東京喰種re:chord   作:辰己

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「随分広いね」

 

 体感気温としては暑くも寒くもないが、長くいると腰の辺りがひんやりしてくる空気に満ちた空間。漂うRc細胞の匂いに、竜管の臭いで鼻が馬鹿になってる、と呟きながらきょろきょろと周囲を見渡していた伊鶴が芹杜の視線に気がついた。

 

「見覚えある?」

「旧24区じゃないか、と」

 

芹杜の産みの両親は双方共に喰種であり、旧24区の出身だった。元々に人間社会に適応してこなかった場所で育っているため、喰種の互助会に所属している。芹杜は両親と会うことはないがその場所については調べていた時期があり、何度か足を向けたこともある。約150年前の地下の王“ナァガラジ”は竜管よりも沈静化しており調査しやすいため、CCG時代から何度か実地訓練を兼ねた調査隊が組まれていると聞いている。24区の最深部であるそこへ降りるのは、竜戦後間もない頃ならともかく今となると特等クラスの権限が無ければほぼ不可能だ。

 

「出口とか分からない?」

「何処も同じような構造になっているから特定は無理だ」

「でも初めての報告になるんじゃない?竜管が旧24区と繋がってるなんて…竜管が地下で想定以上に伸びてるの?」

「だとしてもあのループとしか言いようがないものに説明がつかない」

 

竜の出現で吹き飛ばされた範囲の地下にも24区と呼ばれる地下通路は存在したが、そのほとんどが竜管に貫かれる形で壊れており、もし残っていても今伊鶴達が歩いているような綺麗な形では残っていないはずだった。

 

「シェルは何が気になってるの?」

「うん?いや、少しね…」

 

昇ってきた床の穴の周辺を見分していた志選に伊鶴が問いかけると、志選は何を血迷ったか自分の甲赫で削ぎ取った壁の肉切れをぱくりと口に含んだ。

 

「何してんだ」

「ペッてしな」

 

ドン引きする二人を他所に、舌の上で何度か転がしてからハンカチに上品に吐き出して見解…味解?を述べる。

 

「繋がってる、あるいは一部が同化し始めたのかもしれないね。

最初にこの下へ落ちた時に口に入った液体は竜管の壁が溶けたものだった。繋がっているとはいえこの肉片はどちらかといえば旧24区の壁であるはず。

元になった喰種が和修の系列だからか似ているけれど、別の個体なのが分かるよ」

「何も食べなくても…」

「テイスティングはいつでも未知へのチャレンジなのだとお祖父様が言っていたよ」

「赤ん坊か?」

 

竜管から旧24区に出ても結局地上へすぐに上がれる場所ではない。しかし十分な酸素の流れといい剥がれ落ちたコンクリートで塞がっていないことといい、定期的に人だか喰種だかが出入りしているのはまず間違いない。竜管よりも空気の流れが読みやすいため、辛抱強く歩けば出られるだろう。

 

「出たら食事にでも行こう。僕のお勧めの店があるんだ、パスタなのだけれど」

「行く。

まぁ、落ちたのが私らだけで幸いだったと思ったよ」

「全くだ」

 

喰種であれば最悪竜管でも旧24区でも食料を得る手段が存在する。壁喰いは続けると危険とされているが、ごく少量でもRc細胞を含むため何も食べないよりもマシだ。Rcl調整食品の腹持ちは人肉には劣るが、それでも喰種なら三日は普通に活動できる。ここにただの人間がいたら、戦闘力以前に飢え死にするだろう。

 

 

 空気の流れに沿って歩くうちに、地下道が下水道に近い構造に変化した。踵を鳴らして反響で頭上を確認した伊鶴が天井を仰ぐと、半ばから朽ちた鉄の梯子とマンホールの蓋の穴から光が漏れているのが見えた。

 

「周囲に気配はない」

「じゃあ吹っ飛ばしていいね」

 

赫子を形状変化させたものを飛ばしてマンホールの蓋を吹き飛ばす。跳躍して張り付いた縦穴の壁を蹴って穴を登りきった伊鶴が周囲を確認する。

飲食店の裏のようで、カレーの香りが排気口から吹き出して路地を満たしていた。

 

「安全良し。作戦開始から3時間ちょっと…お昼頃か」

 

二人が上ってくるのを待つ間、大きく深呼吸をして鼻腔どころか口内と喉にも張り付きそうだったRc細胞の匂いをカレーのスパイスで洗い流す。

 

「グリーンカレー食べたい…」

 

スパイスに刺激された魂から溢れた呟きを最後に登ってきた芹杜が拾う。

 

「パスタはどうした」

「無理、もう完全にカレーの口になった」

「カレーもまた美味だからね。

僕は本格的なものがやはり一番かな」

 

とにかくRc細胞液に濡れた隊服を着替えてシャワーを浴びなければ始まらない、と路地を抜けて通りへ出た。汚れの目立つ上着は汚れた外を内側に丸めて隠しているため、黒づくめではあるがそこまで違和感があるものではない。

 平日の昼過ぎらしく昼食のために出歩く大学生、立ち話に花を咲かせる主婦達、日差しに吹き出す汗をハンカチで押さえながら外回りに勤しむ勤め人。

何一つ不自然ではないありきたりな日常の昼間だが、違和感を覚えたのは標識にある4区の文字を確認した時だった。

 

「4区、こんな街並みだったっけ?」

 

どうにも見覚えがない、と首をひねる伊鶴が振り返ると、芹杜は通りの先をじっと見つめていた視線をゆっくり逸らし、小さく呟いた。

 

「視線は向けるな。

前方30m先、白コートに大きな鞄上のケースを持った男が二人」

「…CCGの制服みたいな?」

「あぁ」

「ふむ…周囲の一般人が違和感を感じているという様子はないね。

とりあえずコンビニにでも行こう」

「そうね、立ちっぱなしも不自然だし」

 

足速にコンビニに入るとレトロな入店メロディが流れる。記憶が確かなら、旧メロディではないだろうか。

芹杜が値引きシールの貼られたおにぎりを手に取り、賞味期限に視線を落とす。

 そこには12.11.06.午後2時の活字が印刷されていた。

 

 

 

 

 

 

 

 




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