「……状況を整理しましょう」
あの後、天下の往来で少女を土下座させるわけにもいかないので、とりあえず近くのカラオケボックスに飛び込んだ一行。
鬼灯がマリンカリン等である程度誤魔化してくれたからいいものの、危うく異界突入前に警察沙汰であった。
一刻も早く救援に向かってほしいと願う少女、『一二三 弥生(ひふみ やよい)』をなんとか宥めて事情を聴きだしたところ……。
「事の始まりは2日前、ガイア連合から派遣されてきた霊能者が、初動調査を終えてから……ですね」
「『私達では手に負えない、十分な用意と増援を準備してくる』ゆうて撤退した、そやな?」
「……はい。ですが、あの時来てくれたお二人と連れていた式神ですら神話の英雄のごとき力の持ち主。
それ以上の術者や、同格の術者を多数連れてくるなんてありえないと判断した、らしいです。
もし万が一奇跡的にあったとしても、それは霊山周辺の霊障がもっと悪化してからだろう、と」
あちゃあ、とハルカが額を抑える。その懸念は一切間違っていない。
今回の異界は初動調査によって判明した異界の主のLVが『25』。
放置していればよりMAGをため込んで強化される可能性もある以上、安全マージンを考えればLV30以上の黒札が望ましい。
それに加えてガイア連合の基本は(一部のバカ除いて)確殺だ。安全マージンを取れるレベルを持ちつつ、この異界に相性がいいスキルの持ち主がなるべく受けるのが望ましい。
当然だが、所詮他の黒札から『ガチ勢』と呼ばれる『LV30の壁』を超えた黒札は少ないし、この異界に相性がいいガチ勢がこの依頼を受けてくれるかどうかとなると相当な低確率だ。
今回、たった2日でこの条件(LV30以上、火炎攻撃持ちを指定していた)に該当する鬼灯が補助戦力であるハルカまで連れて来訪できたのは奇跡に近い。
「初動調査に来た二人のレベルは『22』。トラ系の魔法を揃えていて、異界のマッピングや悪魔の分析、場合によっては主のアナライズまで終えて撤退する堅実な黒札コンビです」
「あー、うちも何度か世話になっとるわあの二人。戦闘面はちょいと小粒やけどバランスは悪ぅない……とはいえ、LV25の異界の主に準備不足で吶喊するタイプでもない、か」
寧ろ資料を可能な限り早く・正確に分析して山梨支部に届け、今回の異界に相性がいい鬼灯まで回るよう最速で依頼の手続きを整えてくれたのもその二人だ。
『サスガブラザーズ』と名乗っている黒札のコンビだが、どちらかと言えばお人よしの部類にはいる双子の黒札。
命がけて異界の主に吶喊カマすほどのヒーロー体質じゃないが、かといってお仕事終わったらはいさよなら、するほど冷血でもなかったのだろう。
「で、噂のガイア連合の術者ですらダメだった、もはや一刻の猶予もない!となった『霊山同盟』の取った手段が、『分家』って呼ばれてる君たちを使った人柱の封印?」
「そう、なりますね。」
「……一つだけ聞いてええか?お嬢ちゃんと人柱になるお姉ちゃん、いくつ?」
「私は先月、9歳になりました。皐月お姉ちゃんは11歳です」
ウソだといってよバーニィ、と思わず天を仰ぐ鬼灯。キャラづけの京言葉エミュまで外れている。
しかもこの感じだとガイア連合の撤退後には『本家』がすぐ行動を開始しており、翌日の午前中(シノのラボでのあれこれ)には分家の霊能者を招集し、人柱による結界計画を発布している。
「で、それに待ったをかけたのが分家の中から出てきた傑物(※現地民基準)だった君のお姉さん?」
「『自分たちが異界の主を討伐出来たら人柱結界計画を取りやめてくれ』
って本家の屋敷に乗り込んで、トップである巫女長様に直談判したんです。
15歳なのに熟練の巫女である巫女長様と同等、将来性を考えればそれ以上の霊力がある姉さんは、
普段冷遇されている分家派閥のトップですから……」
「それに加えて派閥争いまで絡むんですかこの話題!」
「その、本家自体は戦時中に途絶えてて、一番大きかった分家が今の本家で、数だけはある他の分家もみーんな本家狙える立場なので……」
「なんていやな戦国時代だ」
「あー、せやからはねっかえりの多い派閥になっとる決死隊の特攻を止めんかったんか……」
というか9歳でこれだけ明晰に話せて事情通でもあるこの子も相当な傑物である。
分家とはいえ名家、恐らく幼少期から霊能力以外も英才教育をされているのだろう。
育児放置気味だったハルカには身についていない教養に、若干ハルカが気まずく感じているが、ともあれ話を続ける。
「姉さんが決死隊を率いることになったので、一番幼い私だけは我が家の血を繋ぐために人柱が免除されましたから……多分、姉さんの狙いはそれだと思います」
「相打ちになれれば全員助かる、自分が死んでも一番下の妹だけは助かる、と。本家も酷だな、自分たちだけ残ろうなんて……」
「……その、あくまで巫女長様の説明なんですけど。
この術は術者にかかる負担も大きくて、霊力(MAG)がカラッポになって死んじゃう事もあるので、
巫女長様を含めた本家から結界設置に携わる術者の皆さんは命がけだとか」
「上から下まで全員ガンギマリとかどうなっとるんやこの組織……!?」
「いやぁボクの実家がアレだっただけでこのぐらいはそこそこ……ボクとしては寧ろ」
サスガブラザーズが撤退を決定、増援なり自分たち以上の霊能者を呼んでくると言って去る
↓
巫女長、0.1秒でこりゃマズいと判断。人柱を使った結界設置を立案し本家・分家を招集。
↓
本家の発布した人柱計画により、分家を中心に人柱候補が選定され始める。
(※タイムリミットその1『人柱結界を設置させない』)
↓
弥生の姉、0.1秒で巫女長の決断に異を唱え、分家派閥の志願者を率いての決死隊を組織
↓
分家派閥の霊能者、死出の旅路と分かった上で弥生の姉に0.1秒で同意。
↓
昨晩夜中まで可能な限りの準備を整え英気を養う。
↓
本日未明、決死隊出発。
(※タイムリミットその2『決死隊の救出』)
↓
ハルカ、鬼灯、あとオマケが到着。弥生に事情説明を受ける。
「なんで全員事態を盛大にややこしくする方向で思い切りがいいんですか!?」
「48時間でここまで状況が動くとか流石に予想できへんわぁ……」
「……それで、昨晩まで決死隊の十数名ができる限りの準備を整えて、出発したのが2時間ほど前なんです」
この町から異界となった霊山までの距離を考えれば、既に霊山のふもとまで到着して登り始めている頃だ。
異界の主まで最短距離で山道を駆け上がったとして、途中で奇跡的に全滅しないと仮定したら……。
「残り一時間って所ですね」
「間違いなく霊山に到着する頃にはぜぇんぶ終わっとるねぇ」
そんな、と弥生がうなだれる。ぽたぽたとテーブルに涙が落ち始めた。
なんとか声をかけようとしたハルカに弥生がガバっとすがりつく。
弥生はすでに半分正気ではなかった、迫る死の恐怖と姉を失う恐怖で、幼い心は狂いかけている。
人柱から免除されたとしても、異界が発生し続ければ真っ先に悪魔に襲われるのは覚醒している自分なのだと理解しているのだ。
「お、おね、おねがいします!家のお屋敷は、古いですけど土地と一緒に売りに出せばお金になります!」
「まってくれ、やるやらないじゃなくてできるできないの話で……」
「魔石とか、巫術に使う触媒も、霊能組織なら買ってくれます、それと、あと……」
「待っ……いや、だから。まず霊山に一気に行く方法が……」
ないんだ、と言い切る前にハルカの言葉が途切れた。
残酷な現実に打ちのめされ続け、自分もこれから死ぬかもしれない。
そんな少女に正論を投げつけるのに何の意味があり、どんな救いがあるというのか。
「欲しいなら、せ、成功報酬になりますけど、私がなんでもします!どんなことでもします!
たった二人の家族なんです!!お父さんもお母さんも死んじゃって……!
お姉ちゃんたちしかいないんです!もう、あんな山なんかに誰かを食べさせないでよぉっ!!」
泣きながら懇願してくる少女に、ハルカは返す言葉を持たない。
自分は救われた側だ、導かれた側だ。今も、阿部という師匠の庇護下にある。
確かにここで決死隊の救援にいくメリットは大きい、少なくとも遺品でも回収できれば相当違う。
異界と化した霊山も、それを管理する霊山同盟も、まとめてガイア連合が総取りするチャンスではあるのだ。
しかし、長々と準備していたら決死隊は確実に全滅。
霊山同盟は既に人柱を用いた結界の準備を始めているはずなので、何人もの少女が命を落とす。
(……分岐路だ!今、ボクは分岐路にいるッ!!)
ここ2年は阿部に言われたとおりに人を救い、阿部についてあちこちを巡ってきた。
その場その場での判断こそ自分で行っていたが、こういった全体の流れに関する判断は基本阿部に丸投げだったのだ。
しかし、鬼灯に頼ろうにも鬼灯はあくまで今回『自分の付き添い』。戦力としては鬼灯が主力でも、阿部の代理人としてきているハルカが前に出なければいけないのである。
小学生にそんなもん任せるな、という意見はしごく真っ当だが、阿部がそんな常識的な理屈を加味してくれるはずもない。
最近の阿部は妙にハルカへのスパルタが加速している、いずれGPが高まり到来する『半終末』までに教えるはずの事を、急激に詰め込んでいるのだ。
今回の依頼もそうだ、明らかにハルカにとってギリギリの決断が要求される状況を予期しているような……。
(いや、これは今考えることじゃない。時間が無いんだ、覚悟を決めろ!)
「鬼灯さん。 正直、今から異界に突っ込むのならどこまで付き合ってくれます?」
「……異界の主までの露払い、ついでに、たっちゃんが負けそうな時のカバー。どないやろ?」
「十分に過ぎます。 あとは移動手段……!レンタカー借りるか、いやいっそ走るか!?」
いくつもの手段がハルカの脳裏をよぎる。しかしタイムリミットは長く見積もっても一時間。
霊山までの距離をトラ系の魔法で0にする事も考えたが、そもそも二人は使えないし、アレは行った事のない場所にはいけない。
……という『詰んだか?』というタイミングで。
「「話は聞かせてもらった!!」」
「何奴っ!」
「「とうっ!」」
防音のカラオケボックスの外でどうやって聞いたってんだ、と言いたくなる。ドアをあけ放って現れた二人組。
しゅたっ、と跳躍し、テーブルの上にスーパーヒーロー着地。
よく似た顔立ちだが割と平凡な顔面偏差値、しかし見覚えがあるコンビが現れた。
「サスガブラザーズはん!?」
「どうしてここにいるんですか……!?」
「あの『リ美肉ニキ』が依頼受けたって聞いてな!」「うちのことか?」
「現地で足がいるかと思って駆けつけてきたんだ」「なあそれうちのことか?」
「そしたら雰囲気おかしいから探ってみたら人柱がどうのこうの」「バ美肉ならぬリ美肉ってなんや?」
「こりゃあただ事じゃないと二人を探してたってわけさ!」「リアル美少女受肉の略か?お?」
「チン〇ついた女の子になりたい願望のなにがあかんのや!!」
「「「全部」」」
ハルカまでハモった3連合唱に、なんでや、なんでや、とヘコみ始めた鬼灯。
それをほどほどにスルーしつつ、サスガブラザーズに重要事項だけ確認するハルカ。
「どこまで行けますか!」
「トラポートなら異界の入り口まで飛べる。要救助者を確保したらトラエストだ」
「トラフーリやエストマも使えるからな、ザコ悪魔との戦闘は相当避けられる」
「「だがMP怪しいから戦闘は勘弁な!!」」
山梨支部には回復用の施設もあるが、トラポートが使える二人はあっちこっちに仕事のマラソン状態だ。
今回駆け付けたのも結構無理をしているため、行動補助はともかく戦闘補助までは勘弁してほしいのが本音らしい。
「最高じゃないですか……鬼灯さん、行きましょう。条件はさっきのままで大丈夫です」
「……露払いとフォローはしたるさかい、無茶は前提でええな?」
「了解です。 ……弥生ちゃん」
「は、はい!」
立ち上がったハルカがぽふ、と弥生の頭を撫でた後、一言だけ囁く。
『信じて待っていてくれ』、と。
「げほっ……ぐ、ぅ……!!」
異界の奥、主の領域にて、睦月は痛みと無念に呻く声を絞り出す。
服の内側に仕込んだ火薬を爆破しようとした瞬間、悪魔の放った『ブフ』で足を負傷。
当然だが袴の下に仕込んであった分の火薬もダメになったたため、急遽作戦を変更。
咄嗟に上着だけを脱ぎ捨て、異界の主に投げつけ『アギ』で爆破したものの……。
「フン……僅かに驚いたぞ、ほんのちょっぴりだけな。
『焚火の後を踏んだら燃え残った火の粉が足に飛んできた』……その程度だが」
ガシャリ、という足音と共に剣と盾を持った骨の怪物が近づいてくる。
『幽鬼 ベイコク』。ネイティブアメリカンの伝承に登場する邪悪な悪魔だ。
LVは25、物理攻撃に対する耐性まで持ち、文字通り現地人にとっては『死神』に等しい。
火炎に弱いという特性もあるので睦月の特攻手段そのものは間違っていなかった……が。
『純然なレベル差』というどうしようもない壁が立ちふさがっていた。
「まずは貴様の臓腑を抉りだし、生きたまま肝臓を食らってやろう。
私の力をもってしても、この山の外へ異界を広げるのは手間なのでな……」
盾を構えていた左手が近づいてくる、もう切り札の火薬まで使い切ってしまった。
明らかに手加減をしている異界の主にすら、かすり傷を負わせるのが精いっぱい。
『これが自分の限界だ』という最悪の事実に涙すら出てこないほど絶望するしかない。
残る手段は、自分の中の霊力全部をかき集めてもう一度アギを叩きつける程度。
かすり傷に加えて火傷の1つが増える程度かもしれないが。
体の下で握りこんだ拳に霊力を集中させ、イタチの最後っ屁を放とうとした所で。
ベイコクの動きが停止した。
「……?」
ベイコクの視線がこちらを見ていない事に気づいた睦月が、とっさにその視線の方向に目を向ける。
地面に這いつくばったまま後ろを振り向いた彼女の視界に映ったのは……。
(……男の、子……?)
山の中の天気は変わりやすい、いつの間にか来た道には白い霧がかかっていた。
そのせいで若干輪郭がぼやけているが、小柄な少年がこちらに歩いてきて、立ち止まる。
「アナライズ……幽鬼 ベイコク LV25。情報通り物理耐性持ちか。
おい、そこの悪魔。
泥仕合になるぞ、覚悟はいいか?ボクはできてる」
その後ろから、『緑と黒の体を持ち、赤い瞳を光らせる異形』が少年の隣まで歩いてきた。
異形からは睦月ですら感じ取れる異常な大きさの力を感じる、それこそ異界の主と張り合えるほどの。
そして、少年の姿が霧に溶けるようにゆっくりと消えていき、異形だけがその場に残る。
しかし、異常な光景だがベイコクと睦月には本能的に理解できた。あの異形こそが少年なのだ。
入れ替わりに現れたのに『なぜか』同一の存在だと理解できてしまう。
「……なん、だ、貴様は!?」
ベイコクが驚愕と共に発した疑問への答えは、全脚力を解放した疾走と、
「ヴォオオオオオオオオアアアアアアアァァァァァァッ!!!」
肉を引き裂き喰らう姿を幻視してしまうほどの、異形の戦士の疾走であった。
登場人物資料 サスガブラザーズ
流石兄者/流石弟者
年齢 20
LV22
※主な習得魔法かつ双子の共通技能のみ抜粋
トラポート
トラエスト
トラフーリ
エストマ
リフトマ
ライトマ
テトラジャ
etc.
移動系・補助系の魔法をやけに覚える双子の兄弟黒札。
一応戦闘系魔法も使えないことはないが、全体的に戦闘力は控えめ。
とはいえ地味にカンのいい兄者と意外としっかり者な弟者の相性はよく、
作中で鬼灯が言っている通り『ちょいと小粒だけどバランスは悪くない』。
ガイア連合に保管されているオカルト系資料を調べ上げ、呪物の収集や異界の探索・偵察。
行方不明事件等が増加している土地に危険な異界が発生していないか、等を調査する敏腕調査員。
……微妙にオーラが足りないというか、ほどほどに小物っぽいというか、わき役顔なのはご愛敬。
式神は最初俺の嫁系を兄者が押していたが、他の転生者が俺の嫁を前衛に出来ない問題に挫折しているのを見て弟者がゴリ押しで変更。
いざというときのすばしっこさも考えて、『メダロット』の『サムライ』と『シンセイバー』をモチーフにした人形型式神となった。
どちらもノリがよく微妙にお人よしだが、兄者がバカっぽくて弟者がしっかり者。
ただし悪党とは程遠い上に結構腕も良いので、彼らの集めてくる情報は金を出してでも買いたい人間が多い。