二回、三回と文字列を読み直して、伊鶴は志選の、志選は芹杜の、芹杜は伊鶴の口を掌で素早く押さえた。
叫びそうになったお互いの口を塞ぎ、視線だけで頷き合う。
「明太マヨ、なさそうだな」
「そうだね。別のとこ行こっか」
「仕方ないね」
おにぎりを戻して早急に店を出、しばらく歩いたところで不自然でない流れで住宅街の路地へと入る。周囲に人の気配がないことを入念に確認してから伊鶴ががくりと膝を折った。芹杜は塀に片手をついて項垂れ、志選は腕組みをして手を顎の下に添えて空を仰ぐ。
「11月6日なだけでもおかしいのに2012年なんだけど⁇」
「俺達がいたのは2058年12月9日だから…46年と一ヶ月、だな」
「うーん、バックトゥーザフューチャーかい?」
真っ先に確かめたくなるスマホもタブレットも、通信機器は全て竜管からの落下の際に落としたのか手元にない。あるのはコウモリ[1/3]一つと学生証、コウモリの中にしまってあった採取器具が幾つか、あとは着の身着のままだ。
半世紀近くも前に戻ったのだ、学生証と連動させている電子マネーも意味も持たないだろう。無一文でもただの人間ならまだ良かった、記憶喪失を装って警察のお世話になることもできる。ただこの三人、喰種と半喰種なのだ。戸籍のない者=ほぼ間違いなく喰種と認識されてしまう。
それに2012年といえば、
「待て。エトのコクリアの襲撃は12月20日…だよな」
芹杜の発言で研究室に隔離しているエトのことを思い出し、一瞬青褪める。
「あっ、そうだエトさん。
まぁ、暴れたとしてもシェルター壊し切る前にエネルギー切れ起こすから大丈夫…だよね?」
「イヅルとセリトが暴れても壊れなかったんだからノンプロブレムだよ」
「そもそもタイムスリップ中に時間は進むのか」
真面目に首を捻る芹杜に伊鶴が苦笑いを浮かべて言う。
「SFはあんまり読まないけど…元の時間に戻るパターンと戻れなくて消えるパターンがあるよね」
「今の、フラグにならないと良いんだけれど」
志選の突っ込みに真顔に戻って首を振った。
「今の無しで。
とりあえず身の振り方は決めないと。情報が集められなきゃ、帰れるかどうかすら予測できない」
「拠点はさっきの地下でいい。
金は、この時代ならまだ履歴書無しでいけるところがあるだろ」
問題は、と呟いた伊鶴と芹杜は顔を見合わせながら志選の顔を見つめた。
「どこから見ても血縁関係を主張して止まない月山フェイスの志選よね…」
「月山財閥が現役だからな…」
「僕がお祖父様似の紅顔の美少年なばかりに」
「自分で言っちゃう?」
自分よりやや高い位置にある志選の頭を軽く手でしばき、ため息混じりに立てた二本の指のうち一本は確定として伸ばしたままにし、もう一本を曲げ伸ばししながら思案する。
「あとは人間として財源の確保と並行して、喰種側を調べるかどうか。
縄張り争いがある以上新参者が姿を見せれば交戦は避けられない。本来いなかった異物との関わりがどう影響するかが全く読めなくなる。
TSCは発足してもらわないと困るからね」
人間と喰種の融和が進まなければ伊鶴と志選は生まれて来ないし、芹杜は生きていない。当たり前のように享受してきた生活は、この時代の夥しい犠牲の上に成り立ったのだ。
過去が変われば未来は変わる可能性がある。過去へ来てしまった場合の理論上の最適解が、全てのことに関わりを持たない、であることは数々のSF物で語られてきた。
額を突き合わせて話し合う三人はまだ理解していない。
______平和の礎となった時代の正義の残酷さを、危うさを。喰種が人を狩って喰らい、喰種が害獣として狩られる世界の一端を。