荒い息を吐きながら前へ前へと疾走する、既に彼女が率いていた霊能者たちのほとんどは脱落した。
今彼女たちがいる霊山は恐山や富士山のようなメジャーどころの霊山よりいくつも格落ちするが、それでも霊地は霊地。
近隣の汚れを吸い上げ、悪魔の発生を抑えるろ過装置でもあった霊山は、メシア教による破壊工作によって機能不全を起こしていた。
じわじわと霊山そのものにも溜まっていく穢れを儀式で浄化し、またろ過装置として活用できるようにするというのが本来の仕様。
しかし、メシア教の手によって儀式は失われ、戦後から溜まりに溜まった穢れによって霊山はそのまま異界へと堕ちた。
管理していた一族の生き残りが立ち上げた霊能組織もなんとかしようと足掻いたものの、詳細な資料も有力な霊能者も欠いた組織では如何ともしがたく。
それでも意地で突き止めた原因は、この場所を焼き払ったメシアンが霊山を要塞として使われぬよう、異教の呪物を埋めて異界になりやすいようにしていた、という殺意を覚える事実のみ。
事ここに至っては強硬手段を募るほかなく、故郷を守るために立ち上がった決死隊が各々できる限りの準備を整え異界の主への特攻を画策。
それを率いるのは、この霊山を管理していた巫女一族の末裔であり、組織で最も高い霊能力を持った退魔の巫女であった。
(大丈夫、大丈夫だよ、やよい!さつき!お姉ちゃん、かならずみんなを助け出して見せるから……!!)
……決死隊のほとんどは、今回の霊山の異界への『対処』に反対した霊能者であった。
各家から霊力の高い霊能力者を招集し、それらを『人柱』として結界を構築。
悪魔を霊山の内側に閉じ込めることで封印する……それが組織上層部の決定だ。
決死隊を率いる彼女、『一二三 睦月(ひふみ むつき)』も、自分の妹二人が人柱に選ばれたからこそ特攻を画策したのである。
組織上層部からしても、これで異界の主を討てればよし、そうでなくても失うのは人柱に使わない霊能力者のみ。
最後のワンチャンスの賭けとしては悪くないからこそ『黙認』された、たったそれだけの事なのだ。
(皆が命がけで道を切り開いてくれた!異界の主の領域寸前で殿に残った人たちが突破される前に、異界の主を相打ちになれればあたしの勝ち!!)
切り札は、ある。霊山から採取した薬草の乾燥粉末と、近隣の活火山で採取した硫黄、さらに洞窟から採取した硝石を調合して作った『対魔火薬』。
ただの黒色火薬ではなく、霊的に力のある土地のモノを使い、儀礼を挟みながら調合することで悪魔に対する有効打になるよう工夫したシロモノだ。
火矢に少量くくりつけて悪魔に放った結果、十分な破壊力があることは確認済み。
これをありったけ服の中に仕込み、異界の主に接近してから着火、もろとも吹き飛ぶのが考え抜いた唯一の手であった。
(これでようやく解放される。私も、妹達も、待っている皆も)
「これで、終りだあああぁぁっ!!」
遠目に見えてきた、明らかに他と格の違う悪魔目掛けて踏み込む。
決死の片道切符は既に切られた、残るは……彼女の命がどこまで届くのか、それだけだ。
※数時間前 ガイア連合山梨支部
「え、師匠一人で出かけるんですか?」
「ああ。ちょいと地元に用事ができてな」
ラボでの装備品更新と山梨支部の修行用異界での鍛錬を終えた翌日。
今日も鍛錬の続きだと意気込んで出てきたハルカに阿部が告げたのは、これから阿部が数日ほど外出するという報告であった。
何で急に、と聞こうとしてハルカが口ごもる。こういう時はいくつか候補があるが、大抵黒札だけに知らされている情報関連のことが多い。
そうでなくても阿部の『地元』という言葉、なにかしら故郷でトラブルでもあったんですか?と掘り返すのも微妙に躊躇われた。
「一週間程度で戻ってくる、遅くても来週の週末までにはな。その間はシノの式神と『鬼灯』を呼んである」
「……『鬼灯』さん、ですか。まあ、実力は確かですね」
「ああ、修行用異界での鍛錬だけじゃなく、今入ってる遠征依頼にも付き合ってくれるそうだ。『LV30』を目指すための修行メニューは無理なくこなせる」
現在、ハルカのLVは『25』。阿部に弟子入りしてから約2年弱、厳しい鍛錬を日々こなして積み上げた実力は確実に身になっていた。
ただレベルを上げるだけでなく、変化した肉体の使い方を覚えるための組手、各種オカルト知識の勉強に、各地の霊能組織から入る依頼を共にこなすことで実戦経験も積み上げる。
それこそスライムしか出ないようなザコ異界だけでなく、並みの黒札でも油断したら危険な地方の高難易度異界の攻略に付き合わされた事も一度や二度ではない。
「確か、師匠の言う『半終末』って言われる状態になるまでにLV30まで上げる……が、目標でしたよね」
「ああ。今のペースで言えば多少は余裕をもって達成できそうだな。流石にLV35は無理だが、30~31ぐらいは十分目指せる」
「……いまだに実感わきませんね、師匠たちみたいな超人の領域に、俺が踏み込むなんて」
「おいおい、LV25だって一般的にみたらとんでもない超人だからな?一般人から見ても、霊能者から見ても」
それもそうでした、と苦笑したハルカが阿部を見送る。わさわざついてこなくてもいいぞと阿部は言うが、こういう時に気を効かせるのも弟子の役目だとハルカは考えていた。
普段から阿倍の言動その他がアレでアレでアーッ!なのでわかりづらいが、ハルカから阿部への信頼度は非常に高い。
それでいて信頼度は高いが妄信はしないバランス感覚があるからこそ、阿部は2年近くもハルカの面倒を誠心誠意見ているのである。
……万が一メシア穏健派みたいな言動をハルカがしはじめたら間違いなく縁を切っていただろうし。主に恐怖と警戒で。
「今回お前が遠征する先の資料については鬼灯に渡してある。合流時に確認してくれ」
「わかりました……ところで、ボクと鬼灯さんに加えて『アイツ』まで必要な任務なんですか?」
「ああ、ちょいと厄介な案件らしいんでな。念には念を入れたいんだ」
「おいおーい、オレに遠慮してるのは分かるけど、もっと頼ってくれてもいいんだぜー?」
阿部とハルカが会話しながら待ち合わせ場所に向かっていると、後ろから声をかけられた。
低温の渋い声、ハルカにとっては聞きなれた……というか、先日無理やり自分をゴスロリドレスに着替えさせた犯人その2。
若干、いやそれなりのウザさを感じる妙に馴れ馴れしい態度に、はぁー、とため息吐きつつ振り返り。
「……『テンノスケ』。僕はまだ昨日の事を許してないぞ」
「いやアレは仕方ないだろ?オレもマスターのいう事には逆らえないんだ」
「『ウフフー、お着換えしまちょうね?』とか言いながらノリノリだっただろうが!!」
濃い目の青色がついた半透明の体、全体的に四角い人型に顔がくっついただけの超シンプルな造形。
名を『テンノスケ』。なんでも昔、阿部とシノが共同で作った式神らしい。
ガイア連合に入った後もバージョンアップが重ねられたため、今ではガイア連合産の式神に劣らない性能を持っているらしいが……見ての通り、なんというか、個性的だ。
(コイツに加えて鬼灯さんまでいるとか先が思いやられる……い、胃が痛い)
阿部と共にいつものノリでゲラゲラ笑いながら談笑したり、突発的にテンノスケが砕かれたり再生したりする光景を見ながら、今回の胃痛の元その2との待ち合わせ場所に移動。
山梨支部1Fのロビーで鬼灯を探すが、どうやらまだココにはきてないらしい。
阿部は「もうすぐあいつらもくるはずだから、俺は先に出発するよ」と言って出ていってしまったので、二人で待ち合わせ用に備えられたソファに座った。
小柄な美少年と青い謎生物が隣り合って座っているのはシュールな図だが、そこにスパイスをもう1振り。
「遅いな、鬼灯さん。待ち合わせまであともうちょっとのはず……」
「もうきとるよ?たっちゃん♪」
「おわっはぁ!?」
後ろから耳元へ声をかけられ、思わず変な悲鳴が上がるハルカ。隣のテンノスケがぷるんと震える。
振り返った先には、ショートヘアの美少女が一人。ハルカと同じく小柄な体躯で、メイクはやや古風な趣を感じさせる。
衣服の方も、どうやら着物を色々と魔改造したモノらしいが、少々どころじゃなく露出度が高い。
一応公共機関とかを使うときはコートなりなんなりを羽織ってくれるだけマシだが、表を歩いてたら完全に痴女である。
……が、多少気を抜いてたとはいえハルカの背後を取れる隠密技能は、彼女もまた黒札の上澄みであると再認識させられた。
「鬼灯さん!悪ふざけもほどほどにしてください!!」
「ふふふ、かんにんえ、たっちゃん。悪気はなかってん」
悪気しかないでしょうがと言われてもケラケラ笑っているのが、今回同行する黒札。『鬼灯 焔(ホオズキ ホムラ)』である。
文字通り人外じみた美貌を持つ黒札だが、ハルカからすれば同じ黒札ということを差し引いても師匠である阿部と同類である。なぜかといえば……。
「というか貴方『男』でしょう!?背後に忍び寄られると師匠に近づかれたのと同じ危機感感じるんですよ!」
「ああ、うちはちゃんと性癖面はノーマルや、美少女やら好きやさかい」
「師匠からとっくに聞いてますよ!理想の外見になるために戦闘力そっちのけでそういう姿に改造したって!どこがノーマルだ!!」
「うちはただ、股間に穢れたバベルの塔がついた美少女になりたかったんや……!!」
「もう一度いいますよ、どこがノーマルだ!」
穢れたバベルの塔については何も言わない、ツッコんだらもっと面倒な事になるし、別にメシアンがキレても構わないし。
ぎゃーすかとやり取りしながら支部を出て、電車とバスとタクシーを乗り継ぎ現地へ向かう。
途中で鬼灯から届いていた資料を渡され確認。今回の案件は……。
「異界化した霊山の対処?」
「せやなぁ、管理しとった霊山を管理しきれず異界にしてもうて、その異界を対処してほしいって依頼や」
「それはまた……確かに結構強力な悪魔がいそうですね」
「そゆこと。実際、ガイア連合の初動調査によると主の強さは推定LVは25以上30未満。先に来とった黒札が「オレらじゃ無理!」いうて回してきおった」
戦闘系黒札もピンキリまであるが、LV20代の黒札はそこそこいる。これが30以上になると所詮ガチ勢ということで相当数が減るのだが。
つまり、これから踏み込むのはハルカ一人では対処不可能な異界という事になる。
「とりあえずここが現地みたいですし、おまけに遠目にその霊山見えてきましたし……まずは現地の霊能組織に事実確認だけしますか」
「せやろな、難易度高いだけあって大口の依頼や、少しばかり休息してから……」
「あの、ガイア連合からの派遣霊能者様ですか?!」
目的地の方向から、こちらに駆け寄ってきた少女が一人。
あちこちすりむいた跡が見える、転んだりつんのめったりしながら全速力で駆けてきたのだろう。
年齢はハルカより少し下、10歳になるかならないか程度に見える。
(アナライズ……LV1、一応覚醒してる?)
「なんやぁ、これから行く予定の組織の出迎え……にしちゃあ奇妙やなぁ」
「っ、わ、私は『霊山同盟』の、巫女見習いです!ガイア連合様!お願いします!私にできることなら、なんでもします!」
お姉ちゃんたちを助けてください!と言いながら地面に頭を擦りつける幼女に、鬼灯とハルカは顔を見合わせ、
壺に入れて持ち運ばれているテンノスケは「厄介ごとのよかーん」と呟くのであった。
登場人物資料『鬼灯 焔(ほおずき ほむら)』
年齢 21歳
LV 32
※主な習得魔法のみ抜粋
ファイアブレス
アイスブレス
毒ガスブレス
パワーブレス
フォッグブレス
マリンカリン
ハピルマ
etc.
外見はFGOの『酒呑童子』、ただし普段の露出度控えめかつツノ等は無い。
ガイア連合の覚醒オフ会で覚醒した異能者の一人であり、覚醒時期はやや遅め。
といってもオフ会自体は初期から参加しており、中々覚醒せずハード修行に途中で切り替えてようやく覚醒。
その際の「俺はチ【ピーッ】のついた美少女になりたかったんだー!!」という叫びに加えて
『鬼女』『妖鬼』系のデビルシフターに覚醒しちゃったせいで肉体ごと変質。
叫びの内容といろんな意味でアレな覚醒にショタオジとネコマタを盛大にドン引きさせつつも覚醒者となった。
デビルシフターの能力である悪魔化を解除しても『悪魔の時の肉体が人間になった』ような外見に『戻る』ようになってしまい、
一時期は戸籍その他も使えない家なき子状態になってしまったため、ショタオジの所に居候しながら修行続きの日々を送っていた。
そのためちょっとした結界や祈祷のような術は使えるようになっており、ほかにやることもないから、とハードめの修行をしてたおかげでLV30の壁を突破。
根願寺にツテができてからようやく戸籍その他をイロイロ裏技を使って用意することができたので、最近は美少女♂ボディで外を練り歩いている。
性格は意外と性癖以外はマトモ&マトモ。
ちょっとからかい癖はあるものの、黒札の中では地方の救援要請等を積極的に受けている側。
自分の命をかけてまで人を救えるタイプではないが、余裕の分ぐらいは人助けしよう、と思える善人。
阿部とは無戸籍状態の時に知り合い、山梨支部で鍛錬に付き合ってもらった恩人。
阿部視点だとかなり好みの外見なのだが、幸か不幸か距離感は程よい友人ぐらいでとどまっている。
登場人物資料おまけ 『テンノスケ』
LV 28
こいつの解説をマトモにやるのを作者が拒否したのでオマケにつける。
トコロテンとゼリー、各種オカルト素材、あとは素敵なものをいーっぱいで作られた式神。
かつてはガイア連合に入る前の阿部とシノが協力して悪乗りで作った式神であり、現在は各種改造を経て普通にハイスペックになっている。
『家事』『料理』等のスキルカードを差してあるため、主な役目はシノの身の回りの世話。
攻撃性能は端的に言ってゴミだが、挑発&無茶苦茶なタフさでタンクとしては優秀。
他にも様々な謎機能(縮小化して壺で持ち運びとか)がついているため、ほどよいウザさに耐えられるのなら君も1つ、あ、いらない?そう。
阿部&シノからはほどほど雑に使われてるが、ハルカとは悪友関係。だいたい原作のヘッポコ丸ポジション。