だしザーガだけになっちゃったけど、私からの入学祝いよ」
「ザーガがお揃いのメンコを付けるの、私も嬉しいから最高のプレゼントよ。私からもありがとう、お母さん!」
尻尾を振って喜ぶ姉を余所に、私はそんなに耳飾りって大事かと困惑した。しかしすぐにアプリでもお洒落に無頓着そうなタキオンですら耳飾りを付け、シンデレラグレイでもオグリが母親からお洒落には気を遣うものとして耳飾りと別にカチューシャを送られていた事を思い出す。
確かにそれらを踏まえれば、この場合の私は異端も良い所だ。悪目立ちするし、年頃の乙女ばかりが集うトレセン学園ではそれとなく指摘を受ける可能性はある。
まして母さんはかつてトゥインクルシリーズで名の知れたウマ娘だ、その娘の片割れがとなれば母さんにまで迷惑が掛かる可能性すら出て来る。それでようやく、事の重大さに気付いた。
「……ありがとう、事の重大さを理解できてなかった。早速着けても良い?」
「理解してもらえたなら十分、そういう理解力は高いんだから今後はお洒落にも気を遣いなさい? あと着けるのは良いけど初めてで出来ないでしょ、私が着けてあげるからこっちにいらっしゃい」
耳が痛い。質素な私と対比になって姉が目立てば良いと、そんな安易な発想で意に介さずに居た。しかしそれは今までの話、これからは誰もが個を輝かせる場所へ行くのだ。対比なんて意味がない、むしろ評価の際に足を引っ張る邪魔物でしかないじゃないか。
とはいえ落ち込んでも居られない、学園で姉を支える以上、私は今まで以上にしっかりしなくては。
母さんに促されるまま、少し屈んで頭頂部にある耳を委ねる。母さんに耳を触らせるのも久しぶりだなと思い、待つ事十数秒。
手を放されて、終わったと声をかけられる。下駄箱横に取り付けられた姿見を見れば、今は同じトレセン制服に包まれた姉に似た姿。けれどその頭頂部には、姉とは違う色。
「……うん、悪くない。良い感じだよ、本当にありがとう母さん!」
白を基調に、青色の線が四芒星を象ったデザインのイヤーカバーを左耳に。両耳の付け根には同じく四芒星の耳飾り。
姉と同じデザイン。けれど色も位置も反転したようなそれを、耳をくるくると動かして着け心地を確かめながらそう伝える。
「貴女が尻尾まで揺らして喜んでくれるなら、甲斐があったわ。これで今度こそ本当に準備万端ね?」
それに頷いて答え、改めて自分の荷物を抱え直す。そのまま母さんに向いて、横目で姉を見る。同じ様にしてコチラを見ていた姉と目が合って、それを合図に私達は告げる。
「行ってきます!」
胸を張って、一時の別れを宣言する。私達は今日、新たな門出を向かえたのだから。
とりあえずザックリとした全体図と最序盤のプロット構成が固まって来たので、取り急ぎ更新。
タグにある通り独自解釈に加えてその解釈に基づいた設定や、呼び方が無いと不便な存在に対して名前を設定したりと色々やってます。序盤にシレっと出てる名前っぽいのは弟達の物ですし。この辺は必要に応じて纏めて公開しようと思いますが、ハーメルンの機能をまだちゃんと理解し切れてないので追々。
ちなみにザーガは転生してから十数年を少女として過ごしている為、一人称や口調は大分女性的に染まっています。お洒落には無頓着だったり、けれど少女として最低限の仕草は半ば自然と身に付いていたりとチグハグな状態がデフォです。
今後作中でも言及させるつもりですが、まぁ更新が遅くなるだろうなと思い予め明記しておきます。
また目次のあらすじですが、全体のコンセプトを整理する内に少々変質してしまったので若干の変更を致します。
そして最後に。頼む、続いてくれ。頼んだぞ未来のワイ