「さて、蘇生の薬草が必要なくなったのは良い事だな。まさかアレで生きておるとは」
「我ながらあの状態で死んでないのに驚きですよ、僕は……」
ハルカが盛大に惨殺されてから2時間後、すっかりと再生したハルカと治療を終えたスカサハは、城の裏手にある鍛練場へと足を運んでいた。
意識を失っている間にすっかり城は修繕されているようで、どのような魔術を使ったのか天井の大穴も、壁や床のヒビも、破れたタペストリーまで補修されていた。
この鍛練場もちょくちょく城を飛び出し駆け回りながら戦うのに使っていたはずだが、戦闘中に駆け抜けた時と変わりない状態に戻っている。
「まさか貴様が城門を叩き割ってから【七日七晩】戦うハメになるとは思わなかったぞ。呆れた生命力だ」
そう、実は前々回に扉を破壊してから前回の両腕・上半身・下半身の分割でギ/ル/スになるまでに、この影の国では約一週間が経過している。
一日や二日殺し合っただけではギルスを殺しきるまでは行けなかったようで、互いに一切の休憩無しに七日七晩殺し合っていた。
逆に言えば、ハルカはスカサハを七日間追い回してようやく一撃叩き込めたことになる。
それだけの【技量と経験の差】が、両者の間には存在するのだ。どうあがいてもハルカは13歳の少年、
数百・数千の時間を戦闘に費やしてきたスカサハには、純粋な【鍛練量】では遠く及ばないのだ。
「……なにはともあれ、これからよろしくお願いします、スカサハ先生」
「うむ。この影の国と外の世界の時間の流れは、おおよそ【外の一週間がこの世界の一年】……。
見たところ、その非才の身では5年や10年では身に付きそうもないが、時間はたっぷりとある」
「それだと夏休みどころじゃ済まないので、きっかり一年で終わらせますよ」
「一年か……まあ、夢物語を語るのは未熟な若者の特権か。
いや儂もまだ若いし、いけるし」
「何も言ってませんよ先生……で、最初は何から始めるんですか?」
盛大にナナメ方向に脱線しかけた話を軌道修正しつつ、鍛練初日は何から始めるのか、と問いかけるハルカ。
それを聞いたスカサハがつま先で地面を抉るように蹴ると、そこから朱槍が飛び出してきた。
……ハルカの顔面目掛けてすっとんでくる軌道で。
「うおっびっくりした!?あっぶな!?」
(ほう、不意打ち気味かつ手加減マシマシとはいえ、この程度なら変身せずとも掴み取れるか)
朱槍の切っ先を避け、そのまま掴み取ってくるりとひと回ししてから手に取る。
スカサハからすれば槍術は及第点未満だが、間違いなく危機察知能力と対応力は合格点。
心技体の『技』だけが極端に欠けている、という自分の見立てが間違っていないことを確信しつつ、修行プランを脳内で組み立て終えた。
「その朱槍を貸してやろう。すべての鍛錬が終わるまでに手になじむことを目標にするといい」
「……え、槍ですか?徒手空拳ではなく?」
「まあそれも教えてやれないことはないが……
既に格闘術に関してはギリギリ合格をくれてやってもいいレベルだ、貴様は。
おそらく貴様の師が一通りの事は仕込んでいる。奥義たる『何か』までは至っていないようだが」
スカサハの槍術で言えば、ゲイボルグのヒントだけ与えて自分で気づかせることを目標にしているような違和感を感じたのである。
この手の課題はスカサハも時折使う。奥義を教えるのではなく、その断片だけを与えて己の手でたどり着かせる。
ハルカは既に『何か』にたどり着くためのヒントを叩き込まれている、ここで自分が体術を教えて余計な要素を増やすのは、そこにたどり着く邪魔にしかならない。
スカサハはそう判断し、純粋な格闘技『以外』を用いてハルカを鍛える方針にシフトしたのだ。
「頭のてっぺんから足の先まで、血液の一本・神経の一端・筋肉の一筋まで使いこなす術を貴様に叩き込む。無論、影の国の妙技と共に。拒否権はないぞ?」
「最初から修行そのものは拒否する気ないですよ、理不尽には反抗で応えるだけで」
「よろしい。ならば『理不尽な死』に反抗し続けてもらうとしよう。 ……それと、当分変身は禁止で」
「えっ」
そうして、鷹村ハルカの影の国での修行の日々が始まった。
雨の日も。
「そら、影の国名物の『ハリネズミの雨』だ。
降りしきる雨の全てが鋭い杭となって降り注いでいるぞ。
そのなかを水の一滴・血の一滴すら流さずに駆け抜けろ!」
「無理無理無理無理無理!!雨粒が見えないレベルで透明度ありすぎて見えない!?
一瞬で穴だらけになるッギャアアアアアアアアア!!!???」
風の日も。
「群れを成して飛んでくる『妖鳥 ステュムパーロス』を仕留めよ。
仕留めた怪鳥が今日の貴様の飯だ、100は仕留めんと飯抜きにする。
そして仕留めた怪鳥は全部食え、食うことも修行だ」
「どう考えても音速軽く超えてるんですけど!?しかも群れなんですけど!?
一匹一匹がスズメ並みの大きさのくせに岩ブチ抜いてくるしさぁ!?」
雪の日も。
「影の国の雪は人間の体などたやすく凍てつかせる冷気を常に放っている。
というわけでこの雪原を下着一枚で駆け抜けよ、足が凍る前に足を上げていけば凍らん。
それと儂がよこで並走しながら雪玉を投げつけるから避けるのだ。雪合戦だな、楽しんでいいぞ」
「一方的に雪玉投げつけてきてるから『合戦』じゃねーだろこれ!?
うわぁマジで凍る!0.1秒でも足下ろしたままにすると凍る!
アイスヘルかここは!?センチュリースープはどこ?!」
雹の日も。
「む、雪かと思いきや雹になったか。よし、ハリネズミの雨の復習だ。
そのまま魔獣の荒野と怪鳥の草原をマラソンしてこい」
「雹じゃない!これぜったい雹のサイズじゃない!?なくない!?
5㎜以上は全部雹って基準なのはしってるけどそれ込みでも雹じゃないよこれ?!
なんでちょっとした一軒家並みの氷塊が雨あられと降ってくるんだァー!」
霧の日も。
「影の国には猛毒の霧が出る。ひと呼吸で体がマヒするほどの麻痺毒と命を奪う致死毒の混合だ。
息を止めたまま、この城の城門をスタートし、影の国の入り口まで走ってから戻ってこい」
(初日からココへたどり着くまで丸一日以上かかったんですけどおおおおおぉぉぉ!?
ちくしょお!めちゃくちゃ文句言いたいけど口開けたら死ぬヤツだっ!!!)
雷の日も。
「FF10をプレイしていた人間なら見慣れてるやつだな」
「なんで雷が狙ったように人へ落ちてくるんですか!?しかもタイミング不規則にッ!?
実質光速だから見てから回避じゃ間に合わないんですけどコレぇ?!」
刃の日も。
「足元には毒を塗った武器の山、ジャパニーズ・ハリノヤマをイメージした修行場だ。
全速力でそれを駆け抜けながら儂の投げる槍を避け続けろ。当然変身はナシだ。
代わりに最初に持たせた槍はつかっていいぞ。足の裏にMAGを集中して硬気功を切らすな」
「投げる槍全部ゲイボルグなんですけど!?朱槍使ってないのに追ってくるんですけど!?
投げ方がゲイボルグなせいでどんどん追ってくる槍が増えてるんですけど?!
足の裏に気血を集めてると上半身のガードがゆるゆるになるんだよぉ!!」
球の日も。
「さあ!この鎖で吊るした巨大鉄球を思いっきりぶつけるから体で受け止めろ!!」
「くそぉ!なんだか仮面ライダー的には今までで一番間違ってない気がしてきた!」
獣の日も。
「儂が駆る魔獣からひたすら走って逃げまわれ!」
「くっ、スゴイ仮面ライダー的な特訓だ!なんだかやる気がムンムン沸いてくる!」
食事の時間も。
「薬草のサラダと魔獣の肉と麦の粥だ。最低でも10人前は食え」
「ゲロみたいな味の薬草に臭みがスゴイ肉にドロドロの粥……。
先生、明日から料理当番僕でいいですか?材料同じでいいので」*1
それはもう、ハルカは無茶ぶりのような特訓に耐えて、耐えて、耐え続けた。
意外なことにハルカは割と早いうちに影の国の環境や過酷な特訓に順応。
スカサハをして「成長力はそこそこ程度だが適応力は天才」と言い切るほどの粘りを見せている。
オマケに、修行を続けるうちにハルカの【性質】にもスカサハは気づき始めた。
(こやつ、心身共に追い詰めた方が能力が伸びるな……命の危機に瀕している時など、特に)
肉体がボロボロになるほど、精神が限界まで摺りつぶされるほど、ハルカはかわいたスポンジのようにスカサハの教えを吸収していく。
ついには三か月を少し超えたところで【鮭跳びの妙技】*2を習得し、空を自由に駆け回って怪鳥すら変身無しの槍一本で仕留め切った。
球の妙技、刃の妙技、盾の妙技……多種多様な妙技を普段はコツすらつかめないのに、死地へと放り込むと面白いほど身につけていくのである。
阿部がハルカを影の国へと預けた理由を、ここにきてスカサハは完全に理解した。
『この小僧は最高に儂の鍛錬と相性がいい』……その理解と納得を得た後は、ハルカの成長速度と修行の苛烈さはさらに増した。
追い詰めて、追い詰めて、追い詰めて、そこで今しがた教えた技術を駆使すればなんとか生き残れる。
そういう方式を取り始めてからは、最初は10年以上かかると判断していた修行の予定がどんどん短縮されていく。
(昨日はここまで進んだか……本来はここまで3年、いや5年はかけて進めるはずだった修行予定を半年で……)
快挙、と言っていもいいだろう。ハルカは別に武術の天才ではない。
少なくとも、スカサハからすればクー・フーリンやフェルグス、フェルディアやコンラといった勇士たちほどの輝く才能は見受けられない。
名前もロクに覚えていない名もなき弟子の中にならこのレベルもいたかもしれないが……。
はっきりいって、影の城にたどり着く前に力尽きた勇士たちと大差ない。それが鷹村ハルカの『武才』だ。
(もしかすると……この『男』なら、あるいは……?)
溶岩のど真ん中に立てた槍の穂先に足の親指だけで立て、という修練をこなしているハルカを見下ろしながら、スカサハは無意識に口角を上げる。
いつの間にか『小僧』ではなく、一人の男として見始めている少年の評価がじわじわと上がっていく。
1つ、また1つ。スカサハが本当なら何年も先にやらせるはずだった課題をこなし、先へと進むハルカ。
弟子が勇士となる姿は何度見てもいいものだ、と胸を張るスカサハ。ハルカが毎回のように挙げている悲鳴も慣れたものだ。
送り出す喜びは飽きぬものだ/だからこそ惜しい
師範としてこれ以上の充実はない/そだてあげた瞬間に去っていく
あのクー・フーリンのように/あのコンラのように
彼は英雄となるのだろう/二度と帰ってこないのだろう
(ああ、彼が儂/私だけの英雄であればよかったのに)
彼女は……女神スカサハは、英雄としての側面と女神としての側面を併せ持つ。
数多の勇士を育て上げた『ヒーローメイカー』であり、戦士としての頂に立つ『英雄』としての側面『スカサハ』。
影の国を統治し、魔獣や悪霊を従え外敵を滅殺する、女王として君臨する『女神』としての側面『スカアハ』。
『スカサハ』ならば問題はない、見込みのある弟子/生徒への試練がえげつないが、時に優しさも見せる師範として付き合える。
『スカアハ』でも直ちに影響はない、少々頭ケルトな所こそあるが、敵として認識されなければ慈悲深い女王だ。ケルト基準で。
だが、この2つが同時に顔を出した時、スカサハ/スカアハは『女神スカサハ』となる。
……生々しく言ってしまうと、スカサハ/スカアハ個人としての性質。つまりは『女』が顔を出す。
(今日で十ヵ月……ふふふ。本当に、本当に一年でほとんどの課題を終わらせてしまいそうなペースじゃないか。あのクー・フーリンのように)
師である英雄スカサハは、かつての最高の弟子を思い出す速度で修行を進めていくハルカに期待と愉悦を抱く。
(今日で十ヵ月……ああ、ああ、終わってしまう、『ハルカ』に教えるモノが。終わってしまえば帰ってしまう。あのクー・フーリンのように)
女である女神スカアハは、同じものを見ているはずなのに弟子の修行が終わってしまう事に焦燥と恐怖を抱く。
正反対に見えるスカサハ/スカアハの思考、しかしこれが自己崩壊を起こさないのは何故か。
応えはとても単純……英雄スカサハも女神スカアハも、頭ケルトなのは変わらないということだ。
(もしも一年で修行を終えるペースならば、最終日は儂が直々に相手をしてやろう。『儂』を殺す気で来い、ハルカ)
英雄スカサハは『自分を殺しうる勇士が生まれた』事に歓喜し、卒業試験を己との一騎打ちに決めた。
(また去っていくのなら、『私』の知らないところで私以外のために死ぬのなら。私の手で殺して永遠に手元に置こう、ハルカ)
女神スカアハは『私の元から去っていく前に殺してしまおう』という決断を下し、卒業試験を己との一騎打ちに決めた。
これが、英雄スカサハと女神スカアハが自己矛盾を起こさない最大の理由。
ようするにこいつら、同一人物の別側面でしかないから『よっしゃ殺し合おう』という最終的な決断にブレがないのである!!
……卒業試験まで、残り二か月未満。
外の世界では約24時間後に、鷹村ハルカにとって最後にして最大の試練が迫っていた。
こと、神話において『女神に愛される』というのはロクなことにならない、そういうことである。