BOOOTHで販売中の『終焉らせる禁忌』の下巻です。短いですが、ほかの収録内容についてはハーメルンにも投稿しておりますので、よろしければご確認ください。
販売予定は来年の2月です。それまでにしっかりと完成させますので、今しばらくお待ちいただければと思います。
上巻はこちらになります。
https://big-damnd-star.booth.pm/items/3681643

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プロローグ 2 Years For 2310

西暦二千三百七年に突如姿を現したソレスタルビーイングは、ユニオン、AEU、人革連の三つの勢力が協力してできた国連軍によって掃討され、つかの間の平和を世界は手に入れることとなった。

 そして──三二八ヶ国の数年にわたる協議と、リボンズ・アルマークの支配の果てに、やがて地球連邦政府樹立という結果に変わった。

 紛争や反政府勢力といった問題は数多く残っているものの、ヴェーダを利用した情報規制と中東への圧政によって世界は平和への道を歩み始めるはず、であった。

 少なくとも、その予定のはずだった。

 コロニー型外宇宙航行母艦・ソレスタルビーイング。

 一人の人間が、その内部を歩いていた。わずかに波打った癖毛と中性的な顔を持つ男性。ほとんど一色に染められた廊下の中、妙に馴染んでこそいる彼が止まったのは厳重に閉鎖されたドアの前だった。

 すっと掌を翳すとドアがスライドし、彼はその向こうへ踏み入った。室内にいるのは赤色の髪を短く切りそろえた男だった。

「どういう事かしら、これは」

 ふわふわとした髪の向こうから赤い瞳を鋭く覗かせた男は、この場所に呼ばれたことに対し、明らかに苛立ったような言葉を口にした。

「この時期にワタシをここへ呼び出すなんて、許されないはずだわ。アルマークの差し金かしら?」

 明らかに男と分かる声と、それに反して女性的な口調。

「ワタシはリジェネの命によって別の任務についているのよ。それを一時的に放棄させてまで呼び出したのは何故かしら、答えなさい」

 彼──彼女の名は、マテリア・グレイ。本人の言葉通り、とある任務についていたイノベイドで、目覚めてから最も若い個体でもある。

「それには僕が答えるよ、マテリア」

「リジェネ……?」

 それまで落ち着いた口調で問うていた彼女の声が、霧が晴れるようにあからさまな変調をする。少年のようなその声は、マテリアによく似た顔を持ったイノベイド、リジェネ・レジェッタのものだ。

 マテリアにとっての兄であり、親であり、神にも等しい存在。

「ご足労願ってすまないね。ありがとうデヴァイン、助かったよ……もう行ってくれて大丈夫だよ」

 デヴァインと呼ばれた男は頷くと、無言で部屋を去っていく。彼はいつもこんな態度であるため、さほど気にすることもなく閉じるドアを見遣るとリジェネは口を開いた。

「お待たせ。ああ、もしかしたらマテリアはもう知っているかもしれないけれど。地球連邦平和維持軍の発足が決まったよ。昨年の大規模なテロのせいで連邦も危機感を持ったらしいね」

「太陽光発電に支障をきたすほどのテロだったわね。軍の発足にあたって何か、問題でも起こったの?」

「いいや、そうじゃないよ。僕たちはの計画に必要な『モノ』を手に入れたんだ」

「計画に必要なもの……?」

 鸚鵡返しに言ったマテリアに、自信に満ちた態度でリジェネは頷いた。確信めいた語調で肯定されて、やや胡乱な面持ちでリジェネに連れられた彼女は部屋の外へと歩き出した。

 長い道を歩いて渡る中で、二人は何を話すでもなく静かな時間が訪れた。リジェネとマテリア、それぞれの足音以外は何もない静寂。自らの行いはヴェーダを通して伝わってお手、聞く必要もない、と言う事なのだろう。現在軍でモビルスーツの設計を担当する重要なポジションについていたマテリアが、そう結論付けた時、不意にリジェネが話題を提供した。

「そういえば、マテリア。君はヴェーダから能力を授かっているそうだね。……確か、人の人の記憶を消すんだったかな?」

 世間話と言うにはあまりに重いそれであったが、リジェネは平然と切り出していた。しかし、マテリアのほうも同じようで、動揺することもなく返す。

「それはちょっと違うかしら。GN粒子を介して人の記憶を霞ませる……言うならば、忘れさせるだけのものよ」

 その結果として程度にもよるが人格にも異常をきたして──別人のようになり果てる訳だが。

 人格を形成するのは、外的要因は大半、つまり彼女が忘れさせることのできる記憶である。曖昧な表現にはなるが、それを忘れることは自らのアイデンティティを喪失するに他ならないものである。宗教的ではあるが魂を入れ替えられるも同義であり、全くの他人として生きていくことになるのだ。

 もちろん欠点もある。何もかもを忘れた肉体()は思考能力に多大な低減が見られるし、『下地』を用意してやらねばまともな生活さえ送れない。生活で染みついた行動は忘れさせることができないため、特定の方法に限っては都合のいい能力でもあるが。

 例えば。敵軍の優秀なパイロットの記憶を忘れさせてしまえば、その一工程のみでこちら側に盲目的に従う軍人となる。マテリアの負担を考えなければ、それだけで強力な兵士(兵器)製造(・・)できるのだ。

 そんな話を進めている内に、二人は医療ブロックの一角までたどり着いていた。無機質な壁に無機質な床、その上に設置された医療用ポッド。どうやら、リジェネはポッドに眠る患者に用事があったようだ。

「もう二年前の事だけどね。フォーリン・エンジェルス作戦の折に、僕はアリー・アル・サーシェスを回収しに言っただろう? その時に、ついでと言ってはなんだけど、面白いものを拾ったんだよ」

 リジェネはわずかに喜色を滲ませながら、医療用ポッドのシェードを解除する。

 そこに横たわっているのは、一人の男だった。右目を白い包帯に覆われ、右手と左足は欠損さえしている。昏睡状態なのか、一定のリズムで刻まれる心拍が画面に刻まれ、規則的に流れていく。包帯に隠されていない栗色の髪と、通った鼻筋から白色人種であることが推測できたが、それだけだ。

「……一体、誰なの?」

 思わず出てしまった疑問の声。どこかで見たことがあるような男の顔は、一体何故か。

「君も資料では見たことがあるだろう? ロックオン・ストラトス……本名を、ニール・ディランディ。ソレスタルビーイングのガンダムマイスターさ」

「……な! デュナメスのマイスターだと言うのっ?」

 目を見開き、危機感と驚きの視線でリジェネを見るマテリア。

「そうだよ。まあ、少しばかり問題はあるけれど」

「よくもそんな人物をここに置いておけたわね……。なるほど、アナタの言いたいことは理解したわ。彼は優秀な狙撃手だものね。それで、問題とは? 欠損の事かしら」

「いいや。もちろんそれもあるけど……それ以外に、彼は細胞異常を患っているんだ。おかげでどこもかしこもズタズタで、右目に至っては致命的な損傷がある」

 この状態で収容されていることに納得を覚えるが、マテリアは返事をすることはなかった。リジェネの言葉には、まだ続きがあったから。

「最新の医療技術を使えば、手足の欠損くらい補える。右目だって一時的で、副作用もあるけれど視力の回復は可能だよ。だからね……もし彼の能力と、ソレスタルビーイングの残党たちに仲間意識がまだあるのなら」

「──ふ」

 無意識に、そんな声がマテリアの口からこぼれていた。世界でも三本の指に入ると思われるレベルの狙撃技術と、仲間を揺るがすにはお誂え向きの容姿。仮に彼を『製造(・・)』できるのなら。

 マテリアがリジェネを見る目が、恐れのような何かに置き換わった。それから、ぞっとするような微笑を、リジェネと全く同じ顔に湛えるのだ。

「その力は、是非ともワタシ達の……いいえ、アナタの役に立てて貰うわ。どうせ無くなっていた命なのでしょう? どこまで処理するかは、ある程度意向に沿えるけれど」

「そうだね、彼にはテロリストを憎悪する感情があるから、ソレスタルビーイングに勧誘されるより前までの記憶さえあればいいよ。万が一にも記憶が戻らないように、名乗る名前さえ変えてしまえば……」

「名前は、何にしましょうか。一番大事なものだと思うわ」

 マテリアの問いに、ややあってリジェネは返した。「そうだね」

「シューター。彼には以降、ロックオン・シューターと名乗らせよう」

 新しいおもちゃを与えられたように瞳を輝かせるリジェネは、そうして。

 誰よりもテロを憎悪する、一人の復讐鬼について。

 凄まじい精度を持った狙撃手について。

 問題だらけのマイスターをまとめた、兄貴分のようだったガンダムマイスターについて。

 計画遂行よりも家族の仇打ちを優先した、愚かな人間について。

 目の前で眠る、ニール・ディランディについて。

 ゆっくりと、語り始めたのであった。

 

 

 

 

 

 

 


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