三日後、20区の喫茶店“あんていく”へ足を向けることを決めたのには、当時一番安全な喰種の寄合所となっていたから以外にも理由がある。端的に言えば三人は浮き足立っていたのだ。
志選は母方の祖父である金木研に会ったことがなかったし、祖母の金木董香___旧姓霧島___の若い頃の姿を一目見られるのであれば見てみたかった。
伊鶴は影法師現象の研究をしているため、竜の核となる金木研に関心があった。
芹杜は特にあんていくのメンバーに興味はなかったがいずれ喰種側の情報も必要になる時がくると考えると、何処でこちらの情報をばら撒くか分からない無所属の喰種や血の気の多い集団に関わるよりはまだマシだと思って監督役のつもりでついてきた。いつもは志選の奇行が目立っているように感じるが、伊鶴だって研究に関しては暴走機関車一歩手前なのだ。本人は認めていないから言い聞かせても意味はない。
ともかく三人は揃いも揃って浮かれていた。何せあんていくは新撰組ファンにおける新撰組屯所に等しい聖地である。珈琲の味を継いでいるのは志選の祖母と大叔母だけで、それでも店長のオリジナルブレンドは完全再現とまではいかなかった。
食欲と知識欲に欲求を振られている三人のストッパーをしていたクラスメイトはここにはおらず、最後の砦の宇井校長はまだこの時代は準特等としてクインケを振り回している。
店内に入る前に志選にもう一度念を押す。
「香水とマスクは取るなよ」
「ウィ!」
喰種の鼻を欺くために体臭を強めの香水で誤魔化し、髪型とマスクで顔立ちを隠せるだけ隠した。服は数百円で叩き売りされていた古着を使っているから人間の匂いがしっかり染み付いている。
そもそも人を喰らったことのない三人から人の血の匂いなどするはずもなく、喰種の嗅覚でも同族だと見抜くのは不可能に近い。エトが例外なのだ、三人の対策が甘かったわけではない。
ただ、この時代においてもう一人居る例外が来店中だったのは完全に想定外だった。
「いらっしゃいませ、三名様ですね。空いているお席へどうぞ」
案内をしてくれた眼帯の青年へ会釈を返し、あからさまにそわつき始めた志選の肩を芹杜が肘でどついた。三人掛けのテーブル席に腰を落ち着けてメニュー表を囲む。お互いの顔を見るふりをして店内をちらちらと確認する。時間帯もあってかそこまで混んでいない。
「よしむらの炭火焼ぶれんど」
「アイスキャラメルラテ」
「最初の一杯はやはり王道なのでは?
オリジナル」
「フードは?」
ホットサンドが気になる、とメニューをつつく伊鶴の指を芹杜が弾く。
「お前はいい加減大食いの自覚を持て」
喫茶店で食事なんてした日には財布が哀れなほどに痩せ細るのが目に見えている。今財布の中にあるのは賄い付きの日雇いで手に入れた3万のうちの1万ちょっとなのだ。古着屋とセール籠から探したとはいえ、三人分の衣服を一式揃えるにはやはりそれなりの金がかかった。
アカデミーの訓練生は基本的におかわり自由の学食が利用でき、訓練で赫子を使用する時にRc細胞を蓄えるためのRcl調整食品の融通もしてもらえる。元の時代なら使った分のRc細胞はRcl調整食品との混合食で補えていたが、2012年にそんなものはない。
ただでさえ伊鶴は調子に乗った無駄な動きが多いからかよく食べる方であるというのに、地下からの脱出の時に使ったRc細胞の回復がまだ心許ないから量を食べたがる。なるべくCalを摂って変換してはいるが、基本的に半喰種は食欲旺盛なのだ。
「燃費悪いんだもん」
「砂糖でいいか?」
「Calだけで解決しようとするの止めよ?」
「注文を。
オリジナルブレンド、よしむらの炭火焼ブレンド、アイスキャラメルラテ。以上で」
話が横道に逸れた二人を他所に、通りかかった店員の青年を呼び注文を終えた志選がメニューを片付けた。伊達眼鏡越しに視線を注ぎ、マスクをずり下げる。
「君たちが一番五月蝿いよね」
「イエッサ」
「ん」
先程どつかれた恨みで卓上に置かれたまま握り締められた拳は、二人揃って見なかったことにした。
設定補足
2058年文明においての世間に周知されている認識としては、
半人間→味覚は完全に人間で人間の食事で充分。寿命は適切な治療を受ければ最長で70歳ほど。世代を重ねて人間または喰種のどちらかに近づくほど寿命は安定し、体質はそれぞれの種に寄っていく。投薬と移植で喰種に寄せることで寿命を伸ばしている。普通の人間の料理を食べられ、喰種(または半喰種)の子を妊娠中はRcl調整食品でRc細胞を補給する。
半喰種→Rc細胞の制御ができないものは味覚が喰種だが、人間の食事からでも栄養が取れる(Rc細胞を自己生成できる)。寿命のデメリットはないが、純喰種よりも燃費が悪く大食いな傾向があり、Rc値が高いほどその傾向は強くなる。Rc細胞の制御は生まれつきできる者と習得する者の二種類だが数は少ない。Rcl調整食品を主に食べる。
喰種→Rc細胞の摂取が不可欠であり、味覚を人間に合わせられるほどのRc細胞の制御は難しい。人肉なら百グラム程度で半月持つ燃費の良さ。赫子を出さなければRcl調整食品でも一食で三日は平気。吸収を抑える胃薬を飲めば人間の食事も取れるが栄養にはならないためRcl調整食品を食べる。
志選は半喰種同士の混血の半喰種で後天的にRc細胞の制御を会得、伊鶴は半人間の家系に生まれた父親が喰種と推測される半喰種で先天的にRc細胞の制御が可能、芹杜は純粋な喰種だが半喰種の赫包を移植された影響でRc細胞の制御ができている、となります。