学校というものは、定期的に生徒の教育のために様々なイベントを開催する。
運動会やマラソン大会しかり、修学旅行や林間学校しかり。
ハルカの通う小学校でも、秋になれば学校からほど近くにある整備された山での自然学習があった。
ちょっとしたハイキング気分であり、インドアな小学生にはキツいが概ねはしゃいでいる子供が多い。
鷹村ハルカもまた、こういう行事の時だけは、ただの小学生になれたような感覚を覚えていた。
(……普段の鍛錬のおかげか、整備された山道ぐらいなんてことないな)
彼の家が地元の名家であり、彼自身は蔑まれて育ったといっても周囲の扱いは変わる。
教師はハルカを持て余し、子供たちもなんとなく空気を察するのか、ハルカに親しい友人はいない。
流行りのゲームなんて買ってもらえるはずもなく、アニメを見る時間も勉強や鍛錬に当てた。
そんな彼でも、たとえ山道を登る間に一言も誰かと話すことがなかったとしても。
皆がシートの上にお弁当を広げる中、ロクに使わないお小遣いで買ったパンを木陰で齧っていたとしても。
『今だけはただの子供でいられる』 それがハルカにとって最大の幸福であり……。
「佐野先生、野犬が一匹こっちに……」
「なんだって!? ……ちょっと男性教師陣で追っ払ってきます、鈴木先生は生徒を見ていてください」
昼食をとっていた広場の隅に野犬が迷い込むというトラブル、それだけならよかった。
その野犬……『屍鬼 ゾンビドッグ』が、追い払おうとした男性教師の腕を食いちぎり、
静かな広場に響き渡る断末魔の悲鳴を上げさせるまで、彼はただの小学生でいられた。
ダークサマナーと呼ばれる職業・集団がある。
霊能力を悪時に使う人間の総称であり、それが拝金主義なのか破滅主義なのかは個人次第だ。
依頼を受ければ対象の呪殺からダーティな暴力沙汰までやる無法者たち、それがダークサマナー。
そんな連中の仕事の1つに『破壊に失敗した呪物の遺棄』がある。
対処できない呪物を手元に抱え込みたくない連中が、他の家や一族が管理する土地に放棄するのだ。
自分の手でやる者もいれば、ダークサマナーを雇ってやらせる者もいる、問題は。
その呪物のせいでこの山の一部は新たな異界と化しており、野犬の死体がゾンビドッグ化。
よりにもよって今いる広場の周辺が異界に含まれた事で、昼食のメニューはお弁当から子供たちの血肉に早変わりだ。
教師が喉笛を食いちぎられて殺され、血の匂いによってきた新たなゾンビドッグが乱入した事で、一瞬で広場は地獄になった。
「マ゛マ゛ああぁぁぁぁ!!」
「逃げて、皆逃げてぇ!?」
「やだぁ!やだ、びギュッ……」
「あじぃい、あだじのあじぃ!?」
地獄に変わった広場の中で、曲りなりにも自分ができる事を考えられたのは鍛錬の賜物か。
次の行動のための準備を整えながら思考をまわす。
(ここは異界から遠い場所のはず、なんでこんな場所に悪魔が現れた!?いや、そもそも……『なんで悪魔なのに生徒や教師に見える』!?)
悪魔というものは一般人には見ることすらできない、覚醒する、あるいは霊視のための修行を積んでようやく見ることができる存在なのだ。
ハルカは霊視の修行こそ適正のせいでロクに進まなかったが、覚醒してからは悪魔をみる・見たモノが悪魔かどうかを判別する程度は可能だった。
だからこそハルカの霊視能力が告げている『あの野犬は悪魔』という事実に驚愕したのである。
正確には、あのゾンビドッグは一般的なゾンビドッグとは少々成り立ちが異なる。
近隣の住民がこの山に捨てた飼い犬が野垂れ死んだ死骸、あるいは悪徳ペットショップが捨てていった犬の死骸。
それがダークサマナーによる異界化の影響で生まれた『浮遊霊』や『動物霊』の悪魔の依り代となってしまったのだ。
つまり彼ら彼女らに見えているのは『悪魔の操る犬の死体』であり、憑依して操っている悪魔自体は見えないままなのである。
……当然ハルカは知らぬ事だが、だからこそ救われない。
呪物を投棄し山を異界にしたダークサマナー、生まれてきた悪魔の依り代となる捨て犬や死骸を生み出した街の住人。
この地獄を生み出したのは、そんな身勝手な人間の『人災』に他ならないのだ。
「山道へ走れ!アイツらは反対側の林の方から出てきた!!ボクたちの上って来た道へ走れ!!」
乱入したゾンビドッグに近かった生徒や教師が食われるのをしり目に動き出す。
近くにいて咄嗟に動けた生徒数人、それが彼が大声を上げて誘導できた限界人数だ。
腰を抜かしていたり、フリーズしていた生徒は見捨てた、そうするしかなかった。
教師を食いちぎった時の動きで分かる、1匹ならもしかしたらを考えられたが、数匹もいる時点でハルカが勝てる相手ではない。
遠足だろうと普段の授業だろうと手放さない、荷物の底にこっそり隠してきた『霊刀の脇差』、彼がそれを抜いても2匹で詰む。
所詮は予備の模擬刀を砥石で研いで刃を立たせ、見よう見まねで霊水を使い磨いた無いよりマシ程度の武器だ。
ならば自分が誘導できるだけの人数を連れて下山し、逃げ遅れた人間が食われている内に逃がす。
吐き気のするような計算を組み立てながら、名前もよく覚えていない少年少女を山道に急かした。
脇差を取り出し、駆け下りていく生徒たちの最後尾を進む。
さっきは『ハルカが戦っても救える人数が増えない』から見捨てた。
だが、今は違う。
万が一あのゾンビドッグが追い付いてきたのなら、ここで殿をやれば他は逃げ切れるかもしれない。
無駄に命を散らす気は毛頭ない、が、その行為が有益ならば彼は一切躊躇わないだろう。
ある意味、鷹村家の誰よりも『護国の霊能者』としてふさわしい精神を彼は育て上げていた。
「バウッ!バウッ!!」
「ッ、きたか! 全員そのまま走れッ!!」
聞こえた吼え声は、わかりづらいが2つあった。つまり追ってきたのは二匹。
脇差を抜きながら足を止め、生徒たちが必死に駆け下りていくのをしり目に振り替える。
覚悟は決めた、腹は括った、10歳の子供にあるまじき精神力で恐怖をねじ伏せて。
「……こいッ!犬畜生!!」
片手で正眼に脇差を構え、大きく息を吸い込み、止めて。
大口を開けてとびかかってきたゾンビドッグの口目掛け、脇差を突き出した。
ほとんど賭けに等しい、相手が跳躍した勢いを利用し、比較的柔らかいであろう体内へ脇差をブッ刺す。
脇差が腕ごと口内に突き刺さり、喉を貫いて刃が首の後ろまで飛び出したのは、完全に偶然だ。ラッキーパンチと言っていい。
しかし問題は、悪魔……それも屍鬼(ゾンビ)というモノは、物理には意外とタフだという点だった。
ぐちゃり、ごきり、という音が響く。
脇差を突き刺されたゾンビドッグが、絶命(既に死んでいるが)する前に、ハルカの腕を骨ごと食いちぎった音であった。
「ッッッ……づぁっ、ぎっ……!?」
痛い、ではなく、熱い、としか感じられない感覚。
一気に血が噴き出したせいか視界が揺らぎ、腕ごと持っていかれた脇差を回収する余裕もない。
二匹目のゾンビドッグの動きは見えなかった、視界から消えたと思ったら、わき腹に全く同じ感触。
脇腹の肉を通り過ぎざまに食いちぎられたようだが、ハルカはそれどころではない。
ほとんど反射的に、自分の血肉を口から零しながら再度とびかかろうとするゾンビドッグに振り向く。
(ああ、ボクは死ぬのか)
恐怖はなかった、後悔と未練は山ほどあったが、腹を括った自分の度胸だけは褒められてもいいと思えた。
足に食いつかれる、もう片方の足で蹴っ飛ばす前に、腐っているのに強靭な顎で膝から下を千切られた。
朦朧とした意識が走馬灯を映し出す、ロクでもない思い出ばかり、楽しい記憶が浮かんでこない。
(母さんやショウゴは、ボクが死んだら泣いてくれるかな。 泣かないだろうなぁ)
咥えていた自分の足をかみ砕き、飲み込み、もはや這って動くことすらできないハルカをみるゾンビドッグ。
ガンガンと鳴り響く耳鳴りの中に聞こえる複数の足音、他のゾンビドッグも寄ってきたらしい。
途切れそうな鼓動と呼吸を意思で無理やりつなぎ止め、せめて死ぬ時まではあがいて、あがき続けて、逃げた皆が逃げ切るまでの時間を稼ごうとする。
(生きたい。まだ、生きていたい。ひどい思い出ばかりだけど、楽しい事なんて、浮かばないけど)
体の複数個所に食いつかれた感触、血が足りないせいか、意識が途切れかけているせいか、痛みもマヒしているのが幸いだった。
そんな中で、鷹村ハルカは生まれて初めて『夢』を見た。
夜に見る夢ではない、人生の目標、展望、そういうニュアンスの『夢』である。
(死にたくないわけじゃない。でも、せめて……『ボクが死んで泣いてくれる人ができるまで』……生きていたいッ!!)
やぶれかぶれに拳を突き出そうとしたが、ゾンビドッグに手首ごとむしられる方が早かった。
あと1秒もあれば、ハルカの体は八つ裂きにされ、その不憫に過ぎる人生は終わりを告げる。
その刹那。次の瞬間には未熟な命の灯が吹き消される、ほんの一瞬の空白に。
「マハジオンガ」
幾筋もの雷光が降り注ぎ、ハルカを囲んでいたゾンビドッグだけを撃ち抜き消滅させる。
側撃雷も感電もない、ひどく奇妙な雷鳴がハルカを救った。
真っ赤に染まった視界で、こちらに駆け寄ってくる影を見た。
重そうな戦闘用の改造錫杖、動きやすい衣服に身を包んだ美丈夫が膝をつく。
その手から放たれた白いもやのような光がハルカの体を包むと、少しずつ痛みがやわらいでいく。
(誰、だろう。でも、この光……あったかい……)
「少年、聞こえているなら返事……いや、返事はいらない。残酷かもしれないが、意識だけ保て」
眼球を僅かに動かし、男の話す言葉に残る五感と意識をかき集める。
自分が最後に感じることになるかもしれないモノなのだ。せめて、刻み付けていきたかった。
「君はもうすぐ死ぬ、俺の治癒の術では君を直しきれない。失った肉と内臓があまりにも痛い。
だが……『人間をやめていい』のなら、君はまだ生きられる。どうする」
答えは言うまでもなかった。鷹村ハルカはさっき、初めて夢を手に入れたのだから。
人が産まれるのはいつか、母の胎を出ておぎゃあと泣いた時か?否。
『この世に生きていい理由』を見つけた時である。
彼は母に愛されなかった、父は彼が母の胎にいる間に死んでいた。
ならば、この死線の中でついに『産まれた』少年が、生きる選択肢を取らぬ理由が無いのだ。
「……い、き、たい、よ」
「! まて、喋るな!目を見ればいいたいことぐらい分かる!」
「いき、たいよ。まだ……!ボクは、まだ……! なんにも、できて、ない!」
喉をせりあがってきた血を吐き出しながら、命を縮めることをわかっているのに、言葉を吐き出す。
「ボクは いき、たい!まだ、いきてたい!」
どんなに命を削っても、この言葉だけは言うべきだと、彼は思ったのだ。
「……わかった、任せろ。俺が……俺たちが必ず生かしてやる。
運がよかったな、少年。俺の『式神』が完成直前で、なおかつ俺がトラポートを使えて。
本当なら目覚めた時に言うべきだろうが、今のうちに言っておく」
『ようこそ、ガイア連合へ』
最後にそんな言葉を言われた気がして、ハルカの意識は闇に沈んでいった。
登場人物資料 『阿部 清明(アベ ハルアキ)』 その1
『超人 アベ ハルアキ』
年齢 28→30
LV 38→???
(過去編→現在)
※主な習得魔法のみ抜粋
マハジオンガ
ディアラマ
メディア
マハムド
マハンマ
マカカジャ
エストマ
etc.
ガイア連合の『黒札』と呼ばれてる転生者達の一人。
ショタオジ主催の『富士山覚醒体験オフ会』以前から霊能力者として活動していた『俺たち』の一人。
とはいえショタオジほど師匠や環境に恵まれたわけではなく、唯一の家族である祖母にある程度の手ほどきを受けていた程度。
霊地も持っていないしこれといって組織とのつながりもなく、日雇いの仕事を転々としながら全国津々浦々を旅し悪魔退治をしていた自由人であった。
(当然この時点であっちこっちで男も女も食いまくりだった)
ガイア連合発足後は元々ある程度の知識・技術・能力があったこともあり、ハードな修行もこなして一気にレベルを上げ頭角を現す。
が、後に霊視ニキや狩人ニキといった『上の上』の後輩には追い抜かれ、自分の才能が『転生者の中では下の方』であると自覚。
転生者の才能は最低でもG3勝てるサラブレッド級で、上の方は無敗三冠だの七冠だのやりきって、稀に赤兎馬やペガサスがいるらしいが、
彼はG3いくつか勝てる程度の才能
+幼少期の教育によるスタートダッシュ
+傾向と対策を怠らない性格
+俺たちの中ではかなり上振れしたメンタリティ。
等のおかげでここまでレベルが上がった。
本人曰く
「ショタオジがフリーザ様で、狩人ニキや霊視ニキがギニュー特戦隊。
千代ちゃんとか銀時(レベル上げ後)がベジータ(初期)とかキュイだ。
俺はちょうどその中間、ドドリアとかザーボンぐらい」
とのこと。
『運命に愛された枠の俺たち』以下だが『全力で頑張ってる運命凡人俺たち』よりは上、という中途半端な位置ともいえる。
とはいえ経験値は非常に高いので、オカルト関連の知識や豊富な戦闘経験からレベル以上に厄介。
ステータスは【知】【速】型。
そのため火力はそれほど伸びず、バフデバフや状態異常をバラまいたり、
自作式神で数の暴力したり、古典的な呪術等を使い知識量で殺しに来る。
『レベルをひたすら上げた転生者』あたりなら格上でも狩れるタイプ。
が、前述のギニュー特戦隊レベルになるとそんなもん小細工だとばかりに押しつぶされる。
現在は
アガシオンや簡易式神やデモニカ等の技術開発協力。
後発組の転生者や比較的才能がある現地人といった後進の指導。
あるいは地方霊能組織との繋がりを作ったり、それらから黒札に行われるお見合い攻勢を捌いたり。
時には「そんなに種が欲しいならくれてやるよオルァン!」ってノリで強引に事を収める
……等が主なお仕事。
掲示板での愛称は『くそみそニキ』。モロに外見と名前と性格からである。
言うまでもないが外見は『阿部高和』、ただしツナギ姿よりスーツや法衣が多い。
頼りになる兄貴分で面倒見も良いが、気に入られたらケツ狙われそうで怖いともっぱらの評判。