じわじわとですが更新はします
不定期ですので期待せずにふっと思いついた時にだけ見てやってください
穏やかに流れる時間を忘れ、珈琲をまったりと味わっていた三人がふと時計を見ると、もう四時を過ぎていた。店内に残っている客は伊鶴達三人と常連らしい老人と、店長と話込んでいるご近所の主婦と思われる女性だけだった。
「そろそろ帰ろうか」
「うん」
注文票を手に取ったところで店の二階から降りてきた中学生ほどの少女と目が合う。年下へのファンサに慣れている伊鶴が軽く微笑んでひらりと手を振ると、人見知りだったのか、眼帯の店員の背に隠れてしまった。
「可愛い〜」
「逃げられてやがる」
「うっさい」
店主と話していた主婦らしい女性も後から降りてきた。母娘だった彼女達に会計を先に譲り、三人の会計がはじまったところでふいと伊鶴がテナントの外を見やる。時化た空気の匂いは雨が降る寸前のそれだった。
「あら、本当に降り出しそうね」
母娘は傘を持っていない。伊鶴達も傘はないが、風避けのために着てきたウィンドブレーカーを頭から被れば全身ずぶ濡れは避けられるだろう。母娘に店の傘を貸している横を抜けて帰ろうとした伊鶴を、店長が呼び止める。
「見かけない子達だけど、家は遠いのかな?三人では狭いかもしれないけど傘を貸せるよ」
人の良さげな好々爺の笑みに微笑み返して礼を言う。
「いいんですか?ありがとうございます。
遠くはないんですけど、結構降るかもしれないのでお借りしてもいいですか?」
「勿論。大きいのがあったからそれを貸そう」
「明日返しにきます」
「晴れたらでいいよ」
店の前で別れる直前まで、少女はちらちらと三人を代わる代わる見ていた。
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三人は息を詰まらせ、目前の光景を見つめるしかなかった。前方には旧CCGの白コートを着た男が二人、捜査官と名乗っていた。後方にはスーツだが、こちらも捜査官らしき男が二人。一般人の人通りもそれなりにあるなかで、こんなふうに喰種捜査が行われるとは。
知らなかった、知らなかった!彼女たちが“そう”だなんて。
「ヒナミ………」
母親に抱きしめられた少女____ヒナミが呆然と目を見開く。
「逃げて」
眼球模様が花開く。
「______っ‼︎」
喉を引き攣らせた志選の口を芹杜が背後から両手でしっかりと覆い、言葉を飲み込ませた。伊鶴も志選の腕を爪が食い込むほどに掴み、自分の口も押さえて短くヒッヒッと息を吸う。傘で顔を隠しながらも三人の目を釘付けていたのは、
「_____フエグチ、弐」
娘を庇う母親の腰から広がった、膨らみのある蛾の羽に似た赫子。
三人はそれを知っていた。見覚えがあった。
竜戦後に遺族に返されたのちにアカデミーに寄贈され、もう実戦には出せないものの、三人も何度も目にしたことがある甲赫のクインケ。その元となったのは志選の大叔母の母だと聞いている。
あの笛口雛実がまだローティーンの頃、最後の肉親である母を殺したのちにその赫包で制作された、唯一の形見となったそれ。
それが今、いまだ人の姿で娘を守るべく、牙を剥いていた。
「行きなさい!」
必死の母の声に突き動かされるように駆け出したヒナミは、少し躊躇ってから三人の横を走り抜け、路地に消えた。
「早く退がれ、その娘も喰種だ!」
クインケを取り出し構えた捜査官の男が叫んだ声も理解できず、身を硬ばらせたまま立ち竦んでいた。真っ白になった頭の中で警鐘が痛いほどに鳴っている。
クインケだ
誰に向けている?
なんのために?
殺そうとしている?
殺す?
何で?
どうして?
どうして、そんな、殺すなんて、
一番初めに答えを出せたのは、喰種の芹杜だった。
「喰種だから、だ」
喰種も人間も同じヒト、
伊鶴が、芹杜が、志選が、人を喰らう竜遺児を害敵として調べ狩るように、喰種捜査官は喰種を狩る。
喰種が人を、喰らうが故に。
知識では理解していた。歴史では知っていた。
けれども、今はこれが現在で逃れようのない現実なのだと、やっと、分かってしまった。