肉を裂く音が周囲に響く。
その『異形』は臓物を裂き、砕き、悪魔のハラワタを地面にブチまける。
普通ならばそれは道理に合わない。悪魔というのは人間を食らい、貪り、この世に恐怖を生み出しながら血肉をブチまける側だ。
そんなグロテスク極まるこの世の道理に、鋭い爪牙による暴力でもって反逆する『異形』。一見すれば怪物同士の共食いにしか見えないそんな戦場を、後方から見ている視線があった。
(なんという……これは神話の戦いか? それとも悪魔に幻覚を見せられているのか!?)
彼女はこの地を守る退魔一族『鋒山(ほうざん)家』の術師であり、悪魔の蔓延る『異界』で戦い続けてきた歴戦の霊能力者だ。
未熟な者ならば一度か二度踏み込んだだけで、悪魔に食われて死ぬか精神を犯され壊れる『異界』に何年も挑み、命がけで悪魔達を狩り、人々を守ってきた。
戦前に一族の先祖が振るった力の一端である『縛り矢の術』や『式神の術』を僅かに残された文献や資料から再現・体得し、鍛え上げた肉体は家宝の霊刀と合わされば悪魔と一対一で切りあえる。
彼女が幼い頃より上げた成果によって『鋒山家の神童』と呼ばれ、己の心にあった誇りと慢心は、目の前の光景に木っ端微塵に打ち砕かれていた。
緑色のツノと外骨格を持ち、血のように赤い眼を光らせ、鋼鉄よりもなお硬い爪を振るい、彼女では3匹に囲まれたら死を覚悟する『魔獣』が僅か数秒で5匹以上は死んでいく。
そんな衝撃的な光景をただ見ているしかできなかった彼女の肩を、ポンと叩く手が1つ。
びくっ、と子猫のように跳ねた彼女には、異界に踏み込む前まではあった女傑の気配は失せている。
「どうだい? 俺の弟子は。見ての通り大暴れする以外はとりえのないタフガイだが、中々だろう?」
(中々……これが、中々!?)
内心では「理不尽の間違いだろう」と叫んでいる彼女も、流石にソレを口に出さないだけの冷静さは残っていた。
最近噂になっているガイア連合なる組織から派遣されてきた2人の霊能力者。
とんでもない大資本に加え、最上級の霊能力者を多数抱えているという噂を聞いた時はフカシにもほどがあると思ったものだが、もはや否定する気にもなれない。
一人は今彼女の肩を叩いた男、中々の長身に鍛え上げられた肉体を持つ好漢だ。戦闘用に改造された錫杖で、こちらも寄ってきた悪魔をあっさりと殴り飛ばしている。
もう一人は、先ほど目の前の異形に『変身』した、この男の弟子を名乗る少年。
内に感じる力はどちらも私より上だとなんとなくわかってはいたが、この男とは違い少年はまだ理解できる範疇だったはずだ。
それがあの異形になってからはどうだ、この男と同じ、自分では足元にすら及ばないほどの圧倒的な力を肌で感じてしまう。
感じる力が大きすぎてどれだけ格上かすらわからないのだ。雲を突き抜ける塔を2本見せられてどちらが高い? と聞かれている気分を彼女は味わっていた。
「師匠、片付きました」
「お、早かったな。リベラマの効果はまだ続いてるから、とりあえず異界の主以外は掃除できたようだ」
「異界の主を叩きに行きますか? ボクの体力は問題ありませんが……」
「んー、そうだな、俺のアガシオンも回復アイテムも温存できてる。
とっとと仕留めて終わらせちまおう。 鋒山家の嬢ちゃん、それでいいな?」
「っ……はい、判断はお任せします」
唐突に声をかけられた少女……『鋒山 ツツジ』がぎこちなく返答する。
「(本音を言えば彼らを失うのはこの国の大いなる損失に等しい故、無理せず引いて貰いたい……しかし、明らかに私以上の術者二人の判断に意見を差しはさめるほどの根拠もない……!)」
普段ならば誇りと信念を柱として胸を張り、一族の霊能力者やその弟子たちを齢19にして率いる彼女の威厳などとうに消えていた。
異界と化した霊山の麓でなんとか悪魔が外に出ないよう退治するのが精いっぱいだった彼女たちからすれば、異界の中に踏み込み悪魔を打ち払い『主』に手をかけている現状が既に異常。
外来の術者のお目付け役という名目で援護についてきた自分が足手まといにすらなれない。
(それでも……私達の誇りと引き換えに大勢が救われるのなら、それでいい)
彼女は既に本家がこの後どういう行動を取るのかを予測していた。
ガイア連合に頭を垂れ、かすかな希望に縋って彼女をこの二人のどちらかの妻、無理でも愛人や妾、最低でも種だけは確保しようとするだろう。
どうか我々を御救いください、どうかこの地をお守りください、捧げられるモノなら全て差し上げます、と。
(自分のような武骨極まる女等欲しがるとは思えないが……。
一晩、遊び程度に抱いてもらうのを期待する他ない、か)
異界の主の領域に踏み込み、彼女が10人いようと全滅しそうな二頭の魔犬を屠る光景を見ながら、鋒山ツツジは8割現実逃避した思考でそんなことを考えるのであった。
「とまあそんな覚悟を決めてるであろうツツジちゃんの前で彼女の両親をまとめてメス堕ちさせたりしたいんだよ俺は!!」
「いい加減刺されますよ師匠」
異界の主討伐を終え、もはや何度目かの光景である地元霊能者一族の『引き止め』を回避しつつ予約しておいたホテルに戻った後、3分もしない内に発せられた師匠……『阿部』の発言であった。
黙っていれば(濃い顔ではあるが)堀の深い美丈夫だというのに、その実態はとんでもない破戒僧である。
両性愛者(バイ)で変態でサディストでマゾヒストでついでに絶倫かつ漁色家……霊能力者じゃなければ不倫や不貞でお縄になるか、浮気しまくって刺されるかの二択だったであろう男だ。
「いや、確かにツツジさんのご両親は儚げ美人&線の細いイケメンの夫婦でしたけど、夫まで……?」
「俺は女はロリから熟女まで行けるし、男はメス落ちが似合いそうなら女より好きなぐらいだからな!」
またこれだ、と弟子……『鷹村ハルカ』は頭を抱えた。
かつて色々あって彼に救われた身ではあるが、
それはそれとして「この破天荒っぷりは常々自分にはついていけない」と感じている少年である。
「だからってツツジさんに見せつける理由ないでしょう?!」
「バカだなぁその方が興奮するじゃないか。
みろ、考えただけで俺の股間の富士山がズボンを押し上げて宝永山だぞ」
「やめろ見せるな迫ってくるなボクの傍に近づくな!! あと富士山と宝永山に謝れ!!」
「ショタオジに同じ事言って殺されかけたから今更さ」
「自分の組織のトップが治めてる霊山をシモネタに使うんじゃなぁい!」
幸いにして強姦魔ではないので無理やり押し倒される事こそなく、
常々『お前も好みだ』と言われてる割に彼は直接的な被害にあったことはない。
しかし、そういう趣味・性癖に偏見こそないが、
ガチのガチな人が身近にいてそういうモーションかけてくると
『まだ中学校にギリギリ入るか入らないか』の年齢であるハルカにとっては忌避感が隠せないわけで。
「そ、それよりも! 最近知り合いの技術者が改良したっていう『廉価版デモニカ』の先行量産型。
ツツジさんに渡しちゃってよかったんですか?」
少々露骨だが話題をそらし、阿部の思考が少しでもマトモな方に回ることに賭けた。
「ん? ああ、『G3MILD』タイプか。まあ、俺たちが持っていてもしょうがないしなぁ」
現在の標準型である『G3』タイプや装甲やパワーアシストを強化した高級仕様の『G3X』タイプ。
そして数をそろえることを優先した『G3MILD』タイプ、これを阿部はなぜか受け取っていた。
廉価版とはいえデモニカはデモニカ。
寧ろ軽量化や尖った機能のオミットされ、使いやすさで言えば最先端ともいえる機体。
安いからといって配る理由がハルカには分らなかったのである。
「理由はいくつかあるが……主に2つ。
ここの一族は今の日本じゃ相当な『上澄み』だ。MILDタイプが1機あるだけでも相当違う。
あのレベルの異界に対して水際での対処だけでなく安定した間引きの目が出てくる程度には。
こういう家にツテを作っておいて俺たちが遠出するまでもない異界は自分で対処してもらい、
気が付いたら人間が貪り食われる餌場になってる、って状況だけは阻止する。
最低でも対処不可能な異界が出た時に『連絡』できるか否かってのは相当違う」
なるほど、とハルカが相槌を打つ。
彼はあくまで阿部たち『黒札』と呼ばれる幹部級の人間の下、『金札』と呼ばれている立場。
なので機密情報までは入ってこないが、それでもガイア連合レベルの組織力で日本全土をどうこうするのは無理というのは分かる。
霊能組織としては破格を通り越して意味不明の粋にあるガイア連合でも、あくまで組織。
国そのものを守り切るようなマンパワーは持っていないのだ。
だからこそ任せられる部分は現地の霊能組織に任せつつ、恩を売って首輪をつけ、さらに鉱山のカナリア代わりにもするというのは理解できた。
「もう一つは……ぶっちゃけ在庫処分だ」
「在庫、え、はい?」
「いやだってなあ!? 俺確かにG3好きだよ? G3に対する愛を語った事もあるよ?
でもね、俺はG3そのものじゃなくて氷川さんのあれこれも含めて好きなわけであってね?
G3だけ試作品って言われて送り付けられても置く場所に困るっていうかさぁ!」
何を言ってるんですか貴方は、というハルカのツッコミもほぼスルーして、
妙に回る舌でべらべらと訳の分からないことを語りまくる阿部。
やれ『マスク割れ実装はよ』だの『ケルベロスの開発はまだか』だの
『俺たち用のデモニカだって欲しいわ!』だの、愚痴なのか要望なのかわからない言葉のられつの後。
「ぶっちゃけお前の改造に使った式神も
『G3あるのにギルスがないのはおかしいだろ!』
で発注したからそんな外見なんだし」
「だから何を言ってるんですか貴方は、
というかボクの体がこんなグロテスクなのってそのよくわからないこだわりが原因なんですか!?」
「いいか弟子、よーく覚えておけ」
突然顔を引き締めた阿部に、思わず背筋が伸びたハルカに告げられたのは。
『ガイア連合の黒札なんて大半そんなもんだ』という、頭痛が悪化するような一言。
そんな組織が今の日本で最後の希望扱いされている、という無常さも含めて、鷹村ハルカはこれからの受難を覚悟するのであった。
登場人物資料 『鋒山ツツジ』
年齢 19歳
LV 6
縛り矢の術(敵一体にシバブー)
式神の術(LV1~2程度の式神を1体作成&使役)
とある地方の霊能一族である『鋒山家』の次期当主。
現地人としては相当な上澄みであり、上記の術だけでなく近接戦も(レベル相応に)こなす。
才能で言えば他が『ロバ』なら『オープン戦なら勝てる、超運が良ければ地方重賞もいける』。
霊感も(現地人基準とはいえ)かなり強く、疑似エネミーサーチや疑似アナライズじみた第六感も持つ。
(ドラゴンボールでよく見る「す、すげぇ気だ……!」みたいな感覚)
管理している異界が平均LV1~3の『魔獣』が出る異界だったこともあり、ムド等の対策無しでは即死するような手段にあまり遭遇しなかったのも大きい。
元は彼女含めて5人の兄弟姉妹がいたが、彼女以外は悪魔との戦いで殉職。
両親は古傷もあって戦えない状態のため、阿部と鷹守がこなければ両親が人柱となり異界を抑えこむ予定であった。
兄弟姉妹を食らった悪魔やその主がいる異界が潰れた事(間接的な敵討ち)
ものすごい対悪魔甲冑(デモニカG3MILD)
ガイア連合への本格的な紹介と傘下入り(説明不要)
という大恩を受けてしまったこともあり、毎晩両親が寝室に阿部と共に入っていくことについては死んだ目で見送りながらも何も言わない(言えない)日々を送っている。
そんな自分を慰めてくれたハルカに打算抜きでちょっと惹かれつつもある模様。