──たとえそれを、貴方が望まなかったとしても。

※本小説はpixivにも投稿しております。

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その愛は支配の如く

 貴方の為に料理を作ったから、食堂まで来るように。モルガンより念話にてそう告げられた時、不安に思わなかったかと問われれば、立香は否と答えるだろう。しかしそれはモルガンを疑っているからではないし、ましてや彼女が何か目的を持って策を弄しているのではないかといった思考は、彼には一片たりとて存在しなかった。立香の不安の原因をあえて挙げるとするのならばそれはモルガンへの疑心ではなく、言うなれば妖精國と汎人類史の文化の差異による所が大きい。

 

 人間にとって食事とは己が生命を維持するために必須なものであるが、妖精にとってはそうではない。本来的に地球に満ちるマナを糧として生きる彼らに食事などは娯楽でしかなく、それ故か妖精國において妖精の食事とは人間の模倣という側面が強いものであった。人間が幸福そうに食べているのなら、それはきっと楽しいのだろうと。とはいえだからとて食文化が未発達という事はなく妖精國にも酒場などの食事の場はあったし、バーゲストのような料理上手の妖精もいる事は、立香も身を以て体験している。だがそれでも妖精にとって食事が娯楽以上の意味を持たない──人間も伴侶としたことがあるバーゲストは例外であるかも知れないが──事に違いはなく、冷厳なる女王として二千年にも渡って君臨し続けた妖精妃モルガンにとって、娯楽が縁遠いものであったことは想像に難くない。或いは娘たるバーヴァン・シーやウッドワスを筆頭とする家臣らと食卓を囲む経験はあったのかも知れないが、女王自らが食事を作るといった経験は殆どなかったのではなかろうか。加えて言うならば対象の〝花嫁力〟なるものを一種のステータスとして測る事ができるハベトロット曰く、モルガンは花嫁力がないという事も在って──しかし、立香の目の前に出されたそれは、そういった不安を彼の中から消し飛ばすに十分なものであった。

 

 ハンバーグ、である。何故そのチョイスなのかは完全に不明ではあるが、少なくとも見た目は立香の知る、嘗て未だ彼が日常の内にいた頃に見た店屋物、それどころかエミヤやブーディカなどの厨房担当のサーヴァントが作ったそれに引けを取らないのではないだろうか。付け合わせのフライドポテトや緑黄色野菜のバター炒めも不出来という事は一切なく、立香の鼻腔を食欲をそそる芳香が撫でる。

 

 呑み込むは、生唾。両手に握ったナイフとフォークにて丁寧にハンバーグの一片を切り取り、口に運ぶ。──美味しい。思わず漏れたその呟きは、全くの無意識であったが故に紛れもなく立香の本心であった。そも妖精眼を有するモルガンの前で世辞などは無意味である事は立香も理解しており、それ以前に信頼するサーヴァントの前で彼は嘘を吐くようなことをしない。傍らで立香の様子を見ていたモルガンは彼の反応に満足したのか、或いはまた別の要因によるものか、玲瓏な美貌に喜悦を滲ませる。

 

「どうでしょう、我が夫よ。まぁ感想など、ひとつしかありえないでしょうけれど」

「うん、美味しい! ありがとう、モルガン!」

「っ……フフ、そうでしょう? では、最後まできちんと食べるように。残すのは許しませんよ」

「そんな事しないよ。だって、折角モルガンがオレのために作ってくれたんだから!」

 

 そう言って立香が漏らすのは、猜疑などは介在し得ない華のような笑み。ただ純粋にモルガンから料理を振る舞われた事を歓び、それに舌鼓を打ち、その作り手たるモルガンに感謝している。いっそ無垢とも言えるそんな表情を前にモルガンは満足そうに頷くと、何も言わずに厨房へと消えていった。片付けならオレも手伝うよ、と言う立香に、しかしモルガンはそれを制止する。女王が態々手ずから褒美を賜してやったのだから最後まで受け取るように、と。そう言われてしまえば細やかな反抗も無粋というもので、立香は大人しく再び席に着いた。

 

 そうして、もう一口。奥歯で噛み潰すや溢れ出した肉汁の風味は、既知のそれではない。だが牛や豚といった従来の食材が入手しにくいカルデアにあって微小特異点などから回収された魔獣の肉が料理に使われるなど日常茶飯事で、そんな環境に長く身を置き続けた立香にとって知らぬ味の肉というのは、最早慣れたものであった。

 

 だからこそ、立香はただモルガンに感謝しながらそれを食し続ける。一口。また一口と。その様子を、妖姫の瞳だけが、見ていた。

 


 

 ごちそうさまでした。ありがとう。そう言って食器を返しに来た立香が再び片付けの手伝いをしようとしたのを断って、暫く。厨房でひとり佇み立ち尽くすモルガンの姿は仮にこの場に余人がいれば奇妙にしか映らなかった事であろう。その端整なる美貌に浮かぶのは、笑み。だが、彼女はただ笑んでいるのではない。その笑みは忠臣であるウッドワスはおろか娘たるバーヴァン・シー、今は亡き盟友たる妖精騎士トトロットですら目にしたことがないのではないかと思える程に最早酷薄さすらも伺わせる妖しい喜悦であった。

 

 歴史に曰く、汎人類史のモルガンとは淫蕩にして残忍、かつ自分勝手など、まさしく悪女の手本ででもあるかのような性格であったという。しかしこの場にいる異聞帯モルガンは汎人類史の彼女とは出自が大幅に事なる事に加えて長い旅の中で擦り切れ果てたことでそれらの要素は鳴りを潜め、それ故に冷徹な女王として在る。だがあくまでもそれは鳴りを潜めているだけであり、それは裏を返せば何かのきっかけさえあればそれらの要素が顔を出す事も十分に在り得る、という事なのだ。

 

 そして彼女の前にあるシンクに並んでいるのは先程まで立香が使っていた食器達。見る限り野菜片や肉片はおろか米粒のひとつさえ残さず完食されているその様は、彼の行儀の良さを伺わせる。モルガンが作った料理を、立香は全て平らげた。それが示す意味を、知る由もないまま。その事実を再認し、モルガンが身を震わせる。歓喜するように。或いは、絶頂するかのように。

 

 初めに断っておくのなら、モルガンは決して立香の信頼を裏切ってなどはいない。彼女は料理に何か細工をしている訳でも、ましてや善からぬ物を盛った訳でも、決してない。彼女はただ純粋に立香の事を思い、それらを作ったのだ。料理は愛情。まさしくその言葉を体現するかの如く。ただひとつ、尋常ならざるものを挙げるとするのなら材料、だろうか。

 

 モルガンが空中に掌を差し出すや、それを中心として霊子が凝集する。そうして顕現したのは手のひら大の赤黒い何か。天井の照明より降り注ぐ光を反射してぬらぬらと光るそれは何かに塗れているようであり、重力に負けて僅かに歪むその様からある程度柔らかいものなのだと分かる。しかし同時に細かく寸断されたものの集合体らしいそれはまるで何かに轢き潰されたかのようであり、そうなればその正体など自ずと推測もできよう。モルガンの掌にあるもの。それは肉塊であった。

 

 では、何の。その疑問は最早、野暮なものと言わざるを得まい。今モルガンが持つそれの正体は果たして、嘗てモルガンであったものの肉だ。より正確に言うならば妖精國にて妖精らに殺された後、慰み物にされた妖精妃モルガンの遺骸、その転写である。

 

 在り得ざる現象だ。妖精國は既にカルデアにより修正され、この地球上から消え去っている。だが、その全てが無へと還った訳ではない。それは他でもない、妖精國の女王たるモルガンが今、サーヴァントとして在ることが何よりの証明だ。謂わば彼女は妖精國の残滓であり、逆説的に嘗て妖精國が地球上に存在したと言うに足る存在なのである。そこまで条件が揃えば、後の工程を熟すなど神域の天才魔術師たるモルガンにとっては手遊び程度のものだ。〝モルガン〟という名を縁として、妖精國より死した己を逆召喚する。過去から現物を持ち出すのは第五魔法の領分であるため魔術師であるモルガンにも不可能な偉業ではあるが、第六の異聞帯は異聞帯でありながら半ば特異点でもあり、特異点から物品を持ち出すのはその限りではないのである。皮肉にもそれは妖精らがモルガンの遺骸から興味を失い、雑な後処理しかしなかったことも、モルガンの目論見が成就した一因としてある。ここまで来れば、立香が食べた料理の正体が何であるか分かるというものであろう。──妖精妃モルガンの肉。それがモルガンから立香へと振る舞われた料理の正体であった。

 

 しかし立香はそんなものを出されているものとは露ほども思わず、全て食べてしまった。そうして取り込まれた肉は消化され、やがては立香の一部となるだろう。モルガンが、立香の血肉となるのだ。主君の一部が、今度は臣下の身体になる。嗚呼、女王から臣下へと賜わされる褒美として、これ以上のものがあるだろうか。

 

 そしてモルガンの一部が立香に取り込まれるということは、転じて両者の間に強力な縁が生まれるという事。モルガン程の魔術師ともなればその縁を補強する事など赤子の手をひねるようなもので、それが完遂されればモルガンは『藤丸立香』をまるで我が身の事のように感じる事もできる筈。なればその身に何が起きても彼女にはすぐに察知できるという事でもある。例えば、そう、毒を盛られたとしても(・・・・・・・・・・)だ。

 

 あぁ、今も感じる。愛する者に取り込まれた我が身の一部が、その存在と溶け合っていくのを。それに呼応するようにしてこの場にはいない筈の彼が、まるで己自身ででもあるかのように感じられる。それが齎す恍惚のままモルガンは両手を空中へと差し出し、不可視の何かを掴むかのように、或いは捕らえるように、その胸に掻き抱いた。

 

「……藤丸立香。我が臣下。我が夫。我が……愛。

 貴方を愛しています。だから、どうか……」

 

 ──私の前から、いなくならないで。

 

 冷徹なる女王が零した、まるで恋焦がれる少女のような懇願。それは誰に聞き届けられることもなく、されど彼女自身にしか知覚し得ない尋常ならざる縁の実感を伴ったまま、虚空へと溶けた。


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