霊能力者、鷹村ハルカは改造人間である。   作:ボンコッツ

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ある日の晩酌

 

【霊山同盟支部 一等研究室 休憩所】

 

 

(当分G3作りたくない……)

 

そんな似合わない感想を脳内でリフレインさせながら、幽鬼か屍鬼のようにふらふらと廊下を歩く影が1つ。

 

この廊下は一等研究室内部に存在するため、黒札ですら入るのには手続きが必要な隔離区画だ。*1

 

更にその奥、各種認証識別及び、ブラックカードのIDを読み込ませることでのみ開くドアの先に、一等研究室の休憩所は存在する。

 

休憩所と言うが、その実は宿直室じみた生活スペースであり、シノとサクラは大抵の場合ここで寝泊まりしている。

 

部屋の中にしつらえた仮眠室はどんどん設備が豪華になっており、はっきりいってそこらのホテル顔負けのリラックスルーム。

 

……なのだが、その前にある休憩室は、控え目に言ってコンビニバイトの休憩室のソレ。

 

安っぽいテーブルとソファとパイプ椅子が並び、テーブルの上には雑誌と菓子とエナジードリンクの空き缶。

 

研究の合間にゴロ寝したりゲームしたり仮眠したりだべったりするだけのスペースである。

 

 

そんなわけで、各地から届くG3シリーズの注文をなんとか捌き終えたシノが、休憩室のドアについているロックにブラックカードを通す。

 

終末後に他のシェルター含めた取引先がどれだけ残るかわからないし、販路は広く繋いでおこう!という判断自体は間違いではなかった。

 

……が、予想以上にすんなりと終末を乗り越えられてしまったせいで、各地でオカルトアイテムの需要が爆増。

 

特にデモニカスーツは半終末頃を遥かに通り越した需要過多状態であり、日々式神マザーマシンを稼働させてG3シリーズのフレームを作りまくっていた。

 

とにかく質より量、未覚醒者をLV1でもいいから覚醒させるため、G3MILDを薄利多売覚悟であっちこっちに売りつけ、S県内部にも大量配備。

 

足りなければリース生産を依頼した支部にもガンガン製造依頼を打診し、どうにかこうにか納期に間に合わせたのだ。

 

というわけで、寝酒を飲んで疲労のままにごろごろぐっすりしようかな、と思ってここに来たのだが。

 

 

(……ん?)

 

 

認証を終えてドアを開けようとした瞬間、ドアの向こうから人の気配を感じたシノ。

 

この場所まで来られるのは、許可を得た黒札か、自分を含めた信頼できる数名か……『侵入者』。

 

反射的に袖の中に隠せるほど薄型にした『ハンドヘルドコンピュータ型COMP』に意識を向けて、デモニカ技術を流用した思考操作システムを起動。*2

 

服の下には展開型デモニカ用のバックラーも常に身に着けており、戦闘態勢に入った瞬間、仲魔の召喚とデモニカの装着が終わる布陣である。

 

自分が『戦闘者じゃない』という自覚が常にあるからこそ、枕元に刀を置いて寝る武士のような気構えを持っているのが彼女であった。

 

ゆっくりと休憩室のドアを開け、何か1つでも異変があったら即座に大暴れするつもりだったシノだが……。

 

 

「あれ、あっくん?」

 

「ん?ああ、シノか。邪魔してるぜ」

 

「邪魔するなら帰ってー……って感じでもないね」

 

 

テーブルの上には、普段並んでいるアレコレに加えて洋酒の瓶やつまみの乾物、ブフで保冷している氷まで並んでいる。

 

そんな自堕落な酒飲み風景の中で、ツナギ姿の阿部がショットグラスを傾けていた。

 

ツンと鼻に来るアルコールの匂いからして、おそらくウィスキーの瓶だろう。

 

 

「っていうか、なんでわざわざここで飲むのさ。拠点ぐらいいくらでもあるんじゃないの?」

 

「山梨支部の次ぐらいには酒飲んでても邪魔されない場所だからなぁ、ここ。各地のアジトはたまーに結界ブチ抜いて来る悪魔がなぁ」*3

 

「ふーん……でも、あっくんお酒はあんまり好きじゃないんじゃなかったっけ?」

 

「ん、んー、まあ、そうだな。下戸ってわけじゃないんだが……」

 

 

ぐいっともう一度ショットグラスを傾ける。

 

既に高レベルの覚醒者である阿部にとっては、スピリタスのストレートであろうと酔うほどの効果は無い。

 

わざわざ自分に呪詛をかけて、アルコールへの耐性を一時的に下げる事で酔っているのだ。

 

 

「……何かあった、って感じじゃないよね。一時的なアレコレならすぐ割り切るタイプだし。

 どっちかと言えば、色々抱え込んでようやく弱音はいてくれるタイプだもん」

 

「はは……敵わないな、そういうところ」

 

「アルコールに逃げる時点でバカでもわかるよ、今のあっくんの精神状態。で、どうしたの?」

 

 

どかっと向かいのソファに座り、グラスがないので未開封の酒を手に取り、封を開けてラッパ飲み。

 

阿部の「ちょ、それ高かったやつ!?」という言葉には、ぷはー、と口を離してから「相談料!」と言い切った。

 

あーあ、と若干残念そうにした阿部だったが、数秒後には『まあいいか』と気を取り直した。

 

元々酒の味を語れるほど酒好きな二人でもない、なんならウィスキーだって終末前に税金対策に買ってたモノばかり。

 

なんならここに並んでるのがストロングゼロでも一切問題は無い。

 

 

(とはいえ、『ヘンリー4世』をラッパ飲みした人間はこいつが初めてだろうな……)

 

「で、なにがどうしてこんなところで一人酒してたのさ。愚痴りたいなら懺悔室の真似事ぐらいはしてあげるけど」

 

「ン、ああ……まあ、しいて言えば……」

 

 

数秒ほどショットグラスを揺らし、酒の水面を見ながら一言。

 

『罪悪感からの逃避かもな』と、阿部はらしくもないしんみりした顔で呟いた。

 

阿部の『罪悪感』と言うワードで、ようやくシノも色々察したらしい。

 

 

「……たっちゃんの事?まあ、確かに盛大にブラック労働してるけどさ」

 

「それもある、だが、これまでの全部を考えるとな……飲まなきゃ誤魔化せんよ」

 

 

とにかく度数の高い蒸留酒ばかりを並べたのも、悪魔との交渉にも使うオカルト素材の酒を除けば、まだ『酔える』範疇のモノだったから。

 

酒の味を楽しむような明るい晩酌ではなく、現世の苦みを酒精で流し込むだけの自棄酒に近い。

 

僅かに赤くなった顔で、ぽつりぽつりと本音がこぼれ始める。

 

 

「元々は……大した理由も無く拾ったガキだったんだよ。死にかけてたからとりあえず運んで、占ったら助けるのが吉兆だったから式神の体をくれてやって……」

 

「あー、まあ、あの時はいつもの胡散臭いムーヴあんまりしてなかったもんね」

 

 

そも、本来の式神ギルスのスペックが『対天使特化』の調整をされているあたり、比較的低レベルだった頃の阿部は万能の預言者には程遠い。

 

もしもあの時点で今の未来を予測できていたなら、式神ギルスの性能はもっと違ったモノになっていたはずだ。

 

無論、それでもショタオジが一目置くぐらいの占術師ではあったし、成長していくにつれてその分野だけはショタオジを追い抜くほどの『予言者』となった。

 

だが、それはつまり。本編の未来アレコレを『観て』行動し始めたのは、ハルカを拾った後ということになるわけで。

 

最初にハルカを拾った時は、半分親切心、半分好奇心、10割気まぐれ。

 

そのぐらいの関係で始まったのだ、この師弟は。

 

 

「それが、あいつを拾って、俺もレベルが上がって色々と『観える』ようになって。

 観えた未来の行きつく先が、最悪の場合人類滅亡って時点で、手段を選ぶ余裕が消えた」

 

「あれ、ショタオジには頼らなかったの?」

 

「頼った未来も見たが、最悪は東京とS県、両方にリソースを分配して両方しくじってた

 ショタオジは全知全能の神じゃない……むしろ神(ソレ)は敵に回ってたしな」

 

 

エンシェントデイの一件は、あのショタオジが全力を出さないといけない特級の案件。

 

そして厄介な事に、S県で発生した黙示録は『エンシェントデイとショタオジが消えた直後に開始する』。

 

すなわち、黙示録の件をショタオジに話して対策する場合、ショタオジはエンシェントデイを本編以外の対処で何とかするのを強いられるわけで。

 

 

「結果としてエンシェントデイの対処に失敗、黙示録も当然遂行されて、世界はメシア教過激派の考える天界とマザーハーロットのソドム&ゴモラ&ファッキンパラダイス、そこにメギドアークがブチこまれて全世界ナイトメアだ」

 

「うっわぁ……」

 

 

全方位地獄とはこのことだ、東京受胎とかがまだマシに見えるレベルは流石に狂っている。

 

そう考えると、現状は最善と言わないまでもまだマシと言えなくもない。

 

ガイア連合は(時々脇道に逸れたり暴走したりしつつも)健全に運営されており、人類は問題なく存続し、時々アホやらかす神々は黒札修羅勢がキャン言わせている。

 

真面目にやってる支部長の労働量は支部の規模に比例しているし、黒札ならいざとなれば山梨支部に逃げ込める。

 

 

(そうでなくても、支部の規模を縮小すれば負担だって……ん?)

「あれ、たっちゃんよっぽどのことがないと規模縮小とかしなくない?」

 

「それな」

 

 

なにせ霊山同盟支部は規模だけで言えばS県丸々抱え込んでる超大型支部である。

 

終末前のS県の人口は350万人以上、死にまくって生き残りが1割と仮定しても35万人を超える。

 

都市型シェルターですら1シェルターにつき数千人と考えると、『限りなく少なく見積もって』35万人以上というのは破格もいい所だ。

 

そして、その35万人の明日の命と生活を背負っているのが、終末前後はまだ中学生であるハルカというとんでもない綱渡り支部なのだ。

 

で、ここまで大規模となると、ちょっと縮小しただけでも一般的な都市シェルター1つ分(=数千人)ぐらいは切り捨てる人間が出てくるわけで。

 

その責任と罪悪感は当然のようにハルカに叩きつけられる。なんなら実質切り捨て予備軍である外様シェルターの時点で精神的な負担は相当だ。

 

正義感が強くて真面目、それでいて冷徹な判断も(精神をゴリゴリ削りながら)下せて、オマケにメンタルは鋼だから折れもしない。

 

控え目に言って生き地獄である。

 

 

「元々、ハルカは霊山同盟支部の支部長なんざ延々とやらせるつもりじゃなかったんだよ」

 

「あ、そうなんだ。やっぱ別の黒札でも引っ張ってきて……」

 

「いや、予知通りならサタンの爆発で死ぬはずだった」

 

 

ぴしり、とシノの行動が凍り付いた。

 

いや、元々阿部がハルカの行く先をコントロールしていたのは知っていたが、やり方があまりにも惨い。

 

世の中に絶望した少年を拾い上げて、力と居場所を与え、最後は世界の為に特攻させる。

 

彼が合理主義なのを知っている人間から見ても、合理性を突き詰めすぎて人間味が無さすぎる。

 

 

「元々、霊山同盟支部は山梨支部の囮(デコイ)に使う予定の支部だった。

 終末までは囮として使い続けて、終末後はいずれ破綻するのを前提に動く。

 最後は結界で隔離して、文字通り臭いものに蓋をする計画だったが……」

 

「たっちゃんが予想以上に頑張ったり、黒札の移籍が相次いだり、現地勢がどんどこ戦力になったりで方針変更したんだっけ?」

 

「そうなんだよなぁ……おかげで膨れ上がった数十万の人口を抱え込む超大型支部が出来ちまった上に、このままだとハルカはソコを人間の寿命超えても管理することに……」

 

「 う わ あ 」

 

 

阿部も最初から未来が全部見えていたわけではないので、はっきり言って本編のあれこれはガバチャーにオリチャーを重ねた結果である。

 

レベルが上がり、情報が出そろうにつれて、ショタオジという最後の切り札が使えないことが判明し……。

 

本気で絶望していたところで、過去に気まぐれで拾った子供をジョーカーにして切り開ける可能性が見えた。

 

其の結果、低乱数引きまくってハルカが生存し、極まったブラック労働である霊山同盟支部の支部長なんてモノに座る羽目になったのが現在なのだ。

 

 

「ままならんよ、ホント。俺に罪悪感なんて感じる権利はないけども……」

 

「……飲まないとやってられない日もある?」

 

「そういうことだ。流石に人の心は捨てられないからな」

 

 

もう一杯、ウィスキーのロックを飲み干し、喉を焼くアルコールに溺れながら上を向く。

 

 

「それでも『やるしかない』……何せ退路は終末で断たれた後だ。

 出来るのは前に進む事だけ、自分の役目を果たせれば上々さ」

 

「……たっちゃんも心配だけどさ、あっくんは大丈夫なの?

 皆あっくんの事、黒幕とかなんでもお見通しみたいに思ってるけど、本当は……」

 

「分かってるさ、無理はしない。何せ俺は……」

 

 

阿部 清明は、人より多くの、そして先の事が見える。

 

阿部 清明は、黒札と言う特権階級である。

 

阿部 清明は、非常に優れた霊能力者である。

 

阿部 清明は……。

 

 

「人より強いだけの、ただの人間だからな」

 

 

自分にできる事を必死にやっただけの、平均的な黒札である。

 

 

*1
そもそも手続きすれば入れる時点で黒札だけは特別扱いである。

*2
ちなみに非売品、というかコスト度外視で手間暇かけて小型化と高性能化を繰り返した逸品なので、もう一個作れとか言われたらシノがキレる。一応設計図も山梨支部に提出しているが、エドニキ曰く『オカルト関連の技術じゃなくて伝統工芸の職人技とテラバイト級のスパゲッティコードを解析できるレベルの根気がいる』。それでも『やる気があれば』できそうな黒札はいるだろうが、その『やる気』が一番足りないのも黒札。

*3
なお、阿部の結界を抜いて来るってことは最低でもLV60overの怪物どもである。

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