甘すぎるくらいが、きっと丁度いい。

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幸せにつき

 

 

 本日の天気は、昨日に引き続き曇り空のち、雪。12月も後半に差し掛かり、東京の空からも、不格好な牡丹雪が肌をツンとつついてくる。

 

 中身がパンパンに詰まったスーパー帰りのマイバックさんも、この時期に限っては軽く拷問器具へとフォルムチェンジを遂げる。

 手袋など関係なし。冷え切った手のひらに持ち手の紐がしっかりと食い込んできて、地味な定数ダメージとして蓄積されていく。こんな凶器、女性に持たせる訳にはいかない。

 

 

「重てぇ~!」

「私も持つって言ったのに」

「こういう所でくらい、格好つけさせてくださいよ」

 

 

 そうやって格好つけてはいますが。車から出て、エレベーターに乗って、自室に戻ってテーブルにマイバック二つを置く。たったのこの短い時間で、両手にはかなりビリビリとキていた。隠すもクソもない。重たいものは重かった。

 

 口先では男らしかったはずだが、体は正直なようでして。机上にあるバッグと同時に自分も椅子にへたり込む。彼女はそんな自分を見て、私はお姉さんですよアピールの目線を向けながら、そそくさとバックの中身を冷蔵庫に整理しだした。

 これはアレだ。ゆっくりしていろの意思っぽいやつだ。じゃあ言葉に甘えて……なんてのんびりスマホで見始めるなんていうのも、現代を生きるカップルとしてはどうなんだろうか。

 やはり、家事も育児も分担の時代。俺もしっかりと責務を果たしに行くべきだろう。

 

 

「ゆっくりしてて良いよ。それよりも、先に手を洗ってきちゃいなよ。そのまま来たでしょ?」

「はい」

 

 

 完敗です。しっかりとお見通しだった。なんなら手を洗っていないこともバレていた。  

 漢らしく格好つけるとは何だったのだろう。寧ろ、恥ずかしい案件である。

 

 俺と彼女の関係は、一言でいうと不思議だ。

 

 まず、彼女はドジである。

 テレビで丸山彩はというと、バラエティ番組に引っ張りだこで、出るたびにミラクルを起こす取れ高モンスターアイドル。まじめな性格、ドジっ子特性、若干の天然、アホの子……世間一般への好感度が高くなりそうな要素を詰め込んだような彼女は、もはや知らない人の方が少ないくらいのアイドルになっている。

 

 

「そういえばさ」

「うん?」

「スーパーから出る時、週刊誌の人に写真撮られてた」

「なんでその場で言わないの?」

「別に悪いことはしてないし、大丈夫だよ。それに! 私はちゃんとピースしたから、良い写真使ってくれるかなって!」

「そっか。そりゃあ、良かった」

 

 

 そんな今をときめく天下のアイドル様が、公に恋愛していても色んな意味で大丈夫だなんて、凄い世の中になったような、いやはやそうでもないような。

 あるアイドルは、現役中に芸能人との交際がバレてしまい、結果としてグループを脱退。あるアイドルは、円満に結婚を発表してファンと世間からの拍手喝采。今も昔もある意味変わらないような。

 

 正直、アイドルという仕事に疎い自分にとっては、彼女たちに何の違いがあるのかわからない。けれど、丸山彩は後者側の人間だった。多分、『好きな人はいるか』というバラエティ番組での質問に対して、『勿論、います!』とテレビで思いっきり言っていたせいだろう。あそこでファンの覚悟がガンギマリしていた気がする。俺もガンギマリしていた。

 昔と違って、そういうアイドルの恋愛事情は緩くなったかもしれないと言え、色々と回り巡り、そんなアイドルと現在進行形で交際をしている自分としては、不思議な気持ちでいっぱいだ。

 

 

「鶏肉、使うの明日の夜だろ。漬け込むには早くないかい?」

「ちょっとくらい辛くても大丈夫だよ! ご飯も進むよ!」

「唐揚げだよね? 麻薬たまごとか漬物と勘違いしてないよね?」

「してるわけないじゃん!」

 

 

 なら何でそんなに漬け込むなんて結論になったんだよ。

 唐揚げなんて多く漬け込むにしても1時間。最近では、もっぱら10分~15分で十分とも言われているらしい。クック〇ットで見た。一晩漬けこんだらしょっぱいでは済まないんじゃないかな、それ。

 

 

「そんなに焦らなくたっていいだろ。気合満々ちゃんか?」

「えー……だってさ、君が彼氏になって初めてのクリスマスだからね」

「二回目じゃないか?」

「去年は一緒に過ごせなかったじゃんかー!」

 

 

 去年のこの時期、彼女は海外ロケで北米に飛ばされていた。オーロラを見に行かされていたらしい。

 俺は人生で初めて、彼女持ちのリア充クリスマスを迎えるはずだったのに、結局寂しく一人鍋をつつくことになった。今までの人生の中で、何故か一番虚しいクリスマスだったのでよく覚えている。

 

 彼女は彼女で、極寒の地で心も体も休まることがなく、本当に色々とっても過酷だったらしい。お互いに記憶に鮮明に残るクリスマスという文面だけで言えば、とてつもなく条件は満たしている。案外、我々はお似合いなのかもしれない。

 

 

「去年は……別々だったもんなー……付き合ってたのに……」

「うん。堂々と好きな人と一緒に、大好きを伝え合えるクリスマスは初めてだなって」

 

 

 そんなドラマでもアニメでも聞かないような、とてつもねぇ高火力発言をだね。全く恥ずかしがる様子も見せずに、とんでもなく可愛らしい鍛え上げられたアイドルスマイルで、こちらをのぞき込んできながら食らわせてくる。えくぼがとってもチャーミング。

 眩しくて前が見えねェ。視線が真っ暗だ。違う、これアレだ。俺が両手で自分の顔を覆いかぶせてるんだ。前が見れねェ。日本語って面白いよね。一言違うだけで、意味も変わってくるんだもの。

 

 

「目、潰れた」

「なんで!?」

 

 

 俺、バカだからわかんねぇけどよ。

 今、この瞬間、世界で一番幸せな男って、多分この俺の言っているんだと思うんだ。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 キッチンで二人並んで洗い物。この距離感も、随分と当たり前のことのように感じてくる。

 隣で鼻歌交じりに食器を渡され、それを拭いて元の食器棚に戻す。サンタさんが必死こいて夜空を駆け回る聖なる日でも、そんな日常の光景は案外変わりない。

 

 

「うぅ……苦しい……」

「ケーキは明日にするべ」

「せっかく予約した奴なのにー!」

「食べ過ぎるのが悪いやんね」

 

 

 嘘だったかもしれない。本日は鼻歌ではなく、満腹によるうめき声に変更済みだったっぽい。

 クリスマスパーティという字面に舞い上がり、友達まで集めてホームパーティでも始めるのかというくらいの料理を作った自分にも結構な割合で非はある。

 とはいえ、『まだ食べれる! まだ行ける!』なんて言って、自分の胃袋ガン無視で幸せそうにオムライスと唐揚げを頬張っていた方が悪いと思いたい。残して明日に食えばいいよって言ったもん。交通事故なら8対2くらいで決着がつくはず。

 

 

「だって、美味しかったんだもん」

「お粗末様でした」

「やっぱり人が作ってくれた料理はおいしいんだね」

「そっくりそのままお返ししておくね」

 

 

 元から料理が出来たわけではない。彼女の仕事は多忙だから、自分も料理位できるようにならないとな、というので練習して出来るようになっただけ。相手側も似たようなことを考えていたせいで、料理は当番制になってしまったのはご愛敬。何事も理想通りにはいかないものだ。

 

 

「はいっ。これで終わり~」

「おわり~!」

 

 

 最後の大皿をしまい、これでやることは全部終わり。食べかけの料理をラップで包み、手つかずのままのケーキと一緒に25日へ持ち越しだ。

 明確にイベント事だと認識して、準備し最後まで終わらせる。ただの二人だけのちょっとしたクリスマスパーティには過ぎない範疇だったのに、なんだかどっと疲れた。思っていたよりも、彼女と過ごすクリスマスとやらに緊張していたのかもしれない。絶対にそうだ。

 

 

「それじゃあ、ついでにお風呂入れてきちゃうね」

「ん。頼んだー」

 

 

 二人用のソファーに全体重をかけて体を沈ませる。今は無防備ですよ、なんて言いたげな感覚に陥る体勢を取っている時と、布団にくるまって睡眠に入ろうとしている時が、一番人類としての幸せを感じる。

 

 ……そう言えば、まだクリスマスプレゼントを渡せていない。後でもいいか。

 そんな大層なものを買ったわけでもない。少ないお金で、なるだけ形に残りそうで、なおかつ彼女のお眼鏡にかないそうな粗品。実用性についての自信はあるけれど、彼女が喜んでくれるかの自信は全くない。何でも喜んでくれるよって言ってくれた友達を信じるしかない。何でも喜びそうだとは、正直俺も思っているけど。

 

 

「何考えてるの?」

「なんも」

「うそつき」

 

 

 一瞬じゃないですか。笑顔で語りかけてきたと思ったら、笑顔のまんま看破された。

 何がそんなに不自然だった? 顔か? 俺の顔が悪いのか? おでこの部分に肉って書いてある要領で、嘘って書いてあったのか。だとしたら、俺は人として生きにくすぎる体質だったと、この年になってようやく発覚したことになるんだが。

 

 

「何考えてたの」

「プレゼント、まだ渡してないなって」

「あるのっ!?」

「あるよ」

 

 

 どっかのバーテンダーのおじさんみたいなテンションと抑揚で言ってしまった。実際の例のやり取りとはちょっと違うんだけれど、それっぽいような流れが出てくるとついつい言ってしまうよね。

 そんなわけで、自室に戻って仕事用のバックの横にある紙袋から、それを取り出す。中には片手で掴めるほどの大きさをした、クリスマス仕様の放送を施された小さな箱が二つ。

 

 

「はい。プレゼント」

「……開けても良い?」

「勿論」

 

 

 お気に召すかはわからないけど、なんて言うのは流石に飲み込んだ。俺でもわかる。ここで言うのは、きっとナンセンス。

 だって彼女、物凄く嬉しそうに目をキラキラと輝かせているんだもの。サンタさんの存在を信じる、あの子供の眼差しとほぼほぼ変わらない純粋無垢具合。そんなところを邪魔出来るのは、この世には誰一人いなさそう。

 

 

「わぁ……!」

 

 

 綺麗に施された包装を破ることも無く、丁寧に開けていく。箱の中から出てきたのは、花柄模様がワンポイントデザインされた、薄ピンクのマグカップ。

 それなりに長く使えて、尚且つ日常的にも使えそうで邪魔にならなさそうなもの……って言うことで選ばれたのがこれだった。

 

 

「それ、割れないマグカップなんだって。時代って凄いよな」

「私が割る前提なの!?」

「誰にだって間違えはあるじゃない」

「……確かに」

 

 

 納得してくれた。ちょろい。

 どれだけ大事に大切に扱ったところで、壊れる時は一瞬で壊れちゃうからね。

 割りそうとかではなく、最初から割れないものを買ってしまえばいいじゃないって、機転を利かせる俺ってもしかして天才なのかもしれない。デザインはちょっと納得できないけど。これでもネットの海やらそれっぽいお店やらを回りまくって選んだ奴だから……気に入ってもらえる……はず、多分。

 

 

「コップは有りすぎても困るけど、今くらいの数ならまだ追加しても丁度良いやなって」

「多くても使うけどね!」

「使う前に一回洗えよ」

「わかった!」

 

 

 どうやら、プレゼントは成功だったらしい。気に入ってくれたようで何よりです。

 ただ、そのまんま洗っても無いのに早速お茶を継ごうとするのは良くないね。そういうのは洗っておいてた方が良いと思うの。

 

 喜んでくれて、本当に良かった。いや、本当に良かった。良かったって何回でも言いたい。俺、何ともないです見たいな感じでスカした雰囲気出しているけど、内心ビクビクのバクバクだし、今は無事にホクホクです。もう気に入られなかったら終わってた。

 

 まるでアニメの一幕の様に、頭上に音符を浮かべているかのように見えるくらい、鼻歌交じりでマグカップを洗っている彼女の背中を見ると、なんだか不思議な気分だ。

 

 

「──────ふぁ……」

 

 

 背もたれに身を預けて、大きく伸びをして、それで少し目を瞑れば、まだ学生だったあの頃の景色が未だに浮かんでくる。あの頃は良かったなぁ、なんて。

 その度に思う。つくづく思う。何の変哲もない、ただただ音楽好きな一般人の自分がなぜ彼女と恋愛関係になっているんだろう。

 

 偶々、他の男よりも彼女と知り合うのが早くて。

 偶々、子供のころから彼女と多くの時間を過ごして。

 偶々、中学に入る前にそれぞれの道に分かれて。

 偶々、高校生になって、少し大人になった姿で再会して。

 偶々、お互いに異性として好きだったとわかっただけ。

 

 そんな偶々がいくつも重なっただけなのに。自分は、こんなにも幸せで良いのだろうか。

 こうなっても納得のできるほど、今までの人生で善行を重ねた記憶はない。家の近くで、信号無視なんか何度もした。

 

 

「……疲れちゃった?」

「……ただいま」

「昨日、言い忘れたの?」

 

 

 思わず、ただいまなんて言ってしまった。何でただいまなんて口から出てきたのか、理解はできるけど、意味が分からない。昨日、言い忘れたのかも覚えてなんかいないが。ちょっとしたバグかも。

 

 目を開けたら、逆さ状態のド綺麗な彼女の顔が至近距離に。とても心臓に悪いので、出来れば勘弁して頂きたい所存。本当に。

 こんな15㎝もあるかないかわからないような至近距離で四秒でも会話が詰まると、幾らこういう仲とは言え、少し苦しいので。

 

 

「マグカップ、何点でしたか」

「うーん……そうだなぁ…………100点満点!」

「…………ヨカッタデス。とても」

 

 

 自分のプレゼントが何点だったかとか、渡した相手に聞くなんて、我ながら最低かもしれない。でもね、気になったもんは仕方がない。会話に詰まったもんは仕方がない。

 

 それでいて、顔の距離はそのままで満面の笑みを浮かべられると、こちらとしては少々、いやかなり照れというものが出てくるのであって。

 自分が女で、彼女がイケメンだったら、今頃その笑顔で心臓貫かれて一目ぼれを通り越したなんかになるんだろうな。恋に落ちているという一点では変わりないんだろうけど。

 

 

「ありがとね」

「マグカップ?」

「それもだけど……今日、今までで一番楽しくて……嬉しくて……幸せなクリスマスだったなって」

 

 

 さっき、マグカップを水で濯いだからだろうか。ひんやりと冷たい彼女の手が、逆さまのままの頬を横から包み込んでくる。

 

 ピクリと反応しそうになったが、直ぐに暖かくなったなぁ、なんて。

 

 

「おかえし」

 

 

 それで、彼女が落ちてきたと思ったら、ふと暗くなって。

 触れて。

 また、少し暖かくて。

 なんだか、ちょっぴり甘い。

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「…………………………うぅ……!」

「照れるなよ。そっちからしたのに」

 

 

 彼女は顔を隠す趣味でも出来たのだろうか。小さな顔面を両手で覆い隠し、仁王立ちしたままピクリとも動かない。たまに音が高めのうめき声をあげるだけだ。

 

 

「だって……『おかえしは私だよ』って言ったら、男は喜ぶって千聖ちゃんが言ってたから……」

「千聖さんに後でお礼言っておくね」

 

 

 それは大正解だ。大正解ではあるけど、その後の行動が大不正解。

 よくよく考えたら、ある意味、これこそが100点満点の大正解なのかもしれない。彼女にこういうことを言ってもらえる関係性の時点で、最初から出来レースだったかもしれない。

 俺、今、世界で一番幸せにつき。これがいつまでもってね。


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