「ハルカ、お前の母親ヤバいぞ?」
え?と返すハルカ。宿泊していたホテルで突然阿部がそんなことを言い出した。
母親が世間一般ではアレな親……というのは察していたが、この場合はそんなニュアンスではない。
思わず背筋に力がこもる。明らかに厄介ごとの予感がした。
「母さんは、何を企んでますか?」
「覚醒者を生贄にした大怨霊の召喚儀式。生贄として本家の術者を使う気だな」
「…………はあ!?」
どうやって知った、なんて聞くまでもない。『読心』の術ぐらい阿部は心得ている。
何度かハルカの心を読んで、読めることを知った上で修行を実践して見せた事がこの一か月だったのだ。
……そして、これが阿部からハルカへの『最終試験』である。
「というわけで、俺たちはこの件に対処しなけりゃならん。『まだ』儀式は行われていないようだな」
「……式神ですか?」
「正解、どれだけバラまいたかは秘密だが、連中の動きは手に取るように分かる」
「……少なくとも『バラまいた』って表現するぐらい大量に設置したんですね」
「お、いいねぇ。それは加点要素だ」
当然、最初からこの里帰りが『最終試験』であることもハルカには伝えてある。
条件は1つ、『最大限ガイア連合の利益になるように立ち回れ』だ。
根願寺経由で来た依頼のついでに最終試験までやるあたり、最初から阿部にとって鷹村家そのものは優先度が低かったのだろう。
(下調べした時点でも悪い意味で地方のお山の大将、これといって光る才能があるヤツもいない。
……しいて言えば『例の禁書』だな。アレは解析が必要だが……)
既に禁書に関しては手は打ってある。つまり、あとはこの一件をハルカがどうまとめるか、だ。
阿部としてはいくつか解法は想定しておいた、その中にも合格不合格はある。
だが少なくとも、この少年ならそれなりの結果を出してくれる。そんな期待をしていた。
「……師匠。師匠から情報はもらえますか?式神から入ってくる情報とか、呼ぼうとしてる悪霊の推定LVとか」
「(ほう?)……そうだな、この一か月でお前が修行用異界で稼いだマッカとフォルマの半分でどうだ?」
「買います」
「……即答か?はっきりいってボッタクリだぞ?」
「事前に『僕が失敗した時のフォローはしてくれる』って聞かされてますし、それなら欲しいのは時間です。金で時間が買えるのなら、買います」
(……うん、今の所100点満点だなコイツ)
鉄火場で注ぎ込むリソースを惜しまず、普段は逆に無駄遣いしない。こういうタイプは間違いなく必要だ。
そしてそのリソースを注ぎ込む先は『情報』。アフターケアありきとはいえ、こういう霊能力者は伸びる。
……本当に『霊能力の才能』だけが足りなかったタイプ、ともいえる。
式神から入ってきた鷹村家の情報をハルカに伝えながら『ホントにメシア教は余計な事しやがって』と内心でいつもの愚痴を呟く。
「それで、情報が手に入ったんだ。即決即断で叩きに行くか?」
「いえ、介入するタイミングは……」
情報を精査し、作戦を立て終わったハルカが今後の動きを説明する。
作戦会議というよりは、阿部への『作戦確認』だろう。阿部も阿部で動く以上、バッティングは避けないといけない。
あくまで作戦確認、それを完遂できるかどうかはまた別だ、しかし。
聞き終わった阿部は一言だけハルカに言葉をかけた。
「お前、120点」
呼び出した一族の人間の『残骸』から背を向け、自分の意のままに動く『大悪霊』を連れて霊地を出る。
生贄の確保は容易かった、自分たちを裏切りハルカにつこうとしているとはいえ未だに当主は菜花のまま
『異界調伏の祝い』という名目で屋敷に集めた霊能力者に一服盛って意識不明にしてから、全員を車に押し込み霊地に運び込んだのだ。
禁書に書かれていた呪毒だ、丸一日は目を覚まさない。それから異界化していない霊地に運び込み、儀式を行った。
見ての通り結果は成功、溶け切った肉体から人面が複数浮き出たようなグロテスクな外見だが、自分の力をはるかに超えた大怨霊だと一目で分かる。
菜花は詳細な力まで見えないが、もしこの場にアナライズ能力を持った人間がいたならこういうデータが表示されたハズだ。
『屍鬼 コープス LV14』
(……素晴らしいッ……!!)
『しかも自分の命じるままに動く、この力さえあればうっとおしい分家すらいらない、エサにしてしまおう』
『そして邪魔者二匹も誅殺し、最後はショウゴを形だけのトップに据えてこの『使い魔』で悪魔を殺し続ければいい』
『この土地を救うのは私だ、それが正しいんだ』
……あまりにも見るに堪えない妄言を脳内と言葉の両方で奏でていた菜花が、霊地から出てすぐに歩みを止める。
「……まさかそっちから出てくるなんでね、忘八者」
「そっくりそのままお返しするよ、忘八者」
ぎりぃ、と菜花が歯噛みする。煽り返された時点で沸点が振り切れたらしい。
「……命乞いすれば助けてあげようと思ってたけど、その慈悲も今、失せたよ」
「あ、そう、どうでもいいや。心底どうでもいい。お前の慈悲なんかにすがるつもりは毛頭無い」
親指を立て、自分の背後を指さすハルカ。何の意味があるのかわからず怪訝そうな顔をする菜花。
「ここからボクと師匠の泊ってるホテルまで、相当量の人間がいる。お前はどうするつもりだった?」
「……見てしまった者はしかたないね、口封じとエサの確保のために食い殺すよ」
「そうか。 こっちも今ので慈悲が失せた」
ゆっくりと、何かをかきむしるような手の形を作り、腕をバツの字に胸の前で交差させる。
「ここから先には『ただの人間』が大勢いる。今日も平穏を享受している只人が、数えきれないほど」
体の中のスイッチが切り替わる、あくまでイメージだが、撃鉄を起こしたような『ガチン』という感覚だ。
「そんな只人の住む温かい世界の価値は、僕にはわからない。
家族がいて、幸福があって、居場所がある。そんな感覚を味わった事もない……
でも、1つだけ分かるんだ。これだけはこの世の真理だって。
あの世界にいていいのは、温かい世界を生きる資格がある善き人々だけだ」
『ボクたちはあちらに戻れない』
そう言い放った直後に交差させていた腕を勢いよく解いて腰だめに構える。
「──────────── 変身ッ!!」
叫んだのと同時に跳躍、胸を張ったようなポーズのまま空中に飛び、そのままハルカの体が『変身』する。
『緑色の短いツノ』『同じ色の生体装甲』
『虫と人間の両方を思い起こさせる肉体』
『血のように赤い瞳』
霊能力者、鷹村ハルカは改造人間である!
彼を改造したガイア連合は、世界平和を願う善の秘密結社である!
鷹村ハルカは人間の自由のために、闘うのだ!
そこからは、もはや詳細を語るべくもないだろう。
最初こそ五分かコープス有利と思われた勝負は、『緑の異形』のツノが伸びた瞬間に形勢逆転。
どうやらオーバースペックな式神ボディの性能を使いこなせるようリミッターがかけられていたらしく、ソレが外れた瞬間一気に形成が傾いたのだ。
(ありえない)
霊力を絞りつくし、術の1つすら使えなくなった菜花がひたすら現実逃避する。
(あっていいはずがない)
目の前でコープスが断末魔の悲鳴を上げMAGに還っても、なお現実に戻ってこない。
(こんなものは間違って……)
そんな思考を中断させたのは、ギルスによって首を掴まれ締められる苦しみだった。
「あ、ぐ……?!わ、私を、殺す気なの……!?この、親殺しが……!」
「そうだ。ボクは人殺しで親殺しだ。 それで?」
「お前のような異形が、正義の味方きどりか……!?」
「そうだ。ボクは正義の味方きどりの異形だ。 それで?」
「ッ……そんな偽善者が私を殺していいわけが……」
「関係無いな。 ボクがお前を殺すのに善も悪もない。復讐でもなければ義務でもない。
『ボクはそういう存在』だからお前を殺すんだ」
抵抗されないよう、右腕で首を掴んだまま、左手のギルスクロウをみぞおちに突き刺す。
くぐもった悲鳴を上げる菜花を見ながら、ハルカの手も足も心も、まったく震える事はなかった。
滴る血を見れば見るほど暴力的な衝動が湧き上がってくる。今までやられてきた屈辱を倍にして返せ、と。
お前にはその権利がある、獣欲のままに殺せ、食らえ、犯せ。頭の中で本能がささやく。
……そんな衝動全てを抑え込み、ただ、自分がするべきことだけを実行した。
「親殺しが悪ならそれでいい、殺すことで大勢を守れるんならそうしよう。
人殺しが悪ならそれでいい、他の誰かがやらねばならない分もボクがやろう。
偽善者が悪ならそれでいい、善人には救えない人や守れない人を僕が庇おう。
こんな痛みも苦しみも、知る人間は少ない方がいいはずだ」
それ以上何かを言う気もない、とばかりにギルスクロウを引き抜き振り上げる。
最後に「やめっ……」と何かを言おうとして、菜花の首が宙を舞った。
吹き上がる血が頬を汚す、仮面の下のハルカの表情はわからない、だが。
鷹村ハルカが親に愛される可能性は、この瞬間完全に消え去ったのだ。
「……あとは、ショウゴを確保……そして、後始末か」
菜花の死体を確保すると、屋敷に向けて歩き出す。
その足取りは、まるで泥の中を進んでいるかのように重かった。
ショウゴの確保はあっさりと終わった。阿部にも協力してもらい、簡易式神で部屋を包囲してから変身、扉をブチ破る。
何事かわめきながら術らしきものを放ってきたが、昔はともかく今のハルカにとってはそよ風に等しい。
首根っこを掴んで引きずり出し、無理やり広間まで運んでから放り出した。
「ぎゃっ……ひっ、ひぃ……!?」
『ショウゴは自分と違って父親似な事にこれほど感謝したことはない』と後にハルカは語る。
顔を涙と鼻水で汚し、広間の畳を恐怖のあまりアンモニア臭のする液体で濡らす少年が自分と同じ顔でなくてよかった、と。
「ここの畳も無駄に高いんだがなぁ」と言ってギルスクローを突き付けながら、脅すように言葉を続ける。
「お前はこの瞬間から鷹村家の当主だ、そして『前当主』のやらかした事の責任を全部取ってもらう」
阿部が死体袋から菜花の生首を取り出すと、もはやショウゴの顔色は青を通り越して土気色であった。
これならどんな条件も何も言わず全て受け入れると確信してからハルカは畳みかける。
「僕たちガイア連合への依頼料は迷惑料込めて倍額支払い、それに加えて『現当主』の退陣。
……さらに『鷹村ハルカ』の当主就任の承認だ。当然迷惑料分は『お前が』払え」
これもまた当然だが、少なくともガイア連合への依頼料は個人がポンと払える額ではない。
鷹村家の財産を使えれば別だが、ショウゴは数分後には『前当主』扱いになるので使えるはずもない。
個人の貯金?……子供には過ぎた額の小遣いをもらっていたようだが、雀の涙もいいところだ。
「断ってもいいが……その場合は生首が2つに増えるな。
なに、安心しろ。『就職先』は斡旋してやる」
ギルスクローを首元にチラつかされて、出しきったと思った小水の追加を漏らしながら、鷹村ショウゴは頷くほかなかった。
「というわけでよろしくお願いしますアシハナさんッ!!!!」
「えぇ……」
もうしょっぱなから困惑以外の感情が表情に出てきてない男の名は、ガイア連合の黒札が一人『阿紫花英良(あしはな えいりょう)』。
ひょろりとしたキツネを思わせる雰囲気の男ではあるが、見る眼のある者ならその中に鋭い剃刀のような気配を感じ取れる腕利きだ。
現に、数か月前に出来たばかりとはいえガイア連合支部『賭場・地獄湯』を任されてる男でもある。黒札の中でも相応以上の信頼度と腕を持っている証拠だ。
……余談だが、この二年ほど後、つまりこの小説の一話あたりで『クレマンティーヌ』という現地霊能者がなんやかんやあってここでカモにされることになる。
閑話休題。
ともあれ、今回の事件の資料とか今までのいきさつを説明し、ノータイム土下座かましてるのがハルカである。
「いや、ウチ人身売買はやってないんですがね……」
「別に解体(バラ)して売れって話じゃないですからね?いや、ホントに」
復讐の為にそういう事を頼みに来たんじゃないのかと疑われたが、
『それなら師匠に頼めばこの世の地獄と天国をまとめて味わわせるでしょうし』
というぐうの音も出ない正論が飛んできた。
「……地獄湯は現在も拡大中、このままいけば二年以内には結構な地方都市になるでしょう。
そのことを考えれば『契約で縛れて『コキ使っても心が痛まない悪党で最低限の能力がある』
霊能力者は必要になると思います。そのうち横の繋がりで人の都合も付きそうですけどね」
「む……」
現代風に言えば『ソシャゲのスタートダッシュキャンペーン』とかそんなモノだ。
もちろん、現地霊能力者ができる程度の仕事等、アシハナと専用式神なら片手間で終わる。
だがその『片手間』の分の労力すら惜しいのが創業期というモノ、雑務を任せられて使い倒せる人材は確かにありがたい。
「なにより、こういう悪党を契約で縛ってボランティアに放り込むの、得意でしょう?」
「得意とまでは言いませんし、得意なのはあっしの『相棒』の方ですがねぇ」
「…………まあ、今は仕事中ですし、『相棒』呼びで構いませんよ」
『魔神 ヤマ』。閻魔大王という名前が日本では有名だろうか。
彼女はそれを模した式神であり、内蔵された悪魔は後にランクアップにより『ヤマ』に到達してしまう成長株。
外見はちょこんと座っている小柄な少女、しかしこの場においてはアシハナと彼女が実力の2トップだ。
先日のコープス戦でLV14にあがったハルカだが、数か月前ここに巣くっていた『邪鬼ウェンディゴ LV30』を討伐している二人には遠く及ばない。
というか威圧感がヤバい、ミシミシと部屋がきしんでいる錯覚すら覚える。
「あ、それで頼みごとの件なんですがね」
「土下座のままなのに軽いですね貴方!?」
「一応そこらの霊能力者なら腰抜かすプレッシャーなんですがねぇ……」
「ほら、師匠が師匠ですから……『神主』さんがちょっと引くような修行を一か月やらされたので」
「「あぁー……」」
いろんな意味で同意&納得してしまった二人、とはいえこのままじゃ話が進まないので続けるが。
「それで、そっちのご家族をあっしらに預けて何がしたいんです?」
「まあ、ボクらどんなに言い張ってもカタギの職業じゃありませんから。
その行動が正義だろうと裁く権利なんてありません。『死者』は仕方ないにしろ……
生者をとっつかまえた所で、これといって裁きを与える権利なんてないんです。
だから『契約の上でオカルト関連の奉仕活動』という落し所のあるお二人に頼みたいのが1つ」
『悪党を現行犯でぶっ殺すのはいいとして』とさらりとアレなことを言うが、女神転生ってそういうものなのでスルーする。
「もう1つは、ここで殺すとどうイイワケしても『家族殺して家を奪った』って悪名がつくことです。
ボクはもうガイア連合の所属霊能力者、組織にまで悪名を波及させるわけにはいきません」
「……なるほど」
ちらり、とアシハナがヤマを見る。少なくとも読心等のアシハナ達の持つ技能ではハルカの発言に『ウソ』はなかった。
……そう、ウソはない、つまり。
「アンタ、家族を生かしたいって理由でココに連れてきちゃいないんですね、カケラすらも」
「仮にそうだとしても、それを口にする権利はボクにはありません」
「……そうですかい」
ウソではないのだろう、必要とあればこの少年は親すら手にかける。
自分が手に入れられなかった暖かく平和な日常、それを大勢の人間が謳歌できる秩序。
そんな優しい世界を守るためなら手を汚すことも躊躇わず……、
同時に、そうやって手を汚すのは可能な限り自分だけでいいと思っている。
無論、自分一人で全てを背負いきれるなんて言うほど傲慢じゃないので、こうしてアシハナたちに頼りに来てるわけだが。
(自分を『無価値』かそれに近しいナニカに考えてやがる。オマケに極限まで合理的。
だから『自分より価値があるモノ(=世の中の多くのモノ)』のための献身をためらわない。
……ま、美意識ぐらいはあるようだから、優先順位はありそうですがねぇ。
見ていて怖気がする、なんで10歳のガキがこんな目ぇするハメになってんだ)
厄介なのはこの価値観はあの環境によって『後天的』に植え付けられた、ある種歪んだ自己犠牲ということだ。
そしてそれを取っ払っても根っこのところが英雄気質、つまりこれに加えて『生まれつきヒーローメンタル持ち』。
つまり生まれついての英雄が環境で盛大にアレな方向に育ち切ってしまったのが『鷹村ハルカ』という人間なのである。
※ちなみに母親と弟は美意識に基づいて価値がマイナスぶっちぎったのでこんな対応になった模様。
「……まあ、引き受けましょう。 この『二人』の契約と仕事の斡旋をね」
「ありがとうございます! 「ただし」 ……な、なんでしょう?」
「世の中の基本は等価交換、タダより高いモンはねぇ。『二人分』の身元を引き取るんです、取引ってことにしましょうや」
とはいえ、長々と交渉するつもりはアシハナにはない。シンプルかつ単純に、親指と人差し指で輪を作る。
「お代はいかほど、いただけるんで……?」
この一週間後、地獄湯の従業員が二人増えた。
給料は高くない、オカルト関連の依頼を引き受ければほとんどを借金の返済に持っていかれる。
ガイア連合への違約金に加えて『蘇生術が使える術者の手配』の代金は安くない。
それでも、その『親子』はただの『人間』として、次の一歩を踏み出していた。
『仮面ライダーになってしまった男』編 END
NEXT STAGE
『エンジェルチルドレン』編
to be continued……