【サタンの自爆からしばらく後 天界】
「……ぅ、ぐ……?」
四肢どころか全身に走る激痛で、うめき声を漏らしながらも目を覚ます。
鷹村ハルカは生きていた……その状態を本当に『生きている』と言えるのならば、生きていた。
両腕・両足はほとんど炭化し、軽く身をよじるだけでボロボロと炭がはがれて落ちる。
全身いたるところの肉が抉れ、目には見えない部分の骨や内臓にもまんべんなく傷が入っている。
地球を遠く離れた時点でMAGの供給が揺らいだため、トリニティフォームの欠点である自傷ダメージがモロに体を襲い続けた結果だ。
本来はHP自動回復/肉体の自動再生と合わせて使うことでこのデメリットを相殺するのだが、*1MAGの枯渇でそれどころではない。
MPもとっくに尽き、ディアの1発すら使えない以上、炭化している手足どころかタンコブの一つすら治せないのが今のハルカだ。
……そんな状態でありながら、なぜ生き延びているのかと言えば……。
「……ギルスレイダー、ギリギリで、よく、やってくれた……」
爆発の瞬間、ギルスレイダーが自己判断でハルカにタックル。
そのままなけなしのMPで『トラポート』を発動させ、ハルカと共に飛べる範囲で遠くまで飛んだのだ。
天界から外に出ることは叶わなかったようだが、爆心地より大きく離れたことで爆発に巻き込まれるのを避けたらしい。
さらに、唯一神が天界を破壊させないために爆発の威力を抑えようと尽力したのもプラスに働いた。
……抑え込みチャレンジに挑戦した唯一神は消し飛び、トラポートで逃げたハルカとギルスレイダーが生き残っているのは皮肉だが、それはそれ。
なにより、本当に『生き残っただけ』の状態だ。
(ダメだ、どれだけ力込めても、指すら動かない……!)
既に肉体は限界を何度も飛び越え、その状態でさらに無理をし続けたのが今の彼だ。
意思でどうこうできる次元はとうに飛び越え、絞りだした余力の全てをサタンを討つために注ぎ込んだ。
立ち上がる事すら敵わない満身創痍、ギルスの現状はソレである。
(なにより、天界の様子がおかしい……多分だけど、これは……)
天界……あるいは天国というイメージそのままな異界の風景は、ところどころにヒビが入り、ボロボロといずこかに崩れ落ちつつあった。
サタンの自爆の影響は、唯一神が抑え込んでなお、天界に多大にして致命的な被害を与えたのである。
唯一神の一時的な消滅と合わせ、天界は崩壊しつつあった。*2
大天使たちの本体にも多大な被害が出ているせいか、死にかけのハルカを追ってくる天使の一匹もいないほどに天界の状況は切羽詰まっている。
このまま天界が崩壊した場合、通常の異界と同じならば異界の外にはじき出されるだけなのだが……。
(そもそも、ここって魔界と一緒で別の時空とかにある異界だよな……?それが壊れたら、どうなるんだ?)
少なくとも、都合よく日本のどこかに放り出される……なんて展開を期待できる状態ではない。
次元の狭間に飲まれてどことも知れない場所……それこそ並行世界や異世界、過去や未来まで飛ばされるか、もしくは永遠に『どこでもない場所』をさまようか。
それを避けるためには、天界が完全に崩壊する前に『トラエスト』等で脱出しなければならない。
が、ハルカ達がここに来るには阿部・メタトロン・ルシフェルによる強力な転移の魔法が必要だった。
当然、その逆もしかり……ボロボロの二人が持っている手段で脱出できるような場所ではない。
「……それ、でも、まだっ……!!」
だがしかし、それで折れる『程度』なら、ハルカはここまで戦い抜けていない。
立ち上がる事すらできない体で、天界の地面をイモムシより遅い速度で這うように進んでいく。
身をよじるだけでも全身に走る激痛、それすら歯を食いしばって抑え込み、ずり、ずり……とみっともなく這い続ける。
諦めない、折れない、挫けない。才能でもなんでもない、シンプルな根性と精神力。
その身命の全てを『それ』のために捧げられる『やせ我慢』こそ、鷹村ハルカの得意分野だ。
なによりも恐ろしいのは、それを『単身で』やってるわけじゃないことだ。
今にも千切れそうな手でギルスレイダーを掴み、その手で引きずりながら這っているのである。
『この場でギルスレイダーを見棄てて生き残るぐらいなら死んだ方がマシだ』。
言葉に出さなくとも、ハルカにとって譲れない一線だ。
救うと誓った相手を諦めない、守ると誓った相手のために一歩も引かない。
だからこそ、あの悲劇と理不尽に満ちた世界で『ヒーロー』を張っているのだ。
『……まさか、この期に及んでも『大団円』を諦めていないとはな、人の子……いいや、仮面ライダーよ』
「! ……なんだ、誰だッ!?」
既にグラグラに歪んでいる視界を無理やりにでも上にあげれば、ハルカが這う先から何者かが向かってくる。
やや緑の強い黒衣に身を包み、白、あるいは銀の神を逆立てた体格の良い男がそこにいた。
褐色の肌、鋭い気配、目元はゴーグルかアイマスクを思わせる装備で覆っており、胸元を大きく広げたデザインの衣装。
かろうじて起動していたアナライズの結果に、ハルカはかすれた声で驚愕をあらわにした。
「【大天使 サタナエル】……!?」
『そうだ。貴様が先ほど打倒した【大天使 サタン】……その別側面である分霊だ』
キリスト教系異端宗教『ボゴミル派』、かつてバルカン半島地域に分布していた宗教だ。
このボゴミル派は、サタンとキリストについて、あるいはその他の天使や悪魔についても、キリスト教やユダヤ教、当然メシア教とも違う解釈をしている。
特筆すべき差異の1つがサタンの解釈であり、ボゴミル派においてサタンは『ミカエルの兄弟であり、かつては天使であった』とされた。
すなわち、ボゴミル派においてはサタンもまた堕天使、ならば天使であった頃の名と姿がある。
それこそ【大天使 サタナエル】……天使の名である『エル』を奪われる前のサタンの姿である。
『崩壊寸前とはいえ、天界に分霊を派遣するには【天使としての属性が強い側面】として分霊を派遣する必要があったのでな』
「……なるほど、ね。異端宗教とはいえ、天使は天使、か」
そもそも、メシア教だってヴァチカンあたりからは異端認定されてそうなトンデモ宗教である。
歴史の上では、大手の教会が相手の教会を異端認定クロスカウンターした例だってあるだろう。
それだけで【天使】でなくなるほど、悪魔の存在は軽くはない。天使であるというバックボーンが存在したのなら、それを引きずり出すことで多少の無理は利く。
「それ、で……何のために、来たのかな?人類粛清を阻止した、僕への、処断?」
『……いいや、違う。少しばかり……問答に来た』
問答?とハルカが声を漏らすが、それを無視してサタナエルは告げる。
『問いかけは1つだ、仮面ライダー……貴様はなぜ、死ぬと分かっていてここに来た。
信じる神がいるわけでもない、その身を捧げる信仰があるわけでもない。
親愛の情があるわけでもない、忠誠を誓う相手に命じられたわけでもない。
神の裁きすら退けて、貴様は何処へ行こうと言うのか、何をしようというのか』
サタン/サタナエルにとって、信仰や忠誠、愛情を理由に命を捨てる人間など見飽きた部類だ。
だがしかし、サタン/サタナエルの眼で見る限り、ハルカはそれらの全てに縁が無い。
神を信仰するわけでもなく、何らかの組織や個人に忠誠を誓うわけでもなく、家族や恋人のために献身を捧げているわけでもない。
歴史上の『英雄』と呼ばれる人間ですら、そこには祖国や組織へのこだわりがあった。
鷹村ハルカを支える『何か』があるのは分かる。だがしかし、それが『何なのか』がわからなかったのだろう。
……サタン/サタナエルの知る限りで、『同じこと』をしそうな者は一人だけいる。
だが、しかし、もしそうだとしたら……。
『何故だ。何故貴様は、血肉の一片すら灰になるこの戦いに身を投じた?』
「……信じてる、から、だ」
『何をだ?この堕落しきった世界で、命を捧げるほどに何を信じた?』
「……人間、を。きっと、まだ、見限るには速いから……!
人間は、人類は、きっと……醜悪なだけじゃ、ないから!」
這って歩くことしかできなかったはずのハルカの四肢が、もはやその体の何処にも力など残っていないはずの肉体が。
精神力で支えられる限界すらぶっちぎった満身創痍のヒーローが、魂から湧き出す力を漲らせて『立ち上がる』。
万里の道を行くよりも、この場で立ち上がる方が難行と言える状態で、鷹村ハルカはその体を立たせて見せた。
ただ、目の前の大天使を視線で射貫く、そのためだけに。
「まだ……僕は、人を、愛せているから……愛し続けられるようになりたいから!
信じているから、信じていたいから……つらい過去もあるけど、思い出したくも、ないけど!
僕より、ひどい環境にいる人まで、いて……世界が、嫌になることだって、あるけれどッ!
泣いたり、嘆いたり、迷ったり!今までも、これからも、だけど!それでもッ!」
魂の炎が大陽がごとく燃え盛り、消えかけている命の灯に反比例するように眼の光が強くなる。
「……痛いのも、苦しいのも、背負うから!」
一歩を踏み出す。
「僕一人でも、背負えるだけ!沢山、背負うから!」
左腕が崩れて地面に落ちる。
「誰かの、苦しいとか、つらいとか……そういうのが、嫌だから!
恐れないから、どんな困難も、苦難も、試練も、乗り越えるから!
未来の事なんて、師匠みたいに、分からないし……知らないけどさ!」
血を吐くように……いいや、実際に『血を吐きながら』言葉を絞りだす。
「現実は残酷で……それを受け止めきれなくて、泣く人もいる!!
だから僕は、青空に、なるんだっ!涙雨を晴らす青空に!
晴れてても、曇ってても、空は空かもしれないけど……」
ギルスレイダーを右手だけで掴み、ふらつきながらも起こして支える。
「だけど同じ空なら、晴れてるほうがいい!!曇り空が晴れるまで、僕は戦う!
晴れないのなら、僕が青空になって、無理矢理晴らす!何度でも、いつまでも!
……人の心が『青空になる』その日が来ると、僕は信じる……信じ続ける!」
『……それが、貴様が戦う理由か。ゴルゴダの丘を登った聖者にでもなったつもりか?』
「違う!僕は……『仮面ライダー』だ!いいや、僕だけじゃない!
今まで支えてくれた人も、助けてくれた人も、今も無事を祈ってくれる人も……。
皆、世界を救った仮面ライダーだ!人間は皆ライダーなんだよ!!」
『その戯言で、人類の未来を認めろというのか?人類が今以上の愚行に走る可能性の方が高いではないか。メシア教の愚行を忘れたわけではあるまい?』
「それでも、人類の未来が閉ざされる事だけは、見過ごせない。悪いけど世界は消させない」
もはや、目の前の大天使に殴りかかる力すら残っていない。
立ち上がり、ギルスレイダーを引いて一歩、また一歩と歩いていく。
どうすれば帰れるのか見当もつかないまま、それでも『諦めて立ち止まる』という選択肢だけは放棄して。
一歩ごとに炭化した肉体が欠けて落ちることすら無視して、前に進むことをやめない。
その背を見ながら、サタナエルはしばし何かを考えこみ……口を開いた。
『どんな困難も、苦難も、試練も乗り越える……貴様はそう言ったな?』
「……ああ、言ったよ。それが?」
『ならば、試練の化身でもある私から、1つ貴様に試練をくれてやる』
ハルカが疑問の声を上げる前に、二人と一台が立っていた地面が崩れ去る。
なぁ!?とハルカが驚愕の声を上げたが、当然この状況に抗う方法などあるはずもない。
天界の崩壊と共に発生した時空の穴目掛け、ハルカの体が落ちていく。
しかし、なぜかサタンは大天使にふさわしい巨大な翼を広げ、そのハルカを追ってきた。
『貴様ですら人類を庇護しきれなくなるその日まで……人類の粛清を『保留』する』
「な……何!?」
『人が粛清に値しないモノへ変われるというのなら……貴様の全てをもって、変えて見せろ』
これは、決してサタンの慈悲ではない。
サタンの粛清の化身であり、同時に人類への試練の化身。
そのサタンによる人類粛清を止めたハルカは、サタンからすれば『試練を乗り越えた英雄』に等しい。
そして、試練を乗り越えた者には、加護と祝福があってしかるべきなのだ。
『日本の何処ぞに送ってやる……大言壮語を言い切ったのだ。 その信念、歪ませるでないぞ、仮面ライダー』
「……ああ。 きっと……『殺すほどじゃない』って、お前に言わせて見せるさ」
ならば良い、と言ってサタンが右手を掲げ、分霊に貯蔵されたMAGすべてを注ぎ込んだ『トラポート』を放つ。
次元の壁を飛び越え、どこにつながっているかもわからない時空にひずみも乗り越え、懐かしき地球へとその体が飛んでいく。
見送りの言葉も、別れの言葉もない。なぜなら、ハルカの挑戦はここからだ。
全てが終わったあの世界で、人間はまだ終わらせるほどじゃないと証明する。
そのために、自分の居場所へ帰るのだから。
眩い光に包まれながら飛んでいき、光を抜けた先では……。
(…………? 飛んで、いや……『落ちてる』?)
落下するような浮遊感を感じ、光りにくらんだ目をゆっくりと開く。
右を見る、一緒に飛ばされてきたギルスレイダー(半壊)がいる。
左を見る、水平線の向こうまで何にも見えない。
前を見る、雲一つない青空と眩い太陽。
そして後ろを見る…………どこまでも続く、大海原がそこにあった。
そして、ハルカとギルスレイダーは、空中に放り出されて落下している真っ最中だった。
「……いやこれ試練云々以前に堕ちた時点で死ッ……!!??」
巨大な水しぶきを上げて、ハルカとギルスレイダーが海面に落下する。
現在地は『日本海の某所』……それも、陸地も見えないほどの沖合であった。
衝突の衝撃で盛大に意識を吹っ飛ばしたハルカが、ぶぐぶぐぶぐ……と泡を立てて深海へ沈んでいく。
『こちらガイア連合ロボ部所属戦艦、【日向】。瑞雲からの観測結果を受診。やはり瑞雲は最高だな』
『【くそみそニキ】殿からの情報提供通り、指定地点に【ギルス】の落着を確認!』
『港に待機している【土隠あきつ丸】に輸送して、秘密裏に霊山同盟支部・一等研究室に運び込む手はずを整えます』
サタン「やべ、座標ミスった」