【7月某日 影の国(ダン・スカー)】
(さて、影の国に招いたあの坊主はどうなっているやら)
紫の長い髪、ボディラインが丸見えの戦士装束、呪いの朱槍と緋色の目。
しかし、磨き抜かれたその闘気はいかなる刃よりも鋭く、手弱女のようなしなやかな肉体には数多の勇士を上回る技と力が秘められている。
その美女の名は『女神 スカサハ』……影の国『ダン・スカー』の門番であり女王、師範であり戦士でもある英傑だ。
光の御子『クー・フーリン』を始めとした数多の勇者・英雄を育て上げた『ヒーローメイカー』、それこそこの女神の正体である。
そんな彼女も、人の尺度では測り切れないほどの長い時間をこの『異界・影の国』で過ごしてきた。
女神転生の世界には、金剛神界の役小角や魔界の魔王たちのように、人間の世界から隔絶された異界を支配している悪魔がいる。
当然彼ら/彼女らは歴史や神話に名を遺す大悪魔だらけ、それらの支配する領域に踏み込むというのは、よほどの英雄でなければ死と同義だ。
当然この影の国もそれに等しく、入って最初に出迎えるのはLV20オーバーがアベレージとなる凶悪な魔獣・妖獣が群れを成しひしめく広大な荒野。
それを超えれば、そんな魔獣・妖獣をエサにするLV30オーバーの妖鳥・凶鳥が空を埋め尽くし、だだっぴろくて隠れられる場所もない草原が視界の果てまで広がる。
さらにそれを超えれば、そんな妖鳥・凶鳥がうかつにも果実に口をつけるだけで逆にエサにされるLV40オーバーの妖樹や、そこに潜む妖虫だらけの鬱蒼とした森が生い茂る。
さらにさらにそれを超えれば、足元に地面があるだけ有情とばかりに荒れ狂う海が渦を巻き、オマケに『妖獣 クラーケン LV51』を始めとした水生悪魔の縄張りを通らねば向こう岸へは渡れない。
そして命からがら向こう岸に渡ったと思ったら、今度は多種多様な邪龍が巣を作り、各々の財宝を巡って四六時中殺し合っている大渓谷。これを飛び越えて初めて『スカサハの城』の入り口にたどり着くのである。
どの難所も恐ろしいほどに広い上に、構造上かならず困難な道を進むことを強いられる。
例えば荒れ狂う海を飛んで超えようとすると、『スカサハの試練を拒否した』という扱いになって異界の入り口に戻されてしまうのだ。
他の試練も、知恵と勇気と武力を振り絞ることは大前提。そのうえでさらにもう一歩先へ行ける『勇者候補』だけが突破できる難行である。
……あくまで『常識的な感覚』なら。
(アベめ、自分の弟子がここに来るから期待していろ……といっていたが、初日に荒野で魔獣に追い掛け回されている時点で興が冷めたぞ)
当然のように、影の国への扉を通ったハルカは一番最初の荒野へと放り出された。
かつて自分に師事することを求めたケルトの戦士たちですら、着の身着のままではこなかった。
己の最も得意とする獲物と水と食料、その程度は持ってから来ていたものである。
そんな戦士たちですら、スカサハのもとへたどり着けるのはごく一部。大半はどこぞで野垂れ死んだ。
まあそもそも上の道程の時点でお前たどり着かせる気あんのかという難易度だが、
頭ケルト的にはこんなもん女神の試練じゃなくてちょっとした入門試験ぐらいの感覚だから仕方ない。
というわけで、そんな入門試験その1である魔獣ひしめく荒野でひいひい言ってた時点でスカサハは興味を無くしていた。
遠見の術式を先ほどまで切っており、ああ、そういえば指の一本でも残ってたらアベのやつに投げつけてやるか、程度の気分でもう一度覗き込んだのだ。
(……? 妙だな、荒野に見当たらないぞ)
が、どれだけ探しても広大な『魔獣の荒野』に痕跡が存在しない。
スカサハの視点は影の国の中にいる限りは千里眼に等しい、遠見の術式と併用すれば、恐ろしく広い荒野ですらすべてを見通すまで十数秒だ。
魔獣の腹の中にすっぽり収まった……にしては、血痕もMAGの形跡も服の破片すら残っていないのはおかしい、そして。
(魔獣の数がやや少ない、か……?)
前述通り、この荒野はLV20~30の魔獣が群れを成して闊歩している。
中華戦線でLV50クラスの現地人英雄がLV30の天使×1000とかに押し切られるように、数の差は圧倒的になると実力差を埋めきってしまう。
ここの魔獣もそういう特性持ちであり、不用意に戦おうものなら次から次へと寄ってきて、100倒そうが200倒そうが群れごと襲ってくるのが止まらない。
水も食料もほとんど手に入らない影の国において、特に緑の少ない荒野でそんな戦いをすれば飢えて乾いて死ぬだけだ。
仮に食料を持ち込んでいても、四六時中魔獣と殺し合うハメになればそれを食うどころではない。
……そんな環境で、『魔獣の数が減る』とはどういうことなのか。
まさか、という思いを抱きながら、荒野へと飛ばした感覚を動かし、振り落としの試練の道程を順々に覗いていく。
狂暴な怪鳥が空を埋め尽くす草原は、普段ならロクに見えない空がちらほらと見える程度には。この世にあらざる猛禽の羽が地に落ちていた。
魔獣や怪鳥すらも餌にする妖樹とそれに集る妖虫の密林は、まるで下手な伐採業者でも入ったかのように一直線に禿げた大地が突き抜けている。
大渦坂巻く大海は、見た目こそ大きな変化はないが……しばらく見まわした後に向こう岸まで視界を動かせば、そこで明らかにクラーケンを調理して食った形跡があった。ジャパニーズ・サシミだろうか。
アレを食うのか……と軽く引いたスカサハが次に見たのは、首を落とされた多数の邪龍と、その遺骸が積み上げられた山の隣に積まれた、同程度の高さの財宝の山。
生き残っている邪龍たちも、何かを恐れるように財宝に手を出す気配がない。
何より面白いのは、ここまで『戦闘』と言える形跡が一直線に続いている事だ。
獲物を狙ってあちこちを駆け回るとか、余計な相手にちょっかいをかけるとか、そういう気配は微塵もない。
勇士候補というのは蛮勇さを大なり小なり持っているもので、影の国の城壁が遠目にも見えているというのに最短距離を行かない者も多いのだ。
だが、この道程を歩んだ者は違う。
道筋を直進だと定めたら、倒すべき悪魔は襲い掛かってくる者だけに絞り、明らかに自分に手を出してきた悪魔以外を無視して先へ先へと進んでいる。
邪龍の財宝を遺骸の横に積み上げたのも、おそらくは財宝を持っていたら別の邪龍が際限なく襲い掛かってくると察したからだろう。
まあ、それを察したときには目に見える範囲の邪龍は完全に怯え切って財宝に手を出す気を無くしていたようだが……。
(なるほど、節穴は儂かッ!)
動かし続けた視界は、ついにあの光景を作り出した『勇士』を捉える。
スカサハがいる『影の国の城』(キャスリーン・スカイ)の外壁、7つの城壁の一番外側。
それぞれの城壁には、中に挑む勇士候補を振り落とすための守護獣が配置されている。
流石にその守護獣が戦闘を開始すれば、スカサハも意識を特に向けていなくても異変に気付く。
戦闘の気配を感じてあわててその場所に視界を飛ばせば……いた。
赤い瞳に緑色の甲殻と角、黒い肌にとげとげしい爪や牙……阿部から事前に聞いていた『ギルス』と呼ばれる姿になった鷹村ハルカが、城壁を登攀中であった。
城壁に門はなく、中へ通ろうとする勇士はこれを登るか飛び越える必要がある。
スカサハも修めている『鮭跳びの妙技』があればそれほど苦にしない城壁だが、そもそも大半の勇士はそういった妙技を学ぶためにここに来るのだ。
そうやって登ろうとする勇士候補には、スカサハが手ずから仕上げた『霊鳥 バイヴ・カハ LV46』。
……ここまで来た勇士にとっては簡単な相手に見える?相手が単独かつ平地ならばそうだろう。
多数のバイヴ・カハが連携を取り、勇士が城壁を登っている最中だけ攻撃を仕掛ける……というクソみたいな調教をされていなければ。
登るためには両手両足を城壁に向けていなければならず、必然的にバイヴ・カハのいる空には背を向けるハメになる。
背中側を飛び前悪バイヴ・カハの群れに目を向けていては、城壁の僅かな継ぎ目に指をかけて登るなどというマネはできない。
両手両足が自由にならない状況で、自由に空を舞う怪鳥に襲われ続ける。万全な戦いばかりに慣れている勇士候補が、背後から襲われ城壁から振り落とされて死ぬのをスカサハは何度も見てきた。
だからこそ、そんな城壁をいかにして登りきるのか後方師匠面で見ていたのだが。
『【超変身】ッ!からの……うおおおおおおおっ!!!』
(チャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカ)※効果音
「んぶふっほぉ!?」
スカサハは思いっきり吹き出した。
【エクシードギルス】と呼ばれる形態に変身したギルスは、背中から生えている触手【ギルススティンガー】を城壁に這わせ、虫の触角のように使い手足をかける継ぎ目を探す。
さらにバイヴ・カハではなく城壁に背を向け、地面にブリッジするような姿勢で城壁に張り付き、手足をチャカチャカと動かして登っていくのだ。
当然両の目はバイヴ・カハを捉えているので、その攻撃を回避するのも十分に可能。
死を感じ取る第六感だけでは移動速度が落ちている状態の飽和攻撃に対処できないので、どうしても何らかの方法でバイヴ・カハの姿を捉える必要があったのだ。
時にはギルススティンガーの一本をバイヴ・カハの迎撃に使い、もう一本を触角代わりにして上る、という器用なマネまでやってみせる。
「い、いや、他にも方法あっただろう、絶対!?」
スカサハがそんなツッコミを入れている間にも、ギルスは第一の城壁を登り終え、第二の城壁に向かう。
城壁の間には移動を阻む呪詛だらけの柵があり、さらに地面には様々な罠も仕掛けてある。
死の沼が足を捕らえ、毒虫や毒蛇に満ちた堀が口を開け、追尾の魔術をかけた矢や槍が挑戦者を襲うのだ。
それらを超えた先でようやく、次の城壁を守る守護獣と戦うことができるのである。
『【超変身】ッ!うおおおおぉぉぉ!邪魔だああああぁぁぁぁッ!!』
(……まあ、アリとしよう、うん。ああいうのもケルト的だしな!)
バーニングフォームに変身し、体中から『シナイの神火』を全力で放出。
行く手を阻む柵も呪詛も、よってくる毒虫も毒蛇も、飛んできた矢も槍も燃やし尽くしながら突貫。
綺麗なランニングフォームで城壁の合間を駆け抜けて、次なる守護獣に到達すれば。
『ライダアアアァァァ、キイイィィィック!!!』
(うむ、次なる守護獣を見越して最小の戦闘で済ませる。できておる候……)
突っ走ってきた加速を利用し、貫通付きの必殺技で一気に仕留めて駆け抜ける。
城壁を登るための体力の消耗を考えれば、何をどう考えても守護獣一体一体とマトモに戦ってはいられない。
ハルカ/ギルスもそれを理解しており、時には一撃で仕留め、時にはライジングフォームで麻痺させて通り抜け、時には気配を消してやりすごし、守護獣での消耗を最小にして進んでいく。
そしてついに7つ目の城壁……守護獣はスカサハが従えている悪魔の中で最強の『邪龍 クロウ・クルワッハ LV68』
邪龍の住む大峡谷の中でもとびきり強いヤツを捕らえ、屈服させ、鍛え上げた門番である。
スカサハが仕込んだ即死貫通+敵単体即死技『ヘルズアイズ』とかいうクソゲーを仕掛けてくる上に、物理的な戦闘力も高い強敵だ。
この異界に踏み込んだばかりのハルカ/ギルスならばほぼ互角……いや、地の利や疲労を考えれば、明らかにギルスが負ける相手である。
が、しかし。
『目だ!耳だ!鼻ァッ!!』
『ギョワアアアアアアァァァァァッ!!??』
(まあ、邪龍相手とか大峡谷で散々経験しただろうからな。目さえ潰せばこんなものか)
ここまでの道程でハルカ/ギルスのLVは70に達している。むしろ達していなかったらおかしい。
実力も上回り、邪龍という種族にも慣れ、アナライズで最大の武器が死の魔眼だとわかれば先制攻撃でソレを潰せばどうとでもなるのだ。
ついでのように聴覚と嗅覚も奪い、しっぽを抱え込んだジャイアントスイングでクロウ・クルワッハの巨体を毒蛇・毒虫まみれの堀へとぶん投げる。
いろんな意味でおぞましい光景を作り出し、悲鳴を上げるクロウ・クルワッハを無視して城壁を登り始めるハルカ/ギルスなのであった。
(うむ、クロウ・クルワッハはあとで救出しておこう。治療ではなく蘇生が必要かもしれんが……)
そして、ついにギルスは『キャスリーン・スカイ』の城門へとたどり着く。
最後の城壁を登り始めた時点で、スカサハは身支度を整え城の広間で待っていた。
目の前にある城門を開け、あの勇士候補が城に踏み込んでくるのを今か今かと待ちながら……。
(ふむ、やはりここは麗しの女戦士として威圧を放って……いや影の国の女王的には威厳を持って接した方がいいか?まてよ、最近の若い者はフランクに接した方がよいと聞くし、いやしかしこの後師弟関係になる者としてあまり軽いのは……)
……割とアホなことを考えていた。
なんせここにたどり着く勇士など何百年どころか千年以上ぶりというありさまだ。
最近目をつけていたガイア連合の勇士候補たちも、ガイア連合でのゆるゆる修行()やら脳レ〇プやらで鍛えるせいで一向にこっちに来る気配がない。
この世界でレベリングをしていた阿部も、スカサハからドルイドの予知を教わったらレベリングだけしてさっさと帰ってしまった。あれでは弟子とも呼べない。
その際に言い残した『いずれ俺の弟子が来る』という予言は、スカサハにとって久方の楽しみだったのである。
……ところで、お忘れだろうか。
ハルカは割とアレな経緯で影の国に連れてこられて、修行という名のスカサハ式トライアスロンに強制挑戦させられた。
オマケに連れてこられるときのやり取りで、クソ師匠もとい阿部とスカサハが協力関係にあるのはお察し。
まあ、つまり、ハルカからすればスカサハは『誘拐犯』なわけであって……。
「ここが!あの女の!ハウスねッ!!!」
「み゛ゅん゛ッ!!?」
回し蹴りで城門を蹴り砕き、ホールで佇んでいたスカサハの顔面に砕けた城門が飛来。
普段なら不意打ちだろうと叩き落せるソレを、アホなことしか考えてなかったせいでモロに食らったスカサハ。
……これが、無駄に長い付き合いとなる『教師と生徒』のファーストコンタクトであった。