時間は流れ、会食を数時間後に控えた日曜日。
この日の為に、ハルカは持てる限りのコネと権限をもって手札をかき集めた。
阿部に連絡を取って占術等を使った先読みを頼みつつ、可能なら現場に駆け付けれくれるよう手配。
事前調査については流石兄弟が一晩でやってくれました状態なので資料を読んで対策をたてればいい。
そこから必要になりそうなアイテムや装備をシノに注文し、G3ユニットにも当日は屋敷の周囲で待機してもらう手筈は整えた。
霊山同盟の巫女の招集も考えたが、相手をやたらと刺激しないよう距離を開けた場所にあるホテルで待機して貰っている。
鬼灯はどうやらガイア連合の重要な仕事があるとかで来られなかったが、その分は支部長としてハルカが頑張るしかないだろう。
同じく、ペルソナ使いなので専門の案件に当たっている七海や、物理的に距離がある鋒山や紅葉も呼ぶには厳しかった。
なにより各自担当している霊地や異界があるのだ、不穏ではあっても決定的な証拠がない案件に呼べるほどではない。
(サスガブラザーズの資料、やっぱタメになるなぁ……流石に問題の根幹である偽ギルスの正体までは分からないけど、ヒノシタ家とニノウエ家の内部事情はほとんど丸裸だ)
まず、ヒノシタ家が件の偽ギルスとやらを招き入れたのは推定で今週の月曜日。
そこからニノウエ家の次期当主である生徒会長がヒノシタ家の不審な動きに気付き、週末の会食の前に色々探り始めたのが火曜日。
木曜日に『ギルス』の名前を掴み、放課後に自分とアカネを呼び出して生徒会室で密談。
ここからハルカが木曜日の夜に流石兄弟含めた面々に連絡を取ったので、二日間だけで2つの家の内部事情を探り切ったことになる。
管理している異界や主な霊能力者、市議や県議、地元企業に入り込んでいる名家の人間までリストアップ。
本人たちは「OK、裏帳簿ゲット」「流石だよな俺ら」とかサラっと言ってたが、2つの家を脅せそうなアレコレまでさらっと渡してきた。
(実は忍者か何かなんじゃないかあの二人……それでも『偽ギルス』に関する情報はほとんどないな。
せいぜい先週の終わりあたりにヒノシタ家が招き入れた可能性が高い、ぐらいか。
これに関しては生徒会長から聞いてる情報と大差ないな)
ニンジャ・リアリティ・ショックを起こしそうな想像をしつつ、会食のための最後の準備を進める。
どうやら立食パーティ形式にするようで、それぞれの家の霊能力者やオカルトを知っている権力者なんかも集める気らしい。
生徒会長から送られてきた資料もあるが、ソレがファ〇通の攻略本に見えてくるぐらいサスガブラザーズの持ってきたデータは裏の裏まで網羅していた。
『調査』に関しては一流というのは知っていたが、オカルトに関係ない資料まで揃いすぎである。
「まあ、いいや……とにかく、僕とアカネさんが会場に来客として潜入。
イチロウはアオイさんと外で待機。連絡用の式神や無線機に異変があったら踏み込んでくれ。
……何事もなければ、会食のお土産を持って帰って終わりだけどね」
「なんつーか、警戒がガチだな……気になる事でもあるのか?」
「いやな予感がするのもそうだけど、ギルスになってから毎回毎回この手の異常事態の予感が丸く収まったことは無いんだ。だいたい予想以上のナニカになって襲ってくる」
「お、おう……」
なんとなく嫌な予感がする、そんな予兆だけでも警戒心を120%まで引き上げるようになってしまった少年の姿であった。
が、確かに彼がギルスになってから巻き込まれた事件で、イヤな予感がするというふんわりした予兆の後に何も起こらなかったパターンは存在しない。
ガイア連合黒札勢曰く、『運命愛され勢』と呼ばれるド級のトラブルメーカー体質の持ち主たち。
間違いなく彼もその一人であった。
閑話休題。
一通りの確認を終えて、会食の準備のために礼服等に着替えようとするハルカ。
礼服の下には対悪魔用の霊的防具が仕込まれており、そのまま異界に潜ることも可能な特別性だ。
一方のイチロウも、今までの依頼でコツコツ貯めたマッカやガイアポイントでそろえた霊的防具をしっかり着込んでいる。
あとは迎えが車でたいきするだけ……そんなタイミングで、ハルカがふと口を開いた。
「なあ、イチロウ。君には何か……夢はある?」
「夢?夢かぁ……やけにとうとつだな。どうした……?」
「いや、先日ちょっとアカネさんや生徒会長とそういう話になって」
『今後の相談しにいってそうなるってそれはそれで唐突だな』と思いながらも、なんとなく真剣な雰囲気を感じてイチロウは考えこんだ。
将来なりたい職業とか、そういう方面の夢はさっぱりと思い浮かばない。
ハルカを見て憧れた『正義の味方』を挙げようと思ったが、さすがに本人の前で言い切るのは恥ずかしさが勝った。
「夢、って言っていいかわからないけどさ。オヤジとオフクロがもーちょっと仲良くなってくれればいいかな、って思ってるよ。オヤジに言われた事をするとオフクロに怒られて、オフクロに言われた事をするとオヤジに怒られて……なんて生活だからなぁ」
「……家族仲良く暮らしたい、ってこと?」
「ま、そんなところだなぁ……まあ、ちっぽけな目標かもしれないけどさ」
世界平和とか、そういう立派なことを言いだしそうなハルカに比べたら……という羞恥心からか、イチロウは軽く頬を掻く。
だが、一方のハルカはそれを笑うこともバカにすることもなく真剣に受け止めていた。
「いい夢だと思うよ、ソレ。家族は仲良く暮らせるほうがいいからね」
「お、おう。そうか?」
「ああ、世事抜きにそう思う。 ……僕にはもう叶わない夢だからさ
夢があると、時々ぐわーっと胸が熱くなる……らしいから。
……叶わない夢は、呪いらしいけど」
え?とイチロウが疑問の声を上げた所で、待機していたハルカのマンションの前に迎えの車が来たらしく、インターフォンが鳴った。
オートロック式であるこの建物は、入り口で用のある部屋のインターフォンを押して外から呼び出すタイプである。
『主殿、ニノウエ家から迎えの車が来たようです、今、一階のロビーで応対しています』
「ありがとう。すぐ向かうと伝えてくれ」
念には念を入れ、ロビーでレムナントを待機させて迎えの車が本物かどうかまで確認させた。
レムナントも式神ボディである以上、アナライズ機能やエネミーサーチは標準搭載。
アナライズ結果に異常があったりアナライズジャマーがかかっていた場合、即座にこのマンションが戦場になっていただろう。
……真面目にレベル上げしてる黒札やデモニカ配布済みの金札までいるこのマンションに殴り込むのは普通に自殺行為だが。
「しかし、まさかこの年でスーツ着ることになるとはね……なぜか師匠が用意してくれてたし。何が見えてるんだあの男には……」
「いいじゃないですか、お似合いですよ?」
「お世辞はいいって、あきらかに着られてるのが見え見えだから」
「と、特殊な趣味の需要はありますから」
「信じられるか?これで堕天するどころか天使としての格は上がってるんだぜ?」
いつのまにか天使プリンシパリティからパワーを通り越して『天使 ヴァーチャー LV44』になっていた式神にツッコミを入れつつ……。
元々小柄で女顔なのもあって、はっきりいってハルカはあんまりスーツが似合う体格をしていない。
いっそドレスのほうが似合う可能性もあるが、それはそれで鍛え続けた筋ショタボディがノイズになる。
変身スキルによって別人に化けるという手も考えたが、招待客の特徴を受付に伝えてあったらアウトだ。
結果として、ハルカはあんまり似合わないスーツ姿で会食の会場に入ることになった。
少し造りは古いが、金はあるのか中々に豪華な西洋風の屋敷が建っている。
『まあ僕の実家も無駄に広い武家屋敷だったしなぁ』とロクに帰っていない実家の事を思い出しながら、受付を済ませて中に入った。
レムナントは入り口までの付き添いであり、現在は駐車場で待機して何かあれば即座に飛び込んでくる手筈になっている。
(ドレスコードは『スマートエレガンス』だから、このスーツでいいはずだけど……洋式のパーティは慣れないなぁ。和式の会食なら何度かあったけどさ)
「あ、ハルカくん。ここにおったんか!いやー、この手のパーティだといっつも端の方でコソコソしとるかそもそも呼ばれへんから探したわ」
「あ、アカネさん。 似合ってますね、その服」
「い、いやぁ。いっそ素直に馬子にも衣裳でええんよ?」
ブラウスの上からボレロを羽織り、立食パーティ用の動きやすいスカートを合わせたアカネは、控えめに言っても美少女のソレである。
関西弁で元気っ子でノリがよくて転生者でボイスロイドでそのバストは平坦な美少女である。
ちょっと属性盛りすぎな気もするが、なんにせよパーティの付き添いとしてこの上ない相手だろう。
『アオイからレムナントさんと合流したって連絡も来とる、イチロウ君も一緒や。会食会場はガッツリ包囲されとるよ』
『用意できるモノはしましたけど、それでも不安は消えませんね』
読心スキルやそれと同じ効果のアイテムを使い、互いの心を浅く読むことで目配せだけで会話する。
当然、対読心の準備も万端だ。ちょっとした作戦会議でも外に漏れないようにしないと、この業界ではそこから何もかも筒抜けになる。
対策していない人間に機密を話し、そこから心を読まれて芋づる式……なんてマネをされては困る。
アオイもイチロウもG3チームも、ガイア連合が施せる読心対策は施してあるし、この二人はそれ以上にガッチガチだ。
今回はお互いの読心スキルだけを通すようにチューニングし直したのである。
……逆に言えば、その手の対策をまだとっていない面々には、どれだけ親しくても一切重要なことは話していないのだが。
というわけで簡単な確認を行っていたが、その最中に声をかけてくる影が1つ。
「ほう!二人とも中々可愛らしい装いになったな!」
「あ、生徒会長」「二人ともって何ですか二人ともって」
朗らかに対応したアカネと、逆にむすっとしているハルカ。ヒメの方はニッコニコだが。
ワンピース・ドレスに身を包み、中学生離れした豊満バディのラインを見せているのはなるほど、美女に片足を突っ込んだ美少女であるという自負の表れだろう。
自信満々で大胆不敵な改革派である彼女らしいセレクトとも言えた。
「例の『ギルス』とやらの顔合わせは、もうすぐ行われる開宴の挨拶で行われるらしい。
季節の変わり目の会食という名目だが、実質は外部からの助っ人招集だからな。
なるべく先手でインパクトを遺し、どっちつかずの分家を引き込みたいのだろう」
「顔役2つとついてくる家が大小さまざま……面倒なことになってますねぇ」
「この世に面倒じゃない組織なんて存在しないんよ、ハルカ君」
「ごもっともで」
軽く肩をすくめるハルカと、くすりと笑うヒメ。
お互い規模は違えど、場所は違えど、中学生ながらに面倒な組織というモノに振り回されてる側であった。
そんな歓談を楽しんでいると、パーティ会場の舞台に人の気配を感じる。
簡単なアナウンスがあり、どうやらようやく開宴の挨拶が始まるようだ。
舞台に上がってきたのは、初老に差し掛かった男性。中々に威厳のある風貌である。
生徒会長が小声で『ヒノシタ家の当主だ』とささやいてくれたが、ハルカは流石兄弟からの資料でしっかりと予習済み。
(LV4……これといったスキルもなし。まあ、よくある地方霊能組織の長ってところか)
言っては何だが、特筆すべきところはなにもない。
政治的なやり取りもできる地方名家の金満霊能力者、それがすべてだ。
そして彼の子供や孫たちも、アカネが『ヒメ生徒会長が一番マシ』と断言するような面々。
名家であることをハナにかけ、露骨に分家を見下す。ガイア連合と馴染めないタイプの一族である。
(……そんな一族が、何を理由に外の霊能力者を招いたのか。気になるのはソコだ)
長々と続くヒノシタ家当主の話を右から左にスルーしつつ、思考を高速で巡らせる。
ニノウエ家とヒノシタ家の主導権争い、そのカードとして招くのなら相当強力な霊能力者でないとデメリットがメリットを上回る。
そこはヒメやアカネと相談した時から出ていた問題であり、だからこそ超人クラス……LV20を超えるぐらいの霊能力者を連れてこないと割に合わない。
が、そんなレベルの霊能力者がポンポンいるのはガイア連合かメシア過激派ぐらいだ。
ゴトウ部隊ですら歩兵ではなく多脚戦車もってこないとコンスタントに超えられないのがLV20の壁である。
だからこそハルカは『どこぞの悪魔が化けて当主をマリンカリンでたぶらかしてるんじゃないか』という仮説も立てていたが……その答えがようやく明らかになった。
「今回、我が家に客人として招き入れることになった『ギルス殿』と……」
当主の誘導に従い、舞台袖から出てきた『偽ギルス』。
厚ぼったいコートで首から下を覆い、顔はフードでしっかりと隠されている。
パーティのドレスコードなんてガン無視の恰好に会場がざわつくが、ハルカは即座にいくつかの違和感を見抜いた。
(なんだ、男……多分未成年の男子、だよな?見えづらいが、骨格がおかしい!)
立ち振る舞いや体重移動、体つき等で服の上からでも男女の違いやおおよその年齢を割り出せる『眼』をハルカは鍛え上げている。
だが、あの『偽ギルス』は性転換手術を受けた人間以上にその境目が分かりづらいのだ。
(なにより、アナライズが通らない!?自衛隊やガイア連合の技術部が開発したっていう『アナライズジャマー』か!?)
アカネの方もこっそり持ち込んでいるCOMPでアナライズして違和感に気付いたのか、既に服の下に仕込んだ武器に手を伸ばし臨戦態勢だ。
こちらが向こうを認識しているように、向こうだってこちらの存在を認識していて当然。
最悪の場合はパーティ会場で取り押さえるために、後始末の手筈としてG3ユニットなどのプロを招集したのである。
ハルカもいつでも飛び出せるよう、腰に力を入れてこっそりと『ベルト』を出現させ……。
その瞬間、『偽ギルス』の後ろからひょいと出てきた少女が、当主のもっていたマイクをひったくって前に出た。
会場のざわめきは最高潮に達する、無礼な!あの女を下がらせろ!いったいどういうつもりだ!そんな困惑と怒号が響き始めた。
そのすべてを雑音とばかりにスルーして、『銀髪の少女』はマイクに口を添える。
いや、少女のようにもみえるが、成熟した女のような色気も同時に持つ、奇妙な女性であった。
こちらはスーツ姿であり、顔だちは美少女と言って差し支えないが……ヒメとは別種の上から目線を感じる。
ヒメのそれは名家のプライドによるノブレスオブリージュに近いモノだが、これは例えるなら『家畜や奴隷を見下すような視線』だ。
「ご紹介に与りました、霊能力者『ギルス』の補佐を務めさせていただいております……」
ぺこり、と一礼し……顔を上げるのと同時に、ニマァと三日月のように口をゆがめた。
「二代目……『無亜居士(ないあこじ)』と申します」
「全員下がれェッ!!! 【変身】ッ!!!」
その名前が聞こえた瞬間に、ハルカは変身しながら飛び出した。
体内の危険信号すべてがレッドランプで回転する。
正体を暴くのは後回し、とにかく始末しなければまずい!そんな警戒心が肉体を突き動かした。
そして、その警戒は正解だった。
躊躇なくギルスに変身したハルカは、増幅された脚力で前に出る。
『偽ギルス』が同じタイミングで前に出て、無亜居士目掛けて突撃したギルスの行く手を阻む。
振るわれたギルスの拳を『偽ギルス』が両腕でガードし、衝撃でフードとコートが吹き飛んだ。
露になった、その顔は……。
「……は、え……?」
「「また会ったな、愚兄/愚息」」
そこにあったのは、マトモな人間の顔ではなかった。
例えるなら2つ別々の福笑いを混ぜて、1つ分のパーツだけを選んで遊んだあとのような。
その遊んだ結果として、奇跡的に顔のパーツが正しい位置に当てはまってしまったような。
聞こえてくる声も、右耳のイヤホンで原曲を、左耳のイヤホンでカバー曲を流しているような。
不気味の谷という現象を、そのまま人間に整形したような存在が目の前に立っていた。
「……ショウゴ……母さん……?」
「レディースエェーンド!ジェントルメェーン!」
正体に至ったギルスが茫然と呟く中、上機嫌に舞台の上の無亜居士……否。
『這い寄る混沌(ニャルラトホテプ)』が、司会進行のお株を奪うように宣言する。
「こちらにありまするはぁ!私、無亜居士の傑作が1つぅ!
己の長男を無価値と断じた事が間違いだと認められない毒親と!
贔屓され続けてエゴばかりが育ちすぎた愛息子の次男を素材にいたしました!」
ぐじゅり、と菜花/ショウゴのようなナニカの体が変形する。
ハルカにとって縁深く、見覚えのある、その姿に。
『緑色の長いツノ』
『同じ色の生体装甲』
『虫と人間の両方を思い起こさせる肉体』
『夜の闇のように黒い瞳』
まるで芸術家が己の作品を発表する時のように、ニャルラトホテプは高らかに宣言した。
「【母子合体魔人 ギルス・アバター】にございます!」
「世界中の子供たちに愛と勇気をね!」
「与えてあげる前提で、まず怖がらせるだけ怖がらせてあげちゃうよーん!」
「一生残る恐怖と衝撃で一生残る愛と勇気をね!!」