第一TSCアカデミー、本校舎学長室の床に正座をする三人の少年少女の前にはそれぞれ二〇枚の直筆反省文_____ではなく、反省文用のプリントに隅から隅までびっしりと記入された、再招集の原因である報告書が置かれている。
カツンカツンと硬いものがぶつかる軽い音が反響し、その無言の威圧にじりじりと三人の身が縮まっていくようである。
ボールペンでデスクを小突いていた宇井は、入室するが早いか自主的に正座をした三人にどう説教をすべきか考えあぐねていた。
何せこの三人、やらかすことは多いものの基本的に優秀であり訓練にも学問にも意欲的な模範生なのだ。報告書が書き終わっていないからと逃亡することは多いが後から完璧なものを上げてくる。
が、校長として説教の一つ二つしなければ対応したとはいえないため罪状を読み上げることから始めることにした。
「昨日の呼び出しは竜管を通じたコクリア地下への侵入だったな。で、出してきたこれは反省文か?」
「報告書です」
「許可は取りました」
「引率もいました。法には触れてません」
「記録上はな‼︎ギリッギリ触れてないよな。
しかしあれを引率付きとは呼んでたまるか馬鹿ども。同行した郷田上等保安官の指示も聞かずにズカズカ進んだ挙句申告した経路とは違う道に進み…」
「迷子です」
しれっと反論してくる少女を睨みつける。
「探知系の羽赫持ちが何を言う。コクリア跡地地下へ侵入、あろうことか掘り返すだと?」
「まだ掘ってません、未遂です」
アサガオの花のように開き高度な空間認識を可能とする羽赫を持つ半喰種の少女、香戸伊鶴。喰種の両親から生まれるものの赫包が生まれつき欠損しており、香戸の赫包を移植されることで通常の生活を送っている日述芹杜。共同戦線初代代表月山習の孫息子であり月山家の令息、月山志選。これ以上ない探索向きの二人と、いざとなれば甲赫で強制突破が可能な一人の組み合わせで迷子などあり得ない。
「何を掘り出すつもりだった?コクリア地下なら有馬貴将の遺体か、“梟”のクインケか。とっくに竜に吸収されているに決まっているだろう。
まぁ現在の正確な地図とRc値の測定結果…それから閉塞卵管の発見は成果と呼べる。保安官になってから正式に調査班に移動願いを出せ。
反省文の書き直しはもういい。
謹慎…させるとまた研究に没頭し始めるだろうから放課後に用を申しつけることにする。
授業に行きなさい」
宇井が退室を促すと、青紫の髪の少年___志選が右手を挙げて発言した。
「もう少しお時間を頂けますか学長」
「何だ、月山二等」
「情報漏洩を危惧し先日の報告書には記載しなかったのですが、コクリアの地下でSSレート半赫者【オウル】らしきものを発見しました」
宇井の目が見開かれるのを確認し、ここからが本題だとばかりに志選が取り出したデータチップを受け取った芹杜がタブレットに入れ起動させる。
「オウル、だと?」
「はい。半分ほど取り込まれていましたが現在も僅かに奥へ真っ直ぐ潜るような動きをしていました。こちらが採取した細胞とTSCが保存しているオウルの情報の称号結果です。やや変質していますが同一人物だと考えて間違いないかと。
オウルは同一の赫子を使用したクインケ“梟”に向かっていると推測し香戸一等訓練生と日述一等訓練生が探知したところ、その地点から116mから118mの辺りに閉塞卵管らしき空間がありました。竜戦での地盤沈下から計算すると、丁度祖父母から聞いた処分場の前の“花畑”があった空間だと考えられます」
「…………」
「さらにもう一つ。潜っている間に討伐した竜遺児の遺伝子配列にほぼ一致する人物が出ました。四十三年前にコクリアで死んだ喰種です。
顔の照合はまだですがおそらく酷似するものと。
侵入してきた者に喰らいつく程度の命令しか与えられていないようでした。しかし、言葉を発していました」
「言語を解する竜遺児だと、何故それを先に報告しない‼︎郷田上等保安官も、」
怒りの滲む悲鳴に伊鶴が付け加える。
「人間の聴覚ではまず聞き取れない大きさだったし、言語というより前後の脈絡のない記憶の反芻に近かった。
交戦、討伐した9体の竜遺児は“全て同じ遺伝子情報”を持ってたわ」
一呼吸間を置き、図書館から引っ張ってきた竜遺児の進化過程をまとめたファイルを軽く叩いて締め括った。
「おそらく竜遺児は、竜が喰らったヒトの情報を少しずつ反映…コピーペーストすることで短期間で進化を遂げてる。今は劣化品でも最悪の場合、完全な肉持つ死者の影法師が生み出される可能性がある。それこそ何体もね」
「まさか_________旧多の言った蘇りというのは!いや、しかしそんな……」
「宇井ガクチョーは、私たちが勝てると思う?喰種の再生能力と筋力を持った有馬貴将に。記憶が完全じゃなくても身体能力の再現と量産はそう難しくないはずだよ」
こてりと首を倒して付け加えられた説明に項垂れる。
「…無理だ。勝てるわけがない」
「ですよね。以上のことからコクリア地下付近閉塞卵管への正式な調査隊の派遣と早期の竜遺児討伐を要請します。
訓練生の立場ならまず学長に話を通すのが早いでしょう?」
いくら優秀とはいえただの訓練生個人に発言権はないに等しい。人と共存できなかった純種の喰種の両親から生まれ、先天性赫包欠損により栄養を溜め込めないためTSC本部の前に置いて行かれた芹杜、身内は老いた祖母と入院中の母のみで父親はバンクを使っていたため不明という伊鶴にコネクションはない。志選は明確な根拠を示した上で両親を説得すれば議題の一つに挙げてもらえる可能性があるがそれでは遅い。
しかし訓練生のやらかしたことなら再発を防ぐという名目で迅速に調査が入れられる。
「関連の報告書とデータがこちらです」
だから完璧な報告書の完成のために逃亡し、反省文にカモフラージュの報告書を書き連ねたのだ。初めから宇井を確実に動かすためだけの逃亡だった。
未だ全て解明されていない竜の最深部から吐き出されているであろう進化した竜遺児の討伐、オウルと未稼働の閉塞卵管の発見、竜遺児進化の根幹の解明に踏み込む調査結果。
危険地区で念入りに採取、調査してきた記録は値千金以上の価値をもたらした。
一つ前の成果である来年度から卵管付近に完備される予定の、竜遺児に感知されないRc抑制剤地雷の開発を上回る。間違いなく名誉なことであり、訓練生の独断でさえなければ準特等保安官への昇格さえ一考される案件だ。
しかしあまりにも、
___________彼らは急いている。
緊急性の高い案件に気がついてしまったから?それにしたって卒業までのあと一年が待てないほどのものでもない。
早く確実な結果を出そうと躍起になっているようにも見受けられた。
「お前たちは、どうしてそこまで急ぐ。大人は、其れ程までに頼りないか」
平和になったはずなのだ。少なくとも宇井が青年期から成人期の始めを過ごした時代とは比べ物にならないほど平穏だ。人材が潤沢とは言い難いものの、未成年を捜査官として登用し手柄を焦らせることはせずに済んでいる。
何がそこまで子供達を焦らせているのか、宇井には分からなかった。思い当たるのは娘を産んで以来入院中だという伊鶴の母親くらいのものだが、国からの補助とTSCからの補助金があるため治療が中断されるほどではないはずだ。
「ガクチョーはさ、」
黒に近いダークブロンドの前髪を指に絡ませ伊鶴は呟く。
「自分が何なのかって考えたことない?」
「敬語を使え。
自分が何者なのかなんて、何度も考えた。“自分は一体何をしているんだろう”、なんて絶望したことは数えきれないな」
敬愛した上司にも、愛おしかった同僚にも選ばれなかった過去に何度歯噛みしたことか。
「いや、そういうのじゃなくてもっと生物的に。
どういう経緯で生まれた生命体なのか、みたいな」
「人類学と喰種学なら研究室に行くべきだと思うが?」
「うん、まぁそうなんですけど。
ほら、私って父親分かんないじゃないですか。母さんが短命な祖父に孫を抱かせるためにバンク使って産んだのが私ですし」
香戸伊鶴の祖父は伊丙系の半人間であり、人間の祖母との間に伊鶴の母を設けている。その子である伊鶴は羽赫の半喰種だ。
「バンクの記録に不備があったか、凍結の際に入れ替わったか、先祖返りかだと推測されているそうだな。しかし混血の珍しくない今ではそう目立ったものでは…」
「センチメンタルなお年頃なんですよ」
「それと竜管探索に何の関係がある」
「竜遺児なんてものがポコポコ生まれるあれを解明できたら、自分が何なのか分かるんじゃないか____________なぁんて。
机上の空論にも劣る御伽噺です」
曖昧に締めくくると、にこりと微笑み肩をすくめる。
「とにかく、この報告書は本部に持っていく。暫くは内密の案件になるからくれぐれも他言は無用だ」
「はぁい」
「ウィ!弁えているとも」
「分かりました」
勿論!と言わんばかりの元気な返事に嫌な予感を覚え、さらに念を押して畳み掛ける。
「頼むから大人しくしていてくれ、データのコピーもするな。
調査班に推薦くらいはしてやるから勝手に動くなよ。
以上。一限に遅れずに教室に戻るように」
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「___うん、今学校終わったとこ。今日セリと一緒に行っていい?
はぁい、お土産持ってく。
じゃ後でね。
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ちょっと詰め詰め…小説難しい…