クソ傭兵が戦場で目玉焼きを作るっぽい話──うすしお味 作:ヘンなの好き
そんな訳で更新、原作開始は次回からなので今回は前書き枠ですな
【IS】第一話
──あの頃に戻れたら。
誰かが言う。あの頃に戻れたら、と。
もし、本当に自分が望む時代まで戻れるとしたら、いつがいい?
働き盛りの青年期、輝きの青春時代、ただ無邪気でいられた子供時代。
うーん、悩ましいな。
人によっては極端な話、寝てるだけで衣食住が完備されていた赤ん坊の頃に戻りたいだなんて冗談めかして言うやつもいるが、いち経験者として言わせてもらう。
それだけはやめておけ。死ぬぞ、羞恥心で。
ある日、気づくと赤ん坊になっていた男の心境はとても複雑だ。
まず、見ず知らずの大人に囲まれているという居心地が悪いったらない環境。
次に、趣味でもない女性の乳房を見せられ、おまけに食事のためとはいえそれをしゃぶらされるという気まずさ、屈辱感。
続けて、自分一人では何もできないという無力さに情けなくなり、他人(両親なんだろうが……)に下の世話をされるという現実に酷く打ちのめされ。
最後に、そんな酷い状況に数ヵ月もすれば慣れて何も思わなくなるっていう、虚無感ね。
結論、赤ちゃんプレイとか好んでやってる連中の気が知れねぇ。──以上。
どうしてなんだ俺、こうなる前は得意先の傭兵といつも通りビジネスの話をバチバチしてたじゃんよ。
互いに満足のいく着地点で話がまとまって、仮眠ついでにうたた寝して次に目を覚ましたら、もうこれだ。
クソ傭兵のファイアスターターは死んで、非力な赤ん坊の宇品賢一が爆誕していた。
ACも大破壊もなく、ちゃんとした国家がまだ存在している比較的平和な世界に、懐かしの日本人として。
あとは流れに身を任せるばかりだ。泣き喚いて世話を焼かれて心が死にそうな日々を過ごす。
よくぞ虚無りながら二年半もの暗黒時代を耐え抜いてくれたな、とあの頃の自分を褒めてやりたい。
まあ、それもこれも今となっては昔の話だ。
赤ん坊から再スタートしてかれこれ十七年。俺はこの世界でのんびりと、セカンドライフを満喫している。
二年前に一発起業してそこからぼちぼち業績を伸ばしつつ、ちょくちょく二コ下の後輩らを可愛がったり勉強見てやったり、たまーに親孝行したりと順風満帆って感じ?
いやー、なんだかんだオレッテシアワセモノダナー。
「あの、ケンイチ先輩?」
…………。
「先輩、ぼーっとしてどうしたんですか?」
端正な顔つきの少年が、ずずいっと俺の目を覗き込む。
……いけね。
どうも俺は、さっきからずっと上の空になっていたらしい。
壁掛け時計を見ると──時刻は、驚きの午後一時半。
いい加減昼飯の事も考えなくちゃならない時間だ。
「ん、ああすまん。俺も歳かな?」
適当に目頭を指で揉みながらボヤく。あーっと直前まで何してたんだっけか。
気心知れた後輩の前とはいえ、さすがに気を抜きすぎだな。反省。
「歳って、先輩まだ成人すらしてないのに……」
「はは、それもそうだ」
少年の気怠げな視線が、こちらに向けられた。
こちら俺の二コ下の後輩。そうと言われなければはっきりしないほど中性的な顔立ちの少年だ。
顔が良くて人たらし。後輩の五反田くん曰く、それはもう男女問わずおモテになるらしい。
それもこれも実の姉譲りなんだろう。もっとも、アホっぽい表情で全て台無しになっているが。
「一夏、そろそろ飯にするか」
言いながらメニューを手に取る。本日のスペシャルは魚介系、と。
腹が減っては戦は出来ぬ。集中力も切れて、いい事なしだ。
「んで、お前なに食いたい?」
「え、いや悪いですよ。今日こそ自分で払いますって」
首をぷるぷると横に振る一夏。同時に腹がくぅ……、と小さく鳴るのが聞こえた。
手元には複数のノートや教科書が開きっぱなしにされた状態でとっ散らかり、本人も残りカスみたいな気力でシャーペンを握っている状態だ。
勉強に熱心なのはいいが、そんなんじゃ頭に入るものもロクに入ってこないだろ。
「なんだ、いっちょ前に金の心配か。そういうのは俺より稼ぐようになってから考えるもんだぞ」
「う、でも……」
「後輩が遠慮してんじゃないの。受験生はしっかり食って、栄養頭に回しとけ」
一夏は受験生だ。入試は二月、つまりXデーまであと六ヵ月を切っている。
第一志望校は私立藍越学園。一夏の自宅から近く、要求される学力もさほど高くはなく、学祭といったイベント事も多い。
就職率百%の謳い文句が示す通り、卒業生の約九割が学園法人の関連企業に就職する関係から、私立のわりに学費も安いのだという。
「ま、とりあえず合格して千冬さんを安心させてやるんだな」
ちょっと複雑な家庭事情の一夏は元々、中学を出てすぐ働くつもりでいたらしい。
なんでも、以前から年の離れた姉が自分を養ってくれていることに引け目を感じていて、早く自立したかったのだそうだ。
実際、一夏の姉は仕事で長く家を空ける事が多いからな。
そんな姉にもっと自分の事を優先してもらいたいんだと。いい姉弟愛じゃないの。
ところが、まずそんな一夏の思惑を進路調査票から知った件の姉に腕力で説得されかけ、一時撤退。
次いで、中卒起業マンの先輩を味方につけようとするも裏切られ、就職から進学に進路変更を余儀なくされたと。クソ野郎だなその先輩。
少しでも姉に楽させてやりたいっていう弟の強い想いも十二分に知ってたっていうのになぁ……!
まあそんな冗談はさておき。高校に入らず起業した俺が言うのもなんだが、学歴は最低でも高卒くらいあった方がいいだろう。
うちで雇うにしたって、高卒くらいの学力は欲しい。世の中そんなもんだ。
「それまでは先輩だろうがなんだろうが、頼れるだけ頼っとけ」
「そうそう。こいつはあの、宇品重工の社長様なんだ」
空のカップに淹れたての珈琲を注ぎながら、顔馴染みのオヤジが口を挟んでくる。
「遠慮も金の心配もするだけ損ってもんさ、なあそうだろ大将。うちの売り上げにもっと貢献してってくれよ!」
「おい、うるさいぞバカ店主」
「は、はは……」
とはいえ、そろそろ追加で金を落としておかないと本気で店から追い出されかねん。
ここの店主とは下手に付き合いが長いぶん、互いに遠慮というものがないからな。
そしていま俺たちがいる喫茶店から一歩でも外に出てしまえば、真夏の日差しとヒートアイランド現象のダブルコンボで、あっという間に本日の十割を迎えることだろう。
いや、マジで今年の暑さはシャレにならんのだ。
「とりあえず本日のスペシャルとステーキプレート。プレートにはスープとバゲット、サラダもつけてくれ」
「デザートは?」
「……んなもんメシ食ってから考えるわ。ほら、注文取ったら行った行った」
適当に注文して、道楽で店なんぞやってるオヤジを手で追い返す。
「さて、飯までにテーブルの上を片付けとくか」
「ですね。……あの、ご馳走になります」
「いいってこと」
実際このくらいの奢りなら大したこともない、はず。
俺はノートや教科書なんかを片付けながら、足元のカバンに手を伸ばすふりをしてこっそり財布の中身を確認した。
一、二、三、六……。うん。
とりあえず、事前にATMで金を下ろしたのは大正解だったな。
「……先輩の方は会社とか、どうなんです?」
「なんだ、いきなり」
「いやほら、最近はずっと俺の事ばっかりで、先輩の話なんて殆どしてなかったし……」
「あー、そうだったか?」
「自覚なかったんですか?」
一夏はジト──ッとした目で俺の顔を見つめ、仕方ない人だなと言いたげに頬を膨らませる。
「いや参った、降参だ。そうプッとするなって」
「ぷっとなんてしてませんけど?」
自分を見て、俺が含み笑いをしているのに気づいたらしい。
先の子供っぽい振る舞いが恥ずかしかったのか、一夏は頬を薄く朱に染めて顰めっ面を浮かべた。
「なんですか。人の事見て笑うなんて、ちょっと趣味悪いですよ」
「悪かったよ。許してくれ、この通り!」
欠片も謝る気のなさそうな態度だが、世の中の先輩後輩なんてのはこんなもんだ。多分な。
一夏も大袈裟に怒ったふりをしてるあたり、これが冗談とわかって乗っかっているんだろう。
「で、俺の事だったか?」
「ですね」
一頻り怒った後輩と謝る先輩の構図を楽しんだら、俺たちは自然と元の会話に戻っていた。
「新聞とかニュースで先輩の会社の話とかよく耳にするけど、実際どうなのかなって。ほら、プチコアの技術を提供するしないとか?」
「ああ、あのくっだらないゴタゴタか……」
くだらない話。そう言い捨てて、俺は先程の一夏とは比にならない渋面を浮かべる。
なんてことはない。うちの会社でレンタルを開始した三メートルサイズのCMT*1、プチコアの技術を国に開示しろっつーイチャモンをつけられたという話だ。
もっと言えば、プチコアの基本シャーシであるコア部分に搭載された超小型かつ強力なジェネレーターの技術が欲しいといったところか。
コアはネジ一本でもバラすと自壊する仕様なんで、レンタル品を勝手に解析しようと手をつければその時点で──ボンッ。
レンタル契約に許可なく触れるなって項目があるんだが、どこぞの国がこれをやらかして逆ギレしてきたのがニュースになったんだっけか。
お陰でこんな辺鄙な場所にあるロクに客の出入りもないような店を使わなきゃ後輩と外食もできないしで、大変迷惑してるってもんだ。
君は世界をより良くしたいと思わないのか、なんてのはな。
ISがどういう扱いされてんのか、よくよく考えてから言って欲しいものだぜ。
俺はなまじ大破壊後の世界ってものを経験してきただけに、人が全く自重しない・約束を守らない生き物だって事をよく理解している。
うちの子供たちはあくまでも世の中をちょこっとだけ便利にする、作業用の有人ロボットだ。それ以上でもそれ以下でもない。
市販してる小型のMTならいくらでも解析してくれて構わないよ。中身は既存技術で組み立てた普通のエンジンだからね。……っと、財団の口調が移ったか。
「ま、俺は元気でお前も元気。そんなとこだな」
「あー、なるほどー?」
「とりあえず大人の世界は汚ぇって事だけ覚えとけ」
「……やな話だな」
「そう思えるならお前はいい大人になれるよ」
ジュージュー。
話もそこそこに、店主のオヤジがステーキプレートとサラダ、+αを運んでくる。
お、きたきた……。なかなか美味そうじゃないか。牛肉にもしっかり厚みがあるな。
オヤジは俺の目配せに頷いて、それらを全て一夏の前に置いた。
「はい、お待ち。ステーキプレートとサラダにバゲット、スープだ」
「俺のスペシャルは?」
「お前はもう少し待ってな」
オヤジが肩を竦めると、一夏も視線を俺に向けて眉を下げた。
「へいへい……。ほれ一夏、冷める前に食っとけ」
俺を待ってたらせっかくのステーキが冷めるし、それは勿体ない。
一夏はまた俺の顔を見て、オヤジを見て、もう一度俺を見て、カチャリ。フォークとナイフをおずおずと手に取った。
「じゃ、いただきます!」
ぱくり、ぱく。もぐもぐと分厚い肉を切り分けて頬張る。
見てわかるほどにご機嫌な様子だ。ここまで美味そうに食べてくれるんだから、こっちも奢り甲斐があるというものだろう。
見た目は限りなく中性寄りでも、一夏の中身はちゃんと育ち盛りの男子。肉が好き、肉は正義。
ちゃっかり焼肉、すき焼き、寿司、ラーメンで喜んじゃうお年頃なのだ。
…………。
まだ、青春の戸口に立ったばかりの子供なんだよな。
「一夏、受験頑張れよ」
「
「まあなんだ。先輩からの激励ってやつだな。俺はこうやって、たまに勉強見てやるくらいしかできねぇから」
もぐもぐもぐ、ごくん。
一夏は頬張っていた肉を懸命に咀嚼して飲み込むと、
「そんなことないですよ。俺、先輩には色々と世話になってます」
「ん、そうだったか?」
「俺だけじゃないです。弾や数馬、それに鈴だって。きっと、あいつらも俺と同じ事を言いますよ」
一夏がいま名前を挙げた新入生とよくつるんでいたのは、俺がまだ学生だった頃の話だ。
つっても、親と中国に帰った鈴音を除くメンツとは卒業してからもたまに会ったりしてるが。それでも頻度はあの頃より格段に減った。
「俺、先輩みたいな人になりたいです」
なんだって? 一夏が、俺に?
「自分を持っていて、いつも堂々としてる。そんな先輩みたいに──」
「俺みたいになるのはやめとけ」
「……う?」
ちょっとキツい言い方だったか。
口を挟まれた一夏が、キョトンとした顔で俺を見る。
危ない。誤解してもらっちゃ困るが、俺は人の迷惑を全く考えずに動くタイプのダメ人間だ。
好きに生きて、好きなように死ぬ。誰の為でもなく。
そんな俺みたいになった一夏を見たら、俺が黒い鳥と化した千冬に殺される。
「ともかく、一夏。受験会場の情報は事前にしっかり調べておけ。くれぐれも、く・れ・ぐ・れ・も、迷子になんてなるなよ?」
「ちょ、子供扱いしないでくださいって。この歳で迷子になんてなりませんよ!」
「……まあ、当て勘で部屋に入ったり変な物にベタベタ触ったりするなよってこった」
一夏は俺の発言にムスッとして、ステーキをギコギコと切り始める。
ほんと。俺にできるのは、ここまで。
織斑一夏。
この世界、インフィニット・ストラトス──通称:ISの主人公だ。
俺はあまりこのタイトルについて詳しくないが、たしか一夏が受験で迷子になってやらかして、女性にしか使えないはずのIS(パワードスーツ)を動かしてしまい、男でありながら波乱万丈の女子校生活を送る……という内容だったか。
一夏にはちゃんとした志望校に合格して普通の、楽しい青春時代を過ごしてもらいたい。こいつと三年も仲良くしてきた先輩として、俺はそう思う。
しかし、一夏が学園に行くことで結果的に救われる子供がいることも、俺はなんとなく知ってる。そして俺に名前も顔もろくに知らない誰かを助ける事はできない。
なんで、ちょっと悩んで結局なにもしない事にした。
他人の人生に干渉しすぎない。これも俺たちのやり方だった、そうだよな。
未来を知っていて強めに忠告してしまったあたり、それでも今回はちょっと手を出しすぎてる方だ。反省。
「うい、お待ち。本日のスペシャルだ」
ごと、り……。
オヤジが運んできた、具沢山な魚介系パスタが目の前に置かれる。
ふうん、今日はこうきたか。なかなか美味そうだ。
「お、来たな。あー、どうだ一夏、ひと口いるか?」
「……つーん」
「おいおい、機嫌直してくれよ。無視はイヤだぜ?」
「つんつーん……!」
へそ曲げ一夏に苦笑しながら、俺はのんびりとパスタに手をつける。
……うん、旨い。この味があるから毎日ここまで足を運んでるんだ。
──さて、今日の忠告は半年後にどう転ぶやら。
これからもどうぞよろしくお願いしたい
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