短編1話完結。
原作ゲームを知らない方も読者に想定しています。
桜の季節はまだ続く。十三桜の村は、中心部から村はずれにまで、見事な桜が立ち並んでいた。
戦乱の世に乗じた賊に襲われる。さらには妖怪まで出現した村。多くの死者が出た。騒動は収まったが、復興には時間がかかる。少しずつ村人が戻ってきた。牛馬を供給する拠点。必要とされている。
村の入口近く。二人の青年がいた。行商人と用心棒。
行商人、藤吉郎は、民家が集まる地区と、逆方向の墓地を、交互に見た。
「あの墓場で間違いない」
脇に目をやる。相棒がいない。振り返ると、もう一人の青年は茂みの前でしゃがみこんでいた。
「おい、どうしたんだ?」
藤吉郎に声をかけられ、立ち上がる。拾った石を見せた。白く丸い形をしている。
「このへんじゃ見かけない石だな。たぶん川から流れてきたんだろ。餅みたいだ」
青年は石をかじろうとした。
「おいやめろ。餅みたいだとは言ったが餅じゃねえ」
藤吉郎はため息をつく。
「飯なら仕事が終わってからな、秀の字」
秀、の通り名で呼ばれる。妖怪退治の傭兵。行商人の藤吉郎と、用心棒の秀は、道の先にある墓地を見た。
村に現れた妖怪は、藤吉郎の手引きにより、秀が討ち取った。桜の木の下で二人は出会う。互いを友と認め合い、以後の相棒となる。
秀は人の身をしたあやかし。人間の父親と妖怪の母親を持つ。父の顔は知らず、母は幼いころに殺された。自身も負傷により言葉を話せなくなる。世俗を離れ、美濃の山中で無縁人となり暮らしていた。
鬼を斬る鬼の噂を聞き、藤吉郎は秀を村に呼んだ。依頼を通じて見定めた。
村の奥社。ひときわ巨体の妖怪を、秀もまた妖怪の力で倒す。傭兵としての腕前だけではない。人間であり妖怪である秀に、藤吉郎は人の心を見出した。
藤吉郎には身分も家柄もない。独自の嗅覚で世を渡り歩く。長く続く戦乱は、名を上げる好機。誰よりも偉くなる。下賤の行商人が見る大きな夢。つかみ取るための仲間を集めていた。
かくして秀と藤吉郎は行動をともにする。藤吉郎が手配した仕事を秀が請け負う。会話のできない秀にしても、仲介してくれる藤吉郎は頼りになる相棒だった。
主な雇用主は斎藤道三。隠居した戦国武将に目をかけられている。ただ今日は他の依頼を受けていた。
「村長に言われてな。墓の方から不気味な声が聴こえるらしい」
妖怪の生き残りがいる様子だった。不安に思う民が村に戻ろうとしない。改めて討伐を要請された。
「ほれよ。一応こいつを渡しておくぜ」
光り輝く石を渡された。
霊石と呼ばれる。生命の源、アムリタの結晶。陰陽術により研究が進められている。藤吉郎は霊石の可能性にいち早く気付き、自分を売り込む手段に利用した。
いつしか藤吉郎は霊感が身につく。出会った時は、霊石を使って秀を助けた。妖怪である秀も、霊石のアムリタを力にできる。
霊石を受け取った秀は、藤吉郎に見送られ、墓地に向かい歩いた。
雑然と墓石が置かれていた。一望できる程度の敷地。ところどころ隆起している。
周囲を見て回る。三方向から出入りできる。うち一方、村の中央につながる道には門があり、施錠されていた。防犯のためか。あるいは厄除けなのか。
妖怪退治で訪れた時も通った。改めて観察する。墓場らしくない土地。急増した死体を運んでいく中で墓を作ったように見受けられる。
無数の死者が地中に眠る。鎮魂されていない怨念は、荒魂を引き寄せる。
白い煙が水たまりのように広がる。常世の扉。あやかしが現れる前兆だった。
秀は常世を一瞥すると、再び墓地を調べる。村の入口から遠くない。構造から、本来の用途は防衛拠点と推測する。
性分だった。気になると知りたくなる。仕事である妖怪より、今は墓場の仕組みに興味があった。常世に背を向けて門を見る。村人達の工夫が感じ取れた。
藤吉郎にはたびたび注意された。脇道にそれてばかりで効率が悪くなる。
知らないままではいられない。過剰な好奇心は、時として藤吉郎が舌を巻く観察力を発揮した。
常世から浮かび上がる、二匹の餓鬼。
あやかしとしては下級に分類される。それでも、子供程度の体格に人間を引きちぎる腕力があり、麻痺毒を吐く。村の民には脅威でしかない。
秀はまだ墓場を見ていたかった。さすがに戦わないわけにはいかない。不機嫌な顔で向き直り、打刀を抜いた。
餓鬼とは何度も戦ってきた。妖怪退治を生業にする秀の敵ではない。とはいえ相手は二匹。複数に囲まれては危険だった。まずは数を減らす。
秀は片方の餓鬼に走り、勢いに乗せて刀を叩きつけた。餓鬼は斬られながら吹き飛ばされる。
一方の餓鬼を見る。餓鬼は秀を見ていない。
飢えに動かされている妖怪。見境なく飛びつき喰らいつく。同族とて例外ではない。餓鬼には共喰いの習性がある。餓鬼は倒れた餓鬼に駆けつけ、躊躇なく噛みついた。
餓鬼は共喰いで力を吸収する。体を震わせると、一気に成長した。人間の大人と変わらない身長。外見に相応した強敵となる。
落ちている岩石を軽々と拾い上げ、投げつけてきた。
秀に動揺はない。餓鬼は餓鬼でしかない。
正面から突き進み岩石をかいくぐる。餓鬼の腹に蹴りを入れた。体勢をくずしたところに刀を振り下ろす。手首を返してさらに横一閃。
白刃が血を放つ。餓鬼は切り刻まれ、崩れ落ちる。
再び常世が浮かぶ。妖鬼が姿を現した。
獰猛な体躯は秀よりも一回り大きい。かつては人間の武士だったのか。刀を持ち、壊れた鎧を着ている。
アムリタは正負いずれにも作用する。妖鬼は人間が荒魂に呑まれ、心を失った成れの果て。秀も荒魂が暴走して完全な妖怪になるところを、藤吉郎に助けられた。
頭上から刀を振り下ろしてきた。秀は脇を抜いて胴を斬る。手応えはあるものの、餓鬼と違い妖鬼は止まらない。
大振りの横薙ぎ。剣の長さを見切って跳び下がり、地を蹴って戻る。妖鬼は右手の刀に続いて左手の拳で襲いかかる。武器を持たずとも、鬼の剛力は人を圧倒する。
秀は打刀で鬼の左腕を斬り弾く。身を防ぎながら手傷を負わせた。隙のできた胴体に深く斬り込む。
不気味な鮮血。苦悶の咆哮。妖鬼は苦しみながらも刀を振り回し、突進した。修得したであろう剣術は人の心とともに失われている。暴力だけが襲いかかる。
打ち合っては押しつぶされる。秀は低い姿勢から、ただ一点を狙う。乱れ狂う刃の間から刀を突き通した。
多くの妖怪は、体内のアムリタを特定の部位に集中させている。原動力であり急所。妖鬼であれば、それは頭の角だった。
秀の刀が妖鬼の角を砕く。
妖鬼は急に脱力する。膝をついた。まだ息はあるが、気力を失い動けない。戦闘に一瞬の空白は命取り。
秀は腰に差していた小刀を抜く。目の前で殺された母親から、今際の際に渡された。刀身には秀の一文字が刻まれている。打刀と小刀を持ち替えた。
妖鬼の胸に小刀を突き刺した。持ち手をひねり、刺したまま地面に叩きつける。致命の組み討ち。
小刀の由来は秀も知らない。妖怪を刺し貫くほどの切れ味を持ち、アムリタに反応して刀身が輝く。強く生きろと言われた。守り刀を渡した、母の最期の言葉。忘れた日はない。
ひときわ大きな常世が広がる。
秀も思わず身構えた。妖怪の名は牛頭鬼。村の奥社で戦った馬頭鬼と並び、地獄の獄卒と称される。見上げるほどに大型の鬼。
人間と比べるには大きすぎる。牛の頭をした巨人。十三桜の村は牛馬の取引で栄えていた。死亡した人と牛の怨念が混ざり合い、凶悪な妖怪が生まれる。
離れた距離から金棒を振り回した。秀の身長よりも大きな金棒を何度も地面に叩きつける。見る間に墓地が破壊されていく。破片が次々と吹き飛んできた。
秀は物陰に回り込み、様子を見る。
刀で斬り倒せる相手ではない。身を隠していられるほど墓場は広くない。
牛頭駆け。まさに猛牛の勢いで、頭から体当りする。墓石を砕き地をえぐる。その角は妖鬼と同じく弱点でもあるが、アムリタが集中しており強い力を持つ。
秀は藤吉郎から渡された霊石を手に取る。掲げて念じた。霊石は思念に応じて砕け散り、四散した光の粒が秀に吸い込まれる。小刀の光が満ちる。
牛頭鬼の前に飛び出した。あの日の馬頭鬼と同じ方法で倒す。
小刀を構える。秀の背から猿が浮かび上がる。藤吉郎の守護霊、真猿。出会い、途方もない夢を聞き、分霊された。相棒の証。
真猿が小刀に飛び込む。周囲に閃光が放たれる。秀はあやかしに姿を変えた。
疾風を思わせる、細身の青鬼。両手にはそれぞれ妖力の刃を持つ。足からは鋭い爪が生えていた。牛頭鬼と秀。荒魂と和魂。赤目と青目。鬼と鬼。対峙する。
両腕を交錯する。腰を落とす。妖気が旋回して風切り音を立てる。
赤い目が秀を見下ろした。金棒を振り上げる。
突風。振り下ろすより速い竜巻。
牛頭鬼は押し飛ばされる。両手両足の四刀が斬る。裂空から蹴り上げる。縦に回転しながら跳び、刃と爪で斬りつける。空中で身をひるがえすと、牛頭鬼に刃を刺し、叩き伏せた。
主を失った金棒が地に落ちた。重い音が響く。
離れて様子をうかがっていた藤吉郎が墓地に来た。
「見事お見事っ」
秀は人間の姿に戻る。小刀は光を失い、くすんだ刃で鞘に収まる。
「しかしまあ、ずいぶんと暴れる奴だったみたいだな」
壊れた墓石を見回す。村の治安を守るための妖怪退治。しかたがなかったとはいえ印象を悪くしかねない。なんと説明したものか思案する。
足元で鳴き声がした。
二人とも下を向く。猫に似た小さな妖怪が、丸くなり、秀にすり寄ってきた。
「あやかしだ。まだ残ってたのか」
和魂の妖怪。霊獣の一種でもある。人間を見つけると近付き、脚にまとわりつく習性から、すねこすりと呼ばれる。
「こいつは人を襲わない。問題ないな。一件落着だ」
秀は腰をかがめてすねこすりを見た。
村の入口で拾った丸い石を取り出す。すねこすりの口に運んだ。
「いや、石を食うあやかしもいるだろうが、そいつは違うぞ」
秀は再び石を食べようとする。
「お前も違うだろ!」
藤吉郎に止められ、不思議そうな顔を向けた。
藤吉郎からすれば秀が不思議だった。多少の付き合いの中で、相棒はすぐ奇妙な方に進む。やめさせるより先に慣れてきた。
「なんだよ秀の字。腹が減ってんのか?」
空腹ではない。餅みたいだと言われた。餅みたいな石と餅の違いを知りたかった。
「まずは村長に報告だ。飯はあとでな」
立ち上がり、うなずく。
「今日のうちに道三様のところにも行っておきたい。そろそろ次の仕事があるころだ」
二人は墓場を去る。
風が吹き、桜を揺らす。花びらが舞う。美しい光景は、物言わぬ死者だけが見ていた。
秀と藤吉郎。やがて“秀吉”の名で世に知られる。後世には豊臣秀吉と語り継がれる伝記は、今はまだ始まらない。
戦国乱世を二人で駆け抜けていく。その姿はさながら、仁王のように。