(まさか、こんなことになるなんて……!!)
鷹村ハルカが『行方不明』になってから一か月と少し後。
学校行事の一環として向かった山がダークサマナーの手で異界化し、それによって発生した悪魔によって多数の死傷者・行方不明者が出た。
その中には彼女の実の息子、鷹村ハルカも含まれていたのだが……。
(そんなことはどうでもいい!『所詮犠牲になったのは一般人が十数人から数十人』程度、パトロンである名家の子息もいない)
さらに『発生した場所』も隔離が容易で、なおかつ事件後の隠蔽も問題なく行われた。
マスコミ各所や、オカルトに関係ない地元の名家との横のつながりを使えば偽装工作はたやすい。
野犬の乱入による死傷者多数……そんな風に偽装してやればいいだけなので、通常の悪魔事件のようにガス漏れ等でごまかすより簡単だったぐらいだ。
問題は、『偶然』居合わせた霊能者、ガイア連合の『破界僧』阿部によって施された『異界の封印』だ。
現場に霊能力者を送り込んだ時には『霊視』なしでは見る事もできない結界が張られており、近づこうとするといつの間にやら現場から離れるように歩いている始末。
その後、この鷹村家本邸に訪れた阿部によって説明がなされた。
あの結界は中の悪魔を一か月程度だが完全に隔離することができ、同時にダークサマナーが妙なことをしないように『一定以下の技量の霊能力者』も近寄れないようになっている、と。
鷹村家で結界に近づけたのは当主である彼女……鷹村ハルカと鷹村ショウゴの母『鷹村菜花(タカムラ ナバナ)』だけだった。
しかも近寄れたとしても『外』の存在も隔離されているようで、中に入ることすらままならない。
まあ、それ自体は別に良かった。寧ろ外に出てくる悪魔がいないので一か月間は楽ができる、と思ったぐらいだ。
彼女にとって最悪な出来事は、その結界が消えた頃に再度阿部が訪れた後……つい数時間前から始まる。
「……主を討ち、異界の調伏を行う。それは理解いたしました」
頭に上りそうになる血を全力で抑え込みながら、目の前でのんきな顔をしている阿部をにらみつける。
実際彼の実力ならば可能だろう、いくつもの異界を潰してきた『破界僧』は、地方霊能組織にとっての英雄だ。
「……我々はあの異界を潰すには実力不足であり、根願寺経由でガイア連合に届いた依頼を受け貴方が来た。それもわかります」
結界が消えた後、彼女は一族の霊能力者10名、そしてショウゴを引き連れ異界の調査に向かった。
あくまで入り口を探る程度の簡単な調査、もう1つの異界の『湧き潰し』ができている以上、この程度なら安全だろうと判断したのだ。
ショウゴに実戦経験を積ませつつ、新たな異界の調査という武名のハクづけもできる、
……結果は死者一名、重軽傷者五名という最悪な結果に終わった。
一族の霊能力者(LV1~2)が殺され、特に優秀な霊能力者(LV3~4)ですら一瞬油断すれば死ぬ魔境。
元々管理していた異界の悪霊や妖魔(LV0.1~0.5、稀に1)とはくらべものにならない悪魔だらけなのだ。
『最低でも』LV1~2の『屍鬼 ゾンビドッグ』や『ゾンビ』、少し運が悪いとLV3以上の『ゴースト』や『モウリョウ』といった悪魔が容易く出てくる。
いきなりとびかかってきたゾンビドッグに一名が負傷し、撤退か応戦かを選ぼうとした瞬間に左右から悪霊系悪魔の挟撃を受けたのだ。
どうやら外に出ようとした悪魔が結界のフチ……つまり『異界の外ギリギリ』に溜まっていたらしい。自分たちはそうとも知らず群れの中に突っ込んでしまったのである。
次期当主であるショウゴを連れていく以上、連れてきた霊能者は一族の上澄みも上澄み。元々管理していた異界で悪魔退治の経験も積んだ精鋭部隊だったのだ。
(……これも、まあ、大問題だがまだいい。最悪分家の霊能力者を盾に使って元々管理していた異界で本家の人間を鍛えればいい)
こういう時のために、一族の人間は妾や愛人を飼って『分家』を作らせてある。そういった人間を肉盾に使いつつ、本家の人間に悪魔退治をさせる。
そう、ここまでは問題ない。最大の問題は……来訪した阿部が『連れてきた弟子に異界の調伏をさせる』と言い出した時だ。
この提案自体も問題はない、あの破界僧の弟子なのだ、阿部が認める程度の実力はあると判断していいだろう。
『連れてきた弟子』本人が大問題、寧ろ今回の問題の中心だった。
「……どういうこと?ハルカ。私に説明できるよね?」
真一文字に口を結び、姿勢をピンと立たせた正座で阿部の隣に座る『自分の産んだ失敗作』に問いかける。
「お断りします。ボク……いや、私はガイア連合所属の霊能力者。 『依頼と関係のない質問』に答える必要はありません」
「ッ……この愚兄!母さん、現当主にむかってなんて口の利き方を!」
「ならば母親らしいことや一族の当主を1つでもしてから言って頂きたい」
「今まで誰があなたを育てたとッ!」
「はいはいはい、そこまで」
キリがない、とうんざりしたような顔で阿部が宥める。話を通しにきたのに話にならないんじゃ来た意味がない。
周囲の鷹村家の霊能力者もぎゃいぎゃいとハルカに対してうるさいので、とにかく阿部が圧をかけながら話を通す。
……すこしプレッシャー放っただけで覇王色の覇気ブッパしたみたいになったが、話しを続ける。
「ウチの弟子、鷹村ハルカに異界にて悪魔討伐の実戦を積ませる。
可能ならそのまま異界を潰す。万が一の為に俺も弟子に付き添い異界に潜る。
たったそれだけの事だ、何の問題があるので?」
(問題?……問題だらけでしょうがっ!)
自分の息子(モノ)を勝手に使われているという不快感、当主である自分より格上の霊能力者に対する劣等感、次期当主であるショウゴの存在を脅かす危機感。
ありとあらゆる負の感情が腹の中を渦巻いているのに、彼に依頼する以外にあの異界を抑える方法がないのが現状なのだ。
ぎり、と歯噛みしながら怒鳴りつける寸前で癇癪を抑える。所詮相手は腕が立つだけの新興組織の派遣霊能力者。
この依頼が終われば他の霊能組織と協力してこの地域一帯から締め出してしまえばいい、と。
「……わかりました。しかし一年も二年もかけさせるわけにはいきません。異界攻略の期限は一週間、潜る際は最低三名のお目付け役をつけますが」
「かったるいねぇ、ま、かまわんが。 じゃ、今から潜りますんでとっとと見繕ってくださいよ、お目付け役」
「はあ、今から………… え、今から?」
聞き返した時には阿部は立ち上がり、脇に置いていた錫杖含めた荷物を取って歩き出す。
ハルカも立ち上がり、一礼の後にそれに続いた。
とっとと選ばないと俺らだけで潜りますからね、と全力で小ばかにしたようなことをいいながら、鷹村家の屋敷を出ていく阿部とハルカ。
正直キレ散らかして怒鳴らなかっただけでも自分を褒めたい、と菜花は思っていたが……怒鳴りつける気力も、異界攻略を見ている内に失せた。
念には念を入れて、前回もこの異界に潜るために集めた精鋭霊能力者を再度招集、ショウゴも含めた7名で阿部とハルカの監視を行ったのだが……。
「ずいぶん慣れたな、ハルカ。感覚はどうだ?」
「例の修行用異界に比べれば準備運動ぐらいですよ」
「ガチ勢【俺たち】基準の訓練に一か月つき合わせたしなぁ……」
結論から言うと、菜花は『アレ』が本当に自分の息子なのか確信を持てなくなっていた。
対悪魔用の武装らしき手斧を振り回し、出てくる悪魔を一刀両断していく少年。
モウリョウやゴーストには『ハマ』を使い、効率的に異界を突き進んでいく。
霊視と感知を使い、不意打ちだけは受けないようにしながら進んでいく自分達とはあまりに違いすぎた。
「ウソだ……こんな……あの愚兄があんなに強いはずが……」
前回の敗走と今回の光景でプライドをへし折られたショウゴがブツブツと何かを呟いているが、それをなんとかする余裕すらない。
異界の主らしき人面の怪鳥(※幽鬼 おしち LV7)すら苦も無く討伐し、それどころか
「ジオストーンはもったいなかったかな?」
などと余裕を見せている人間が、自分が見もしなかった息子だと信じたくない。
(……そうだ、『そんなことは間違ってる』)
なぜなら息子の才能を見抜けなかったとしたら、自分が間違いを犯した事になる。
ありえない、『鷹村菜花が間違っているはずがない』。
ならば間違っているのはこの二人なのだ、そうじゃなければいけない。
(だから、私は何も悪くない)
「……異界調伏、お疲れさまでした。明日、報酬の支払いをさせていただきます」
「おう、耳を揃えて頼むぜ?」
表向きは丁寧に接しながら、腹の底でどろりとした殺意をあふれさせる。
『今までしてきたことも、これからすることも、何も間違っていない。間違っているはずが無い』
『なぜならこの土地を守るのは鷹村菜花と『あの人』じゃないといけないのだから』
『悪魔の手で『あの人』が死んだ今、自分こそがこの土地を守る『権利』があるのだから』
極まった独善思考、しかしそれを正せる『あの人』……死んだ彼女の夫は、もういない。
(それを奪い取ったこの二人を、正しく誅する事に何の間違いがあるっていうの)
自分の思考のあまりの身勝手さや矛盾にも一切気づかない、鷹村菜花は『そういう女』だ。
自分の正しさを疑わない、ハルカ以外には向けられる自己犠牲や献身もすべてはエゴから発せられたモノ。
『この土地を守る霊能力者』というヒロイックな立場に酔ったまま今まで生きてきた『子供みたいな大人』である。
……子供のころから『大人びた子供』だったので、それがそのまま年を取った、という方が正しいか。
報酬の支払いの約束を終え、ハルカのあまりの変化に意気消沈している面々を連れて屋敷に戻る。
ショウゴなどは現実逃避が極まったのか走って部屋に戻り出てくる気配もない。
一族の霊能力者も、今頃自分とハルカのどちらにつくべきか密談中だろう。
(まあ……『どっちもどうでもいいけれど』)
この鷹村一族も、才能がある方の息子も、菜花にとっては『人を救って満足したい』というエゴイズムを満たすための道具でしかない。
自分と死んだ夫がヒーローとヒロインをやるための道具がぎゃあぎゃあと騒いだところで気にもしない。
だが、自分の『エゴイズム』を否定するようなマネをした愚か者二人は別だ。
本邸の奥、当主だけが入れる祭具殿に仕舞われている『密書』。
かの蘆屋道満が書き残したとされる呪法に満ちた禁書であり、菜花が数年前にある『ツテ』で手に入れた切り札だ。
(『生贄』の数は問題ない、生み出される『モノ』についての制御法もある。実験もなんどか重ねてきた……)
頭の中で可能かどうかの算段をたて、可能だと判断。ありったけの呪具を揃え準備を整える。
狙うは、阿部晴明と鷹村ハルカの命だ。あの二人を消し、ガイア連合には異界攻略に失敗したと言えばいい。
そしてあの二人を殺した『モノ』で異界も潰せば、満を持して自分はこの土地の支配者になれる。
(本当に……いいモノを売ってくれたよ。 『無亜居士(ないあこじ)』殿は!)
数年前、この土地に訪れていくつかの霊能道具や書物を取引した『黒い肌の僧侶』を思い出しながら、鷹村菜花は儀式の準備を整えるのだった。