私が白亜の神鳥と呼ばれるまで   作:柑橘風きしめん

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 拙者、猫が立ったり、モンスターが人化するのはニューノーマルとは呼ばない侍。


神鳥 雪華石の大翼(エルダーアルバーツ)

 非対称性干渉存在(最上位モンスター)『白亜の神鳥』と人間は私を呼ぶ。

 人間は私に何の影響も与える事も出来ないが、私の一挙一動で人間を含めた多くの生物に影響が発生するからだ。

 その関係は対等ではなく、ただただ一方的である。

 他に人間によって非対称性干渉存在と呼ばれているだろう生物は、土喰らいの宝石鯨と、マグマを蜂蜜として採取する火山蜂の女王と、…そうだな、私を含めて十を超えない数しかいないだろう。

 

 生態系だけでなく、気候や地形まで変えてしまう事は確かに人間達にとっては脅威かも知れない。

 だが、人間であっても住みやすいように外の雨風や日差しを避ける()を作るし、木を伐り倒し、野を焼き、種を蒔き、元いた動物を駆除して、家畜を放牧している。

 人間より遥かに小さく弱い生き物からすれば、人間であっても非対称性干渉存在となるのだと私は考えている。

 

 つまりは、棚上げというやつだ。

 

 

 私はしがない水鳥であって、(人間にとっての)世界を救う存在でも、世界の厄災の一つでもないつもりだが、人間が勝手にそう呼んでいるだけだ。

 

 人間にとっての危険性だけで言えば、雲の様に群体で空を飛び、人間を捕食対象とする水黽(アメンボ)共の方が私より脅威だろう。

 胞子雲水黽の大元の個体(女王)は非対称性干渉存在な上に、繁殖力が高く、生まれながらにして卵を抱えている。

 私からすれば美味しくてお得だが、アメンボの子の子でさえも、人間と同じくらいの大きさがある。

 空から群れで降ってきて、人間の()に接触した日には、朝に始まったとすれば、その村は日が沈む前に吸い尽くされて終わる。

 人間が短命で繁殖力の高い生き物で無ければ、既に滅ぼされていたかもしれない。

 獲物の身体の中に胞子を吹き込んで繁殖させ、それを食べて回収するアメンボ達からすれば、身体の多くが水で構成されていて栄養に富んだ人間は、とてもとても食べやすいだろうと思う。

 人間には、私の様な体内の弱性存在全てを抹殺するほどの抗体能力が無いから、胞子を注入された時点でもう終わりだ。

 間違って回復魔法を掛けようものなら、胞子が一気に成長して、生物として終わってしまう。

 人間は私と比べると、細胞レベルで脆弱なのだ。

 

 ああ、恐ろしい恐ろしい。

 私が人間なら、きっと何にさえも怯えてしまうだろう。

 脆弱で矮小なその身に不釣り合いな、知能と固有意識の鮮明さを持っている生き物。

 私がそんな生物なら、脅えるばかりの毎日を送っているに違いない。

 

 

 弱い生き物は、食べられることに怯えて暮らさなくてはならない。

 弱い生き物は、強い生き物を恐れて生きるのが摂理なのだ。

 人間のような脆弱な生き物は、常に怯え続けるのが正しき在り方と言える。

 裸豚(ニクブー)が人間に食われるのが摂理である様に、人間が己より強い存在に怯える事は何一つ間違いではないのだ。

 

 弱いものは諦めて強いものに食べられるか、食べられないように怯えながら生きるのが、世界の正しきシステムだ。

 そのシステム自体を批判する事に意味はなく、そのシステムの中で上手く生きられるように、弱いものを食べられる強い生き物になれば良いだけなのだ。

 多くの弱者にはそれが出来ていると感じる。

 

 しかし、人間にはそれが出来ぬ者が多い。

 私に影響はないが、不思議ではある。

 

 

 ────今まさに、私は不思議の渦中にある。

 

 

 

 

 

 

 

「祝福されしメアファドリス王国を守護せし神鳥、雪華石の大翼(エルダーアルバーツ)。どうか我ら人類を救い給え」

 

 金の角『冠』と白い皮『衣服』を着た眼の前にいる雌の人間が叫んでいる。

 私程の存在ともなれば、相手の鳴き声を理解しなくとも、その向こう側にある意思を理解することが可能となる。

 言葉の意味が分からなくは無いが、人間が私にそれを伝える理由は分からなかった。

 

 私は人間との共生関係を結んではいない。

 私は人間を祝福しない。

 私は人間を守護しない。

 人間が栄えようと滅びようと、私に直ちに大きな影響はないのだ。

 

 私は、開いた眼を再び閉じた。

 それを人間がどういった意図で受け取ったかは分からない。

 私は瞼を落としただけだが、往々にして人間は無意味な行動に意味を見出す。

 

「答えよ、神の遣いエルダーアルバーツ。何故人類に味方し、悪の胞子雲水黽(ベクレニード)を滅ぼし尽くさないのか」

 

 

 その個体は先程よりも語気を強めた。

 私は答える気は無いが、答える必要さえないと思った。

 

 人間の言う神…とやらの概念については未だよくわからない。

 人間よりも圧倒的に強い存在が、人間にひたすら都合の良いように献身的に尽くし、進んで寄生される必要性が分からない。

 私はこれまで、そのような奇妙な存在には遭った事がない。

 

 そして、私は人類に味方することが正義だとも、悪だとも思わない。

 何故なら人間は私の邪魔も出来ないし、私に利益も齎せない存在だからだ。

 

 最後にあのアメンボを食っているのは美味しいからで、滅ぼし尽くしては勿体無い。

 持続可能な嗜好品の消費と維持のバランスは考えるべきだ。

 

 その程度の結論は、考えずとも直ぐに出てくる。

 

 

「…チッ、コイツも所詮モンスターだ。

それならとっとと倒して素材にしてしまおうぜ」

 

「駄目ッ、ダボンジ止まって!!」

 

 近くにそれなりの鋭さをもった外付けの爪『剣』を使って、無謀にも私に襲いかかる人間。

 

 私は水鳥らしく、強く圧した熱湯を放った。

 毒も何も入っていない純水だ。

 普通の水鳥でもこうすると考える。

 

 

 

 威嚇…にもならない僅かな量を吐き出した。

 地面に着弾したそれは、一瞬で爆風を生み出して愚か者を吹き飛ばした。

 当てていれば、即時に外付けの毛皮『鎧』と共に塵に変えられていたが、その必要もなかった。

 

 

「ぐぅぬぅっ!! それ程の力に恵まれて何故正義の為に戦わないのだ。 それは悪では無いのか。

音速触手螺(ラピッダムル)が都を襲った時は正義の為に戦ったではないか!!」

 

 

 

 …ああ、あの音速触手螺(やたら美味い貝)…。

 あの貝を狙った事が正義というのは、恐らくは人間にとっての正義という概念は、人間に優位であることを言うのだと思う。

 

 私はムカデの様に細長い、あの田螺(タニシ)が食べたくて襲っただけだ。

 私にとっての普遍的な正義とは、自己の生存と種の繁栄を差す。

 人間にとっては、あの時の私の行動が有益であったから、正義なのだろう。

 私にとっては、人間など役にも立たないし邪魔にもならないが、人間にとっては自分達を襲う敵を滅ぼす有益な存在と思えたに違いない。

 

 だからといって、人間を餌にする私の餌が現れない時にも、常に人間を護る必要は感じない。

 先程の神の概念にしてもそうだが、人間は強い存在は常に自分達を守護してくれると勘違いしがちではないのか?

 強いものが自分にとっての正義となる行動を取るべきだと、意味の分からない勘違いをしているのは、本当に不思議だ。

 

 

 

 他の生物の多くはそうではない。

 優しい母鳥であっても、いつか雛鳥を旅出せるものだ。

 ましてや他種族を、いつまでも合意の上で一方的に寄生させ続けるなどありえない。

 

 以前には、人間同士の争いにも助けを請われた。

 それを行うメリットが私には全く無かった。

 無視した。

 相手にする必要は一切感じなかった。

 

 魔族とか何だとか言っていたが、人間が亜種と戦っているだけで、私にはどうでも良かった。

 

 

 

 

 

 あのタニシは、細長い殻から無数の細い触手を生やし、ムカデの様に機動する。

 その触手の一つ一つが僅かに音速を超える様に動く事で、触手の先端には雲が発生している。

 そして、美味い。

 とてもとても美味しいのだ。

 

 だから食べた。

 だから襲った。

 だから私の原種達に振る舞った。

 

 兄弟で最も母に似た姉の血を引く、幼い雛鳥達が啄む姿を見ると、近しいものの血が残る希望を感じた。

 

 それは正義だ。

 私にとっての間違いない正義だった。

 

 

 

 

 ふと、空を見た。

 甘い匂いがした。

 空には雲があった。

 間違いない、アメンボ達だった。

 アメンボの群れで出来た雲だった。

 アメンボが、空を埋めていた。

 

 

「ばっ、馬鹿な、都の方にアレだけの胞子雲水黽(ベクレニード達)が…」

 

「魔族やエルフ達との和平が終わったというのに…、もしや獣人達が儀式:水黽乞(死の雨乞い)を」

 

 

 

 獣人というのは、これまた人間の亜種だ。

 人間というのは、同じ様な個体は少ないが、上位互換となる個体は幾らでもいる。

 獣人は通常種よりも知能が低いが、身体能力が高い。

 しかし、竜人よりは身体能力が低いが、竜人の知能は通常種に近い。

 それでも、獣人は繁殖率は竜人より高い。

 種族としては、数の暴力と凶暴性に特化した人間と考えて良い。

 よって知性を伴う指導的な位置にはつかずに、使い捨ての単純労働力として働くのが最適だろう。

 私としては、アリやハチであっても、指示する階層と働く階層に自然と分かれているとは思うが、どうやら獣人にはその環境は不本意らしく、頻繁に他の種の人間を襲っている。

 

 全体の数による消費の総和という面で見れば、獣人は人間社会へと貢献している。

 しかし個体としての生産性として、社会への貢献度を個人毎に測るのならば、その平均は多くの人間の亜種の中でも低くなる。

 

 

 

 

「どうか、どうかベクレニードと獣人共を滅ぼし給え」

 

 ……。

 人間というのは知能が高い方だが、思考の流れは私とは違うようだ。

 今緊急で行わなければならない人間普遍種の巣の危険であるアメンボと、何時か排除すべき危険性である亜種を同列に並べている。

 

 私を何でも願いを叶えてくれる存在だと勘違いしているのだろう。

 私は人間の望むそれなりの願いを叶えることは出来るが、叶えてやる義務はない。

 

 しかし、しかしだ。

 これ程の大量の水黽(ご馳走)は久方振りだろうか。

 

 私は気が付けば圧縮した水の塊を、空へと放っていた。

 極限まで圧縮して加熱した水は、全てを溶かす究極の毒となる。

 私の放つ水に触れた直後には、水黽は形を失い水に溶けて呑まれる。

 後は圧力から解放されて蒸発した水は空へと消えて、飽和した水溶物が粉となってバラ撒かれる。

 

 風を上手く巻き起こして、それらを集めた私は、夢中でそれらを食らった。

 ある程度腹を満たすと、私は仲間を呼んだ。

 

 水鳥の王となった私が呼ぶと、私に似た、それでいて私よりは遥かに脆弱で矮小な鳥達が集まって来た。

 彼女達は迷うことなく上空で発生した渦巻の中へと飛び込む。

 それらが己の栄養となると分かっているからだ。

 

 私は原種の枠を超えて強くなった。

 しかし、未だ原種である姉の血族には、確かな同族としての認識を持っている。

 人間相手には無償で尽くす気にはなれないが、彼女達相手にはそれも良しとさえ思う。

 

 

 人間は何故私に、強大にして無償の奉仕者(神の遣い)を求めるのだろう。

 それ程にまでそれを求めるのであれば、人間の中からそれを生み出すか、己がなれば良いだけなのに。

 

 

 

 

 

 

 私は原種達がアメンボであった粉末を食べ終わるまで眺めておくことにした。

 すると、矢が放たれた。

 矢というのは、人間が作る尖った飛ぶものだ。

 当たると怪我をする。

 

 私はそれが放たれた方を見ると、大量の人間が居た。

 亜種…人間が獣人と呼ぶ者達だろう。

 

 私は人間の通常種と亜種のどちらが主流派になろうとどうでも良い。

 私にはそれは何の影響も無い事だからだ。

 

 だが、亜種達は私の原種達を攻撃した。

 その一点だけで、消滅させる理由としては十分だった。

 

 

 取り敢えずは、獣人達の群れに向かって極限まで圧縮して加熱した『超臨界水』を吐き続けた。

 触れた瞬間に、一瞬で鎧も剣も皮も毛も全て溶けて水に呑み込まれ、その直後に水蒸気に戻る勢いで高温の爆風が拡がっているハズだ。

 本当なら、その向こうにある獣人の巣も破壊して良かったが、そこまではしなかった。

 理由としては、人間の事は人間に任せようという効率的かつ慈悲的な考えからだ。

 

 

 私は原種には戻れないし、原種が私のようになれる訳ではない。

 けれど、私は私の原種を護りたい。

 その為に生存している。

 その結果、他の生物にどのような影響があろうと関係ない。

 それは私にとって、どうでも良い事だからだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ❖人類側の視点

 

 聖王歴777年、第17代陛下の時代に王都メアファドリスを危機が襲った。

 空を埋め尽くす暗雲が如き胞子雲水黽(ベクレニード)の群れが、今まさに祝福されし王都を呑み込もうとしていた。

 

 人類種の天敵胞子雲水黽(ベクレニード)は、邪悪な水黽(アメンボ)の怪物で、生物に胞子を埋め込み、胞子が生物の中身を吸い尽くして溢れでたら、それを吸い戻す。

 その本質は、昆虫というよりは餌とする菌類の側にある。

 僅かな間で生物の中で増える菌だが、胞子雲水黽(ベクレニード)がいなくては基本的には一切繁殖出来ない。

 多くの生物にとっては胞子雲水黽(ベクレニード)に注入されなければ安全だが、注入されてしまえば対処はほぼ不可能で、状態異常回復魔法ですら対処出来ない。

 菌類は状態異常ではないからだ。

 

 例外として、清流鳥(フィニフリカ)の体液及び、その体表の油分は、その菌の成長を妨げ死滅させることが知られている。

 

 しかし、それを目的に清流鳥(フィニフリカ)を捕獲することは認められていない。

 清流鳥(フィニフリカ)の肉は大変美味であるとも伝えられているが、それを欲してかの水鳥を捕らえる者は現在の王国にはいない。

 

 嘗て、辺境の伯爵領フォクエで清流鳥(フィニフリカ)狩りが行われた。

 それはその羽毛と肉、胞子雲水黽(ベクレニード)の持つ菌類『瞬喰菌』への対処の為だった。

 この時期には、このフォクエでは大飢饉と疫病の発生が起きていた事もあった。

 

 しかし、清流鳥(フィニフリカ)狩りが発生した直後、高い山の上にあった城は完全に消滅し、山の中心には麓よりも低い穴が開けられた。

 更に伯爵領には縦横に格子状の溝が生まれ、地表の住宅地は全て消滅して更地になった。

 当然伯爵領の住民は、当時偶々王都に伺っていた伯爵一族を除いて全てが消滅した。

 

 戦魚(ウオウオ)を使った罠で清流鳥(フィニフリカ)を乱獲した事が、雪華石の大翼(エルダーアルバーツ)の怒りに触れたのだ。

 それ以降、清流鳥(フィニフリカ)を傷付ける事は、王国法で重罪となり、平民がそれを行った場合は、裁判無しで死刑となった。

 当然だ、平民のために国全てを滅ぼして良いはずがない。

 

 余談ではあるが、降水量があるにも関わらず、地盤の性質上極端に保水力が低かったフォクエの土地は、山の中心に空いた大穴と、フォクエ中に張り巡らされた水路となる溝により、水源問題が解決して、再植民後にはそれまで以上に北部防衛都市として発展した。

 

 

 

 王都は守護神鳥『雪華石の大翼(エルダーアルバーツ)』によって護られし、純粋種の人類の中心だ。

 いや、全ての人類種の中心だと言っても過言ではない。

 

 周囲には世界最大の湿原地域が広がっており、その湿原全てが僅か一羽の雪華石の大翼(エルダーアルバーツ)によって作り出されている。

 湿原は極めて深い水溝で、巨大かつ精密な魔法陣が画かれており、平坦な水原にも関わらず常に水流が絶えず発生している。

 勿論それも神鳥によるものだ。

 

 かの神鳥は、たった一羽のみで世界の環境を自在に変えられる神の遣いにして、王国の守護者である。

 初代聖王との契約により、現在に至るまで王国を守護し続けている。

 音速触手螺(ラピッダムル)が王国を襲った時も、かの神鳥はそれを打ち倒した。

 初代聖王との契約以降、王国は巫女による舞と祝詞を捧げ、特定の水鳥を決して傷付けない事を条件に、その偉大なる力を行使する権利を得た。

 

 胞子雲水黽(ベクレニード)の群れが王国を襲った理由は、知能も低く醜く浅ましく穢らわしき獣人共のせいだった。

 その愚かな生まれ故に、他の人類に奉仕する事だけを目的に創造された獣人は、あろうことか聖なる王都を悪の胞子雲水黽(ベクレニード)に襲わせるという大罪にでた。

 

 幸い第17代聖王の第一王女の請願に応えた神鳥により、襲って来た全ての胞子雲水黽(ベクレニード)と、直後に進軍してきた全獣人国家連合軍全てを消滅させることが出来た。

 聖なる血筋の王が契約した、神の遣いに相応しい活躍であった。

 水とも蒸気とも付かぬブレスは、触れるもの全てを即時に溶かし込み、その直後に超高熱の爆風となって周囲を吹き飛ばしていた。

 王国最強戦力の名は伊達ではない。

 

 

 

 

 実は賢き王国民は、誰しもが災厄を目視した時点で、獣人のせいだと看破していた。

 そんな愚かな事をするのは、獣人に決まっていると理解する経験則故にだ。

 

 市場で盗みを行うのも、徒党を組んで暴力組織を立ち上げるのも、往々にして獣人だ。

 試しに学校に通わせてやっても、獣人の学力は低い。

 重労働で働かせてやっても、直ぐにサボろうとする上に、それを咎めると暴力で解決しようとする。

 獣人に学ぶ権利や自由に働かせる権利を与えた第15第聖王の優しさは、どうやら頭も心も愚かな獣人にとっては、感謝して低頭するに値するものではなかったというのが、現在の一般論である。

 

 

 邪悪な胞子雲水黽(ベクレニード)は、元々南方の生物であり、天敵である清流鳥(フィニフリカ)が多い王国周辺では、あまり繁殖しにくい。

 

 成人男性に匹敵する大きさの胞子雲水黽(ベクレニード)も、更に大きく胞子を無効化する成鳥の清流鳥(フィニフリカ)にとっては捕食対象でしかない。

 そんな清流鳥(フィニフリカ)が大量に生息する湿原に囲まれた、祝福されしメアファドリスでは、水地でありながら邪蟲胞子雲水黽(ベクレニード)の被害は少ない。

 ミントに似た清流鳥(フィニフリカ)の匂いと、その成分が染み込んだ水質を胞子雲水黽(ベクレニード)は嫌う。

 清流鳥(フィニフリカ)の羽毛の油分が触れた胞子雲水黽(ベクレニード)は、水面に浮かぶことさえ出来なくなる文字通りの天敵なのだ。

 体内の菌が死滅した胞子雲水黽(ベクレニード)は、水に浮かぶ為の油分すら出せなくなるからだ。

 

 それらの事から、王国の周辺は人類の天敵は、天敵の天敵によって防がれている。

 

 

 聖鳥雪華石の大翼(エルダーアルバーツ)が獣人軍団を滅ぼした後に、戦闘可能な成人男性の獣人が消滅し、大幅に戦力が低下した獣人達の王国全てを全力で併合した後に、獣人の指導者層を拷問した結果、予想通りの事態が判明した。

 獣人の監視を任せていた村シケティナの人々を生贄に、呪われた儀式:水黽乞(死の雨乞い)によって胞子雲水黽(ベクレニード)を集めた事が発覚したのだ。

 

 その邪法は、菌の生存に必要不可欠な胞子雲水黽(ベクレニード)の体液を大量に用意し、風も水流もない菌類が繁殖しやすい環境を用意した上で生贄を与え続けて、生贄と生贄に含まれた菌に回復魔法を掛け続ける。

 術者は清流鳥(フィニフリカ)の血で、自らは菌に感染しないように防護しながら。

 これはある意味胞子雲水黽(ベクレニード)の本体とも言える、餌となる菌類を増やし続ける呪術だ。

 

 過密に増え過ぎた菌は、少ない胞子雲水黽(ベクレニード)の中には納まりきらず、胞子雲水黽(ベクレニード)に速やかな成長と繁殖を要求して、分散して快適に暮らそうとする。

 その菌の意思に従い、胞子雲水黽(ベクレニード)の急成長と大繁殖が行われるのだ。

 

 悪魔に魂を売った、醜く低知能な獣人達は、他の人類の奴隷として誕生したにも関わらず、支配者である人類に牙を剥いた。

 それまでは下等民族としてではあるが、人間扱いをして、王国でも暮らさせてやっていたにも関わらずだ。

 

 やはり、少し権利を与えると、更に権利を求めてしまった。

 最初から全く権利を与えなければ、正当国民と同じ権利を求めるなど、そんな愚かな考えには至らなかったはずだった。

 

 それを教訓に第17代の賢王は全ての獣人達の国家を打ち倒し、その尽くを永久に奴隷として扱う事を決定した。

 獣人が人間の一種から道具に変わった事により、休みなく働かせて使い捨てる事も可能になり、遺族賠償責任も無くなった事により経済が向上し、犯罪を犯した獣人は即座に折檻も死刑も行える様になり、私刑の死刑による抑止効果で治安も向上した。

 

 

 祖父の決めた法律を、祖父存命時にも関わらず作り変えた賢王を人々は褒め称えた。

 

 また、これら一連の流れによる国家の発展を、人々は『神鳥の恩寵』と呼んでありがたがった。




聖王歴2000年の教科書より

❖最上位モンスター
 非対称性干渉存在と呼ばれ、環境を大きく書き換える事が出来るモンスターをそう呼ぶ。
 全てで十二体存在する。
 

雪華石の大翼(エルダーアルバーツ)
 清流鳥(フィニフリカ)の超特異個体にして、世界に十二しか存在しない最上位モンスターの一体『白亜の神鳥』。
 聖王国建国神話の時代には既に、世界最強の一角として在ったとされている。
 雪華石の大翼(Aile de Albâtre)と呼ばれるが、異説として偉大なる白(Elder Albus)とする者もいる。
 その羽毛は柔らかだが、羽毛を構成する繊維そのものは鉱物で出来ている。
 白く賢く美しい事と、これまで人類の益となる行動をしている事から、聖王国以外でも人気は高い。
 周囲の清流鳥(フィニフリカ)を守護しており、そのテリトリーはメアファドリス王国の周囲に存在する流水湿地リアラリアラの一帯全て。
 超高圧・超高温の超臨界水をレーザーの様に吐き出す。
 超臨界水に触れた全てのものは一瞬で溶ける。
 また、超臨界状態は自然界では維持されず、一瞬で高温の水蒸気へと回帰して周囲を吹き飛ばす。
 リアラリアラが平地にも関わらず絶えず流水が存在するのは、このブレス攻撃により、湿地の地下1kmまで届く幅100mの地上絵の如き特別大型の魔法陣が起動しているため。
 最上位モンスターでは珍しく人類を守護する正義の側であるとか、メアファドリスの守護神鳥とされているが、本鳥にそのつもりは全くない。
 最上位モンスターは、全てで十二体存在するが、雪華石の大翼(エルダーアルバーツ)は最上位モンスターでも下位に当たる存在はそれに含まれると思っていない節がある。

清流鳥(フィニフリカ)
 発光する蒼いラインが入った、透き通る様な白い羽毛の大型水鳥のモンスターで、極めて強力な殺菌作用のある血液を持つ。
 ミントに似た体臭は血液成分が原因。
 雛は薄水色で発光ラインは存在しない。
 ペアは一度作られると生涯解消されず、夫婦で子育てを行う。
 番が死ぬと、その時に育てた雛が旅立つと急速に衰えて死ぬ事から、夫婦仲を表す各国のことわざも多い。
 高温の水を吐き、水生昆虫や貝類のモンスターを好物とする。
 川などの流水を好み、水流の無い湖畔には生息しない。
 卵は当初は楕円形だが、水に触れると長方形になる。
 また、卵の表面に親鳥は自分達の羽根を貼り付ける事で、浮力を高める。
 理由が無い限りは巣には拘らず、卵や雛はどちらかの親の背中の上で守られる。
 このモンスターを原種とする上位種によって造られた楽園リアラリアラ以外の場所では、超大型の魚類・水生爬虫類等の脅威を避けた、天敵が存在しない安全な環境を探して繁殖する。
 同系統の最上位モンスターの為に誤解されがちだが、天敵の居ない場所を探してそこで頂点捕食者になるだけであり、このモンスター自体が全生命体の中でも強いかといわれると決してそうではなく、見た目通りの強さでしかない。
 罠や武器を使えば人間でも倒せる。

胞子雲水黽(ベクレニード)
 アメンボの水生昆虫モンスター。
 人類の天敵存在の一種。
 生まれた時から体内に卵を持っていて、無性生殖が可能。
 特殊な菌類『瞬喰菌』を獲物に注入して、獲物の中でパンパンに膨らんだ菌類を再度吸収して餌とする。
 自身のみでは水面に浮かぶ事が出来ず、菌類によって生み出される超撥水の油分により、水面に浮かぶ事が出来る。
 瞬喰菌は急速に増殖する事も出来るが、この昆虫の体液のある場所でしか、長く存在出来ない。
 瞬喰菌とは密接に関わっており、瞬喰菌の意志で動かされる器と見る事も出来る。
 本体は瞬喰菌ともいえ、真の黒幕といったことわざ『菌は宿主を働かす』も存在する。
 女王とされる胞子雲母水黽(マム・ベクレニード)は、最上位モンスターの一つとして数えられる。


音速触手螺(ラピッダムル)
 細長い枝のような殻の周囲から、無数の触手を生やしたタニシのモンスター。
 まるでムカデのような姿をしているが、貝類である。
 触手は極めて機敏であり、その速度は音速を超える事が出来る。
 あまりの速さから、触手の先端には音速突破の衝撃による雲が発生する。
 移動は全ての触手を地面に付けて、一度伸び上がった後に、大地に叩き付けてノミのようにジャンプする。
 衛生的ではなく、高い免疫機能を持たない生物が食べるには火を通すなどの処置が必要。
 歴史上、群れで人類を襲った例が幾度もある。

❖宝石鯨
 最上位モンスターの一つで、地中を泳ぎながら土を喰らっている。
 かつて土地ごと呑まれた古代文明も伝説では存在する。
 その身体は鉱物で出来ており、まるでフジツボが付くように、特殊な宝石生物に付着され寄生されているが、影響はほぼない。
 水が得意ではないが、呼吸は必要ないので海底の底を掘り進む事もある。
 尚、このモンスターに付着する宝石生物は、吸い付くせぬ程に膨大なエネルギーの塊である宝石鯨に寄生した時には、長期的に搾取し続けられる安堵感からか、その作用は極めて穏やかになるが、他の生物に寄生した場合、代謝を極限まで跳ね上げる代わりに、即座にエネルギーを吸い尽くす。
 決して美しさに騙されてはいけない。
 この宝石生物を使った魔剣『ツイケェン』は、敵を斬り付ける限りはその命を吸い取り、持ち主に能力向上を与えるが、敵を殺し続けないと握り手の命を奪い彷徨い続ける。

❖火山蜂
 花の蜜の代わりに火山のマグマを集める蜂のモンスター。
 女王は最上位モンスターの一つで、この蜂にマグマを奪われ続けた火山は休止するが、この蜂の巣が新たに火山となる事が確認されている。
 溜め込んだマグマの熱を冷やす事なく保持することが出来る。
 通常時に針は無いが、マグマを噴射する穴があり、上位個体はマグマを針として使う事もある。
 神話時代には、この蜂を育ててマグマを持ってこさせて剣を作った鍛冶王の話がある。

戦魚(ウオウオ)
 注ぎ込む魔力によって、魔力の属性ごとに定まった反応を示す魚。
 炎属性の魔力を注ぎ込むと、真っ直ぐに泳いで何かに噛み付いた後爆発する性質をもった魚のモンスター。
 このようにして魚雷として使われる事や、土属性と氷属性の魔力をバランス良く注ぎ込む事で、水中要塞の土台として使う事も可能。
 かつて存在したが宝石鯨に呑み込まれて消滅した超古代文明が、品種改良して造られた生物という疑惑がある。

裸豚(ニクブー)
 本作品で最弱でありながら、最も闇が深いモンスター。
 毛がなく、牙もなく、骨もほぼない豚。
 基本的には人間が食べられるものは何でも食べられる。
 人間に飼われなければ生存出来ないが、家畜となることで世界で最も多く、広い地域で繁栄することに成功している。
 飢餓状態を放っておくと共食いを始めるが、生き残った個体は骨と皮だけの不役食豚(ニートブー)を経由して、獣人のオーク種の中でも強力な種の一つである、人喰豚人(ブタンチュ)になるため、常に肥満状態にするべく、満足な食事量を与える事が必要。
 この事から、古代の人々が戦争で勝利して奴隷化した、人喰豚人(ブタンチュ)を品種改良したものではないかとも言われており、王立研究所では同様に他の獣人を家畜として品種改良出来るのではないかという意見もある。

❖エルフ
 全ての人類種の完全上位互換。
 優秀な人類だけを掛け合わせ続けた結果、顕性遺伝子にも潜性遺伝子にも遺伝的な問題が存在無い為に、双子同士の婚姻による子供でも遺伝的な問題が発言することが無くなったとされている。
 よってエルフの文化には近親相姦を禁ずる法律は存在しないが、遺伝的な問題が少しでも含まれる他民族を受け入れる事には大きな抵抗感が存在する。
 優秀な人間同士の配合例でも、両者共通の潜性遺伝子に問題がある可能性もあるにも関わらず、エルフの場合は遺伝子には問題となる部分を人工的に修正したかと思う程、不自然な迄に完璧であり、遺伝子操作の可能性がある。
 遺伝子的に一切問題が無い為に、正常妊娠率も高く、美男美女しかいない為に恋愛結婚が成立しやすく未婚率も低い。
 通常種の人類よりは少ないが、竜人よりは多い。
 他の人間種を、優秀な個体厳選から漏れた者だけで繁殖した絞り滓だと認識している。
 エルフから見れば他の人間種の婚姻はほぼ全て、遺伝的に問題のある者同士の婚姻であると見える。
 自分達だけで何でも出来る事と、万が一にも獣人の血が混じる事を恐れて、家畜奴隷となった獣人の保有を拒否した。

❖魔族
 通常種の人間とは原人時点からルーツが違うとされる亜種。
 集団異界転移した種という説もある。
 魔力は通常種より高く知能も高い。

❖竜人
 ルーツ不明。
 竜人自身は竜の血を引くと主張しているが、科学的根拠は存在しない。
 見た目は人間に似ているが、その遺伝子は爬虫類に近い。
 超古代文明によって造られた説がある。
 体力は通常種の人間より遥かに高く、知能は同等。

❖獣人
 体力は通常種より高く、竜人よりは低い。
 知力と魔力は通常種よりも低い。
 聖王歴777年の人の月(十二月)に、遺伝的な知能の観点から、正式に人類ではない事が定められた。
 この直前に和平を行った通常種『真人類』、『魔人』、『竜人』達によって部族に関係なく地域ごとに家畜奴隷の一種として振り分けられた。
 もしこの熾烈に民族戦争を行っていた三人類が和平を行わなければ、何れの陣営も己の側に獣人を引き込んで、積極的な戦力とするために、獣人の完全な奴隷解放を約束していたが、全面的な大決戦の前に和平が行われた為に、どの陣営も獣人に高待遇を与える必要が無くなった。
 人類の平和によって安定したために、獣人は対等な権利を手にする機会を失い、暴力革命を起こしたが平定されて、奴隷の中でも最下級の家畜奴隷と化した。
 第15代聖王の時代に一時的にメアファドリスで下級市民権を得たが、自由を与える事で知能が向上して人間となるという社会実験の仮説は失敗した。
 現在唯一の獣人国家である『ケモンノン』は、国内外の獣人を公式に奴隷として他種の人間に売り払う事で、存続を認められている。
 今では野生の獣人を他種の人間が捕獲して家畜奴隷とする事は、野生動物保護の観点から禁じられており、ケモンノンから買う事か既に家畜奴隷となった獣人を購入する事が認められた保有手段である。
 しかしもし公式奴隷販売が終わったならば、ケモンノンは即座に滅ぼされて全ての獣人が完全に家畜奴隷となる事だろう。
 尚、機械化の発展に伴い、無償で働かせられるが食費と小屋が必要な家畜奴隷でさえも非効率となる時代はすぐそこに来ており、その時に獣人をどうするかは世界共通の問題である。
 民主国家においては、弱勢政党が獣人に選挙権をと主張する事が多いが、獣人に支持される弱勢政党に固定票を与え、獣人の数次第では現体制を転覆させ得る事は、元先進国であったジンジババリスの例を見るに明らか。
 これまでの分を取り戻すと主張して、非獣人に徹底した不利益を要求して、獣人にあらゆる権利を求めたジンジババリスは、他の非獣人国家全てに見限られて急速に衰えた。
 当初はジンジババリスにいた非獣人から奪い取ったもので国を維持していたが、他国に求めた自称人道的な当然の支援は、他国にとっては当然ではなく無視された。
 自国のみで国を維持出来ず、追い詰められたジンジババリスは、遂に儀式:水黽乞(死の雨乞い)を世界各地で実行。
 その際に清流鳥(フィニフリカ)の血を大量に求めた為に、神鳥の裁きを受けて国ごと巨大な窪地へと変わった。
 現在の愚かさの泉(フルプルフルプル)である。
 嘗てジンジババリスであった全ては、今は湖のそこで塵として沈んでいる。
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