きっと彼は、人より我慢強いだけのただの良い子だった。
彼は、幼いころから『人とは違う』家に生まれたと認識していた。
とある地方都市にある霊地を守護する一族……『鷹村家』。
『柳生友景』の弟子が起こした陰陽道の家であり、祓い清めた水を用いて磨いた霊刀を用いる名家。
物心ついたときには筆と紙で札を作る練習をさせられ、霊刀を振るための鍛錬も欠かさずやらされる。
だが、それ自体は彼にとって苦ではなかった。
元より努力を惜しまぬ心をもって生れ落ち、物覚えは並みだが試行錯誤を惜しまない。
いずれは天才とまではいかずとも、今の日本なら並より上の霊能者にはなれたはずが……。
徹底的な成果主義にして才能主義、それがこの家の伝統であり。
「あの家の『双子』はなぜああも違う?」
「兄の方はまるで平凡、あるいはそれ以下だ」
「弟のショウゴ殿と比べて兄の方は……」
「あれではいずれ悪魔に食われ死ぬだろう」
「相打ち程度に役に立てばよいがな」
彼にとって最悪の悪習であった。
(……家、帰りたくないなぁ)
肩を落とした少年が、放課後の通学路を家に向けてとぼとぼ歩いていく。
人間というのは愛情を注がれ、こつこつ小さな経験を積み重ねて自尊心を育むものだ。
その自尊心が社会の荒波で摩耗し折れることはあるが……『最初から育ちようがない』場合もある。
(ショウゴ、今日もきっと家の皆に褒められてるんだろうなぁ)
憂鬱の種はいくつもあるが、真っ先に思い浮かぶのは弟の『鷹守ショウゴ』の事であった。
双子の兄弟として生まれ、仲良く子供らしい遊びをした記憶すらおぼろげな弟。
自分とは違い霊能力者としての才能に恵まれ、覚醒修行もあっさり終えて。
今では覚醒にすら手間取ったせいでマトモに戦えない自分と違い、家に伝わる術すら修めている。
(きっと、ショウゴは将来多くの人を救える、自分と違って)
そんな鬱屈した感情を必死に押し隠し、じわりと目の奥に感じた切なさを抑え、
誰かに嫉妬するのはいけないことだ、という紙のように薄い理屈で己を律し……。
「チッ……ああ、なんだ。愚兄じゃないか。帰ってきたのか」
家の門をくぐって、舌打ちと共に開口一番こんなことを言ってくる弟に殺意を覚えた。
「おかえりの一言もなしかよ」なんて軽口が叩ければいいが、どろりと濁った感情を抑えるので精いっぱいだった。
「……ああ、今日は帰りのホームルームが長引いたからな」
「『普通の学校』は雑で嫌ですね、まあ、愚兄にはお似合いだけどさ」
昔の彼はここまで歪んでいなかった、少しばかり生意気な所はあるが、普通の弟だった。
しかし、本人の優れた才能に加えて周囲の環境があまりにも人格形成に悪影響すぎた。
成果を出し続けるショウゴを持ち上げる周囲、弟だけを可愛がり双子の扱いを露骨に変える母親。
父親は物心ついた時には既に悪魔との戦いで死んでおり、次の跡取りはほぼ内定状態。
そして兄という『見下すことを許された相手』を見つけた瞬間、ショウゴは盛大に歪んだ。
ショウゴの恰好は、地元の名門私立小学校の制服だ。量販店で購入した安物の衣服である自分とは違う。
教育も、待遇も、親を含めた周囲からの扱いも、ありとあらゆるものが区別されてきた。
「どうせロクな死に方もできないんだから、勉強なんて無駄なのに」
「……ボク、鍛錬があるから」
「もっと無駄な鍛錬(コト)しにいくとか、愚兄通り越して愚者なんじゃないか?」
ギリ、と歯噛みしながらもギリギリで殴り掛かるのを耐えるハルカ。
霊能力者としてだけではない、剣士としても優れ、進学校でも贔屓無しで学業優秀な弟。
毎日弟の倍以上の鍛錬と勉強をこなしても、並みかその少し上の成果しか出せない兄。
本邸に大きな部屋を与えられている弟とは違い、離れの別邸にある私室まで足早に戻る。
「ッ……くそぉ!!」
ランドセルを怒りのままに地面にたたきつけようとして、寸前で思いとどまるハルカ。
『万が一壊れたらあの母親は自分の為に新しいランドセルなんて買ってくれない』
そんな悲しすぎる理性がギリギリで働き、荒い息を整えながらも身支度を整え、鍛錬場に向かう。
霊刀を模した模造刀の素振りは、毎朝毎晩彼が欠かさず行っている鍛錬だ。
家に伝わる『霊破の術』や『治癒の術』が使えない彼は、ひたすらに霊刀戦に打ち込んだ。
自分の半分も鍛錬しているか怪しい弟が自分以上に伸びても、それでも折れずに振るい続けた。
家の人間が通りがかるたびに『無駄な努力を』『それが分からぬ阿呆なのだ』という声まで聞こえる。
ショウゴが次代を継ぐのがもはや確定である以上、彼の価値など家の中ではスペアかそれ以下であった。
だからこそショウゴに媚びたい家の人間は彼を罵り、ショウゴに合わせた価値観を抱いていく。
(……何年もボクの鍛錬を見もしない母さんよりはマシかもしれないけどさ)
素振りを終え、模造刀の手入れを行いながら鬱屈した感情を思考だけで整理する。
ハルカの才能に早いうちに見切りをつけた母親は、小学校に上がる前に彼を見なくなった。
世話は適当な使用人に任せ、ショウゴのために出来ることを表も裏も尽し支える。
鍛錬1つをとってみても、師がいるかいないかはあまりに大きい。
しかもこれは命がけの戦いに挑むための鍛錬なのだ、つまり。
(母さんは、俺が異界で死のうがどうでもいい)
鞘に納めた模擬刀を握る手に、無意識に力がこもる。
離れにある浴室へ向かう足も、やはり重い。自分の初めての実戦は間違いなく数年以内だ。
しかし、3歳の時から続けている鍛錬も、覚醒した後はコレといった成長がみられない。
『ハルカは初実戦で死ぬ』、一族の霊能者が口にした嘲りが事実に等しいと認めざるを得ない。
親に愛されず、弟に見下され、周りの人間に蔑まれる人生を歩み、彼は死ぬのだ。
彼は、幼いころから『人とは違う』家に生まれたと認識していた。
彼は、それを恵まれていると思えたことは、一度もない。
登場人物資料 『鷹村 ショウゴ』
年齢 10
LV 3
霊破の術(ザン)
治癒の術(ディアの劣化版)
ハルカの生まれ故郷である霊能一族『鷹村家』の次期当主であり、彼の実弟。
正確は傲慢で冷酷、霊能力以外の才能にも満ちていたため、人を見下す性格に育つ。
家の敷地内では堂々と兄を罵るが、外では優等生の仮面を被っているため評判は良い。
生まれた時から若干の小悪党気質ではあったものの、あくまで常人の範囲内なので環境さえよければマトモに育っていた。
が、母親が典型的な毒親のパターンである『搾取子と愛玩子』タイプ。
さらに血統のせいで幼い頃から取り巻きができてしまったために盛大に拗らせる。
苦痛を伴う鍛錬を嫌がったり、戦闘時の覚悟を決めるのが死ぬほど下手だったりと、根本的にヘタレ。
つまり『霊能力者の才能はあるが戦うのに向いてない』性格だが、実戦がまだなので判明していない。
才能は『ロバ以上サラブレッド以下(勝ち上がりはできるがオープン戦あたりが怪しい)』
元々霊能力者以外にもいろいろこなせる器用な才人ではあるので、1を聞いて10を収められる天才ではあった。
しかし根本的なレベル上限+本人の精神性もあって、伸びしろは低い。