これは少年と狐耳の少女の、夏休みの間の物語。

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月光恋譚

8月31日。

 

僕は満月に照らされた道を走っている。

 

彼女に出会うために。

 

どこまでも美しい君のために。

 

僕は、走る。

 

 

 

 

 

 

 

発端は7月22日。14歳の夏休みの頃。

 

都市伝説にハマっていた僕は、オカルトを求めて深夜にこっそり家を出て近所のとある山へと入った。

 

そしてボロボロの廃墟同然の神社にたどり着いた。

 

神社をスマホで撮影して、帰ろうとした時。

 

空から口笛と鈴の音が聴こえた。

 

美しい音色。

 

音の方に目を向けると、そこにいたのは神社の屋根に座る狐耳の少女だった。

 

長い黒髪でおかっぱの。着物に身を包んだ、僕と同い年ぐらいの狐娘がそこにいた。

 

月夜に照らされた彼女は、まるでこの世のものとは思えない程美しかった。

 

この世のものではないオカルトの世界が目の前にある事に、僕は心を踊らせた。

 

「名前は?」

 

「りん」

 

彼女は屋根から降りてそう答える。

 

腕には蛇のような黒い模様があった。

 

彼女を観察していると、腕が泥で汚れているのに気づく。

 

「あ、腕が汚れて」

 

 

 

「触るな!!!」

 

 

 

空気が凍るような叫び声。

 

「・・・すまん。ワシは呪われておっての、触ると厄災が移るのじゃ」

 

「どうして呪いなんかが・・・」

 

僕がそう言うと、彼女は自分の生い立ちを語った。

 

 

 

 

 

彼女は500年前。村の者から迫害に遭っていた。

 

家はとてもとてもお金持ちで、だからこそ村の者からの妬みを買った。

 

迫害に苦しむ中で、優しい両親の存在が彼女をギリギリの状態で持ちこたえさせていた。

 

だがある朝、起きると親が家にいなかった。

 

その夕方に、村の片隅で父と母は血まみれの死体となって見つかる。

 

それが村の者の仕業だと知ったその時、彼女の心は壊れてしまった。

 

そして野垂れ死にするために山に行った。

 

しかし彼女もまた人間であった。

 

死ぬのが怖くなってしまったのだ。

 

そこで偶然か運命か、彼女は寂れた廃墟の神社を見つける。

 

彼女は神様に祈った。

 

「他人と繋がる事で苦しみたくないから、他人との繋がりを持てぬようにしてくれ」

 

「人である事が耐えられないから、人ではない存在に変えてくれ」と。

 

その願いは叶った。

 

それが、彼女の体が呪われている理由だった。

 

腕にある蛇のような黒い模様は、その時に付いたらしい。

 

彼女の言葉は重かった。

 

でも僕は、そんな彼女を助けたいと思った。

 

 

 

それから夏休みの間、僕たちは暇があればずっと会話をしていた。

 

彼女もそんな呪いを持っているとはいえ暇だったのだ。

 

そこには「寂しい」という感情だってあっただろう。

 

会話は弾んだ。何より500年の時を生きる彼女の体験談は、僕にとっては何もかもが新鮮だった。

 

僕の生活の話も彼女にとっては未来小説のように新鮮らしく、お互いに楽しく夏休みの宿題の事も忘れて彼女とひたすら話をした。

 

内気な子供同士、何か共通する感覚があったのかもしれない。

 

僕は狐娘と山の中で出会うという自分の体験に物語(ストーリー)を感じていた。

 

彼女を助けたい。

 

大丈夫。きっと僕は彼女の重みを受け止められる。

 

 

 

そんな気がしていた。

 

 

 

 

ある日、僕は彼女が会話で油断しているスキに。

 

彼女の手を握った。

 

1秒にも満たない一瞬の時間。

 

「・・・っ!!」

 

彼女はまるで目の前で罪人が処刑されたがごとく青ざめた顔をした。

 

急いで僕の手を振り払う。

 

「とんでもない事をしてくれたの。厄災が、来るぞ」

 

背筋が凍る。

 

厄災とは、そこまで恐ろしいものなのか。

 

パンドラの箱を、僕は開けてしまったのかもしれない。

 

それでも僕は強がって、柔らかな表情を無理やり作って口では「大丈夫だよ」と言う。

 

それから何事も無いフリをして山を降りる。

 

「この呪いは・・・大きすぎるのじゃ・・・」

 

 

 

暗い彼女の声が、遠くの背中から聴こえたような気がした。

 

大丈夫。僕になら彼女を助けられる。きっと・・・

 

 

 

 

 

目が覚めると、そこは病院の一室だった。

 

家へ帰る途中。向こう側から来た乗用車のタイヤが突然パンクして車が僕に直撃した。

 

あまりにも、一瞬の出来事だった。

 

僕は一命を取り留めたが”呪い”の圧倒的な力に恐怖した。

 

病室の中で、延々と自分の無力さに泣いていた。

 

12歳の時に”彼”を助けられなかったのと同じように。

 

 

 

 

 

 

もう、僕は彼女には出会うべきじゃない。

 

勝手に他人の重さを”乗り越えられる”ものだと思い込んで。

 

勝手に”受け止められる”ものだと決めつけて。

 

実際に厄災が降り掛かったら逃げてしまう。

 

なんて不誠実なんだ。僕は。

 

 

 

 

それから時間は流れて、8月31日の夜。

 

満月を見ながら、彼女の事を思った。

 

500年間。ひとりぼっちだった彼女の事を。

 

何より彼女は。

 

”彼(あの子)”に似ていて。

 

僕は心の衝動のままに家を飛び出した。

 

 

 

 

 

 

山にたどり着いた僕は彼女の姿を探す。

 

神社の周りを見ると、鳥居の正面に彼女がいた。

 

僕の体の傷を見る。

 

「・・・すまんかったの。怪我をさせて。それが厄災の力なのじゃ」

 

「だから帰ってくれ。それがお主のためなのじゃ」

 

明らかな作り笑いをして彼女は僕を送り返そうとする。

 

帰れという言葉の多くは本心なのだろう。

 

でも、彼女は厄災の”詳細”を今まで語らなかった。

 

それは”離れたくなかったから”だと。そう考えてしまう。

 

 

 

でも。

 

 

僕には君は救えない。

 

 

あの時、彼を助けられなかった僕には。

 

 

 

 

 

 

 

小学校6年生の頃。

 

僕はいじめを受けていた男の子を助けられなかった。

 

その子はとても要領の悪い子で、頭も悪く、学校の勉強にもついていけないような子だった。

 

傷つけられても、それを抗議する手段すら思いつかないような。そんな”無力”な子。

 

卒業式の前日、夕暮れの下駄箱でその子を見た。

 

その子はまたいじめっ子に囲まれて、髪の毛を掴まれていた。

 

 

その時、彼と僕の目が合った。

 

あの時の目が今でも忘れられない。

 

紛れもなく、言葉では説明できずとも、それは「助けて」という目だった。

 

でも、僕は勇気が出せず、それを見て見ぬふりをしてその場を去った。

 

 

 

 

その翌日。彼は屋上から飛び降りて亡くなった。

 

 

 

それ以来、ずっと頭に焼き付いている。

 

彼の「目」が、ずっとずっとずっと。毎日頭の中に浮かぶ。

 

僕の心の時間は、彼を助けられなかったあの時に止まったんだ。

 

 

 

僕は怖い。

 

あまりにも怖い。

 

 

だから・・・

 

 

いや。

 

 

 

だからこそ。

 

 

 

 

僕は震える体で彼女に近づき、りんの手を思いっきり握った。

 

「・・・ハッ!!!!」

 

目の前で人が死んだかのような驚愕をする彼女。

 

「離せ!離せ・・・!」

 

「嫌だ・・・離さない・・・」

 

「これ以上私に触れば、もうお前の命は助からんのじゃぞ!」

 

わかってる。

 

もう助からないって事は。

 

でも、ここで君を見捨てたら。

 

君と僕の”心の時間”は、止まったままになってしまうから。

 

「・・・君がっ!」

 

恐怖に震え、涙で揺れる声で、僕は言葉を振り絞る。

 

「君が・・・助けて欲しいって目をしてたから!」

 

「ここで逃げたら、君がまたひとりぼっちになるから!」

 

恐怖でぐらつく頭で、必死で言葉を叫ぶ。

 

「りんを、ひとりぼっちにはさせない!」

 

「やめてくれ・・・もう、どうしようもないのじゃ・・・」

 

りんの声が揺らいでいる。

 

僕はもう、目の前にいる人を絶対に見捨てたくない。

 

それが、仮にどんなに不合理な事だとしても。

 

ここで逃げたら、永遠に後悔する事を”知っている”から。

 

「君は、一人なんかじゃない!」

 

「だから、勇気を振り絞って助けてと言ってくれ!」

 

僕は恐怖心に震えながら彼女を抱きしめ、精一杯の思いを叫んだ。

 

両手で抱えた彼女の体が徐々に震えていくのがわかる。

 

そして涙によって震える声で、りんは本当の思いを口にする。

 

「わしは・・・!ひとりぼっちは嫌じゃ!」

 

「だから・・・助けてくれ・・・!」

 

彼女と僕は、誰もいない山の中で満月の月夜に照らされ抱き合いながら自分の感情が発露するまで泣き続けた。

 

彼女は、助けてくれと言えた。

 

だから、これでいいんだ。

 

 

 

 

 

空が見える神社の境内で仰向けになって彼女と満月を見ている。

 

「月が綺麗じゃの」

 

「それって僕の事好きって事?」

 

「なぜ月の美しさが恋愛になる?」

 

「そっか、世代が・・・というより時代か」

 

「まぁ、お主の事は好きじゃが」

 

幸せな時間だった。

 

でも、これからすぐに”厄災”は僕の元に来る。

 

僕の体を間違いなく絶命に追いやる。

 

「そういえば、名前を訊いてなかったのう」

 

「あ、桐山勇気だよ」

 

「勇気か・・・流石じゃのぉ。ワシを助けるだけの事はあるわ」

 

 

 

 

 

 

夜も終わり、日が明ける直前。

 

紫色と朱に混ざる空。

 

黄泉の国のような、そんな色の空を眺めていると。

 

ふと、りんは僕の名前を呼んだ。

 

「勇気」

 

「ん?」

 

 

 

彼女の方を向くと、唇が重なり合わさっていた。

 

同時に太陽が登る。

 

その時の太陽はまるで、僕たちを黄泉の国へ送り出すような、祝福の日差しのようだった。

 

ああ。

 

僕の人生は、本当に素晴らしいモノだった。

 

もう、悔いは無い。

 

「りん。ありがとう。君に会えて良かった」

 

そう口にすると、突然。

 

彼女の体から黒い霧が放出されていく。

 

何が起こったのかわからず呆然としている間にも、漆黒の霧はりんの体から出ていく。

 

その霧は、僕の体の中からも放出され、そして消えていった。

 

彼女の腕にある蛇の模様は、もう跡形も無くなっていた。

 

これってもしかして・・・

 

「呪いが・・・解けた!」

 

りんはそう口にする。

 

お互いに顔を見合わせる。

 

全てを理解した2人はもう一度抱きしめあった。

 

哀しみではなく、喜びによって。

 

 

 

 

 

神様のかけた呪いは、彼女が他人を受け入れ、他人に助けを求め、そして他人を”愛する”事で解除されるモノだった。

 

人の望んだ呪いは、人の願いによって消え去る。

 

神様は残酷なばかりじゃない。

 

前に進もうと思えば、ちゃんとそれを用意してくれる。

 

「人間は、いつだってやり直せる」

 

きっと、神様はそういう事を伝えたかったんだ。

 

 

 

 

 

 

2人は手を繋ぎ朝日を見る。

 

僕たちの新しい1日が、これから始まる。

 

 

 

「あ・・・」

 

「何じゃ?」

 

「宿題忘れた」

 

「シュクダイとは?」

 

「ていうか、りんちゃん耳付いたまま・・・」

 

「ふふん、かわいいじゃろ?」

 

 

 

 

 

 

明日から、大変な1日になりそうだ。


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