【数年前 山梨支部 異界】*1
阿部 清明は、鷹村ハルカを拾い鍛えた一か月の間に、様々な事をハルカに叩き込んだ。
最初に始まったのは、適合が完全でない式神ボディの使い方。
『うぐっ、う、ぐっ……』
『そら、気張らんと今日も飯が食えんぞ』
手足の自由が利かず、芋虫のように這うのが精いっぱいのハルカを異界の一角に監禁し、皿の上に置いた食料まで自力でたどり着かせる。
当然ただ張ってたどり着くだけでなく、阿部の使役する低レベルの小鬼達が散々にそれを妨害する。
式神ボディの頑丈さを加味しても、ほとんど拷問のような日々。渇きと飢えの苦しみを芯まで叩き込む。
外との時間軸が違う異界であることをフルに利用し、何日も水の一滴すら飲めないまま、なんてこともしょっちゅうだった。
『ぜぇ、はあ、はぁッ……!』
『集中力を切らすな、まだたったの五日だぞ』
その次は、レベリングをかねた格闘技の訓練。
阿部の一族に伝わると言う、怪異を討つための格闘術……それを1から10まで仕込まれた。
霊薬を常時投与し、24時間休むことなく低位の悪魔をけしかけ、一時も休憩させずに戦わせ続ける。
三日間休まずそれを続ければ終わり、という条件を付けておきながら、ただ倒すだけでなく『教えた型や構えが崩れれば最初から』という条件のせいで盛大に地獄を見た。
『───────』
『……ホントに根性だけは天才以上だな、お前さん』
さらにはショタオジ特性脳レイプ、もとい八大地獄疑似体験を『無限ループ』させる精神修練まで叩き込んだ。
だが、一週目はともかく二週目からは座禅を崩すことすらなく、常に目を閉じ瞑想したまま八大地獄の苦痛を耐えしのぐ。
それはギルスのスペック云々ではなく、鷹村ハルカという少年の異常なまでの精神の強靭さにあった。
脆弱な肉体では到底収まらないほどの強靭な心、そこに式神ボディという器を与えたせいで、盛大に化学反応を起こして完成してしまった『特異点』が彼だ。
ただただ、残酷な運命とやらに愛されて、本人が超えられない難易度のクソみたいな試練ばかりが降り注ぐ。
そこに【最低限対応できる力】を与えたことで、人類規模で降り注ぐトラブルが彼の運命力に引かれて収束。
結果的に【鷹村ハルカの周りでやべー事件が頻発する】という運命が収束したので、ハルカを見張ってれば終末案件の幾つかが観測可能という超便利なヘイトタンクになったのである。
……というわけで、利用価値も相まって山梨支部にいる幹部たちの見解は『現状維持とある程度の支援』で一致。
阿部が後見人として面倒を見ることになり、とんでもなく教育に悪いんじゃないか?という疑惑を受けつつも育てる事に決まったのだが……。
『師匠、ぼくの人生は、何か悪い事をしたから苦しかったんでしょうか?
ぼくは、この世に生まれてきて、本当によかったんでしょうか。
産んだ人が祝福しない命に、何の価値があるんでしょうか。
なんで、【自分が自分であること】を否定しながら、生きなきゃいけないんでしょうか』
……この質問への、阿部の答えが、鷹村ハルカの生き方を決めた。
【S県某所 沿岸部 砂浜】
『まずは挨拶代わりだッ!』
「どんな挨拶だッ!!」
ホア・オブ・バビロン改め、邪龍 レッドドラゴンが剛腕を振るう。
右腕の巨大な爪……いや、『角』が眼前を荒々しく薙ぎ払い、砂煙を巻き上げる。
技術もへったくれもない、シンプルなフィジカルという暴力によるゴリ押し。
怪物にふさわしい、この上なく単純で粗削り、そして合理的な戦術だ。
一方のギルスは、アナライズ含めてもレッドドラゴンの能力が不鮮明な以上、無理に攻め込むのは危険と判断。
パワー重視のバーニングフォームからスピード重視のライジングフォームに切り替え、余裕をもって攻撃を回避しながら僅かに間合いを開ける。
『技術がない』という欠点は流石に融合してもどうにもならないのだろう、短所はいったん置いといて、長所を伸ばして無理やり対応してきた。
サイズを人間レベルに変えた分、基礎ステータスが全体的に格闘戦向けに再調整されている。
怪物としての膂力と、人間としての小回りの良さ。その両方を併用しつつ、しっかりと『思考』しながら殺しにかかってくる。
大ぶりの攻撃も、技術が拙いなりの『計算』が見え隠れし始めた。
(無駄に振り回してるわけじゃないな、魔法で牽制しつつ、こっちが踏み込もうとしたタイミングで……)
口に当たる部分から吐き出された【トリスアギオン】を避けつつ間合いを詰めれば、大雑把極まる右腕の振り下ろしてレッドドラゴンの眼前が地面ごと抉られる。
踏み込みをわざと浅くして、振り下ろされる前に飛びのいていなければ、砂浜に臓物をブチまけることになっていただろう。
(……しっかり合わせてカウンターを叩き込んでくる。単純だが、フィジカルがある分やりづらい)
(むう、これも当たらぬか。格闘に関しては『余の元となった暴君』の記憶にある嗜み程度のパンクラチオンが関の山だからな)
両者ともに、自分が持っている手札を一枚一枚吟味しながら場に出していく。
レッドドラゴンの頭部の角が蛇のようにうねり、伸びる。
ムチのようにしならせて叩きつけ、槍のように尖らせ突き刺す。シンプルだが速度を考えると凶悪な攻撃だ。
物理法則がぐちゃぐちゃになっている『終末』だからこそ平然とだしているが、物理法則が健在の頃なら音を超えて空気の壁をブチ破るのが観測できている速度である。
それを、まるで『休日に公園を散歩してたらふいに子供からゴムボールを投げられました』ぐらいの軽さで受け流すライジングギルス。
二本の角で牽制してから、本命である両腕を叩き込むつもりだったのだろうが……その牽制で足が止まらないのなら意味がない。
叩きつけられた角目掛けて、電流の流れる拳が触れる。
「【電タッチ】*2!!」
『づっぶぁ!??』
説明しよう!【電タッチ】とは高圧電流を纏った手で対象に触れることで、対象を通電・感電させたり赤熱化させる必殺技である!
今回はレッドドラゴンの伸ばしたツノに使用、ツノを伝って電気を流し込み、レッドドラゴンの頭部まで届かせたのだ!
……え、これはクウガじゃなくてストロンガーの必殺技だろって?そんな事、俺が知るか!
なにはともあれ、流石のレッドドラゴンも頭部に雷撃を流し込まれれば無傷とはいかない。
【貫通】の仕様は作品によって異なるが、少なくともこの【電タッチ】は反射や吸収もブチ抜いてくるタイプの【貫通】のようだ。
【感電】の状態異常によって無理やりレッドドラゴンの動きを止め、即座に強化された脚力をもって懐へ飛び込む。
【ギルスクロウ】を両腕から出現させ、【貫通】をスキルに乗せてレッドドラゴンの胴体へねじ込む。
「【狂乱の剛爪】*3ッ!!」
ガリガリガリッ、と音を立て、レッドドラゴンの装甲の表面をギルスクロウが浅く抉っていく。
『ぐっ!?(……ええいっ、やはりこういった駆け引きではあちらが上か!?)』
「(硬っ?!ギルスクロウが『滑った』!?どういう硬度してるんだ!?)」
爪跡こそ深く刻まれたものの、抉った深さを考えれば外部の装甲部分を穿ったに過ぎない。
その内側にある骨肉まではギルスクロウが届いてないのは一目瞭然だ。
シンプルに『強い』、シンプルに『早い』、そしてシンプルに『固い』。
第一形態であるホア・オブ・バビロンがゴリゴリの絡め手重視だったのもあり、レッドドラゴンも状態異常等の絡め手にはめっぽう強い。
だというのに肉弾戦においてはライジングギルスのギルスクロウが軽傷で済むタフさなのだ、はっきり言って相当な難敵である。
魔法系の大火力によって押し切るという手段についても、そもそも近接系ステータスが『上がった』のであって、ステータスを『ふり直した』わけではない。
万能型に近い乗騎であるザ・ビーストと、レベルは大きく劣るが近接型に近いマスターテリオンを『人工筋肉』と『生体装甲』に変換。
それらを効率よく運用するため、己のサイズをソレに収まるように縮め、悪魔合体で融合したのがレッドドラゴンである。
「(つまり、原理的には『デモニカ』と一緒か、これ!?)」
素材が『ザ・ビースト』と『マスターテリオン』、装着者が『マザーハーロット』で性能は『赤き竜』とかいう厄ネタのオンパレード。
その完成形が、元は覚醒していない人間を引き上げるために開発された『デモニカ』に近づいたのは何の皮肉だろうか。
外骨格やパワードスーツのように悪魔を身に纏うことで地力を底上げする、という原理そのものは一緒なのに、ひどくいたましいモノに見えてくる。
だが、逆に言えばデモニカの原理を考えれば『対処法』も見えてくる。
(無理に本体の急所を狙って『点』で攻撃するからダメなんだ。もっと『面』を見て……まずはデモニカの方を叩く!動物園のラッコが貝殻を叩き割って中の身だけを食うみたいにな!)
ギルスクロウによる斬撃ではなく、ギルスフィーラーによる拘束と打撃による装備破壊を狙いにいく。
スキル封印の雷撃は、ダメージよりも閃光による目くらましを優先。
打撃と共に雷撃を放ち、次の一合のイニシアチブを常に取りながら殴り続ける。
『【万物粉砕】ッ!!』*4
「【カウンター】ッ!」*5
振るわれたレッドドラゴンの右腕をダッキングで避け、カウンターの一撃が腹部を捕らえる。
おえ、と僅かにえずいたのと同時に、下がって来た頭部へ右フックを叩き込んだ。
ボディで体をくの字に追ってから顔面、ボクシングのような打撃系格闘技の基本だ。
やはりというかなんというか、格闘技を十分に修めているハルカのほうが、殴り合いの駆け引きには分がある。
大ぶりな打撃にカウンターを合わせ、じわじわとレッドドラゴンの生体装甲を削り落とす。
龍のウロコを一枚一枚ひっぺがしていくような戦い方だが、しかし……。
「だああぁっ!!」
『ぐガッ……!?』
(何故だ、速度は互角、腕力と装甲はこちらが上!だと言うのに……近接戦の駆け引きだけで、こうまで追い込まれるものか!?)
『根性だけは天才だ』……そう阿部に認められた不屈の心が彼にはあった。
少しでも装甲の薄い部分を狙い、打撃を打ち込み、小さなヒビも見逃さず攻撃を集中する。
一撃必殺の強打ではない、見かけは地味だが丁寧な連打をもって、レッドドラゴンの鎧を砕きつつあった。
「(もう少し、もう少しだ!ほんのちょっとだけでも欠けさえすれば……!)」
『(ええい、このままではじり貧か……賭けに出るなら、今だな!)』
『ヴオオオオォッ!!』とギルスの咆哮に負けじと叫び、大きく両腕の角を振るいながら吶喊する。
装甲がまだ残っている内に勝負を賭けに来たか!と判断したハルカ/ギルスもまた、拳を構えなおしてそれを迎え撃った。
突き出された角を避け、胸部を殴りぬきながら背後へ回り込む。
ソレを追って振り向いたレッドドラゴンの胸目掛け、狙いすましたかのような回し蹴りが叩き込まれた。
……そして、うめき声を漏らしたレッドドラゴンの胸部装甲が、ほんのわずかに欠けて穴が開いたのを見逃すギルスではなかった。
右腕のギルスクロウを再度出現させ、ライジングによって操る封印エネルギー入りの雷撃を纏わせる。
体制を立て直し、再度突っ込んできたレッドドラゴンの動きを見切り、カウンターのタイミングをドンピシャリで合わせた。
狙いは今しがた空いたばかりの小さな穴、それを目掛けて、全パワーを一点集中させた突きをねじ込む。
「【ライダースティング】!!」
輝く黄金の爪牙が、雷光を纏った高速の突きを伴ってレッドドラゴンの装甲を貫く。
装甲の内部にあるはずのホア・オブ・バビロンの肉体まで貫き、そのままギルスクロウだけでなく腕まで深く埋まっていく。
体内に直接注ぎ込んだ雷撃と共に、今度こそホア・オブ・バビロンを撃破した……はずだった。
「!? 手ごたえが軽い、これは……『抜け殻』!?」
『大当たりだ、英雄よ』
「何ッ、ぐはっ!?」
ギルスクロウが貫いたのは、レッドドラゴンの重厚なる外殻『のみ』。
この賭けに勝ったのは、レッドドラゴン……もとい、ホア・オブ・バビロンであった。
ギルスクロウが突き出された瞬間、外殻の装甲部分を全てパージしてバックステップ。
その場に残った外殻だけをギルスに貫かせてスキを作り、重い鎧を脱ぎ捨てたことで上昇した『速』を利用し不意を打ったのだ。
ゴツさ全開だった今迄の姿とは別に、全体的に細身でスマートな印象を受ける姿へと変貌したレッドドラゴン。
たわわな胸に合わせて胸部の装甲も変形しているようで、全体的に女性らしさを感じるフォルムとなっている。
『【レッドドラゴン 龍人態】*6……とでも名付けるとしよう!となると、先ほどまでのは【魔人態】か?フフ……』
「ぐっ、早い!さっきまでとは段違いに……?!」
『ハハハハハッ!この程度ではまだまだ余の全速力とは言えんぞ、英雄よ!』
『シャラァッ!!』
「がふっ!?」
ギルスの眼にすら止まらぬ速度でレッドドラゴンが急加速、ガードが間に合わず、ギルスの顔面へ拳がめり込む。
そのまま腹、足、肩と次々にコンビネーションが叩き込まれ、やぶれかぶれに突き出したギルスの拳も空を切る。
僅かにつんのめった体を無理矢理引き戻せば、レッドドラゴンはギルスの間合いの一歩外まで下がっていた。
『この姿だと腕力や装甲は落ちるようだが……速度は今までの比ではない。
何よりこの【クロックアップ】……素晴らしい力だ!【獣の眼光】すら遅く思える!』
「ぐっ……(『眼光』系スキルか、速度がハネ上がってる!)」
プレスターンを増やすスキルと、己の速度を上げるスクカジャを組み合わせた合体技。
元々【速】が上がる形態なのもあって、単に龍の眼光を使っただけでは追いきれないほどの速度をたたき出している。
ライジングギルスも速度重視のフォームだが、それを差し引いても『眼光』スキルの差が大きすぎる。
『ふっ……クロックアップできないお主など、余の敵ではない!』
「そうかな? ……とも限らないぜ? 【超変身】ッ!」
ギルスが超越形態【エクシードギルス】に変身し、体中にかけられたリミッターが吹き飛ぶ。
久方ぶりの『無茶』をやるのは未だ、と、ハルカも最後の賭けに出た。
「付き合ってやる……三分間だけな!
【超 変 身】ッ!!」
エクシードギルスのままライジングフォームを起動、全身のリミッターが外れている影響で、制御不能の封印エネルギーがあふれ出す。
四肢に金色の装飾品が現れ、全身からは封印エネルギーを伴った雷撃が迸る。
リミッターが完全に外れているということは、悪く言えばエネルギーの抑えが利かないということだが、よく言えば『制御できてる時は出せない出力を叩き出せる』という事だ。
外見にも過剰出力の影響は出ており、全身の生体装甲は『黒』一色に染まり、継ぎ目の部分に金色のラインが走る。
赤く光る瞳と合わせ、転生者ならばこう言うはずだ……『まるで【アメイジングマイティ】のようだ』と。
「【ライジングエクシードフォーム】……長持ちしないんでな、一気に決めさせてもらう!」
『……いいだろう、最終ラウンドだッ!!』
【獣の眼光】*9+【ラスタキャンディ】*10+【チャージ】=【スタートアップ】*11
【龍の眼光】+【スクカジャ】=【クロックアップ】
両者がほぼ同時に超加速し、目に見えぬスピードすら超えた超高速戦闘に突入した。
『何の価値もクソも、生まれた命はただの種だ』
『種の時点でそのものの価値全部が決まってたまるか』
『自分の価値ってやつを知りたいんなら、まずは生きてみろ』
『枯れ果てるまで生きた後に、ようやく答えが見つかるさ』
鷹村ハルカは、今も、この言葉を胸に生きている。
自分の価値は、生まれた時ではなく【生き様】と【死に様】で決まるのだ、と。
そう信じて、生きている。