東京喰種re:chord   作:辰己

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 翌日の午後1時、東京都23区某駅前の喫茶店のテラス席に伊鶴は腰を落ち着けていた。月と眼球模様が持ち手にあしらわれたこの店特注のカップを傾け、のんびりとブレンドコーヒーを味わう姿はベリーショートのヘアスタイルと切り揃えられた前髪も相まってかの映画女優のようだ。細い三つ編みをカチューシャ代わりに巻きつけたこめかみには一輪のリンドウのヘアピンが刺さっている。

穏やかに流れるシューベルトの菩提樹とともに吹く北風は、日向なこともあり涼しく感じられた。

土曜日のお昼というのは午前授業の終わった制服姿の高校生や子ども連れの家族、恋人、友人同士で大層賑わっている。

 

人間、人間、喰種、半喰種、人間、半人間、喰種、人間、半喰種_______

 

一瞥するだけで匂う混じり続ける血。

娯楽としての食が増え、完全に同じものだけを食して生きることは叶わずとも飢えることのない飽食を主張するような賑やかな街並みが新しい種族の誕生を寿ぐ。TSC発足から数十年の月日が流れ、ヒト喰いの悪夢は過去になり、敵性喰種の情報を求める張り紙が風化したこの時世で人間と喰種はヒトとして手を取り合い竜遺児の殲滅を掲げている。

事実、第二世代と呼ばれる伊鶴たちの両親の世代から伊鶴たちの第三世代は半喰種、半人間が激増した。元々が奇跡の産物だったものが“食料”の開発で現実味を帯びたのだ。

西尾貴未博士やその後継達の奮闘が実を結んだ結果、和修が白日庭で作り出し送り込んできたよりもはるかに多い半人間と半喰種がアカデミーの門を叩くことになり、去年度の保安官の殉職率は1.42%を切った。他国からの亡命や犯罪組織の流入は警察との合同捜査になるためそちらの死亡率の方が高いくらいだ。

 なんと素晴らしい時代でしょう、と手放しに公言するには時間が足りていないにしても現状は平和である。

なおブレンドコーヒーと一緒に頼んだベイク・ド・ショコラケーキは志選がお勧めするだけあって人気なようでもう少しかかるらしい。

 

此処に幸あり(Hier findst du deine Ruh’!)、か」

 

街を行く母が手を繋いだ娘のマフラーを巻き直すために立ち止まり、微笑みかけてまた立ち上がる。それをぼんやり頬杖をついて眺めながら伊鶴は軽く目を閉じた。

 

「待ち合わせですか、お嬢さん」

 

その背中に少年のような、低くなりきらない柔らかな声がかけられる。

驚いてカチャンと無作法にカップをソーサーに降ろして振り返れば、杖をついた白髪混じりの初老____にはとても見えない男性が立っていた。

 

「いえ、一人です。貴方こそ待ち合わせですか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

鈴屋(すずや)竜将」

「ふふふ、元ですよ。今日はお墓参りでしたから。ごめんなさい、君が一人なのは珍しいなぁと思ったもので」

 

言われてみれば花の匂いが微かにするな、と思い至れば微笑ましいものを見るような視線をおくられ、きょとんと首を傾げて聞き返す。

 

「珍しい、でしょうか」

「本部でも三人のことはしょっちゅう噂になってますよ、宇井学長の愚痴の長いことと言ったらもう」

「ははは…もしかして竜将直々のお説教だったりは…」

 

流石に休日まで、しかも全保安官の尊敬を集め続ける鈴屋竜将に叱られるのは嫌なものがある。宇井学長?学長にはしょっちゅう怒られ済みなので今更ノーカンである。

上目遣いに様子を伺えば、目元に皺を寄せて笑われる。

 

「しませんよ、僕も今日はオフなので。でも、大人を頼らないのはわるい子ですねぇ」

「はぁい。

あ、よかったらこちらの席どうぞ」

「お邪魔しますよ。あぁくたびれた」

 

義足と杖の音をぎぃ、と鳴らして向かいに腰掛けた鈴屋の方へ軽く体を向け、耳を傾ける。

 

「昨日の会議が白熱して寝不足なんですよね。現場からも研究畑からも引っ張ってきての検証祭りでした」

「丸投げさせていただきました…というか、竜将も対策会議出てるんですね。前線から下がって長いでしょう」

「失礼な。出ますよ、そりゃ。

まぁ今年度で定年なので僕の関わる最後の仕事になりそうですが」

 

隠居まで秒読みですね、と頬杖をつく鈴屋は御歳六十五歳のはずだが小柄な体躯に元々の痩せ型もあって40手前がいいところだ。写真写りが異様に変わらないタイプである。

 

「そっちこそお母さんのお加減はどうです?」

「相も変わらずです。新しい竜細胞抑制剤でも細胞の自食現象を抑え切るには足りないみたいで点滴生活ですよ」

 

伊鶴の母は伊鶴を妊娠中から18年以上に渡って入院している。細胞が自食し合う、Rc細胞の自己治癒能力を持ってしても完治不可能な竜細胞由来と思わしき…まぁ原因不明の病だ。3年前からは記憶の欠落も見られ始めた。

 

「お喋りはしていますか」

「まぁ色々と…もっぱら日述や月山と馬鹿やった話をしてますね。最近は私が夕乍(ゆさ)竜将に似てきたってそればっかりで。母さん世代が小さい頃のTSC最強格の一人ですし、ファンなんだそうです」

 

父親が白日庭の伊丙の血筋なため一応親戚ではあるものの、今だに雲の上の人だ。とうに亡くなっているが母は変わらずファンのままである。しかも暗い濃紺の髪くらいしか似ていないので明らかな身内贔屓だ。

給仕されたケーキを受け取り、焼きたてのじゅわりと溶けたバターとチョコレート、添えられた生クリームに思わず「ほえぇ」と感嘆のため息をもらす。

 

「確かに似てますね」

「それを言ったら白日庭にルーツを持つ子は全員似てますよ」

「まぁ彼は君ほどじゃじゃ馬じゃなかったですが。

どっちかっていうと伊丙上等に似てますよ貴女」

「祖父が伊丙出身なので血縁的にはそっちの方が近いですね」

 

はふはふとケーキを頬張り舌鼓を打つ。

外はザクほろ、中はとろじゅわ、熱々のビターチョコレートに硬めの生クリームがよく合う。隠し味はブランデーとシナモンジンジャーだろう、寒い時期にぴったりだ。ブランデーは添えられたラズベリーと同じラズベリーブランデーだろう。流石は志選監修のお勧めだけはある完成度だ。

飲み下し、珈琲でラズベリーの甘酸っぱさを洗い流してから鈴屋に問う。

 

「竜将こそ、お墓参りは篠原元特等のところですか?」

「はい。お盆に行けなくていつにしようか考えていたら末のお孫さんに誘われたので」

「あぁ、篠原(あきら)…」

「そういえば同級生ですか」

「同じクラスですね。チキチキ捕縛RTA with学長を繰り広げたばかりです」

「僕が歳を取るわけですねぇ」

 

くすくすと笑う鈴屋はしみじみと呟きながらもどこか嬉しそうだった。

 

「歳取るのって不思議な感じとかします?」

「そうですねぇ、30代後半くらいからは僕を引き受けてくれた時の篠原さんと同じくらいかと思うと感慨深かったですし。

こんな風だったのかなぁなんて感傷的になりがちだと不思議な気もしますが、悪い気はしません」

 

立ち上がると「ついでに」と声を潜める。

 

「再調査は一週間後です、遺書の更新を忘れずに。

あと西尾博士が調査に使ったクインケのデータが欲しいと言っていたので月曜日にでも持っていってあげてください」

 

調査に使ったクインケは探知に長けた羽赫である伊鶴の赫包から自作したものであり、蝙蝠傘に似た見た目から安直にコウモリ[1/3]と呼んでいる。

 

「了解です」

「それでは良い休日を〜」

 

立ち去る背中を眺め続けるのも気まずいので珈琲を啜りながら予定を立てる。

全休のつもりだったが、月曜にラボに持っていくのなら夕方から整備を始めなくては間に合わない。予定が詰まったにも関わらずケーキの残りを口に詰め込む手は軽い。

やっぱり忙しい方が自分は性に合ってるな、と冷めた珈琲を飲み干した。

 

 

 

 




什造の「わるい子」発言はビッグマダムの「いい子」との対比で、歳をとって丸くなって平穏を享受できるようになったからこそ「わるい子」と言えるようになった…って感じ
ちなみにアカデミー生には「あきら」とか「ゆう」「ゆうさく」「れい」「じゅうぞう」「きよこ」みたいな名前の子がちらほらいます
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